「硝子の月」
DiaryINDEX|past|will
いっそ大声で笑ってくれればいい。自分の目が覚めるまで、馬鹿らしいと完膚無きまでに。 それは夢なのだと。 「夢か」 呟きは群集のざわめきに飲まれて消える。 押され押しのけながら伸ばした手が、こちらを振り返る女の手首をつかんだ。熱い。群集の熱気よりも尚。 (夢か) (これが) (――これが) この熱さが夢ならば、世界など溶けて消えてしまえ。 「グレン?」 呼ぶ声は戸惑いか、それとも促すだけの確認か。 なんでもいい。名を呼べばいい。何度でも繰り返し。 誰の思惑も知らない。自分はただ自分のために。 「グレン」 「――、ああ」 祈る。もしかしたら、産まれて初めて。 硝子の月が欲しい。他の誰でもない自分のために。
|