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2004年08月28日(土) わあい!稲穂だ!!




ピンぼけ写真だけど、確かにお米の実が出てきたのです。うれしい!!

何日か前、息子と稲バケツのマニュアルを見て、水を干してみたんですよね。

 自治会の会合に出るつもりだったら申し込みしてなかったのですごく残念。おしゃべりとかしたかったのに。

 もっと出かけたほうがいいぞ私。運動しておりちゃうようだったらおりたほうが
いいんじゃないの?

 子供が音楽コンクールの合唱をテレビで聞いている。好きなら合唱団とかに入れればいいのにと思う。

 すべての人が好調ならいいのにと思うけれど、スポーツでも勝つ人もあれば負ける人もある。スポーツの世界だけではないだろうけれど、勝てば官軍みたいなところは確かにあるし、負けることなど考えていてはメダルなど取れないだろうし、自分の国の人がメダルをとれば愛国主義などという言葉など感知しない人でも気持ちが高揚したりする。
 自分の子供が元気であってほしい伸びてほしいと願うのは正直な気持ちだが、そのプロセスにおいてわが子さえよければいというのはやはり親として不足しているような気がしてしまうし、それどころか自らわが子をつぶしてしまわざるを得ないような状況に陥ってしまうことがあるということは何とかならないかなと思うと、胸がつぶされるような痛みを感じるし、めまいを覚える。
 本当に考えというものは直接体に影響を与えるものなんだなと思う。運動して
汗をかくのでなくても、ただ考えただけで汗が出てくるんだもの。

 強くなることが人をつぶさずにプラスになること、負けることはおしまいではなく始まりであることを祈る。

 やはりどんなことにも負けずに乗り越えていける強さと包容力がほしい。それには考えるということの力も軽視できないと思う。くよくよするのではなく、プラスの思考を習慣にすること。それには私自身の考え方の癖を自覚して、自分を伸ばす
考え方を植えていきたい。それが今私が子供のためにできることではないかと思う。もし今までそのことに挫折しがちなところがあったとしても、その挫折を否定するのではなくて。

 それにしても私って本当に固いな。いいじゃないか硬くたって。でももっと柔軟に軽くなりたいよ。ダンスでもしたら?こっけいで笑われそうね。それでもしたほうがしないよりも楽しいんじゃないかな。人を憎ませるよりも馬鹿にされても笑わせたほうがいい。

 そういえばだんなさんのおかあさんは食事作りながらでも歌を歌ったりしていた
そうだ。私だってそれだけでもやってみればいいじゃないの。聞いているだけじゃなくていい。

 自分の下手さに落ち込むよりも人のいい歌に聞きほれていたいような気もするけど、いつだったか親の法事のときに、女性の僧侶の人が、仏様に届くような声で
お経をあげることが大事だとおっしゃっていた。浄土真宗では法を聞くということの大切さも言われてなるほどと思ったけれど、日蓮さんの元気さもまた見習うべきところがあるかもと思う。合唱は周りの声に唱和することの楽しさがあるんだな。
ある集団に属するということには怖さもあるので、ともすれば一人のほうが気が楽
になってしまいがちなところがある。自分が排斥されるならばまだしも、自分の心の弱さから多勢で無勢を排斥するものの一人に自分がなってしまうようなことになったらと思うと非常に怖い。
 息子の声も私の声も元気や自信がないと出そうとしても小さくなってしまう。
何があるかわからないこの世の中で緊張してしまうのは当たり前だけれど、それでも自分を投げ出して声を出すのは意味があると思う。
 怖がっているだけではすぐ一生過ぎてしまう。

 久々に近場でたずねてみたいところができました。今日歩いていくとしんどそうなので来週あたり。

 確かに日本だって戦争に負けてそれなり痛手は受けたのだから、いくら中国人が日本軍に大陸で受けた仕打ちがひどくても、それをサッカーの試合などで反日感情を出されても困る、日本だって戦争でなくなった兵隊さんを追悼する権利はある、と思うけれども、それでこちらが反感を募らせたら似たもの同士になりはしないか。確かに昔日本は許せないようなことを大陸でしたのにもかかわらず中国人は残留孤児などを養ったりしてきたのだ。それがたとえハリーポッターのおじさん夫婦のようなところがあったとしても、人の子供を養うということはなかなか容易なことではないと思う。少なくとも中国政府だってサッカーのマナーの悪さをいさめる言葉も出したのだというところを大げさに評価したい。日本にも中国に対して怒りたくなる理由があるように、日本にも中国が怒りだしたくなるような態度や理由は確かにあると思う。相手に謝罪の気持ちがあると信じられなければまだ傷が完全にいえているほどの時間は終戦後たっていない。少なくとも人口の少ない日本が
人口の多い国と互角にプライドを保とうとすることが自分のためになるとは思われない。もし日本人が10億の人口と広い土地を所有していれば別だが、小さな国に
してはオリンピックでも努力だけでかなりの活躍をしているというだけで十分ではないかしらと思う。小さな国には大国の人と同じようなシンプルさで天真爛漫に怒るよりも、ずるさとは違った忍耐と思慮が自分を守るために必要なのではないかと思う。自分の立場と価値観を相手に押し付けた時よりも、相手の価値観を理解する姿勢のときのほうが昔から日本は生き残れてきたではないか。それを弱虫の卑屈さと馬鹿にできるのか。

 6時間たったと思うので、バッファリンをもう2錠飲みました。これじゃガンで
なくなった母親とおんなじだな。血液型も同じだし。本当に病気になったら出産の
痛みくらいですむつもりなの?私。おばあちゃんみたいにもっと苦しい時は苦しいって言ったほうがいいぞ。保険にもお医者さんにも頼ったほうがいいぞ。それとも
子供をハリーポッターにでもしたいのか?苦労なんてしちゃいけないんだよって
おばあちゃんいってたじゃない。
 できるようにしかできないよ〜。

 私が着物を洋服に仕立てられたら奇跡だな。話題が切り替わりすぎ。



 



 

 


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