�蠧�記
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2006年04月27日(木)

うま 馬

a horse; 《雌》a mare; 《小馬》a pony; 《子馬》a colt.
・〜に乗る ride [have a ride on] a horse; get on a horse.
・〜から降りる[落ちる] get off [fall from] a horse.
・〜で行く go on horseback.
・〜を止める pull up [hold in] a horse.
・〜の手綱(たづな)を引く rein in a horse.
・〜が合う get on well ((with)).

・どこの〜の骨とも知れないやつに娘はやれん  I'll not marry my daughter to a man of unknown origin.
・〜の耳に念仏  It's like preaching to the wind.
・将を射んとすればまず〜を射よ  To kill the general, first kill his horse.
・〜には乗ってみよ,人には添うてみよ  Judge a horse by riding it, judge people by working with them.

[rein]

━━ n. (普通pl.) 手綱; 抑制(の手段).

・draw rein (馬を止めるため)手綱を引く; 速度を落とす; 控え目にする.
・give a horse the rein(s) 馬を自由に歩かせる.
・give ((a) free) rein to / give the reins to …に自由にさせる.
・keep a tight rein on …を厳しく制御する.
━━ vt. (馬を)手綱で御す, 抑制する.

・rein back [up] (馬などを)手綱で引き止める.
・rein in [back] 馬の歩みをゆるめる; 抑制する.

さく 咲く

bloom; blossom; come out.
・咲いている be out [open]; be in〈full〉bloom; 〔形〕 blooming [open] ((flowers)).
・話に花が〜 have a lively conversation ((about)).

bloom1 [blu:m]

━━ n. ((集合的)) 花; 開花期, 花[真っ]盛り; (顔の)健康色, サクラ色; (果実・葉などの)蝋粉(ろうふん).

・come into bloom 咲き出す; (才能などが)花開く.
・in (full) bloom 花が開いて[満開で].
・in the bloom of …が真っ盛りで.
・out of bloom 盛りを過ぎて.
・take the bloom off …のつや消しになる, だいなしにする.
━━ v. 咲く[かせる]; 栄える.

soukaいえめんはおすまんとるこのりょうどだったことがあるのねそれでいえめんのひととオフしたといったらとるこのひとがけしきばんだのかな、しょうじきにいえなにもなかったのかってだんなさんじゃあるまいしとおもうが
なんとなくにくめないばらえてぃけいのおひとだほんとうにただおかおをみただけだったんだもの。それにしてもいえめんはあぶらのくになのね、うちのくるまはひかくてきあぶらがしょうりょうですむけれど、あらぶじんとあってなにもないというのはぎわくなのか?ほんとうになにもないおともだちなのよね〜


じゃじゃ馬ならし (The Taming of the Shrew) は、ウィリアム・シェークスピアによる喜劇である。彼の初期の脚本のひとつであり、1594年に執筆されたと考えられている。

実はこれ読んでいない。読みたいな。

あらすじ
第一幕の前に、クリストファー・スライという名の酔っ払いを中心人物として、この芝居は「昔の出来事」であると解説する導入部分が語られる。スライは飲み代を払わないために酒場から蹴り出され、外で寝込んでいるところに悪戯好きの領主が通りかかる。この領主は、哀れな酔っぱらいに、スライ自身が領主であると思い込ませようと巧妙な悪戯を仕掛ける。その最中で劇中劇が演じられ、それが以下の部分となるが、この導入部分はあまり上演されない。

タイトルにもなっている「じゃじゃ馬」は、パドヴァの商人バプティスタ・ミノーラの長女カタリーナ・ミノーラを指している。彼女は極端に激しやすい性格で、誰も彼女を制御することはできなかった。例えば、ある場面では、彼女は妹をイスに縛り付けているし、別の場面では音楽の先生を楽器で殴りつけている。

対して、彼女の妹ビアンカ・ミノーラは、美しくて大人しい性格で、街の貴族の男たちの人気者であった。バプティスタはカタリーナが結婚するまではビアンカを結婚させないと誓う。ビアンカには何人かの求婚者がいたが、そのうちの二人が結託し、ビアンカを自由に取り合いできるよう、姉のカタリーナを結婚させてしまおうと画策する。一方の求婚者グレミオは年を取っていて陰鬱、もう一方のホルテンシオは若くて威勢がいい。

この作戦は、二人のよそ者ペトルーキオとルーセンシオが街に現れたことで複雑になる。ルーセンシオはピサの裕福な商人の息子で、ビアンカに一目ぼれする。ペトルーキオはお金しか眼中にない。

