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今日は月曜日。
おんぶに抱っこ。
小学校の校庭に二宮金次郎の銅像が立っている。二宮金次郎は赤ん坊を負ぶって本を読んでいなかっただろうか。
主人の祖母は孫である私の主人をおぶって仕事に出かけたものだということだ。
私も主人の子供をおぶって夜中に何時間も野外を歩き回ったものだ。でも 背中に子供をおんぶして両手でもう一人抱いたことはない。
娘を連れて歩き回ったこともある。娘を車の助手席に乗せて運転したこともある。
私は煙草を吸いながら車を運転したことはないが、煙草を吸いながら、パソコンのキーボードを叩くことがある。
主人は煙草を吸いながら子供をおんぶして助手席に子供を坐らせて車を運転していたか何かの女性の姿に眉をひそめたことがある。多分断煙した後のことだ。だが主人は断煙しても喘息は良くならない。息子の鼻炎も良くならない。きっと世の中全てから花粉や煙草の煙がなくならない限り治らないのだ。しかし燃えるごみは燃やされ、煙突からは毎日煙が立ち昇っている。主人が運転する車は燃費が良くてガソリンが少なくて済むという事だが、ガソリンが要らないわけではない。
背中に赤ん坊を背負って助手席にもう一人坐らせて煙草を吸いながら運転していた女性は、責任を取ろうとしていなかっただろうか。
もし自然がいいということであれが、煙草は自然のものではないのか。大麻は自然のものではないのか。ガソリンは自然のものではないのか。花粉は自然のものではないのか。牛乳や卵がアレルギーを引き起こすのでそばを食べる人もあれば、そばでアレルギーを引き起こす人もある。水と油が相容れないのは自然ではないか。どうしてクリームはなめらかなのか。どうしてクリームから透明の油のようなものが分離して出ていることがあるのか。
私も煙草を吸えなくなる時がある。喉が炎症を起こしている時かな。でも喉が炎症を起こしている時は、体がまだ危険信号を出せている時だ。熱が出て 寝込んだりするのは、からだがエスオーエスを出せるということだ。白血球が闘える。苦しめる。
もしこの世で本当に安らいでいられるならば、煙草も何も要らないかな。
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