�蠧�記
DiaryINDEX|past|will


2019年08月28日(水)

人には何か、意地のようなものがあるらしい。
というか、感情というものがあるのだ。
犬にもあるようだ。

我が家の犬が、おーい、なんだよー、ずるいじゃないか、というように、吠える時がある。

基本ドッグフードといわれるものをやっている。お腹が空いた時はそれを食べる。

しかし、匂うではないか、美味そうなもの食っているではないか、という目で見たり
ウォンウォン言ったり

実は今日も、かぼちゃの煮物をひとかけふたかけやってしまった。

おーい、俺を置いて一体どこへ行っていたんだよー、と吠える事もある。

彼の父親が誰だったかは今となってはわからないのだが、母親とは九年同居していた。
犬の学校に連れて行ってやれなかったので、彼は母親に盛って気の毒な事をした。
母犬にも可哀想な事をした。野生の狼だったら紙オムツなんて糞食らえだ。
だけど、去勢はしたくなかった。

私の父は、母が亡くなるまで、自分が電車の中から広島の原爆の光を見たなんて、
一度も言った事は無かった。母が亡くなったのは、私に娘が産まれてからだ。私は末っ子だ。父も末っ子だった。父は祖父母にとっては唯一の男子で、私は父と母の唯一の娘だから、きっと、父と私は、ダサさが似ている。祖父母が年いってからの子だから、
おそらくどうも若い頃の子供よりも弱い。母も祖父が年いってからの娘だから、思えば強く無かった。そうはいうものの、人生は思いがけないものだ。どんな因縁があるかはわからない。長生きすると疑わなかった母の方が父より先に逝った。父はひ弱な男で、
母の方がピチピチ健康そうだった。

最近、被曝しても、それを言わずに生きてきた人があったという記事があって、父も、
子供たちに子供ができるまでは、言う気にならなかったのではないかと思う。もし父がお見合いの時に母に被曝しているかもと言ったら、母方の祖父母は心配しなかったろうか?しかし、教育勅語を暗記して、欲しがりません勝つまではと思わされた人たちだから、多分、親や軍国主義が権威を失っても、自分たちは大概の事は精神力で乗り越えていく覚悟だったのだと思う。幸せな家庭を作りたいという思いと、社会、特に日本の農家の助けになりたいという思いは強かったようだけれども、若い頃まだ三十代だったか、父はモヤシでひ弱に見えたので、母はよく、父に、ジューサーで作った人参りんごジュースなどを飲ませていた。しかしそのモヤシパパの方が、健康優良児と言われた母よりも長生きだったではないか。

ただ、今、私、二階から一階までの階段を、一段ずつ、一段ずつ、よいしょよいしょと
呟きながらでないと降りられないんですよね。
犬も階段を降りるのはちょっと転がり落ちるのではないかと心配です。
うちの犬は、今、人間にしたら、まだ七十歳にはなっていないはずなんですがね。


youyou |MAIL

My追加