�蠧�記
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幼稚園や小学校でクラスが同じだった女の子が語っていたことを思い出す。
彼女は一人っ子でご両親の愛情をよく受け継いでいたけれど、私に彼女のご両親に対する不満を話したことがあった。それは彼女のご両親が彼女が付き合う友達について、あの子とは付き合って欲しくないというようなことをおっしゃることがあることについてだった。 彼女はふくよかで柔和な人だった。時にはクラスの中で批判の対象になったこともあっただろう私のことをも恐れずにかばう発言をしてくれた少女だったから、辛抱強くて必ず人の良い面を見つけようとする性格だ。だから他の友達についても、自分なりに認めようとする気持ちを、例え尊敬するご両親の老婆心からであってもあれこれ差し出がましく言われたくなかったのだと思う。 小学生か中学生になりたての頃に、智恵子抄について私に熱意を持って 語ってくれた慈愛の感じられる彼女の人柄を思うと、私は今でも大人しくあろうとしてもお粗末で感情的な自分を恥ずかしく思う。私は高松塚古墳の樹下美人のような彼女の風情にまったくぞっこんで、彼女が他の友達といるのを見ると焼けるほどだったのだ。 私の正直なところは彼女にとって自分が一番の親友だったら最高だったのだが、私は彼女を慕うあまりに身勝手な感情も持て余すことがあり、穏やかな彼女をうんざりさせたこともあったと思う。それでも彼女は私に自分の思いを忌憚なく話してくれたこともあったから、その思い出は私の宝物だ。 彼女も私も結婚してだいぶたった頃、親って駄目ねえと彼女のお母様が彼女のいなくなったご自宅で自嘲気味におっしゃったことがあった。円満を絵に描いたような見えるご両親だった。実のところ私は彼女が結婚してご実家を出た後でも彼女の部屋がそのままに残されている様子が羨ましく感じられたりしていたのだけれど。
今朝は一面の雪景色でした。また雪が降っています。
クリスマスはホワイトかな?
旦那さんは雪だ雪だと嬉しそうだった。うえ〜やだなあ寒いなあという可能性もあるのに、子供みたい。かも。
急がば回れ。
すごい雷と稲光。雪の日にわざわざ売りに来たパン屋さんママがありました。
私が通信を始めたのは10年くらい前で、パソコン通信を始めた頃、危険なことがあるので、自分の名前以外で書き込んだ方がいいというアドバイスがあって、ネットでは色々な名前で書き込むのは普通のことのようですね。 昔も作家や芸能人の人などが芸名のようなものを使うのは知られていましたが、平凡が人間が子供の頃のように名前を変えようなどと考えずに一つの本名で暮らせた頃が懐かしく感じられたりします。いつまでも世間知らずなのは相変わらずだけれど、何だか気をつけなければいけない細々としたことがどんどん膨らんでいくばかりなのが忙しなくて疲れる。自分が物事を把握しようとすることに精一杯で、親として望まれること気をつけなくてはいけないことにアップアップしてしまいます。そういう人は少なくないのではないかと思います。ネットの名前ばかりでなく、国民として登録された名前まで変えようとする人の心の中が、平穏で幸せのようには思われない。
若い人たちが働くことに無気力なことが多いということだが、例えば私も 働きに出ようかと思ってもなかなか出て行けなくなっている。子供の学校には出て行くのだが。
自分がこんなだと子供の活動範囲も狭まるような気がしてそれも心配だけれど、今のところ子供は無気力ではないのでそれを大事にしたい。子供は 私だけの子ではなくて、お父さんの性格もあるだろうし、後天的なものもあると考えたい。
家に一人でいるよりも少しでもパートなどに出た方がいいかと思うけれど、出ようとして体力的に続かなかったという思いがまだネックになっている。自分にもできていることはあると考えたい。
ペーパードライバーのまま書き換えずに失効した免許も取りたいけれど、 体力のあったはずの20代の頃に6ヶ月かかったので、もし取ろうとして 駄目だった場合を考えるとショックが大きいだろうと思ったりする。ドライバーの頃人身を起こしたことはないが、うっかりのために加害者になるかもしれない恐怖が大きい。それだったら歩いていてうっかり怪我する方がまだ気が楽だと思ってしまう。しかし、実際は私は骨折の経験もないのだ。これって考えすぎの部類だろうか。
知らないことの怖さもあるけれど、情報が氾濫しすぎていても動けなくなるような気がする。それでもいつか霧が晴れて自分の道が照らされることも あると信じる。
ところで、この頃息子は朝お父さんが仕事に出かける時に、自分のことをしていてもわざわざ玄関まで行っていってらっしゃいと挨拶するようになった。
一喜一憂せずにのほほんといきたいなあ。でもこれでいいのだ、バカボンのママなのだ、って言う?息子はバカボンの雰囲気を醸し出していることが あるような気がする。バカボンのママって結構二枚目じゃなかった?じゃりんこちえのおかあさんも。しょってるわね。
それにしても一日がたつのが早い。
株が上がっているのは景気がよくなっているのかしら?時折パパさんの勤め先の株が下がってくると買おうかと考えることもあるけれど、私はどうも株には手が出ない。そのことで頭が占められてしまうのが怖いのだ。それでなくても不安で一杯なのに。余計自由に考えられなくなりそう。凡人は汗水たらした薄給の中で暮らすのが一番な気がするし、そういう凡人がいなくなったら全体的に困るんじゃないかという気がする。水商売だという人とネット上で言葉を交わした時に、普通の人が沢山あってくれればこそ水商売のものも助かるのだと語っておられたことを思い出す。株と水商売とは違うかも しれないけれど。それだもので私はやっぱり働き者で本業に精を出す夫の帰りを待つ生活を自ら捨てる気になれないのです。私にとって夫の声は神仏の 使いの親近感がある。朝出て行ってその日の夕方の声でも懐かしいのだ。
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