○いつものようにパソコンの前に座り起動させた時、何か嫌な気がした。 それは何かに追い越されてしまうような、それによって自分がくだらない人間に思えてしまうような気であった。 これはどういった感情なのだろう?と思い浮かべる暇もなく、僕は昨晩見た夢の世界を思い出していた。 それは友達がPCのキーボードをかなりの速さでタイピングしている様子であった。 一つ言っておくと、実際の世界では彼はまだパソコンをかったばかりの大学生である。 それなのにあっちの世界では僕以上に何かに取り付かれ様な速さで打っていた。 夢の中で僕は(負けた・・・)と思っていたことを覚えている。
○「たまたま同時」 不謹慎ではあるが、いづれ地球という生命に限界がやってきた時、そこにまだ人間が残っているのだとしたら、その残っている人間すべてはたまたま同時に死ぬんだろうなーということをなんの感情の起伏もなく思った。 しかし、一つひっかかったことがある。 それは<たまたま同時>という言葉にである。 最近僕は人間の感情というものに呆れ返っている。 それは人間の感情は人間が人間であるためには必要不可欠なものであるはずなのに、時には人間が人間である事を許さないかのように人間を裏切る事があるという点である。 それは置いとくとして、ぼくの言いたいのは<たまたま同時>に人が一人残らず死ぬ時ってのはどういう感じなのであろう?と興味が湧いたということである。 その模様は何か宗教的でもあるな、と思う。 多少の誤差はあるにしろ、人間が同時に死んでしまうとすると、それは本当に恐ろしいような気がする。 そんなにいっきに大勢の人が地球というとてつもなく偉大な存在のものと共に宇宙へと零れていく様は、一切の人間という生命に対しての否定をしているように思えて仕方がない。 いや、否定どころの騒ぎではない。 無視、といった感じである。 人間の感情が自分自身や他人の感情に連鎖的であるのが人間らしいのだとしたら、その連鎖的反応を一瞬のうちに消し去ってしまう地球の終わりの日というのは末恐ろしい事実である。
○「週末のコメディ」 週末になると男は「スタンダップ劇場」に行く。 それは毎週の事である。 段々その男は週末だけでは飽き足らなくなり、仕事をやめてそこに毎日通い詰めるようになる。 やがて金が尽き、バイト代だけでは生活が苦しくなり、ついにはその劇場でバイトをするようになった。 それも単なるボーイではなく、板の人間になったのだ。 そんな男が週末に劇場でショウを提供する時の心理を描いた小説。 10年後に発売予定。
○占いとは? 占いとは標語のようなものである。 もしくは、人に考えることをさせる装置である。
○「狂人は行く」という、主人公が周りから狂人扱いされていながら本人はいたって生に喜びを感じているような映画を撮りたい。 しかしまた、その狂人もさずがに全員から狂人扱いされるのに飽きて・・・
○宗教について、あの中に入ったとして、そこでもう抜け出せないほどの喜びを感じだとすると、もうかなりキツいでしょうね。 タバコと同じでしょう。 しかし、生活のリズムまでコントロールされるっていうのが最大の怖さですね。 つまり他人にコントロールされていることは、自分という存在の肯定になるのか?ということである。
○チャップリンは狂人だ。なぜならヒトラーという強大な悪がいて、そんな存在を映画で堂々と批評した。つまり二人は対極関係にある。たとえ彼(チャップリン)が善玉だとしても、彼は狂人だ。狂人でなければあんなもの(映画「独裁者」)は作れない。ふと、なぜかそんなことを昨晩ふとんの中で思った。彼がそういった、本当は怖い人間であるのだと教えてくれたのは淀川長治であり爆笑太田である。(二人は雑誌の対談の席でそのことについて語り合っていた。) なぜそんなことを思ったかというと、怖い人って素適だな、というのが僕の考えだからである。 不思議とチャップリンの事について語る淀川長治も、また「そうですね」と相づちをうつ太田もが怖い存在のように思えてくる。 怖さは伝染するものなのだろうか? だから僕にとって<怖い>という要素は最近興味深い。 だからといってそれについて具体的に考えていないのはまずいのだけど。 つまり僕にとっては<怖い>は重要であり、松浦亜弥もビッグスリーも、テリー伊藤も会社の社長も、はたまた都知事、県知事、市長町長村長も、近所の情報屋も、高橋尚子も小泉首相も、井筒監督や岡村隆史も、それにやくざもやくざもやくざもやくざも、なんでも怖いものに対しては反応しては(自分にはそういった要素ってあるのかな?)などと思い思って、自分自身もそういう存在になりたいなーなどと思うのである。 またなんでこんなことを考えたのかというと、きっとそれは僕の友達の影響である。彼があるテレビタレントに対して<ニヤニヤ>、<募金活動>、に代表される全面的に偽善的な表情をしているものを感じ取り、その人の事を「気持ち悪い」と形容したことがきっかけなのだと今思えばそう思う次第だ。 <怖い>ということは、一種の知恵、技術といったものだと僕は思う。
