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主人に、本当に駄目なんだね、と言われたことがあって、私は本当に駄目なんだと思ったことも多かったですが、ふと、どこがそんなに駄目なんだ?という問いが湧きました。元気な問いだ。
人は思いがけないことを口にしてくれます。例えば主人は、私のことを、頭いいなあ、と言ったこともあるし、馬鹿だなあと言ったこともある。ということは、頭いいのか馬鹿なのかよくわからないです。 どっちやねん?!という振り子も左右によく揺れました。 この頃はどっちでも気にならなくなってもきたのですが、言われた時は結構インパクトがありました。だって何が頭いいのかその時はわからなかったし、何が馬鹿なのかもわからない。だって馬鹿ですからね。もともと住んでいる世界が違うから、彼が自分の価値観にあてはめてどうこう言う言葉の端々をつなぎあわせて想像するのですが、彼の美学に私は合わない部分もすごく多い。似たもの同士なんだと彼が言ったことがあるのも、どこが似ているのか私にはわからなかったですが、ふうん、と聞いていただけでした。彼の心の中の物語における彼と私、私の物語の中の彼と私とは、別の世界のことに違いないと最近は思うのですが、それも面白いと思うのです。 息子がゆうべ、好きな果物はマスカット、嫌いな果物はバナナ、と突然言いました。 主人は、お母ちゃんはバナナ大好きだよ、この世にバナナさえあればあたしは一人でも生きていけるわ、ってなもんだよなどと笑いながら息子に言う。 息子がバナナが嫌いな理由はわかるような気がするのですが、しかしバナナが嫌いでもマスカットが好きなら、生きていけるんじゃないかな。 私は何だか違う自分がもう一人主人の中で生きているような気がして不思議です。冗談を言われるようになってよかったです。床に包丁を突き立てて騒いだこともあるんですが、それでも、子供の頃に、鋏や刃物を人に渡す時は、刃を相手に向けないこと、自分の方に向けて柄を相手がつかめるように渡すのだといったアドバイス、誰が言ってくれたのか、母だったかな?そのアドバイスにも今とても助けられているような気がします。無造作だと、私は悪気無く刃を相手に向けて渡そうとするような子供ですから。母がイライラした時は新聞紙を破く、と言っていたのも、役に立っていると思う。 翌朝ビリビリになった新聞紙を眺めると、本当に自分が馬鹿なのがわかるのですが、そんな私を神仏が憎むとは思えない。馬鹿なやつだとお思いでしょうと思う。 だから主人をつかわしてくれたんだ。主人は私に私の知らなかった情けをかけてくれるのです。 私はあなたの気に入るようにはできないからお別れしませうと言った私に、彼は子供まで生ませてその子を可愛がってくれるのですが、まったく人生ってわからないものですね。負けたよ、身も心も捧げる、なんて言わせたいとは、私はまったく考えていませんでした。ほうぞう菩薩が十劫の時を経て成仏するお話と同じくらい不思議に感じられます。摂取不捨の御仏のお慈悲みたい。
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