�蠧�記
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2019年01月29日(火)

お母さん、会いたい。

貴女はどこへ行ったんだろう?

私が貴女の寿命を縮めたの?

阿弥陀仏は私のようなものを西方浄土に連れて行ってくれるそうなんですけど、阿弥陀さんの御使いは、私を拒絶した。

何度も死にたいと思ったあのおばあさんは、みんな阿弥陀さんの輪の中だとおっしゃったのにね。

みんな同じ人間じゃないか、とあの課長はおっしゃった。
なぜ怒られなくちゃいけないのか私にはわからなかった。私がそう思っていないみたいだった?

みんなそれぞれの道がある。私は人の気持ちは読めないし、それはお互い様。

お母さん、私が小学校一年から三年の時の、担任の先生、好きだったよね。
きっとお母さんは、私の事が心配で仕方なかったから、保護者面談の時に、あの先生がお母さんを安心させて下さったから、ほっとした顔して、心配しなくて大丈夫ですって、みたいな笑顔で帰ってきたのが、私は嬉しかった。あの先生は算数が得意だった。
戦争に行かされて、銃弾がまだ足の中に残っていたりした。あの頃はまだ戦前から小学校の教師をしていた先生がおられた。あの先生は私の体育を評価しなかった。私は自分が体育に不真面目だったとは思わない。ただ、他の子たちのように元気がなかったのは確かだ。お父さんは私のために庭に鉄棒を置いたり、卓球台を置いたりした。だから、私は今でも少しは卓球が好きだ。キャッチボールのように人と卓球遊びできる事があったからね。ありがとうね。お父さん。そんな風に心配してくれる親が、まだ小さいのに、なくなってしまった子もあったよね。その子は今どうしているだろう?赤毛のアンやジェルーシャアボットのようになっているだろうか?そうだったらいいけれど、時には悲しい事もあるだろうね。従姉妹を思い出した。
お母さん、私、あの伯母さんがお祖母さんが亡くなるまでずっとお祖母さんのそばに居たように、家でずっとお母さんと一緒に暮らしたかった。
息子はね、頑張ってるよ。どうなることやらね。
お母さん、
私、病院に行かなくちゃいけないんですけとね。
お母さんが病院に連れていったあの伯母さんね、あれから、三十年、病院で暮らした。教会に連れて行って頂いたって言っていたよね。
あの頃伯母さん五十代だったでしょう?
私も今五十代後半なの。
お母さんも、頑張ったんだよね。お母さんは私の年にはもうお祖母さんだったね。
伯母さんはお母さんより二十年長生きしました。お母さんか亡くなって、お兄ちゃんに、お母さんが亡くなったと聞いて、さびしいですねえ、と語っていたそうよ。
あなたにはあなたの苦労があったけれど、私、聞いてあげることしかできなかった。
お母さん、お母さんに息子のお父さんを紹介したかった。
びっくりしたでしょうね。
お母さん、私の一部始終を聞いたら、どう思うかな。
悲しむかな。神様を馬鹿にしていると思う?私が神様を馬鹿にできると思うの?
神様は遍在しており、何でもお見通しであり、そして、何だったかな?

神さまは、何でもおできになる。
おできになるのかな?私はふざけているのではない。
God is omnipotent, almighty.
Omniscient.


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