○ストッパーのようなものをはずして会話するという爽快さ。
○運命とはやがてヘリウムガスが抜けきって上の方から落ちてきた風船を見つけることの連続のようなものだ。
○記憶がなくなるのはいいことだ。という仮説が僕にはある。
○「僕って背が高いでしょ?おばあちゃんより」と僕はおばあちゃんに言った。 これはある言葉に別の言葉を載せる事によって意味を変え、オチをつけるということの一例である。 ここで伺える現象は<自慢>→<自慢にならない>への移行である。 ちなみにうちにおばあちゃんは背が並みに低い。 つまりおばあちゃんより背が高くたって自慢にはならない。
これと似たような現象を伺えるものに、さまぁ〜ずという芸人の持ちネタがある。 「鹿を叱る、夜中まで」 これは面白い。 鹿を叱る、というダジャレは単なるダジャレだが、「夜中まで」という言葉を付けるだけで一気に世界観が広がる。 つまり<ダジャレ>→<かわいそうな鹿(鹿への同情心)>という移行である。 その広がりが実に面白い。
○「気づく」 僕は 気づきたい
何かに 気づきたい
ありったけ 気づきたい
何に 気づきたい?
わからない
何に 気づけばいいのか わからない
わからないことに 気づき
何が わからないのか 気づき
そして 何かに 気づきたい
―END―
「花粉」
最近花粉の話題があちこちで言われている。 また嫌なシーズンが今年も巡ってきたと皆は嘆く。
花粉が人間にとっての<悪>だとするなら、その悪をやっつける、もしくは味方につけるにはどうすればいいのか?
1.慣れる。 2.花粉を寄せ付けない。 3.花粉をなくす。
大きく分けると、この三つの手段が考えられる。
1について <慣れる>というのはまさに読んで字の如く。 人間は慣れるということに関してはかなりの才能の持ち主のはずである。 だからといって、花粉に慣れるまでには時間がかかるだろう。 また、自分の体内に自分の花粉症のアレルゲン(花粉)のエキスを注入し、花粉に対する免疫を作りアレルギーの症状が軽くなるようにします・・・いやいや、そう、軽くさせるという手もあるらしい。
2について これもまさに読んで・・・。 究極には外出しないのが手である。
3について これには二通りの手段がある。 我々人間の方ではなく、杉やその他の木の体質を変えてしまうという手が一つ。 もう一つは我々の体に花粉が入り込んだ場合に、その花粉と、それに対抗する抗体の反応を軽減、もしくは消滅させる手がある。 このことは薬学に博のある人たちに任せるしかない。
まぁ花粉の影響で人類が滅亡するなんてことはないような気がするが、これは人間への試練の一つなのかもしれない。 そもそも人間という生命体の繁栄を心から願う生命体は人間自身でしかない。 人間が残るか、他の生命体が残るか? 世の中薄情なものだ。
―よーし、今夜も語ろうか―
ついしん こんなのはどうだろうか? 花粉は主に目や鼻といった粘膜に反応する。 そこで、そういった場所に花粉が飛来してきた場合に「ファーン」と追っ払ってしまえる道具を作るというのはどうだろうか? これは禁煙家と喫煙家が交流する際にも役に立つと思われる。
ついしん2 花粉が案外<敵>でないのだとしたらどうだろか? こっちから声をかけたら意外と話の分かる奴だったりして・・・。 「よぉ、今年もやってきたね。」 「はは、面目ない。」 「で、どうなの?今年もご活躍の予定?」 「はぁ・・・そんなつもりもないんですけどね。ご迷惑かけます。」 「いやいや、しょうがないよね。だって他に行くあてがないんでしょ?」 「我々の主人(杉様)が日本を動かぬ限りはちょっと・・・」 「大変だね」 「いえいえ、こっちこそ。」 「まぁ仲良くしようや。」 「そんな・・・」 「いいっていいって。類は友を呼ぶって言うしね。」 「(泣)」
