�蠧�記
DiaryINDEX|past|will
ぜっ不調ですが、何かいいことを見つけたい。いいことを考えたい。感じたい。
例えば、日が差していることとか。
昨日は多分雨だったような気がします。
雲の間から日が差していると素敵です。
出かけていくのが気の進まないけれど、しかし行かないわけにもいかないところへは、やはり出かけていくことにしました。 でもその会議に出かけていって、そして自分の意見をどうするか。妙案が 浮かびません。でも出席はしなくちゃと思います。人の意見を聞くだけでも 出席の意義ってあるんですよね。
近くやってくる個人面談も憂鬱だ。
ほかの人はおそらくもっと大変なんだと思うけど。
前向きにいかなくちゃ。というのが戦地に出かける兵隊さんの勇気とか 心意気とかを必要とする。って大袈裟ですか。人間の集まりがどうしてこんなに憂鬱なのか。以前五月病っていうのがありましたけど。11月ですね。
プラス思考で行こうよ、って子供が言っていましたけど。朝起きるのが 辛くても学校休むとは言わないということは、息子は今結構それなり好調なんじゃないかな。パパさんも前向きです。何だか少し羨ましい性格です。パパさんは私を羨ましいと言いますけどね。
よく、鬱病って状況が悪い時になるとは限らず、むしろ、人から見ると 昇進したりして、おめでたい時になることがあるっていうじゃありませんか。
子供のクラブ活動は表彰されたんだからもっと喜んであげればいいのにね。
私が幼児の頃と変わらず泣き虫なのは、生命力の表れと思います。 私だって社会の一員さ〜!っと大空に向かって大声で叫んでみるかな。本当に叫んでいるところを見られたらどうしよう。それでしょっぴかれたりしませんよね。 パパさんは信号見落として罰金取られたりしていたけど、くそ〜本当に気がつかなかったんだと悔しがっていたので、何だか私は責めませんでした。普通奥さんだったら責めませんか?どうしてため息だけで終わってしまうんでしょうか。
ブログは縮小しました。私はこのエンピツでぼそぼそ独り言を言っていたい気分なのです。容量が小さいのかな。
だけど、お父さんやお母さんがすごくいい人なのに、お子さんの語ることがすごく癇に障ることってありました。こんなにご両親が素晴らしい人なのに、お嬢さんそんな考え持っていたのかってがっかりしたことがありました。その子は私やうちの子に対して批判を持っていたわけじゃないかもしれないんですが、何だか自分の子供の人格を馬鹿にされたみたいにとても不愉快だったんです。打楽器はどんな馬鹿でも変な人でもできる楽器だ、って言った子があったんです。そんなことないよ、ってそのお母さんはおっしゃったんですけど。こんなことで一人のまじめな女の子に悪い印象を持つのは早計ですよね。物事ってその時の気分によって色々な風に見えるものですよね。 だから人に自分が変な人だと言われたからといって傷ついて自分が変なのかと考える必要もないなと思いました。その子の精神状態がその時いろいろな不満やストレスで一杯だったからたまたまにこやかにまたは一生懸命太鼓を叩いている人が利口に見えなかっただけで、自分の意識が人を傷つけているという意識はないんだろうと思うことにしました。 それに、その時はとてもよくできて賞が取れるんじゃないかという期待と緊張感とプライドがあったのに、私はほかの学校にもいい演奏があったとか 言っていたのも無神経だったかもしれないし。 でもせっかくいい賞だったけれど、何だか安っぽく感じられてしまって 素直に喜べませんでした。
これからまた大会というのもあって、息子はいくつもりらしいのですが、私はあまり気が進まない。どうしようもなく疲れているんです。
でも、主人の祖母の言葉に従って、ドンマイドンマイで行くしかありませんね。誰も馬鹿ではないのですから。 自分を馬鹿だと思うのもやめます。もし私と同じような感覚の人があったとしたら、その人の苦しい感覚を馬鹿にすることにもなるかもしれないから。 多分子供たちは親の建前と本音を越えて正直なんだろうと思います。
もう自分の限界を悲しむのはやめた。
http://au.news.yahoo.com/051117/15/wu99.html
相生市でアスファルトを突き抜けて生えてきた大根のニュースがオーストラリアのサイトにもあったのが、面白く感じました。
|