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木曜日。
阿部さんは政治家よりも学者になったらどうかと思う。悪がき的な部分がほとんど感じられなくて本当にいい人そうだから。今のままのよさを生かすには、学者。
安全保障条約は絶対必要だったという固い信念をお子さんの時から持っておられたのだから、やはり阿部さんの美しい国のモデルはアメリカ合衆国ではないかと思う。アメリカは自分で美しい国を目指さなくても、日本が米国と呼ぶところのアメリカ合衆国を、台湾も中国も美国と呼んでいる。つまりアメリカは国として美しくあろうと努力しなくても既にその構造を美国と他国に認められているのだ。そのアメリカに日本がいくら憧れて美しい国になりたいと願っても、永遠に追いつけない。日本は日本として行くのが自然だと思う。
私は決して安保反対ではない。今のところ日米同盟を破棄して日本が生き延びられる道があるとは考えていない。アメリカに占領された日本はラッキーだったようにも思われる。しかし、多国籍軍がイラクに駐留することが最善かどうかも、疑問。自民党の候補者が当確と聞くと、民主党に入れたくなるのだ。で、アメリカがイラクを攻撃したのは、正義だったとは思えないところがある。アメリカを嫌いじゃないが。ビンラディン氏を追いかけ続けずにその勢力をイラクに持っていったのは、腑に落ちない。あの時アメリカ人の怒りの気持ちはわかると思ったけれども、何だか藪の中だ。もともと世界は混沌としていたという気がする。あれは何か川の堤防を小さな溝から水があふれ出たような印象。そういう意味ではあれも日本の開戦も似ているようでもあり、しかし日本はやはり小国だ。でも小国だから何も言えないというわけではないですよね。
ところで、ベトナム戦争の後、ベトナムはどうなっているんだろうか。 東工大の文化祭で、ベトナム料理の生春巻きは実に美味しかった。べトさんは結婚した。
で、イラクは。
国名:ベトナム社会主義共和国 (Socialist Republic of Viet Nam)
2007年9月現在
一般事情 1.面積 32万9,241平方キロメートル
2.人口 約8,411万人(2006年) 人口増加率:1.18%(対前年比)
3.首都 ハノイ
4.民族 キン族(越人)約86%、53の少数民族
5.言語 ベトナム語
6.宗教 仏教(80%)、カトリック、カオダイ教他
7.略史 千年を超える中国支配を経験した中国文化圏最南端の国。
年月 略史 1883年 仏の植民地化。 1945年 ベトナム民主共和国成立。 1949年 ベトナム国(親仏)成立。 1954年 ジュネーヴ協定により南北分割。 1955年 南部で共和制成立。 1965年 米軍直接介入開始。 1973年 パリ和平協定。 1975年 南越崩壊。 1976年 南北統一(社会主義共和国)。
政治体制・内政 1.政体 社会主義共和国
2.元首 グエン・ミン・チエット国家主席
3.国会(グエン・フー・チョン議長) (1)一院制(493名)、任期5年(但し2007年〜2011年の第12期国会は4年)
(2)中選挙区
(3)選挙権満18歳以上、被選挙権満21歳以上
4.政府 (1)首相 グエン・タン・ズン
(2)外相 ファム・ザー・キエム(副首相兼務)
5.内政 (1)1986年の第6回党大会にて採択された市場経済システムの導入と対外開放化を柱としたドイモイ(刷新)路線を継続、外資導入に向けた構造改革や国際競争力強化に取り組んでいる。他方、ドイモイの進展の裏で、貧富の差の拡大、汚職の蔓廷、官僚主義の弊害などのマイナス面も顕在化している。
(2)2006年4月には、第10回党大会(5年毎)が開催され、「ドイモイ(刷新)」政策実施20年を総括した。また、ドイモイ路線の継続を確認し、汚職問題について厳しく取り組む姿勢が表明された。書記長には、ノン・ドゥック・マイン書記長が再選された。党大会後の第11期第9回国会(5月16日から6月29日まで)にて6月27日グエン・ミン・チエット国家主席、グエン・タン・ズン首相が新たに選出された。26日にはグエン・フー・チョン国会議長が新たに選出された。2007年5月、5年に一度の国会議員選挙が行われ、マイン書記長を始めとする首脳陣はいずれも当選し、同年7月〜8月の新期(第12期)第一回国会において、チョン国会議長、チエット国家主席、ズン首相の再任が承認された。また、同国会では、省庁改編(中央省庁数の削減)、一部閣僚の交代(副首相2名の追加等)の他、今期国会議員の任期を4年に短縮し、地方議会(人民評議会)議員の任期を2年延長させることが決定され、次回選挙(2011年)より、国会、地方議会選挙と共産党大会が同一年に行われることとなった。