僕は元来、不精者だ。 頭の回転も遅く、想像力に欠ける人間だ。 そんな人間は、今、やっとあがき始めているところだ。 それはいいことなのだと、思いたい。 遅くはないのだと思いたい。
最近はもっと人の話を聞かなくては駄目だと思っている。 人と会話をしている時はもちろん相手の話を聞かなくては駄目だが、それに限らず、もっと世間の声を聞かなくては駄目だと思っている。 この世に生きていく限り、それは必須のことのように思えて仕方がない。
ビートたけしの本を買った。 やはりこの人程思考力があるのは素晴らしいと思う。 自分の思いを創造する力のある人には感動する。 僕は、この人のことを怖い人なのだと錯覚している。 本当はどうであろうと、そう思っているという意味で錯覚しているのである。 そういうこともあってか、たけしの母親の葬式の席で、彼自身が「おかあちゃん・・・」と泣き崩れる様を見た時、(もちろんテレビを通してのことだが)僕は思わず感動し、ぼろぼろに泣いてしまった。 普通僕はそんなことでは泣かない。 他の芸能人がそういう状況で泣いていたとしても、こっちまで泣く事はない。 それだけ僕は、彼を意識しているのであろう。 彼が漫才をやっているときのことは見ていないが、それだけ僕にとっては存在感のある人なのだろう。 怖いんだけれども、参考にしたい人物だ。
「偽善者にも二通りある。偽善者であることを隠している人と、そうでない人だ。」 ラベルというものがある。 映画などのビデオカセットなんかには、表の中央に、その映画のタイトルの記されているラベルが貼られている。 今日、レンタルビデオ屋である一本のビデオを借り、それを見終わって、カセットをプラスチックのケースにしまう時になって思った事がある。 (ラベル下手したら剥がれるけど・・・) どういうことかというと、カセットに貼られていたラベルがベロンと剥がれかけていたので、ケースにしまう時、指でそれを抑えながらしまう必要があった。 つまり、乱暴にやると、ケースのなかでひっくり返ってしまいそうになる状態だったのである。 (僕ってエライなぁ。そっとしまってるからひっくり返らないぜ。) そんな些細な満足感を思いながら次にこう思った。 (僕がこれをケースから取り出した時は捲れていなかったなぁ。) つまり前にそのビデオを借りた人もそっと僕と同じ様にケースにしまったのだと推測される。 もしくは僕がビデオデッキに出し入れした時に剥がれたか・・・(そうだとしても、気づいていない) まぁ仮に前の人もそっと入れたのだろうと思い込む事にしよう。 そう思うと、前の人と僕がそっと入れた事の繋がりを妙に意識してしまった。 だからどうということもないのだが。 それにしても、もし前に仮りた人が故意的にはがし、僕にそう思わせるように仕組んだのだとしたら?と考えてみたが、そう考えるだけでバカバカしいと自分でも思う。 あぁ、段々ラベルがうんぬんという話に飽きていく・・・
「笑い」 笑いについては元気のある時でないと考えられない。 笑いは難しい。 人を笑わせるようなことを考えるのも、また笑いについて考える事も今は億劫だ。 しかし、億劫だからといって考えるのをやめるのも癪に障る。 ということで渾身に力をふりしぼって笑いについて語るのはまた今度にするか!
―諦めるというのも一つの手・・・だろうか?―
| 2003年01月21日(火) |
どうしてお腹が減るのかな? |
A氏の返答: それはうちが貧乏だからだよ。
N子の返答: それはお前が必要以上に食いしん坊だからだよ。
S夫の返答: それはあり得ないよ。どうしてお腹が減るのかな?というよりも、胃の中に消化されるべき食物が不十分なのはなんでかな?という疑問を持ったほうが正解なんだよ。
Pちゃんの返答: お前が盗んだんだろ!この、返せ、盗人!!!!(こんな不況のおり、Pちゃんは相当精神がまいっており、こんな暴言をつい吐いてしまったのは言致し方ない。)
O太の返答: 俺がお前の分も食べてるからだよ。
NのO君の返答: いやー何ででしょうね?きっと体を動かしたからとちゃいます?
S田Tるの返答: 知らないよ。そんな体のメカニズムは習っていないからね。(対T君用)
M本の返答: というよりも減ったら減ったで食べたら?
J様の返答: 消化液が他の人と比べて強力なのでは?
P代の返答: ルパン三世が金持ちから奪った食欲を君が譲り受けたからなんじゃない?理由はわからないけど…。
POH代の答え: ルパンが昼飯代わりにあんたの昼飯を奪ったんじゃない?
