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他にどうすれば良かったのかな?
実際、生きていれば、私は、親や学校の先生や友達や他の人たちの全ての要求を満足させる事は難しいし、行き当たりばったり、驚きながら取り敢えず対処する、という事が多かったと思う。
時には、子供の頃など、なかなか人の希望には添えなかった。今でもそうかもしれない。
いつだったか、皇太子さんが皇后陛下は楽しい方であるが、私は自分の至らないところを皆さまに許して頂いて何とかやって来られたのよというような事をおっしゃった事があると申された事を拝聴して、そうした自覚があると無いとでは違うなあと感心した事があるのですが、私自身は、娘が何とかやらせてもろとる?と心配していたように、時には、 そうした自覚を忘れてかっとする事かある。いつか皇后陛下が、批判や戒めは慎んで受け止めたいが、事実でない事を言われるのは心外とおっしゃったという報道があって、 なるほどこうした事は主張したいものだと思った事があった。
五十を過ぎると、やはり同級生の中でも亡くなられたらしいと伝え聞く事があり、人生の前半戦とは言えなくなっている。 もし私に残された時間があるとすれば、私はこれからどうして生きていくものか考える。
確かに私は何かに一喜一憂する。 過去や人を変える事は出来ないから、今これからどうするかだ。 視力や聴力に不足があるらしい。 だから、勘違いや思い違いも少なくない。聴きたかったコンサートの始まる時刻を覚え間違えたのは、息子と私の間では、ごめんで済んだかもしれないが。 これからは、自分の記憶力の曖昧さを自覚して、注意してメモを取る。
私の母が精一杯家族を愛して生きた事は疑わない。大変困難な人生を歩んだ事だろう。 しかし、彼女が幼い私に向かってお前の悩みは自分の事だけだろうと決めつけたのには、反論したい。 我が娘だからとて安易に人の気持ちを決めつけてはいけない。人格を誹謗してはいけない。 確かに彼女は単身赴任で音信不通の夫の協力なしに自分一人で姑や義姉の介護や両親を亡くした姪たちの行く末や、脳血栓で口のきけなくなった姑が世話していた店子さんたちとの関係などさまざまな責任がいっぺんに降りかかってきて尋常ではない精神状態だったかもしれない。だったら私を子供扱いせずにもっと心から私に助けを求めるべきだったのだ。お母さんを手助けしてちょうだい、これを手伝って頂戴、ごみ捨てを手伝って頂戴、廊下のぞうきんがけをして頂戴と具体的に頼むべきだった。義理の娘だったら意地悪な継母のような気がして頼みにくくても、実の娘なのだから遠慮なく働かせるべきだったのだ。勿論我が子だからといって、感謝の言葉くらい労って然るべきだ。 そして、例え義理の娘だとしても、困った時は助けを求めて構わないと思う。それをせずに幼い娘にお前の悩みは自分の事だけだろうと怒るのは間違っていた。
そして、おそらく死の間際でこころぼそかったのだろうが、どんなに鬱でも、自分が居ない方がお前はしっかりするのね、というような詰り方を子供にしてはいけない。 そう思うので、私も、自分が居ない方が子供が確りするだろうとはとは考えたり言ったりしないことにしました。 ただ、私自身は、一人でも大丈夫なように自立しなければいけないと思います。
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