�蠧�記
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| 2006年09月04日(月) |
中学校も小学校と同じように給食費を銀行振り込みにして欲しい |
今の私には夢を見るのが一番のリフレッシュ一人旅のようなものだ。夢の中でもいろいろなシチュエーションがあっておかしい。個室で入院できたらいいなあ。何という贅沢だろう。子供の心配からも開放されて。何も考えなくても何もしなくてもよくて気を使わなくてよくて、傷つかないように身構えないでよくて、食べたくないものは食べなくてよくて、ごみの収集の仕分けも考えなくてよくて、お金の心配もしなくてよくて、事故の心配もしなくてよくて。誰を愛する必要もなくて。夢の中なら、三度三度ご飯を食べなくても掃除をしなくてもお金がなくても旅が出来る。もし心だけでなく体もめちゃめちゃ壊れて機能が停止すれば、もう人を愛さなくても構わないんだ。怒る必要も無い。努力する必要も無い。我慢する必要も無い。旅に出たくなるような気持ちになることもない。何も考えなくて済むんだ。機能しなくなるんだから。開放される。休めるんだ。この私にもいつか寿命がくるというのは本当に助かる。それとも来世があってお前の努力は足りないから今よりももっと大変な人生にしてやると言われるのだろうか。そんなの理不尽だ。私は死んだらもうちゃんと開放されるのではなくては嘘だ。
まったく話は変わるが、回教徒らしき人がアメリカ人にイスラム教に改宗せよと呼びかけている映像を昨日テレビで見かけた。 私は最近興味があってコーランを読んでいたけど、コーランには、特別布教しなくても、人は自然にコーランの教えを必要とするようになるものだというようなことが書いてあったように思う。だからその回教徒が自分が信じている教えは素晴らしいものだと信じてみんなを回教徒にしたくなる気持ちはわかるけれど、かなしいかな、いわゆる彼が考えているアメリカ人たちがあの映像を見てイスラム教に改宗したくなる気になるとはとても思えないですよね。いくらアメリカ人の悩みも深くても。マホメットは自分の後世の弟子がアメリカに対してそんなに意識せざるを得なくなるだろうと予想なさったのだろうか。本当に世の中はわからないものだと思う。それにしてもこんなことに関心を持っている私は、うーん、好きなんだなあと思う。マニアだろうか。私がコーランに関心を持ったのは、特に私を改宗させようとしているわけではない回教徒の人に関心を持って理解したくなったからで、改宗を迫られたからではないのだけれど、家族が私にコーランを読んで欲しいと願っているわけではないのだから、これはまったくの道楽と言える。でもこの道楽をもし家族に遮られようものなら、私は逆切れして素直にはなれないだろう。
元気な女性って羨ましいと思う。体力が欲しいなあ。せめて一人で病院に血圧の薬をもらいに行ける力があればいいなあと思う。どうしていけないのだろうか。子供の薬はもらいに行けるのに。血圧の薬買ってもすぐに破産したりしないよ。どうしていけないのだろうか。血圧の薬をもらえたら、もっとちゃんと生活できるんじゃないだろうか。
今の子供の中学校が小学校と同じように給食費を引き落としにしてもらえると助かるんだけどな。給食の内容は子供に選ばせないでもいい。ああ、入院したい。
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