外交・国防 1.外交基本方針 全方位外交の展開、特にアセアン、アジア・太平洋諸国等近隣諸国との友好関係の拡大に努めること。 1995年7月、米国と国交正常化、アセアンに加盟。1998年11月、APECに正式参加。
2.軍事力(2007年版ミリタリー・バランスより) (1)予算 34.3億ドル(2006年)
(2)兵役 徴兵制(18〜27才間の2年間が標準(陸軍及び防空軍は2年、海軍及び空軍は3年))
(3)兵力 45.5万人(2006年、主力軍)
経済 1.主要産業 農林水産業、鉱業
2.GDP 604億米ドル(2006年 IMF推定値)
3.一人当たりGDP 715米ドル(2006年 IMF推定値)
4.経済成長率 8.17%(2006年)(前年同期は8.4%)
5.物価上昇率 6.6%(2005年12月比)(前年同期は8.4%)
6.失業率 4.4%(都市部のみ、2005年)
7.貿易額(2006年(暫定値)) (1)輸出 396.1億ドル(前年比 22.1%増)
(2)輸入 444.1億ドル(前年比 20.1%増)
8.主要貿易品目(2006年) (1)輸出 原油、縫製品、織物、水産物等
(2)輸入 機械機器(同部品)、石油製品、布、鉄鋼等
9.貿易相手国(2006年) (1)輸出 米国、日本、オーストラリア、中国、シンガポール
(2)輸入 中国、シンガポール、台湾、日本、韓国
10.通貨 ドン(Dong)
11.為替レート 1ドル≒16,115ドン(2007年6月)
12.外国からの投資実績 604.7億ドル(1988年から2006年12月まで認可額)
13.経済概況 (1)1989年頃よりドイモイの成果が上がり始め、1995〜1996年には9%台の高い経済成長を続けた。しかし、1997年に入り、成長率の鈍化等の傾向が表面化したのに加え、アジア経済危機の影響を受け、外国直接投資が急減し、また、輸出面でも周辺諸国との競争激化に晒され、1999年の成長率は4.8%に低下した。
(2)2000年の成長率は6.7%、2001年は6.8%、2002年は7.0%、2003年は7.2%、2004年は7.9%、2005年は8.4%の成長率を達成。しかし、慢性的貿易赤字、未成熟な投資環境等、懸念材料も依然残っている。
(3)近年ベトナムは一層の市場経済化と国際経済への統合を押し進め、2007年1月11日、WTO正式加盟を果たした。
経済協力 1.日本の援助実績 1992年11月以降経済協力再開。日本はベトナムにとって最大の援助国。2005年度の援助誓約額は、円借款、無償資金協力、技術協力合わせて総額約1009億円。2006年度については総額1039億円を拠出表明。
わが国の対ベトナムODA供与規模・実績(単位:億円) 1999年度 2000年度 2001年度 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 円借款 1,012.81 709.04 743.14 793.30 793.30 820.00 908.20 無償資金協力 46.41 80.67 83.65 52.37 56.50 49.14 44.65 技術協力 60.74 74.32 79.09 67.08 55.77 57.11 56.51
2.DAC内主要援助国(2004年) (1)日 (2)仏 (3)独 (4)デンマーク
二国間関係 1.政治関係 1978年末の越軍カンボジア侵攻に伴い、1979年度以降の対越経済協力の実施を見合せてきたが、1991年10月のカンボジア和平合意を受け、1992年11月に455億円を限度とする円借款を供与。
