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2026年08月15日(土)

お母さん、私は靖国神社を参詣したことはまだ一度もないの。お伊勢さんもないしね。

小学校の頃、大晦日が終わる時、お父さんが近所の八幡様に初詣に出かけるのについて行ったことがある。お父さんは戦後カトリック教会の洗礼を受けたくなったこともあったけれど、ご縁が薄かったみたいなのね。多分お母さんの実家が曹洞宗だったからかなと思うのね。お母さんもお父さんもぐれたりできない優等生タイプだったから、戦争中もお国のためにモンペはいて学徒動員で働いていたし、軍隊にも入ったでしょう?当時はバリバリの軍国少年少女だったんでしょう?
もしかしたら、戦前でも戦後でもキリスト教の洗礼を受けざるを得なかった人って、都市部の富裕層のインテリだったのかなと私は想像してしまうの。
うちは庶民だものね。というより、右寄りだったの?
田園地帯にも、神を信じよ、という看板はよくあるんですけどね。

十代の頃、家族で明治神宮に初詣に行った。そこに二番目のお兄ちゃんがいたかどうか覚えていないの。
上のお兄ちゃん夫婦は一緒だったように思うんだけど。

二番目のお兄ちゃんは、お寺巡りをしていて、気に入った掛け軸があったりした。弥勒菩薩が好きなのね。多分男二人女一人の子供に恵まれたお母さんが、男の子が二人あって、お母さんのお姉さんは嫁ぎ先で体を壊して子供がてきなくなったからって、安易に、二番目のお兄ちゃんをお姉さんの嫁ぎ先の養子にあげたのが余計なお世話だったんじゃないかと私は思っているの。三人子供がいてどうして自分が養子に出されるかと思ったら、二番目のお兄ちゃんはきっと心の傷になってるよ。お母さんが一人で大変だったから経済的には問題なかったお姉さんの嫁ぎ先にあげても経済的にも精神的にも負担を軽くできそうな気がしたんでしょうね。いい考えに思えたんでしょうね。でも学校のお勉強がよくできて性格も悪くない人が、そんなに人の心をよく知っているかどうかはわからないのよね。お父さんは勉強のし過ぎで神経衰弱になったらしいけど。

お父さんのお父さんは真言宗だったとお父さんは言っていた。でもお父さんのお母さんはプロテスタントの女学校で働いていたでしょう?

きっとおじいちゃまおばあちゃまは若い頃大正時代の自由なデモクラシーの青春を謳歌していたんだと思うの。
でもお父さんやお母さんの結婚前の青春は、戦争で物のない時代だった。

きっとお母さんも自由な戦後の時代に、職業婦人になって活躍したかったでしょう?
でも男の子が生まれたのは嫁ぎ先にとってはめでたいことだったけれど、きっとおばあちゃまとお母さんは、嫁姑の対立で、きっとおばあちゃまが倒れるまで、相容れなかったんだろうと想像しています。
世代が違ったんだ。 
戦後儒教的な感覚は新憲法の中にはなかったしね。
多分お父さんもお母さんも、子供の頃のようには素直に親の言うことを聞けなくなっていたんだろうな。
信じていた価値観が敗戦で粉々になったから。

そんなわけで、二人とも、子供たちの反抗期には理解があった。

でもね、今は、あまり反抗期の子供って、少ないかもしれない。私たちの頃は、反抗期は成長の証、健康の証だったんだけれど。

でも親もそんなに何もかもお見通しはできないからさ。

私の最初の結婚の縁談も、広島の原爆の日の夜中に来た。きっと二番目のお兄ちゃんが当時男の子の適齢期の三十前のお友達と世間話の瓢箪駒で私にお鉢が回ってきたのではないか?

お母さんのお姉さんの一人の最初のご主人は特攻隊で逝かれたと聞いたけれど、それでも私に靖国神社は遠い。

私のおじいちゃまたちもおばあちゃまたちもお父さんもお母さんも、国の行末を見通せるようなひとではない。多分お兄ちゃんたちも。私も私の旦那さんも子供も、見通せたりはしない。
今日一日、できることをする。

でも私から靖国神社は遠いの。うちの人からも遠い。行こうとか行かねばならぬとは思わないみたい。

二番目のお兄ちゃんは参拝したことあるみたいですけどね。

多分おばあちゃまには、ゆるして欲しい、という気持ちがあったんじゃないかと思う。お父さんのお母さんにはね。だからプロテスタントの女学校で働いていたのではないかと想像する。だって、主の祈りの文句を拝読するとね。
お父さんがお世話になったらしいインナートリップっていうののお経の台詞にもね、許したまえ、という祈りがあるを
そんなつもりではなかったんだけれど、はからずも、犯してしまった罪科を、許して欲しい、と神仏に祈っていたらしい。

子供の頃はわたし、神の存在って、人の都合でしょうと思っていたんですけどね。
親になると、ごめんね、ごめんね、と思うよね。己の愚かさを。何とかならないかと。

でもお母さんは、わたしは自分が悪いとは思ってないの、と言っていたね。そうかもしれないけど、お母さんの子供の頃の家庭は、普通ではなかったと思う。だって、亡くなった奥さんの妹を娶るなんてさ、
私子供の頃はそういうのどうとも思ってなかったんですけど、伯母さんが戦死したご主人の弟さんと再婚して子供を生むとか。きっとそういう流れが自然だったのねと思ってきたけど。

現代では亡くなった人のごきょうだいと再婚しても構わないのではないかなどと申し上げると、
ハラスメントみたいなのよお母さん。多分少子化決定で、私は貴女と違ってお祖母ちゃんにはなれないと思う。だから貴女を本当に理解するのは無理かもしれないね。貴女は私もきっとお祖母ちゃんになったら
私の事わかってくれるだろうと思ったんじゃない?でも無理みたい。

私は八人も子供たちを世話し産み育てたお母さんのお母さんを尊敬していたんですけど、彼女はね、
あたしは何もできなかったんだよ、って言ってた。
でもね、私だって、自分で何かできたことなんて、ほとんどないよね。助産師さんになれなかったから、おとうさんに手伝ってもらって、犬の出産を漫画読みながらそばで見守っていたくらい。
自分は諦めたものだからね。でもこれって飼い主のエゴね。犬たちの自然に反していたんだもの。
やっぱり罪深いか?

私はマイナーみたいなの。だから私が真面目に選挙で投票しても、私の支持した候補者は全く当選できなかったのよ。清き1票だったのによ。元気な人たちがメジャーなんだ。

私は中国の政治家が今日本を危険視するのは当たり前だと思うの。
ロシアや中国を信用できないという日本人は多いらしいけど、相手からしたら余程日本人の方が信用てきないよね?だってロシアの皇太子だって日本をやっつけようとして来日したわけではなかったのに浪人に刀で怪我させられたでしょう?ロシアからしたら最初から信用ならないのは日本の方なのよ。エカテリナ二世の頃ロシアは遭難した日本の漁民を手厚く善意でもてなして、友好的に日本語学校を設立したりしたのに、日本でば随分な仕打ちだったじゃない?
日露戦争で欧米にも馬鹿にされて負かされたロシアが次は見てろよと思ったのは自然だよ。
第二次大戦末期にシベリヤや満州で食べ物が欲しくて少女たちを人身御供にだしたのは日本の親父たちだったっていうじゃない?若いロシア兵を悪者にするのには無理があるよ。他国に土地を取りに行こうとした日本が侵略者で信用ならないやつら。魚心あれば水心。同じ人間。お互い様なんだ。


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