―END―
| 2003年01月20日(月) |
ロマンのカケラもない〜闇の気持ちを知りなさい〜 |
「ロマンのカケラもない」作:ダーZ
僕にはロマンのカケラもない 空に浮かぶ星をみても それが遥かなる旅路を経た光でも それは単に闇を裂くもの
遠くからやってくる光より 手元の懐中電灯は僕の行く先を照らす 月明かりは何を照らす? それは夜中に眠れず起きているものたち
幻惑の元 月明かり それに誘われたものたちは 闇の世界に触れた気になっている 本当は月の明かりさえも太陽と変わりはない
僕は眠る 闇の前に横たわりながら そして闇を起こす月の明かりに嫉妬をしながら
―月の明かり 闇を滅ぼす悪なり 太陽 それは闇を滅ぼす悪なり―
味噌なめたら相当辛くてしょっぱいねー
| 2003年01月13日(月) |
カラクリ十番勝負!! |
その位置 <無意味カラクリ>とはどういうことか?無意味というのにも大きく分けて二通りある。自分の思う無意味と、他人の思う無味だ。そこで一つ言える事がある。自分にとって無意味であるものは真の無意味であるということだ。
その煮 <金と羽振りのカラクリ>とはどういうことだろうか?金持ちで羽振りのいい人は見ていて気持ちがいい。金持ちで羽振りの悪い人は見ていてつまらない。貧乏で羽振りのいい人は怖い。貧乏で羽振りの悪い人は寂しい。
そのさん <俺に不可能はないのカラクリ>とはどういうことなんだろうか?(俺に不可能はない)という思いは、他人よりも自分が一番思っている事だろう。自分のことは誰よりも(伊達よりも、ではない)自分が考えているだろう。つまり、俺に不可能はないと思っている確率は高いのである。
そのYon <掃除をするのカラクリ>の意味とは?それは掃除をしないと塵が積もって山となるからである。基本的に人は山に敵対心を持っている。登山家はなぜ山を登るのか?それは山の頂上へ行き、山より自分が高い所に居たいからである。嫌いゆえに登るのである。つまり積もっているもの、でっぱり、そんな類のものを人は本当は崩したがっているのである。だから出る杭は打たれるのである。山は崩すわけにもいかないので登って我慢しているのである。また、崩してしまうとせっかくの敵対心がなくなってしまうので、それが嫌で崩さないという見解も出来る。敵は一生いた方が自分の成長に一役買ってくれるからである。その方が面白いからである。だから人は崩せるものは崩し、崩せないものを糧として生きているのである。そういうわけで、掃除をするということは、出る杭を打っているという事である。掃除をするのは、日頃打てない杭の変わりにストレスを発散したいからとも言えるだろう。
その語 <信じると信じないのカラクリ>っていうのは、どっちも同じ様なものだ。信じないということを信じている、とも言えるからだ。結局人は自分を信じているのである。
その路区 <絶対自分が一番であるのカラクリ>は簡単だ。生きているだけで、唯一であるということがそもそも自分が一番であるということだ。
その質 <占いのカラクリ>とは?占い師は偉大な役者なのである。
その鉢 <海馬のカラクリ>を知りたい人は、是非「海馬 脳は疲れない」(朝日出版社)を読んでみて欲しい。なるべく音読で。
そのQ <互いに罵倒しながらのカラクリ>は、つまりそれはそれで刺激的でいいだろうということである。夫婦喧嘩などがそうである。喧嘩とは知的な戦争である。
その銃 <リアルシュミレーションのカラクリ>→ジムに行くよりその辺を散歩しよう!
