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2019年12月15日(日)

Японский как родной язык и японский как второй иностранный язык - это действительно разные способы изучения.
Я думаю, что японцам, имеющим опыт проживания в зарубежных странах, легче представить положение иностранцев, живущих в Японии.

戦後の日本の公立の中学で、私の世代では十三歳から英語が第二外国語として習う科目になっていた。
私にとって、母国語以外の言語を習う時間は、ひとえに私自身の楽しみだ。
神道の学校に通う事になった後でも。
親を逆らいたい気持ちは無かったが、英語の世界に対する関心は、親からの期待によるものではなかったので、私個人の楽しみだと思う。
私の母は、きっと私に根無し草のようになってほしくなかったのではないかと思う。
彼女は小さい頃外国のアニメのキャラクターを描いて楽しんでいたが、空襲に遭ったりもしたので、義兄が戦死したりすれば、やはり、怖さを知らずにはいられないだろう。
だから私に神道の学校に行かせた気持ちがわからなくもないが、しかし、だからこそ、
どうなんだろう?
井の中の蛙のままなのか?

マイヤプリセツカヤさんの瀕死の白鳥を観たのは、いくつの時だろう?
十八歳は越えていたと思う。

今日、息子は二十六になった。


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