�蠧�記
DiaryINDEX|past|will
ふと思いました。 腰が90度曲がってしまう主人の祖母(86だったか)や親戚の人のお墓参りに ついていったことがありました。その帰りの車の中、懐かしい人たちを思い起こして、主人の祖母は思い溢れて泣いていました。 その様子を見てなんで泣くんだって怒りを感じたりはしない。尊敬の念が失われることもない。 私の亡くなった父も50代のある日仕事から帰ってきて、仕事がうまくいって嬉しいんだおーいおいおいって子供みたいに泣きじゃくったことがあったけど、それで私は尊敬の気持ちがなくなったりもしなかった。 びっくりして何を言わずに見ていたけれど、よかったじゃないのお父さん、ぐらい声かけてあげるともっと明るかったかなと思うけれど。 こういう場合に、私はぼおっと何を言わずにいるという状況が多い。でも、褒められも貶されもしない時でも、認めてくれている存在があるということを信じられる。 だから(うまく行かない時でも)泣いちゃったお父さん(うちのお父さんのことじゃないんだけど)、それで権威が地に落ちたとは思わないよね。 (どうして『だから』なんだ?) 長い間には男も女もない時のほうが格段に多かったりする。
それにしてもおおらかにほがらかにいきたい。
あ、七草粥忘れた。今晩はそれです。
当番表配布してほっと一息。仕事量やっぱり少ない?でも学校の印刷機一つに しても手間取ります。
読売新聞の編集手帳読んでみたけれど、たいしたことないなと思いました。北朝鮮の誠意に疑惑を持つなら自国もお互い様だという認識が欠落している。 正常化の助けになるニュアンスの発言ではないな。なんてえらそうに。 普通に国交できればいいのに。取り囲むようにしてどうにかしようとするのは 好きじゃないよ。
やっと掃除機をかけたけれど、スキーウエアを手洗いするか。
ご飯を炊いて雑炊作る。
置き薬に五千円。薬代もばかにならないけれど、葛根湯とかあると助かることが あって。
しかし性格って変わらないな。
ああ、頭に来る。 アンドロメダ大星雲のアルコン星にある私の家にはソファとベッドがある。動物も沢山飼っている。ソファとベッドがない家なんて私の家ではない。仮住まいに ずっといれば疲労が蓄積するのは当たり前だ。
|