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水曜日、おや、と不思議に思った事がありました。
主人は私の服装などによくダメ出しするのですが、あの日は何も申しませんでした。
ところがその日、私はブラウスを裏返しに着ていたのです。
市役所の職員の女性が教えて下さいました。
帰りがけ、お手洗いで表に直して、そして車に戻ると、主人は気がつきませんでした。 私はよく自分の失敗を話しがちですが、主人は別に私の間抜けを笑いたいわけではありません。 なので、何も申しませんでした。
まあ彼も無我夢中でやってきたんですよね。
私は出会った人たちを怪しい人々とは感じず、真面目で人情味のある人々だと感じている。
しかしわたしの信仰とは一体何なのか?
主人は私が浄土系のお経をあげても怒らない。最近はご無沙汰だが、主人の故郷では、祖母は南無釈迦牟尼仏と唱えるように言われた。 するとどうだろうか?
浄土真宗の人々は神道系キリスト教系ではなく、弥陀一仏一向宗だ。
しかし神棚とお仏壇両方家にあるところは日本では少なくないのではないか? そんなわけで私は多神教的になってしまった。 人が信じる神聖なものを、否定したくないし。 自分は神聖な領域というものを持っていたい方なのだ。
統一教会の報道は一時華やかだった。 親ごさんが受け入れられず、脱会した人もあれば、親がどうあれ、統一教会をよしとして、集団結婚した人もある。そして子をなし、家庭を営んでいる。あの一斉のウェディングドレスは異様に感じられないこともないが、見合い結婚というものには馴染みがあるので、人に勧められた婚姻がいかんとは思わぬ。 夫婦関係がこじれる時も、統一教会に限らず、どの団体でもあるようだ。
ただ、私自身は、統一教会の人にツボを売りつけられたりした事はないと思う。あの人は統一教会と認識したのは、テレビで拝見した桜田淳子さんくらいだ。 まあ他の仏教宗派でも、ご縁があると、経卓だの、花瓶だの、蝋燭立てだの、それこそお仏壇とか、 売られていて、それが欲しくなったりするのだ。
統一教会の壺だけ特別に偏見を持って、詐欺と言えるのだろうか?
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