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2007年02月04日(日)

うーん、子供を生む機械発言等について

 何だかこの頃何か書こうとしても慮って消してしまったりすることが多い。

 私は10代の頃はねんねで結婚についても出産についてもほとんど深く考えたことがなかった。両親は結構時々激しく夫婦喧嘩もあったが、それでも私は、多分兄たちも、両親は年を経てもなお仲がよい方だと見なしていたし、
親の離婚等の心配をしたこともなかった。
 友達と付き合う上で、結婚しなくても子供は生まれることがあるし、また親が離婚するという場合もあるということは知るようになったが、私自身は
今よりもずっとぬくぬくとした家庭の中にすっぽりと入ってのほほんとしていたし、本当に世間知らずだったのだ。ベルサイユのばらだとかそんな夢の世界で遊んでいた。
 子供を生むことについては、実際結婚するまでほとんどわが事として想像したことはなかったが、兄たちに子供が生まれたりしたので、そんな風になっていくものだと漠然と他人事のように感じていた。
 で、世襲制の家庭に嫁いだので、子供を生んでいいものだと思っていたし、その家庭の事情とかいろいろあったが、生まれた方がいいものだと思っていたし、オーケストラができるほど子供が欲しいなんておっしゃらないでというほど緊張はしていずに、祖父母のように沢山生みたいもんだと思っていた。
 しかし、実際、出産は授かりものであって、思い通りにはいかない。自分自身の体力というものについてもよくわかっていなかったし、驚くことは山のようにあったのだ。だから期待されているカップルよりももう見捨てられたようなカップルの方が気が楽に励めるところもあったかと思うし、何かよんどころない事情みたいなものがそれぞれにあることを思うと、本当に一概に何も言えないような気がするが、つい口さがないことを言われてプレッシャーを感じるということも昔から枚挙に暇がなかった。乙女心嫁心を悩ませたこともあるし、今度は自分が口さがなくなりそうなこともよくあって困ったものだ。
 昔は生めよ増やせよの時代だったから沢山生んで今悩みの種が尽きないと嘆く祖母もあるが、昔だってそんな人ばかりではなくて、欲しくても授からない場合もあったろうし、また欲しいと思ったわけでなくできてしまったこともあるだろうし、いろいろな事情があったことだろうと思うのだ。
 とにかくなるようにしかならない、好きな人と一緒になるということもままならないこともよくあることだと思うので、私としては、もらってくれるというところ抵抗を感じなかったところにはありがたくいってできたらありがたく生ませてもらったというのがありていのところだが、さて、これから
どうなることかと考えても一向にわからない。自分の場合はあまり考え込まないうちに飛び込めてラッキーだったかと思ったり、暗雲に閉ざされて結婚を承諾したのがいけなかっただろうかと思ったり、その時によって勝手に感じてしまうのだ。


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