‖ ひびひより日記 ‖
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2005年05月09日(月) お久しぶりでございます

今年のGWは、大変なGWで終わりました。
まだ、やることは、あるんですが…自分の気持ちを慰めるためにも
日記を書いていこうかなあと思いまして…。
じつは、昨日、久しぶりにネットしてました。GW期間なので、会社も役所も休みだし、することもなかったので、
チケットぴあにアクセスしたら、7/2のソワレに残席発見。
本当は、楽のRelierが欲しいところなのですが、大ちゃんのバースディ観劇も捨てがたいので、
チケットを入手しました。
あと、6月の公演にかけて、ゴクネコのチケットも取ったし、松竹座に行っている友達にメールをして、
4日に行けなかった「ヤマトタケル」の別の日のチケットを取ってもらうために。
「メディア」観劇もできるようになりました。

すべて、病気で亡くなった義母のプレゼントのようです。






実は、1月下旬ごろに入院した義母が、結局は、悪性リンパ腫というがんで、このGWの4日に亡くなったのです。
通夜もお葬式も終わりました。
日記では、つい愚痴りたくなるのを抑えて、楽しいことだけを書いていました。
愚痴りだすと、とりとめもなくなりそうだったので。
正直、名古屋の「OZ」の公演前は、気分は最悪でした。検査の結果がわかって、余命を知らされていたので、
いつかは、来る日でもあったのです。

それまでは、足が頼りなくなって、左足にヒビが入ったにしては、右足も歩行困難な状態で、
何が原因なのか、わからない状態だったときは、原因がわかって、治療できれば、退院できるものとみんなが思っていたのです。
けれど、初めほうの検査では、悪いところが見当たらず、それでもだんだん、食欲もなくなって、高熱は当たり前のように出るし、弱っていってるのが、見えていたので、
最終の全身の検査で、やっと、悪いところが発見できたときには、もうだめでした。

わずか、3ヶ月あまりの出来事でした。
3月の中ごろに検査で、近くの医大に付き添っていったときは、撮影の時間待ちのあいだに、
座って待っている間に何度も涙があふれてきました。持っていた本も全然読むこともできず。
それでもその検査のときは、車椅子に座れて私ひとりの付き添いで、いけたのに、
その後は、もう高熱と意識も飛び飛びの状態で、眠っていることが多くなりました。
それでも元気になる薬のおかげで、少し、意識も取り戻して、元気な感じになっていた4月の大阪公演「OZ」。
夜公演前に病院に寄って、芝居を見る。親戚の人が尾道から、来てくれてたりしたので、マチネ1回は、見れませんでしたが…
私が、今日まで病院通いが出来たのも芝居を観る楽しみがあったから。
(さすがに、本当にはずせないものだけのチケットを取って、ダメなら、すっぱり、あきらめればいいだけと思っていました)

正直、病院にいっても何もしてあげることもなく、ただ、側についてあげることしか出なくて、
もう余命を宣告されてからは、辛いだけの日々でした。
さいわい病院へもお姉さんとも交代だったので、体のほうは、大丈夫でしたが。

寒い冬から、夏のような気候の春。
桜も一気に咲いて、終わった今年。
家のリフォームも去年、したばかりで1年しか過ごせなった義母。
同居していても世にいう確執もなく、平和に暮らせていたし、私にとってもいい義母で、とても幸せに暮らせていました。

4月中ごろに2泊で一時帰宅しときには、もう声も出にくかったのに、自宅に来てくれて友達に言った言葉なのか、
最後に聞いた言葉が「ありがとう」でした。

GWまで、生きていてくれるかなと思ってましたが、
これで、義母も苦しさから開放されて、楽になり御仏のもとに行けて、良かったんだろうな。

大変な1週間でしたが、淋しくなるのは、これからですね。



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