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儒教といっても、一枚岩ではないのか。
朱子学と陽明学の違いはどんなものか?
Завтрак 1 банан арбуз стакан молока одно зеленое яблоко
まだ三十代くらいの頃、英会話サイトで、韓国の若者が、儒教の影響があるからだめなんだみたいなことを語っていたことがあった。 韓国の儒教思想の名残と、日本のそれとは多少違うかも知れないが、確かに、戦後アメリカから自由民主主義の平和憲法が与えられたにも関わらず、戦争を知らない子供の私の中にも、 儒教的素養は根深く残っていた。均分相続というのは、家督が親の面倒を見てそれ以外は自立して家督を助ける的な構造が解体されても、元の制度より平等感があるとは限らない。弊害はある。 気持ちをうまく表現できないと、溝ができる。
利息で暮らせる層でもないのに、経済的な自立の歩みからリタイヤしてはいけない。しかし骨折をだましだまし動くというのは無理だ。
孔子の教えはほとんど関心がなかった。もし最初に生まれた子だったら考えずに済んだかな。 しかし、私には年長者が少なくなかった。 まあ普通若ければ年長者が多い。 しかし、もし一人っ子ならば、親と祖父母と上司先輩くらい。 シンプルイズベストなのだから、婚姻は兄弟と無関係なのが身のためだ。
確かに、娘のお父さんの言う通り、普通健康な少女ならば、兄弟姉妹に関係ある婚姻は断るのが普通だろう。
正直祖父母にも両親にも心から感謝はできなかった。 まだ熟していなかったのに摘まれたのはしんどい。 体育会系の部活を続けられるような健康に生まれたかった。 痛い苦しいばかりの人生なんて嫌だ。
一人の人と恋をして、実ったら、その相手が、私の父親に、正装をして、私との婚姻の許しを請いに来る。若いカップルのそんなドキュメンタリー番組があった。女の子にはそういう価値がある。 私にもそういう価値はあるのだ。 そして、結婚したら、二人の世界なのだ。生涯を誓った仲なのだ。夫以外の誰にも触れられる権利は無い。
私には守られる権利があるのだ。 私は自分を大事にする権利がある。自分が大事にされなければ、人を大事にすることは難しい。 兄弟にだまされて、誰を信じられる? 私は親に兄を養子に出すように頼んだりしていない。 私は兄をだましたことはない。 兄に私を傷つける権利は無い。 私には兄に損害賠償を請求する権利がある。 時効なんて言わせないぞ。 人間以下なのは次兄の方だ。
まあこんなふうにして滅びていくのだろうか。
広い視野を持ちたいものだが、いつの間にかこんな風に視野狭窄する。 棺桶に片足入れながら、こんな末路とは残念だ。
可愛い妹だったのにな。
みんな忘れてやるさ。きれいさっぱり忘れてやる。 どんな来世で会っても思い出したりするもんか。
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