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2004年08月24日(火) 外国語と挨拶

新潟ではTOEICのテストってやっていないんですね。そうなんだ。

 英語を嫌いでなくてよかったなと思うのは、外国語を習うプロセス(かていといういうのを出せない)で、
How are you?

I'm fine,thank you.

And how are you?

とか、

It's a beautiful day,isn't it?

とかいう例文に出会うことです。これはまあ教科書英語だというか、面白くもなんともないや、という気がすることもあるけれど、実は普段の生活の中で、同じアパートにすんでいる同国人のおばあちゃまにであったときなどに、いいお天気ですね!と挨拶できるだけでも、貧しい暮らしであっても、その雰囲気は、内心そのおばあちゃんにうざいという気持ちを持ってしまうよりは、とても格段に精神的に楽だと思うんです。

もし英語を習っていなかったら、別に私はご近所のかたに出会ったらご挨拶しなさいよ、と親にいわれたこともなかったし、まったく知らない土地で知らない人々の
中で、相手にどう思われるかとかいうことに神経質にならずに、元気?元気よ、あなたは?というような型にはまったフレーズが、実際の生活の場面でありうるかと
いうと、もしかすると、そういうふうに人を気にかけたり、どういたしまして、きにしないで、とかいうような言葉が欠落している状況であることも十分ありうるわけで、儀礼的な挨拶であっても、相手を大切に感じる気持ちがあれば、それは十分
生活の潤滑油になりうると思うのです。まあ独りよがりになっている可能性も十分あるけれど、あらゆる人に好かれることはできないしね。

そうしているうちに、実際は元気でないときも結構多いわけで、それなのに、Fine,
thank you.なんてできないから、いろいろなフレーズが出てくるけれども、英語の例文などを見るたびに、ああ、元気だったら、はつらつとしてFine,thanks.と言い切れるものなんだわ、と思って、そう言い切ったときに明るい未来が開けるような気がしてきたりする。調子いいかな?

自分は小さな存在だけど、その小さな存在がどうするかということで、影響を受けてしまうところもあるのだから、どうせ私なんて、というふうに思うのはやめたい
と思う。

ゆうべたくさんお結び作ったので、今朝は朝ごはんが楽。よく眠れたし。朝から
うつでもないし。Fine,thank you.And you?

葬儀代もないので逃げるしかないと考えるしかない人というのは気の毒だな。人はただ怖いものでしかないのかしら。お金ないんです、どうしたらいいでしょう?質素でいいから葬ってやりたいといえるベクトルをもっていられなかったら自分が情けない。
やはり若いうちから考えておく必要があるのだと思う。もう年ではない。今が若い
うちだから。

It is rainy today here. But I feel it rather comfortable because the temprature is not so high right now as two weeks before.Humidity is
good for my skin.

外国語に関心を持つということは異質なものに関心を持つということ。同じ日本でも自分以外の人は確かに自分とは異質だから、異質なものに関心を持つことは自分以外のものに関心を持つことだ。そこから苦しみや失望も生まれるかもしれないけれど、自分の苦しみにとらわれずに、自分以外の人が子供のころどんなであったかというようなことについて関心を持つことは、必然的に自分自身の苦しみから解放される瞬間だ。

しかしそれは私が子供のころに、親の苦労などどこ吹く風で外国語などに現を抜かしていられた時間が持てたから言えることなのかもしれないな。もちろん勉強さえ
していればいいとはいえないけど、少なくともはっきりした目標がもてなくても学ぼうとしているうちに感じられるものも出てくる。でもいい目標がもてたら、持ちこたえることができると思う。

息子に手紙のお返事を書くようにいっているうちに、私も落ち着いてあのこに手紙を書きたいなと思う人を思い出しました。

息子が手紙を書くにも、教えなくてはいけないことがたくさんあります。書きたくてもどうしたらいいのかわかっていないということがたくさんある。親に教えられなくても自然にわかったけどなあと思ったりするけれど、それは私に兄弟などがあって、ほかにも同居している人があって、いろいろな場面で自然にわかってくるところがあったからで、一人っ子の場合は、何もかも本当に初めてなのだなあと思う。郵便番号が存在する理由だとか郵便やさんが間違いなく届けられるようにはっきり人が見てわかる字を書きなさいとか。パソコンで印刷すればいいようなものだけど、今は自筆で書かせていたい。

娘が普通に自然に手紙をくれることができたのは、おばあさまとか周りの人がちゃんとしてくださっていたからだなといまさらのように思います。本人の気持ちの持ちようもあると思うけど。

それにしても私がいかに母親としてちゃんとしていなかったかということが浮き彫りになるな。

子供にちゃんと教えようとするとこんなに涼しいのに胸がどきどきして手が震えて
汗をかく。これは大事な仕事なのでふ。やっぱり神経やわなのかなぁ。そんなことはないと思うけど。

もっと元気にならなくちゃやっていけない。お昼ごはんもちゃんと作って食べるぞ。3時までに用事を済ませるぞ。

ご飯作って食べたら落ち着きました。

だけどどうして子供が手紙書くのに母親が教えるんだ。私は手紙書くのに親にこの字はどう書くの?なんて聞いたことない。お互いに離れられるように自立するには
もっと自覚が必要かも。

私だって忙しいんだ。気軽に私に聞かずに辞書ぐらい引けと言った。

ところで私はあまり野球には関心がなかったのですが、ジャイアンツもがんばってと思っている今日この頃です。長島ジャパンですか。

そういえば、田村りょうこ選手といって、谷りょうこ選手でしょ!っと夫に突っ込まれた私でした。

やっと息子が手紙の追伸に入った。ひとつの手紙にどうして5時間もかかるんだ!
先が思いやられる、って私言われたことあるな。


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