バプティスタがビアンカには先生が必要だと言ったとき、二人の求婚者がその願いをかなえるべく、競って先生を探す。グレミオは、ビアンカを口説く目的で知識人を装っていたルーセンシオに行き会う。ホルテンシオは自分自身で音楽家に変装し、音楽教師としてバプティスタの前に現れる。こうしてルーセンシオとホルテンシオは教師のふりをして、彼女の父に隠れてビアンカを口説こうとする。

その頃ペトルーキオは、カタリーナと結婚したときに持参金として手に入る広大な土地のことを求婚者たちから聞かされる。彼は乱暴者のカタリーナを口説き、彼女の意志は無視しして、ケイトと呼び、結婚とその持参金を決めてしまう。と同時に、彼は新妻を「馴らし」始めた。彼女から睡眠を取り上げ、食事をさせない理由をでっち上げ、美しい服を買い与えてはズタズタに切り裂いてしまう。ケイトはその体験にあまりに動揺したので、ビアンカの結婚式のためにパドバへ戻ろうと聞かされたときには、あまりに幸せで返事ができないぐらいであった。彼らがパドバに着くまでに、ケイトの調教は完了しており、もはや彼女はペトルーキオに逆らうことはなかった。彼女は、ペトルーキオがそうしろと言えば太陽を月と呼び、月を太陽と言って、完全に服従したことを示した。

(ルーセンシオが先生している間、彼の召使いが主人の振りをするといった複雑な挿話のあと)ビアンカはルーセンシオと結婚することになる。ホルテンシオはビアンカを諦め、金持ちの未亡人と結婚。宴会の間に、ペトルーキオは自分の妻を、以前は手が付けられなかったが今では従順だと言って自慢した。ペトルーキオは、それぞれの妻を呼びに召使いを遣って、妻が最も従順にやってきたものが賭け金を取るという賭けを申し出た。バプティスタは、じゃじゃ馬のカタリーナが従順になったとは信じなかったので、賭け金に加えて巨額の追加の持参金を申し出た。

ケイトはただ一人呼び出しに応じて、ペトルーキオに追加の持参金を勝ち取らせた。劇の終わりに、他の二人の妻が呼び出された後、ケイトは妻は常に夫に従うべきだという演説をする。

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分析
「じゃじゃ馬ならし」には多くの解釈がある。現代的なフェミニストの観点からは、この戯曲は明白な女性蔑視として捉えることができる。特に終わりの部分が不快だという。

一方で、ぺトルーチオがケイトを馴らすために彼女と同じだけ苦しんだという評論もある。すなわち、彼女を飢えさせるために自分も食事をせず、彼女を愚かに見せるために自身も愚かに振る舞い、また彼女を眠らせないために自身も徹夜をした。ケイトを社会に適合した一員にするためには、彼女のヒステリー的暴力には、ペトルーキオの厳しい手段が必要だったようだ。この演劇が一見すると男性優位的に見えるが、実はそれほどでもないことを示している部分として、多くの人がこの点を指摘する。

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派生作品
後世、数多くの作品が「じゃじゃ馬ならし」から派生した。コール・ポーターのミュージカル『キス・ミー・ケイト』、Ermanno Wolf-Ferrariのオペラ Sly 、及び2000年のブラジルのテレビドラマ O Cravo e a Rosa などがある。

映画化も何度もされており、1908年にはD・W・グリフィスがサイレント作品として映画化。1929年には当時の大スター、メアリー・ピックフォードとダグラス・フェアバンクス主演で制作された。1967年にはフランコ・ゼフィレッリ監督、エリザベス・テイラー、リチャード・バートン主演で映画化。1999年には舞台をアメリカのハイスクールに置き換えた「恋のからさわぎ (10 Things I Hate About You)」がヒットしている。

連続テレビドラマ Moonlightingでも、主な登場人物が「じゃじゃ馬ならし」の喜劇的なパロディーを演じる回("Atomic Shakespeare")があった。

シェークスピアの同時代人ジョン・フレッチャーは1611年(シェークスピアのオリジナルの20年後)に喜劇的な続編「The Tamer tamed(馴らされる調教師)」を書いた。フレッチャーはシェークスピアの注意を引く目的でこの脚本を書いたと言われているが、それは確かに効き目があったようだ。この二人は少なくとも3本の脚本を共著している(フレッチャーは生涯に42本の脚本を書いたが、そのうち21本は他の有名な劇作家との共著である)。この脚本は、何世紀もの忘却ののち、2004年にロイヤル・シェークスピア・カンパニーの手により復活を遂げた。

ふうん、まあ台詞を読んでみないとわからないかな。


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