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Сегодня день рождения моего отца. 雅子さま、やっと一段落されて、実力発揮。素晴らしいですね。 おめでとうございます。
やはりそれぞれに、立場というものがあって、自分が立っている場でできる最善の事をしていければ良いなと思います。
今日は私の父の誕生日なので、父の事を思い出したいと思います。
体型の話は失礼かな? 父と母の二十代の写真は細いです。戦争直後で、父の収入は母の収入よりもずっと少なかった。でも幸せそうな二人です。生き生きしている。父はもやしのような感じでいて、実は気が強かったのか? 四十代五十代の頃は肥満でした。中年肥りですね。 七十代になったら細くなっていた。 筋張っていても、細い方が、あんまをするにはツボがわかって、やりやすいです。
父は祖父母が四十過ぎてからの末っ子長男だったので、祖父の期待を一身に浴びていたようです。祖父は父が生まれて嬉しかったに違いなく、自分の薀蓄を毎日のように息子に語り伝えようとしたようだ。祖父は酒呑みで、幼い父は、祖父の一升瓶の酒が無くなる前に、酒屋さんに行って買い置きしておいたらしい。 小学校の頃、父は両親に期待されている事と友達関係の事に悩んで、両親に告げる事無く駆け落ちして所帯を持った腹違いのお姉さんの家に汽車に乗って家出する。僕は板前さんになる、丁稚奉公に出る、と思い詰めていたそうです。 そこの親戚の人達は小さな豆粒のような少年をよくきたよくきたと歓待し、お土産付きでまた父の両親の自宅方面行きの汽車に乗せた。 戦前ですね。まだ戦争の足音はしていなかったのだろうか?しかし世界大恐慌にはなっていたはずだ。 汽車の席の向い側に、役者さんのような人が乗っていて、歌舞伎役者? 父親のお小言は台風一過と心得て、首を垂れて殊勝な顔をしていれば、いつかそのお小言は頭の上を通り過ぎて終わる時が来る、と言われたそうです。 父の母親、つまり私の祖母は、その時、お父様はお前が憎くてお小言を言われるわけではない、と息子に諭したそうですが、父はその自分のお母さんを、とても不幸な女性だったと私に語った。だから僕は幸せな家庭を作りたかったんだと。私は、もしおばあちゃんが本当に不幸な女性だったら、おじいちゃんをそんな風に庇ったはずはないと思いますが、既に嫁である私の母が介護して見送った後だったから、嫁姑の確執が溜まった頃には、息子である父は、二人の女性の間で、如何ともしがたいところで、嫁の立場を優先せざるを得なかったから、母親に親不孝した気持ちがあったのかな。 私が出戻っていたから、私の気持ちをつかもうと、母心や女心について思いを巡らせていたのかな? Позавчера был день рождения дочери, которая рассталась, когда ему было три с половиной года. 父も私も不良にはなれないタイプだ。父をかっこいいと思った事は無かった。母の方には多少輝きを感じた。父は非常に地味な男だった。かっこも良くなかった。 しかし母は少年のような父を愛していたな。母は犬族だったかな。
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