右を契機に、日越関係は将来を見据えた新たな発展段階に入り、日本側からはベトナムの進めている開放化政策に支持・支援を表明。近年の首脳の相互訪問等を経て、両国関係は経済面のみならず政治、文化に亘る幅広い分野での交流が進んでいる。
2006年10月のズン首相訪日の際には首脳間で初の共同声明を発表し、両国関係をアジアの平和と繁栄のための戦略的パートナーシップに向け更に強化することで合意した。
2.経済関係 (1)対日貿易(2006年)
(イ)貿易額 輸出 6,151億円(対前年比+22.6%) 輸入 4,816億円(対前年比+21.5%) (ロ)品目 輸出 水産物、縫製品、原油 輸入 機械類、電気機器、鉄鋼 (2)日本からの直接投資(1988年から2006年末までの累計投資額)
591件、総額62.2億ドル(認可額)
(3)JETRO事務所開設(1993年9月)、OECF(現JBIC)事務所開設(1995年1月)、JICA事務所開設(1995年5月)、経団連代表団訪越(1993年2月/1994年4月/1995年2月/1996年9月/2000年10月/2002年4月/2006年2月/2006年11月)
3.文化・学術関係 (1)文化無償協力 2006年までに、文化遺産保存環境整備、日本語学習機材、日本武道関連器材、番組ソフト、撮影機材等の購入のための資金供与等33件の文化無償協力を実施。
(2)主要文化事業 「ベトナム日本祭」(1993年10月)「ハロー!!ベトナム」(1995年10月)「ベトナム日本文化フェスティバル」(1998年)「Japan Festival 2006 in Vietnam」(2006年8月)
(3)日越科学技術協定(2006年8月)
4.在留届提出邦人数 4,754人(2006年10月1日現在)
5.在日ベトナム人数 28,932人(2005年末現在)
6.要人往来 (1)往(1993年以降) 年月 要人名 1994年8月 村山総理大臣 1997年1月 橋本総理大臣 1998年12月 小渕総理大臣 1999年6月 秋篠宮同妃両殿下 2000年7月 田中外務大臣 2002年1月 綿貫衆議院議長 2002年4月 小泉総理大臣 2004年7月 川口外務大臣 2004年10月 小泉総理大臣、町村外務大臣 2005年6月 町村外務大臣 2006年11月 安倍総理大臣、麻生外務大臣 (2)来(1993年以降) 年月 要人名 1993年3月 キエット首相(公実賓) 1993年5月 カイ副首相 1995年4月 ムオイ党書記長(公賓) 1995年12月 マイン国会議長 1996年3月 ルオン副首相 1996年9月 ビン国家副主席 1997年5月 カム外相 1997年12月 カム副首相兼外相 1998年6月 タン副首相 1999年3月 カイ首相(公実賓) 1999年6月 ズン・副首相 2000年3月 ニエン外相 2000年6月 カム副首相 2000年9月 ニエン外相 2001年6月 カイ首相 2002年5月 キエム副首相、アン国会議長 2002年8月 ニエン外相 2002年10月 マイン党書記長(公賓) 2003年4月 カイ首相 2003年6月 ホア国家副主席 2003年6月 ニエン外相 2003年9月 キエム副首相 2003年12月 カイ首相、ニエン外相 2004年4月 キエム副首相 2004年6月 カイ首相 2005年3月 ニエン外相 2005年5月 ニエン外相 2005年7月 カイ首相 2006年10月 ズン首相(公実賓)
7.二国間条約・取極 航空協定(1994年) 青年海外協力隊派遣取極(1994年) 租税協定(1995年) 技術協力協定(1998年) 投資協定(2004年) 科学技術協力協定(2006年)
ヴェトナムって社会主義共和国なのか。そんなことも調べてみないと知らない。でも基本的に全方位外交。戦争は嫌ですよね。
ああ、学食のハヤシライス美味しかったな。
しかし、拉致問題のことについて真顔で語っていた安倍さんは危うさを感じさせたが(自分もアブナイおばちゃんのくせしてすまんの)、でも割合 真っ直ぐに頑張ったと思うの。でも北朝鮮にいくこともなかったし同じことばの繰り返しで、金正日氏を日本に呼べたらたいしたものだったに。
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