�蠧�記
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今日は亡くなった父の誕生日だ。
父は祖父母が四十過ぎてからできた末っ子長男だった。 異母姉や同腹の姉が複数あった一人っ子弟なので、私には異母兄弟は無いが、複数の兄がある妹なので、少し似ているかもしれない。 父には母程生き生きした感じは無く、どちらかというと地味な人で、口もさほど達者では無かった。 しかし、私について、夫の両親に、おとうさんおかあさんからご覧になって至らぬところは多々ありましょうが、どうか温かい目で、というような事を言ってくれたのは、とてもありがたかった。 そんな風に言ってくれる保護者がいるといないとでは、世間の風当たりは時にかなり厳しいものがあるのではなかろうか。母や母方の祖母は、あまりそういう言い方はできなかった方で、祖母は母が転校した新しい学校の先生に、前の学校では級長だったんですよ、などと言って、結構モンスターペアレントで、 それを恥ずかしいとも何とも思わなかったんだよ、という事だった。 父は恥ずかしがり屋さんであった。 母が天真爛漫に振る舞い語るのがハラハラして仕方なかった。 まあ実際は、父は三十過ぎてからかなり酒呑みになったので、お酒飲んで酔わなければいいお父さんなんだけどと母を悩ませた時期も少なく無かったが、昭和の日本は飲みニケーションというところは大きかったのだろう。父は母が亡くなるまで母を女性問題で悩ませた事は無かった。
しかし父の言葉使いにもちょっと首を傾げたくなるものはあった。 あれはきっと、あまりに思いがけない事が起こったので、何と言っていいか言葉使いを間違えてしまったのではないだろうか?あの言い方はちょっと酷い、それを言うのも憚られるような言い方だった。 いくら相手方がそれまでに世間の無理解に慣れているようなところもあったにせよ、あれは。
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