―END―
よし、ココリコのライブに行こ! ※ココリコライブツアー2003「優しさカーディガン」は2月15日、16日にCLUB DIAMONDHALLにて公演! ※ココリコ・・・吉本興業所属のお笑いコンビ。現在「笑っていいとも!」「ココリコミラクルタイプ」「いきなり!黄金伝説。」などに出演。近頃、背の低い方の遠藤はこれまた小柄な千秋(タレント)と結婚。相方のヒョロッとした田中は動物好きで、特にサメに興味を持つ。
極論情報 ・やっぱり好きじゃなきゃね、やってられないね。(全面的に) ・中国は戦後の日本のようだ。いいじゃないか、ここは一つ譲っておいた方が利口というもんだ。 ・日本は文化のない国のように思われているがそれは違う。日本の文化に日本人が興味を持っていないだけで、むしろ外国の方が日本のそれに興味を持っている。それにしても欧州ではよしもとばなな(改名したらしい)が凄いらしい。最近では日本映画がハリウッドで注目され、リメイク化の企画が何本か立てられているらしい。まぁ、うれしいというか・・・せいぜい貧乏な日本にマニーを落としていって下さいな。そして日本って凄いんじゃない!という空気を世界中にばらまいておいて下さい。そうすると何かとやりやすいんで。後はこっちの向上意識によっては・・・ね。あまりにもアカデミー賞で外国映画賞を受賞していないんで悲しい限りです。カンヌやベネチアじゃぁもう物足りないっ!! ・お天気お姉さんはお天気のような人だ。 ・できることをやってみよう! ・バランスをとろう! ・できるだけ考えてみよう! ・幸せはやって来るものでも自分で掴むもんでもない。常にそうである可能性にあるというだけだ。はっきりいって、その人がそう思い込むだけでいつでも幸せなのだ。ただし、そう思うには現状にはない刺激が絶えず必要になる。しかし、絶えず刺激してきた結果に、僕たちがいる。しかしそうであるからこそ人間は自分達が一番幸せなんだと感じられるのだ。そういう思い込みの激しさって、すてきやん!? ・落ちぶれているという定義は存在しない。 ・客観も主観の一部だ。客観的にしたいという主観だ。人は主観の中に在る。客観的なものは幻想だ。人はそんな幻想を抱く力でここまでやってきたのかもしれない。 ・あぁ楽しい。好きな事は楽しい。楽しくなければ誰がここまで人類を繁栄させたというのだろう?神よ、あなたは僕だ。そして僕は誰?
―終わり―
| 2003年01月04日(土) |
伝統の衣装のリニューアル |
「新春!!ストレート漫才2」 出演:ホームズワトソン
ホームズ(以下H):まぁね、世間はすっかりお正月気分ですけどね、僕なんか全くそんな気はしていないですよ。 ワトソン(以下W):またなんで? H:前にも言いましたけどね、年末年始はゆうメイトっていうアルバイトに忙しかったんですよ。 W:ということはお正月だというのに凧上げをしなかったんですか? H:それは忙しくなくてもやらないでしょ?今時は。 W:今時?僕は毎年上げてますけどね。 H:それはいいですね。僕も久しぶりにやってみたいですよ。 W:でもね、難しいですよ。 H:いや、僕は昔得意でしたよ、今でこそやってないですけどね。 W:では準備をしなくては駄目ですね。 H:えっ?準備・・・ W:えぇ、準備。 H:それはどんなことをするんですか? W:聞いた事ない?じゃぁ教えてあげましょう。 H:お願いします。 W:まずは凧を買いに行かなければなりません。 H:いや違うでしょ?僕は例えばね、準備って聞いて糸が絡まってないかをチェックするとかね、凧が破れてないかとかね、風が吹いているかを確認するんだと思っていましたけどね。 W:それは違う。 H:違う? Wまだ早い。 H:まぁね、準備といえば凧を買っておくのも準備ですけどね。 W:そうです。他にもやることはたくさんあります。 H:例えば? W:例えば準備上げ。 H:準備上げ? W:そう。試しに凧を上げるのが準備上げ。 H:・・・ W:まず準備上げをする前に「準備上げをします」と宣言をします。 H:はい。 W:そして凧上げをします。 H:はい。 W:そして例えば凧は無事空高く舞い上がったとしましょう。 H:はい。 W:でもそれは準備上げ。 H:・・・ W:凧が上がった事にはなりません。 H:いやさっきから疑問に思ってたんですけどね、それは個人的にあげてるんでしょ? W:? H:いやね、なんで本番とか準備とかを分ける必要があるんですか? W:・・・ H:それが何かの凧上げの大会か何かがあってね、それの本番前に練習時間があってね、その時に具合を見るために本番の準備としてあげてるんなら分かりますよ。 