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例えば世の中に無駄なものなど一つも無い、というアイデアに則ると、贅肉やお肉のたるみも無駄ではない、何となればそれは非常時のための備蓄だしとならないこともないですが。非常時のことばかり考えていると、体が非常時に備えて油分などを吸収しやすくなるのではないかとも思います。例えばダイエットのために甘いものは食べないなんて、何という贅沢でしょう、どこそこでは餓死している子供たちがあるのに、と思った時点で、もう非常時のことを考えてしまっています。それで非常時を想定して甘いものも牛脂もしっかり吸収されているんじゃないかと。でも、それじゃ細い人は何も考えていないように聞こえますが、そんなことは勿論ないですよね。でも、確率的に多くの事例に照らし合わせたわけではないですが、私の知っている細い人は、割合思い切りよく物を捨てます。物持ちのいい人って、例えばこれはあの時だれそれがこんなふうにしてくれたこれだから捨てられないとかいう思いがあって捨てられずに持っている。悪くないではありませんか。しかしそれだったらせめてそれを博物館か美術館のようにオブジェの陳列の仕方とかにも美意識を砕いてみたいものだと思うのですが、私の部屋は、まだ雑然さが相当の位置を占めています。しかしながらしつこく感じられてかなわないことがありますね。あっさりしたものが欲しくなることが。例えば脂肪吸引などをするとそれでお腹がすっきりするものでしょうか。少しねじってみたくらいでは贅肉は落ちませんね。相当燃やさないと。どうしたら燃焼するのかまだ年とはいえないのですが若いともいえないのは、若い頃のように燃えるような想いというのが火がつきにくくなっているのですよね。火がつくのも困りますが、お腹の脂肪だけ燃やせるような火力はどこから調達できるでしょうか。ルノワールの絵があるので(うちにはないです、心の中にね)多少もこもこしていても構いませんでした、というか、その気になる時は、同じように腹に脂肪はついているはずなのに、普段よりも自分のお腹が凹んで感じられたりする都合のよさが介在するのです。実際多少のコンプレックスも内在している普通の男性自身が完璧なスタイルの女性に対して自由にその気になれるかどうか疑問ですし、女性が自分の中で我を忘れれば、実際の脂肪の肉付きは関係なくなることもなきにしもあらずかもしれないと思います。夫婦関係のためにお腹の脂肪を減らしたいという必要性がないとすると私は何のためにすっきりさせたいのでしょうか。肥えたお相撲さんのように目が線になるほど目の周りが盛り上がっているわけでもないのに、目の周りがしわっぽくなるのは、年を感じさせられます。それはある程度仕方の無い年には勝てないという諦観も一つと思うのですが、人は自分ほど気にならないものですから、年を忘れるのもいいなと思うようになりました。息子のお友達の女の子が若く見られたくて若く見られないと不機嫌になる女性の先生に対して事実は仕方がないじゃないかそのままの年でいいじゃないかとぼやいていたのを聞いて、私も今までどなたに対しても実際の年齢のまま来た口ではありますが、女性も若い頃はありのままに勝負してはばからない強さを持っていますが、悩ましいお年頃というのもあるので、まあ、私も青春であります。10代の頃ににきびの一つ二つで悩まれた方もありましょうが、今目の周りにしわが出てきそうな危機感や、お腹のたるみ、おばさんとしてのたくましさが備わってきたようでいて、気力能力体力の限界を感じさせられる今日の私はやはり更年期の障害の時期ですね。30代とは違う価値観を構築しないと立ち行かないかな。
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