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私は四角い部屋を丸く掃くタイプということだったが、今日は四角い部屋を四角く掃いてみたくなった。
ところで夕飯は何にしよう。
今日は防災の日だったか。そういえば、9月1日ってそうでしたね。
国名:キリバス共和国 (Republic of Kiribati)
2007年2月現在
一般事情 1.面積 730平方キロメートル(対馬とほぼ同じ。世銀)
2.人口 92,428人(2005年、政府人口調査)
3.首都 タラワ(4.6万人)
4.民族 ミクロネシア系(98%)の他、若干のポリネシア系及び欧州人が居住。
5.言語 キリバス語及び英語が公用語
6.宗教 ローマ・カトリックとプロテスタントが主な宗派
7.略史 年月 略史 1606年 スペイン人キロス、ブタリタリ島(ギルバート諸島)を発見 1892年 英国、ギルバート諸島、次いでエリス諸島を保護領と宣言 1916年 英国、ギルバート、エリス諸島を併合、植民地とする 1939年 英及び米国、カントン島及びエンダベリ島(フェニックス諸島)を共同統治 1941年 日本軍、バナバ、タラワ、マキンを占領 1979年7月12日 独立
政治体制・内政 1.政体 共和制
2.元首 アノテ・トン大統領(Anote Tong)
3.議会 一院制、42議席(内2名は司法長官及びランビ島評議会代表者)、任期4年
4.政府 (1)首相 なし
(2)外相 アノテ・トン(大統領職と兼任、2003年8月就任)
5.内政 独立以来大統領を務めてきたタバイの任期終了により、1990年7月にテアンナキが大統領に就任。1994年の総選挙で与党が大敗し、テブロロ・シトが大統領に選出され、1998年11月の大統領選挙で再選された。2002年11月に実施された総選挙では与党が苦戦し、続く2003年2月の大統領選挙ではシト大統領がかろうじて三選を果たしたものの、3月に不信任案が可決され辞任、議会は解散した。2003年5月の議会選挙に続き、7月に行われた大統領選においてアノテ・トンが選出された。同年11月、トン政権は台湾と外交関係を樹立し、これが一時的に政治問題となったものの、現在では安定政権となっている。漁業とコプラ生産を主とした経済開発を基本とした、経済自立の達成が最大の課題。
外交・国防 1.外交基本方針 豪、NZを含む太平洋諸国との友好関係維持・強化、経済自立達成、財政収入確保のため多様な国際関係を模索(1985年、ソ連と漁業協定締結、1986年失効)。トン大統領は2003年11月、台湾と外交関係を樹立、これに対抗し中国はキリバスと断交した。
2.軍事力 軍隊はない
経済 1.主要産業 漁業、コプラの生産
2.GNI 137.4百万米ドル(2005年、世銀)
3.一人当たりGNI 1,390米ドル(2005年、世銀)
4.経済成長率 1.8%(2004年、世銀)
5.物価上昇率 -1.9%(2004年、ADB)
6.総貿易額 (2002年、ADB)
(1)輸出 6.32百万豪ドル
(2)輸入 91.59百万豪ドル
7.貿易品目 (1)輸出 コプラ、観賞用魚、海草
(2)輸入 食品、輸送機器・機械、工業製品
8.貿易相手国(2003年) (1)輸出 日本、韓国、豪州
(2)輸入 豪州、フィジー、ニュージーランド
10.通貨 豪州ドル
11.為替レート 1豪ドル=94.43円(2007年2月)
12.経済概況 1979年に燐鉱石が枯渇して以来、漁業開発の促進等により新しい経済構造を模索中。LDC(後発開発途上国)。
経済協力 1.我が国の援助実績 2005年度 2005年度までの累計 (1)有償資金協力 なし なし (2)無償資金協力 6.39億円 150.82億円 (3)技術協力 0.29億円 (JICA実績のみ) 35.86億円
2.主要援助国 (百万米ドル、2004年DACベース) (1)豪(5.4)、(2)NZ(2.1)、(3)米国(1.3)、(4)日本(1.2)
二国間関係 1.政治関係 (1)1979年7月12日のキリバス独立式典に大野明衆議院議員を派遣。同日国家承認。
(2)1982年11月、バイテケ初代駐日大使(移動大使)が我が国に信任状を捧呈。
(3)1983年4月、在京キリバス名誉総領事館開設。
2.経済関係 (1)対日貿易(2005年、財務省通関統計)
(イ)貿易額 輸出 125万米ドル 輸入 1,014万米ドル (ロ)主要品目(%) 輸出 魚介類(まぐろ、かつお) 輸入 機械類、自動車 (2)我が国からの直接投資 1件 35千円(1993年度)
(3)政府間漁業協定(1978年発効)
3.在留邦人数 25名(2006年9月現在)
4.在日キリバス人数 6名(2005年10月現在)(「出入国管理統計年報」法務省)
6.要人往来 (1)往 (1979年以降) 年月 要人名 1979年 大野明衆議院議員(独立式典特派大使) 2000年 浅野勝人外務政務次官(PIF域外国対話) (2)来 (1979年以降) 年月 要人名 1979年、1985年、1988年 タバイ大統領 1981年 テイワキ天然資源大臣 1982年、1985年 キラタ天然資源大臣 1985年 アロバティ貿易・産業・労働大臣 1987年 タオマティ天然資源開発大臣 1988年 アタイア保健・家族計画大臣 1989年 テアンナキ副大統領(大喪の礼) 1990年 ボカイ人事院総裁(花博賓客) 1990年 タバイ大統領(即位の礼) 1997年 シト大統領(日・SPF首脳会議) 1998年 シインガ蔵相(ADB・CG会合) 2000年 シト大統領(第2回太平洋・島サミット) 2001年 シト大統領(外務省賓客) 2003年3月 タオム労働・エネルギー大臣(水フォーラム) 2003年5月 オタン国政評議会議長(第3回太平洋・島サミット) 2004年8月 ナカラ漁業・海洋資源開発大臣(鈴木元総理葬儀) 2004年8月 同上(日・キリバス漁業協議) 2005年8月 テーベ通信・運輸・観光開発大臣(博覧会賓客) 2006年5月 トン大統領(第4回太平洋・島サミット) 2007年2月 トン大統領(実務訪問賓客)
6.二国間条約・取極 日・ギルバート諸島漁業協定(1978年)、青年海外協力隊派遣取極め(2007年)
7.外交使節 (1)駐キリバス日本国大使 滑川雅士駐フィジー大使が兼任。
(2)日本へのキリバス臨時代理大使 エリオット・アリ(キリバス外務次官、本国常駐)
【タラワ(キリバス)=仲川高志】地球温暖化に伴う海面上昇により、国土が水没の危機にひんしている太平洋の島国キリバスのアノテ・トン大統領(55)は本紙と会見し、「我が国は早晩、海に沈むだろう」と明言。
国家水没を前提とした上で、国民の脱出を職業訓練などの形で側面支援するよう、日本など先進各国に要請した。
首都タラワの大統領官邸で、30日、インタビューに応じたトン大統領は、キリバスの水没は不可避との見方を強調、「小さな我が国には海面上昇を防ぐ手だてなどなく、どうしようもない」と述べた。国際社会の取り組みについても、「温暖化は進んでおり、国際社会が(2013年以降のポスト京都議定書の枠組みなどで)今後、どんな決定をしても、もはや手遅れだ」と明確に悲観論を展開した。
小泉左京さんも日本沈没を著したが、早晩とはいつ頃の頃だろう?ノストラダムスの大予言とか終末気分が強くなった発言とは違うのだろうか。
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