W:はい。 H:でもなんで個人的に上げてるだけなのにその本番とかがあるんですか? W:本番はどんなものにもあるでしょ? H:単なるあそびでしょ? W:遊びにも本番はありますよ。 H:そうなんですか。 W:だってね、僕は朝食を食べる時も本番の為の準備をしてますよ。 H:朝食の本番? W:はい。本番を迎えるにあたっては何かと準備が必用でしょ? H:まぁね。あ、じゃあ料理に使う材料とか必用な道具を並べておくとか、そんな準備をしておくんですか? W:まぁそれもやりますけどね、大事なのは食べる準備。 H:・・・ W:本番で食べるにはね、その前に一度試し食いをしないといけないでしょ? H:それはお前だけだよ!二度も食べちゃってるじゃないかよ!! W:だって試しに食べとかないとさ、本番でどうやって食べるのかがわかんないからさ。 H:どうやってってさ、どうでもいいじゃない。 W:何、じゃあご飯と味噌汁はどっちから食べればいいのか自信ある? H:自信というかね、どっちでもいいじゃない、そんなの。 W:すべての行動に不安があるからさ、箸で食べ物を口の中に運ぶ時さ、どういう:順序で持っていけばいとかさ。 H:そんなの真っ直ぐ持ってけばいーじゃない。 W:途中で箸を持つ手を緩めたり? H:それは落ちているでしょ!落とすなよ。そして緩めるな! W:なんていうかね、どうやって動いていいのかわかんないからさ。 H:もっと自信もてよ!お前はプログラミングされていないロボットじゃないんだからさ。 W:あれ、俺ってロボットじゃないの? H:いいかげんにしなさい。 (END)
―終わり―
おまけ
W:郵便局で仕分けやってる子に可愛い子がいるよね。 H:あぁ、僕も何人か見かけたよ。 W:ほんとにさ、まったくそういう子には「夜は彼氏の何を分けてるの?(ニヤニヤ)」って聞きたいよね。 H:何だよヤラしい言い方で。でもさ、仕分けの子は順立てをやるだけに「夜は彼の何を立ててるの?」って聞くなら分かるけどさ、「何を分けてるの?」っていう質問じゃヤラしいんだかそうでないんだかわかんないよ。 W:「はい、私は彼の髪の毛を七三に分けてます。」ってね。 H:あ、実はヤラしい質問じゃないんだ!
| 2003年01月02日(木) |
2003という数字の並びにも見慣れたよ! |
「新春!!ストレート漫才」(略して「新スト」) 出演;ピーチクパーチクのお二人
ピーチク:さぁ新年もついにやってきてしまいましたがね、僕なんか全く明けましたっていう気がしないんですよ。 パーチク:えぇ、それはなぜですか? ピーチク:それは去年の年末からゆうメイトっていうのをやっていましてね。 パーチク:おぉ、郵便局の。 ピーチク:そうです。お正月の元旦に配られる年賀状に向けてね、年末は特別に多くのアルバイトを郵便局が雇うってわけですよ。 パーチク:あぁ、仕分けなんかがいつもの時より大変そうですもんね。 ピーチク;そうなんです。というわけで全体的に郵便局での仕事は多くなるという事で僕も配達なんかのお手伝いをさせてもらってるんですけどね。 パーチク:それは大変そうですね。 ピーチク:まぁそんなわけで年が明けても明けなくっても年末年始にはバイトに明け暮れてるわけなんでね、あんまり心境の変化ってのもないんですよ。 パーチク:なるほどね、忙しいだけに新年を迎える余裕もなかたっていうことですね。 パーチク:そうですね。そんなわけで正月早々元旦には朝早起きしてね、眠い目をこすって年賀状を配っていた訳なんですがね・・・ ピーチク:えっ、眠い目を擦ったら目がパチッと開くようになるんですか? パーチク:いや、年末なんかは夜遅くまでついつい起きたりしてね、次の日遅く起きてしまう習慣があるんですよ。 ピーチク:ということは週に一回のペースで次の日遅く起きてしまうんですか? パーチク:その週刊じゃないですよ!ですからね、眠い目を擦ってでも一生懸命早起きをするってことですよ。 ピーチク:そんなね、目を擦っただけで眠気がなくなるんならね、この世からコーヒーなんてなくなっちゃいますよ。 パーチク:いやそこまで大袈裟な話にしなくたっていいじゃない。 ピーチク:いやね、コーヒー業者が困るんじゃないかと思ってね。 パーチク:あんたはコーヒー業者の回し者か!まぁ本当に擦っただけで目が覚めるんならそうですけどね、それは言葉の彩ですからね。 ピーチク:まぁ他にはミルクが好きな人なんかも困りますけどね。 