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娘の家には私は合わなかったのだ。それは仕方がない。相手も突然のことで対処に困っただろう。 確かに乱暴な兄の勧めを受けてよく相手の家について知りもせずに嫁いだのは無謀だった。健康的な少女だったら、娘の父親の予想通り、私はまだ結婚なんて考えていない、と言って普通に断っただろう。周りの同じ年頃の女の子で結婚した人なんて当時まだ居なかった。 父や母のもとに、もっと居たかった。私が進学しなければ父や母が兄夫婦や私を置いて出て行かなくても良かったのかもしれない。 今の夫の父は保証人になって人の借金を背負ったので、夫は大学には進学しなかった。 父や母は、神社参拝とお寺で葬儀の日本人だった。祖母の時はきっと駅近のお寺さんに頼んだのだろう。 私の両親はコスモポリタンではない。日本人の範疇だ。私が英語に惹かれたのは両親の願いとは違ったところにあった。でも私にとっても英語は私自身とは違ったものなのかもしれない。祖母を見舞った米軍将校やご近所の洋館に住んでいた外交官?のお嬢さんたちと遊んだが言葉がわからなかった記憶。最初の英語の先生の結婚生活の苦労。一年生の時の担任の先生の専門は英語で、その先生の授業は好きだったが、二年生の時、その先生が離婚されたという噂を耳にした。 離婚については、母方の伯母も一度離婚していた。しかし私が小学校の頃、私と同い年の女の子といくつか年下の男の子のお父さんと再婚した。最初の結婚でからだを壊して子供が産めなくなったということだった。
そもそも私は結婚はせずに、子供の頃の傷の後遺症で独身を通した伯母について、彫刻や手仕事に集中するべきだったのではないだろうか。
目的意識もなく進学する必要があるのかと父に言われて進学したのは英文学だった。世の中には色々な仕事があるのに。私はただ許すということを求めて、物語を探していた。引っかかったのは、好きな女性の信仰を受け入れて洗礼を受けた外国の作家の物語。
いや、今だ。今私はどうしたいのだろうか。漢方薬は飲む。整腸剤も飲む。しかし。
『王女様と豆』というお話は、アンデルセンの童話だった。 私はアンデルセンの童話に惹かれた。アンデルセンに惹かれたのだろうか?読書に影響されるのだろうか。 誰かに依存してはいけないのだ。自立しなければ。私はどう生きていけばいいのだろうか。
私は自分を頼りに生きていくことはできないのだろうか。
田村智子さんいいなあ。田村智子さんのように生きたかった。
米国はイランに賠償金を払うべきだ。イランからもホルムズ海峡からも手を引くべきだ。米軍が日本のためにホルムズ海峡に行くのはやめてくれ。
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