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多少肥満気味なうちの息子の小児科の先生が、犬の散歩とかすることがあるといいですねとおっしゃっていたという話をパパさんにしたことがありました。 私は犬は外で飼ったことはあるけれど猫を飼ったことも室内飼いの経験もないのですが、とても飼いたいと思っていました。里親募集のサイトを眺めてはため息を ついていましたが、パパさんはうんといえませんでした。そこに今回息子の主治医の先生のふとした言葉。
お医者さんの言葉には一応権威があるので、私は喘息や糖尿病予備軍かもしれないうちの息子の主治医の先生がペットの世話などをするといいとおっしゃったことに内心大変喜びました。 もし喘息だからペットの髪の毛やほこりはいけませんとお医者様にいわれてしまうと、人間は自分自身が髪の毛やふけなどを生産しているのですから、一生自分の髪の毛や垢まで意識しながらあくせくごみ拾いをしなければならないというイメージが膨らんで、憂鬱にため息をついて心を閉ざされてしまう。そして汚くなってきたから掃除してよ、という主人の言葉にいやいや従っても家政婦奴隷意識が膨らんでしまって心は晴れません。しかもこの心理状態の時にはいくら掃除をしてもきりがないのでしたくないという気持ちが勝ってしまう。 しかし、子供の喘息にペットの世話はなかなかいいことなのです。 こういうことであれば、私は俄然犬がその音がうるさいと文句を言ってもふっふっふ掃除機の音が嫌いなのね、私も好きじゃないよ、と思いながら気にせずに掃除機をがーがーとかけ(だって窓をあけるとすぐ脇に夜も昼もひっきりなしに車ががーがーと走っている通りがあるのに二重サッシを閉めればほとんど外の音は聞こえないから、たまに鳴いても窓を閉めてしまえばあまり気にしなくていいような気がするし)、いそいそと自ら進んでごみの始末も仕分けも楽しく、手洗いやうがいなども自らすすんでしようかという気になり、子供にあれこれと世話焼きをいう私のトーンもさして憂鬱なものだったり険があったりしなくなったのです。
パパさんはひとたび自分がかわいいと思った生き物の世話は割合いとわないほうで、金魚の水槽の清掃などにも割合腰の軽いたちのように私には思われます。帰宅して私や子供がそっけない雰囲気に感じられる時でも、金魚は憎たらしいことも言わずにえさくれえさくれと騒ぐ様子が自分を必要としているかわいいやつだという感じがすごくするみたいです。おそらく彼は愛するもののためなら手間隙をかけることをいとわない。それが働く原動力にもなるのだ。 そのパパさんが子供の喘息の主治医の先生が喘息だからといってペットの毛には気をつけてなどとおっしゃらずに息子に金魚の世話を日課にして実行していくようにといったことに心を動かされた。 パパさんの実家でも犬は飼われていたし鶏もいた。私も子供のころ犬や鶏やアヒルやウサギなどに囲まれていた。子供に恵まれたけれどもなんだか足りない気がする。 何が不満なのか。 お金は多いに越したことはないのだけれども、適度な消費は景気にプラスすると思うのだけれども、今自分の洋服を買いあさってもすぐには破産しないとしても、洋服のバーゲンに血道をあげて満足できるという気はしない。すると私のファッションの趣味はさして強烈なものではない。化粧品やおしゃれも必要ないとは思わないセンスのいいおしゃれな人って素敵だなとは思うものの、化粧品も乳液やローション程度、好みのシャンプーとドライヤー程度で満足だ。ダイエット食品に希望を感じて実行するというところまでいかない。災害に遭われた人を応援したいもののただ気持ちばかりであり、我が家の貯金を全部当てたとしても、たった一軒のお宅の足しにもならない。公的な支援などに応援してほしいと思う。ほかのボランティアの方のご活躍に期待したいと思う。 旅行もいいが、毎週あちこちに出かけたい海外にいきたいとも思えない。 しかし今私は息子以外の存在がほしい。子供は大切だけれども、その子だけになってしまうよりも、生き物がいるといいなと思う。金魚も生き物だけれども、犬とか猫とかのほうが感情が金魚よりも複雑に思える。しかし人間の子供とは違う。息子もペットも同じ命だけれども、息子が犬と同じような食べ方をするとそれは格好が良くないと感じるところが出てくる。息子はペットではなくて人間なのだ。しかも自分が所属する地域社会の文化に影響を受ける。しかも息子は私のものではなく、どちらかというといつかどこか知らないお嬢さんのお役に立つものになってほしい存在だ。息子に弟か妹をと思ったのだけれども、どうも授かりもので思い通りにはならない。そこに今回パパさんがかわいいと思える雌の子犬が登場して私はとてもほっとしているのです。甘いかしら。 猫のような性格にも私は惹かれるのだが、パパさんは猫は気がすすまなくて、犬のほうが好きらしいので、彼がペットを無理だと考えなくなったということが私にはうれしい。猫の魅力は今は断念する。ごく小心な気質なので、猫よりも犬のほうに縁があるのかもしれない。猫よりも犬のほうが世話やしつけは大変な気がするが、我が家の主人の意向だということにして私は子犬を飼ってしまいました。これはプラスに働くと思っているのです。 朝起きるのが楽しみになったのです。主人が戻るまでに子供と二人だけじゃなくて、話し掛けるのがぬいぐるみじゃなくて生き物だというのがとても助かるのです。
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