パーチク:いや、よくそれはわかんないんだけど。 ピーチク:だってね、ミルク飲みたい人がコーヒーを飲む訳でしょ? パーチク:・・・ ピーチク:だからミルクが飲みたい人がコーヒーが好きでもないのにそこにミルクを入れてね、ミルクの味を楽しむんですよ。だってミルクを直接ゴクゴク飲む人なんていないでしょ? パーチク:コーヒーが嫌いとは限らないし、そうだとしてもコーヒーが純粋に好きな人はブラックで飲むからね、ミルクが好きな人イコールコーヒーを飲むっていう関係にはならないと思いますよ。コーヒーが好きな人がコーヒーを飲む訳でしょ、普通は。 ピーチク:えぇ。 パーチク:だからミルク好きな人がコーヒーがこの世からなくなったら困るってことはないんじゃない?クリームシチューにだってミルクは入れるじゃない。 ピーチク:まぁね。でもね、ミルクにはコーヒーでしょ。 パーチク:それはあんたの好みでしょ! ピーチク:そうですけどね。でもね、コーヒー以外にもなくなってしまうものはあるでしょうね、目を擦って覚めるようになると。 パーチク:例えば何が? ピーチク:目覚まし時計なんてそうですよ。 パーチク:どうして? ピーチク:誰かに目を擦って貰えばいいじゃない。 パーチク:そういう問題じゃないだろ!それなら目覚ましを使ったっていーじゃないかよ!なんでいちいち他人に目を擦ってもらわないといけないの? ピーチク:目覚まし時計買うのがもったいないからね、こんな不景気な時代に。たとえそんな時計をもってたとしても擦られ好きな人がいるかもしれないじゃない。 パーチク:まぁな。 ピーチク:それに時計は時計でも目覚まし機能がない時計だったらどうするんだよ。 パーチク:それはそういう機能があるのを買えよ! ピーチク:でもさ、そういう機能があったとしても電池入れるのを忘れてたらどうするんだよ? パーチク:忘れるなよ!そして入れなさい! ピーチク:じゃぁ電池が入れてあると思ったらその電池が偽ものだったら・・・ パーチク:偽もの買うなーっ!! ピーチク:なら偽ものでないとしても時計本体が故障してたらどう・・・ パーチク:修理しろ、修理!修理屋さんに修理をしてもらえ! ピーチク:だってどこに修理屋さんがあるのかワカンナイよ? パーチク:聞け俺に!!俺は知っているぞ! ピーチク:でもお前が嘘つきだったらどうするんだよ? パーチク:もういいわ!じゃあね、家族のいる人なりルームメイトと一緒に暮らしている人ならまだわかるよ。それなら目擦ってもらうこともできますからね。 ピーチク:はい。 パーチク:では一人暮らしの人はどうするんですか? ピーチク:あっ、そういう場合はですね、手が先に起きるんですよ。 パーチク:・・・ ピーチク:そして次に自らの手が目を擦って起こしてくれます。 パーチク・・・そのね、手が先に起きるってどういうことなの? ピーチク:手が先に目覚ましで起きるんですよ。 パーチク:それじゃ意味ないじゃない!!目覚まし使ってるしね。 ピーチク:でも直接目覚ましで起きる訳じゃないですよ、その人自身は。 パーチク:でもついでに手が目覚ましで起きるんなら体ごと起きたらいいじゃないですか? ピーチク:いや、手専門の目覚ましですから。 パーチク:そんなのあるか!それにしても眠い目を擦って年賀状を配る話から随分脱線をさせましたね。 ピーチク:えぇ。 パーチク:「えぇ」じゃないよ!お前がさせたんだよ!!まぁそれはもういいとしてね、やっぱりね、配達の話に戻りますとね、年賀状は普通の郵便物の時よりも多くの量が載っているんですよ。 ピーチク:俺が? パーチク:お前が載ってるんじゃないよ!なんでお前が荷台に載ってるんだよ? ピーチク:さぁ。 パーチク:さぁじゃないよ。それになんで「俺が?」って疑問を持ってるんだよ。万が一載ってたとしてたら自分でわかってろよ! ピーチク:そっか。 パーチク:それにお前が荷台に載っててもどこに配達すればいのかわかんないよ! ピーチク:お前の家に。 パーチク:来たいんなら自分で来いよ! ピーチク:だって新年早々お前の家に俺は配達されたじゃないか。 パーチク:それはお前が自分で歩いてきたんじゃないかよ!!人間は配達されないよ! ピーチク:じゃぁ荷台なんかに俺を載せるなよ! パーチク:それはお前が勝手な事を言ってるだけじゃないかよ! ピーチク:そっか。それにしてもね、年賀状ってかわいそうだよね。 パーチク:なんだよ急に。 ピーチク:だって勝手に配られたり読まれたりしてね。 