�蠧�記
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| 2004年06月17日(木) |
浜昼顔 まんぼんぎょん号 |
きのうは浜のほうへいきました。きのうもいいお天気でした。 朝顔に似ている桃色の花は、あれは子供のころに国語の教科書に出てきた浜昼顔の花かなと思います。ちっちゃな赤い花が咲いていて、だんなさんがこういうところでこういう発見ができるんだといいました。がーべらのような華やかな花の群れもあったのに、だんなさんはその名前のわからないちいさな赤い花のほうが発見だと いいたかったのかもしれない。 名もない小さなお地蔵さんを見つけたりするのがすきなの、と母が言っていたのを思い出します。 だんなさんと二人でラーメンを食べに行きました。ピーナッツが入っているたんたんめん。レディースセットというので、ラーメンが小さな器でデザートの杏仁豆腐がついたセットです。餃子も食べました。 まんぎょんぼん号も見に行きました。警察が厳戒態勢。人も車もそれほどいない。物見遊山で見に行くのは悪いような気もして遠くから眺めただけでしたが、ハングル文字で船名が書かれている船は我が家の住人には珍しく感じられたのです。 野次馬だねと私が申しますと、警察にあやしまれるかも、とだんなさんが田舎のかわいい悪がきだったころの片鱗を見せてはしゃぎました。これこれたいした用もないのにこんなところへ勝手にはいってきちゃいかん、なんちゃってね、でも警察というのは私らを守ってくれるものなんだもの、悪いことするきもないのに怖がる必要はないよなどと私はまじめに申しました。だんなさんは未成年のころに新聞配達していて寝坊したり悪友たちとかくれてタバコをすったりしていたらしいけど、その悪友も彼も今では愛すべきおやじさんなのです。いいお嬢さんだったはずの私がベランダで蛍族です。ちなみにタバコのぽいすてはしませんが。とうちゃんはすっかりタバコから足を洗ってしまったのです。大丈夫かしら長生きしてよ〜。思うに 勉強しようとすると眠くなってしまうのは、欲のない人なんじゃないかな。 息子はとうちゃんもかあちゃんもそれほどあてにはならないことをもう気がついているでしょうが、息子も忘れ物の多いボケなのですが、それでも学校の合宿に行きたいいっしんで、もっと早く言えよばかものとしかられてもめげずに夜になってから今晩じゅうに保険証のコピーを用意してくれと言い張るので、それほど学校で不調でもないんじゃないかと思うのです。合宿いきたくないとかいいだしたら心配するけどな。コンビ二でコピーができるのは助かるなあ。 田んぼは青々としているし、夜は星空もきれいです。いい季節なのかもしれないな。私はコンタクトをしても視力それほどよくないので星空は実は見えにくいのですが、しかし満天の星を思い浮かべるということもできます。
しかしうちのとうちゃんもきっと必死なのだ。仕事をしていてこぶしにたこが できるらしいのだが、それをたわしでこすりたいのだそうだ。そんなことしたら余計にすりむけちゃうじゃん、ほっといたほうがいいよ、仕事でできたたこなんて かっこいいじゃん、と申しますと、ばかそんなこといってるのはおかあちゃんだけだよ、といいます。
犬も食わない話であります。
そういえば、父は母ののろけに困っていたことを思い出します。病院に入院したときなどに母が幸せな妻丸出しにすると見舞いにいった父は周囲に気を使ってしまったらしい。 そんなことをいわれても母には自分は不幸な妻だなんていえなかったのですね。
ひとついってみましょうか。私は不幸な妻ですって。誰もしんじねえよ。
それから久しぶりにペットやさんへ。 ふくろうがじっとしたまま頭をくるりとまわす様子は不思議ですね。比較対象が場違いかもしれませんが、エクソシストとかの映画で頭がぐるりと回転したりするのは、このふくろうの頭の回転に似ていませんか。 子豚さんもいたりして、これは東京の近所のペットやさんでは見られなかったのだ。
体重がまた少し減りました。食べてもやせるというのは心配だけど、食べれば 太る、食べる量が減ればやせるというのは病気とは思われません。
すでにどなたかがお勧めの体操かもしれませんが、おいもごろごろ体操というのが私には無理のない体操です。芋洗いのようにごろごろとして気持ちいい程度に腰をひねってみたりバレリーナや太極拳の人になったつもりで横になったまま腕や体を動かすの。人が見たらただのおばさんがごろごろしているだけですが、別に誰が 見ているわけでもないのですから、好きなだけバレリーナ気分です。
苦しいときの神頼みという言い方がありますが、苦しいときに苦しいからといってそこから脱するために小手先のずるいことをしようとするよりは、苦しいの、って自分を愛してくれているはずの神様に見られていることを感じていたほうがいくらか前向きと思います。なぜならば大自然は人を陥れようとしたり苦しんでいるものをそれみたことかとあざ笑ったりしない。都会にいようと田舎にいようと人はこの大きな自然の地球の上に抱かれていて、それよりもさらに大きな太陽にも恵まれているのだから自然は矮小な私を人間的な気持ちから見ているわけではないのですから。傷つくことはない。
すごい時代になったもんだ、すごい人があるもんだ、と感心することしきりだけれど、人は人自分は自分。
今晩は何にしようかなあと思って浮かばなかったが、のりにご飯とゆでキャベツ とかに風味かまぼことマヨネーズを乗せて海苔巻にしただけでもおいしいので、 こんばんはこれです。オムレツとケチャップもいいね。
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