「硝子の月」
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「当家には正規の料理人がおりますが」 リディアが視線を向けると、料理人達は助けを求めるようにルウファを見た。 「ええ、ですからここを貸していただいて、ご迷惑をお掛けしています」 見られた方ではにっこりと笑って、視線をリディアに返した。 「お客人にそんなことはさせられません」 「あら、料理を『そんなこと』だなんて、料理人の方々に失礼ですわ」 「私が言っているのはそういうことではなく…」 「ちょっと気が向いたものですから」 別に悪いことをしているわけではないのだが、リディアとしては何となく気になってしまうのである。何をどう言ったものかと考えていると、自分を呼ぶ可憐な声が聞こえてきた。 「リディアー、リディアー?」 「はい! こちらにおります!」 慌てて廊下に飛び出すと、向こうからそれを見付けたお嬢様が駆け寄ってきた。 「あのような大きな声で……はしたないですよ。廊下を走られるのもです」 「ごめんなさい、リディア。それよりも、ルウファさんを知らなくて?」 「私ならここに」 ルウファは厨房からひょこっと顔を覗かせた。 「まぁよかった。私がお父様とお話している間にルウファさんもグレンさんもどこかに行ってしまわれて、ティオさんの部屋にはお休みの札が掛かっているんですもの」 「すみません。ドアに張り紙でもしておけばよかったですね」 二人は実ににこやかに会話を交わす。ただリディアだけが少々苦い顔をしているのだが、お嬢様は気付かないらしい。 「ところでこちらで何をなさってらっしゃいましたの?」 「厨房を貸していただいて料理を。私の故郷の家庭料理で……そうだ、よろしかったらアンジュさんにもご馳走しましょうか?」 「まぁあ! よろしいんですの!?」 「お嬢様!」 顔色を変えたリディアが声を荒げる。 「もちろん、プロの料理人の方々には遠く及びませんので、お口に合うかわかりませんけど」 「いいえ、いただきますわ」 「お嬢様!」 男装の少女がもう一度声を荒げる。 「だってリディア、ルウファさんの故郷のお料理をいただきながらルウファさんの故郷のお話しを伺うのって素敵だと思わない?」 「ですが…」 「お願いリディア」 この時、お嬢様のうるるん攻撃を目撃した厨房の者は皆思ったという。 『リディアの負けだな』 「……私も、お手伝いさせていただきます」 果たして、がっくりと項垂れたリディアはアンジュにそう応えた。
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