パーチク:年賀状に意識なんてないよ。 ピーチク:されるがままっていう感じだよね。 パーチク:そうかな? ピーチク:年賀状だってね、たまには配られたくない時だってあるんだよ。 パーチク:・・・ ピーチク:さっき仕分けが大変だって言ってたけどさ。 パーチク:言ったよ。 ピーチク:仕分けされてる時のやつらのことを考えてみろよ。 パーチク:やつらって年賀状? ピーチク:たまに誤配なんかがあるでしょ。 パーチク:ありますね。 ピーチク:葉書は自分が行くべき所にいってこその存在ですからね。 パーチク:それはそうですね。 ピーチク:だから誤配された時なんかはその葉書は「誤配されるくらいなら俺なんて・・・」 パーチク:俺なんて? ピーチク:「俺なんて葉書として生まれてこなければ良かったんだ!」 パーチク:そんなに悲しいの? ピーチク:「どうせならブランド名の入った紙袋として生まれたかった!!」 パーチク:・・・ ピーチク:「どうせ同じ素材なら」 パーチク:でもなんで? ピーチク:「だってブランド買えるくらいお金持ってる人に出会えたら、後々はこんな不況な時代でも安心できるかなーて思ってね。」 パーチク:それはお前の気持ちだろ!お前はヒモになる気か!! ピーチク:でもさ、結局単なる買い物袋だからいつかは燃やされる運命にあるだろうね。 パーチク:まぁね。 ピーチク:俺は火葬なんて御免だけどね。 パーチク:人間だって日本じゃ火葬だよ! ピーチク:ということは俺はある意味袋でもあるのか? パーチク:同じ燃やされる運命にあるってだけで、同じ存在ではないだろ。 ピーチク:でも俺の母親はある意味お袋だぜ。 パーチク:もういいよ! (終わり)
| 2003年01月01日(水) |
賀正っていう響きが好き♪ |
「幻の存在」 君という幻を愛して 僕という幻に映る景色 夢は夢のままに
分子レベルでゆっくりと 崩れゆく己を想いながら 明らかな夢はつづく
「新年早々の妄想」 僕はダイレクトという言葉が好きだ。 カタカナ語で調べる事にする。
[僕はダイレクト]僕はまっすぐな・・・ってそんなカタカナ語はねぇよ! せめて[ボクハダイレクト]だろ!
[ダイレクト]�,泙辰垢阿福�直線の。��直接の。
なぜ好きなのだろうか? まっすぐなボールが投げられるようになりたいのか? ボーリングでストライクをとりたいのだろうか? 少しでも身長測定で高く測定されたいからだろうか? 傾いているものの、まっすぐな姿勢は崩したくないのだろうか?(ピザの斜塔) 次のカーブまでの前座の為にあるのだろうか? ・・・ と意味が分からなくなってきたところでなぜ好きなのか?はもう考えないようにします。
話を戻すと、まぁ、ダイレクトっていう言葉には面倒くさがりやの僕には共感のもてる単語だとは言う事ができます。 そこで、こんなものがダイレクトならいいのに・・・というものを考えていきたいと思います。
其の一「ダイレクト消しゴム」 この消しゴムは一見エンピツのようですが、単なる棒です。 芯の部分もプラスチック製のフェイクです。 なのでエンピツだと思って使っても、何の役にも立ちません。 初めから消す予定でエンピツを使う方、この消しゴムを使えば初めから消しゴムで消す必要はなくなります。
其の二「ダイレクト年賀状」 自分で送り先のポストに入れること。
其の三「ダイレクトな乳の感触」 所謂ノーブラの女性が着ている服の上から揉むと、かなり直接触っているのに近い感触が味わえることをいう。 厳密に言えばダイレクトではないと言われている。
其の四「ダイレク父さん」 �…招呂良磴里海函� ��寄り道などせず、まっすぐ家路につく父さんのこと。 ��仕事から家に帰ってきて、靴を脱がずに家にあがる父さんのこと。 �に棆擦嚢兇瓩詆磴気鵑里海函� �ゲ饉劼農験茲靴�ねない父さんのこと。「もう家には帰りたくない。」とのこと。 �α蠎蠅魏イ蠅燭せ�は必ず頭突きな父さんのこと。 �Г�ちづけはディープキスな父さんのこと。 �─崋�付なんて通さずに俺に言ってくれて構わないよ」とお得意さんに言う父さんのこと。 ��夏に「暑いっ!!」と言い冬に「寒すぎるっ!!」と言う父さんのこと。 ��ゴルフで一切の道具を使わずに手で投げて楽しむ父さんのこと。「俺は握るよりも握られたい質なんだ。」とのこと。
其の五「ダイレクト伝言ゲーム」 2人しかメンバーのいない伝言ゲーム。
―賀正エンド―
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