バイト先で、僕のメガネが笑福亭笑瓶っぽいとか上岡龍太郎っぽいとか言われた。
―END―
最近、何度も「M−1グランプリ2003」のDVDを観ている。 そのDVDには、2003年の年末にテレビ朝日系列にて生放送された、M−1グランプリという名の漫才師の頂点を決める大会の決勝戦に進んだ8組と、決勝戦の手前の第四回目の予選で破れた決勝敗者復活戦で勝ち抜いた1組の漫才がメインに収録されているのだが、彼らは七人の審査員のそれぞれの持ち点100点の合計によって順位をつけられた。 その結果は充分納得のいくものだったが、僕なりにその9組の漫才コンビの漫才に点数をつけてみた。(100点満点)
参考までに、先に、七人の審査員(点数は順に島田紳助、松本人志、南原清隆、島田洋七、ラサール石井、大竹まこと、中田カウスのものとする)が出した点数を載せておく。
以下、出演順に、番組がつけた彼らのキャッチコピーと共にそれぞれの審査員による点数とその合計、順位を載せる。
【千鳥(ちどり)】 キャッチコピー:無印(ノーマーク。)※千鳥は2003年の大会で初めて決勝に進出 82、70、82、75、84、79、80。計552 第9位
【麒麟(きりん)】 キャッチコピー:返り咲き※大会は2001年から年に一回開催されているが、麒麟は2001年は決勝に出場、2002年は第四回予選で敗退なので 84、75、76、84、78、75、82。計554 第8位
【スピードワゴン】 キャッチコピー:正門突破※スピードワゴンは2002年の大会で敗者復活戦を経て決勝戦に進出 85、74、81、85、86、82、79。計572 第6位
【笑い飯】 キャッチコピー:∞ infinity※2002年大会でノーマークで誰やねん扱いだった笑い飯は、第三位と健闘 99、95、90、95、92、90、95。計656 第2位
【二丁拳銃】 キャッチコピー:ラストチャンス※2001年2002年共に決勝に挑み破れた二丁拳銃は見事2003年の大会の決勝に出場。M−1グランプリはコンビが結成されてから10年までのコンビが出場できるので2003年までしか出場資格がない 91、80、87、95、86、83、86。計608 第4位
【アメリカザリガニ】 キャッチコピー:3度目の正直※フットボールアワーと共に3年連続出場コンビ。もちろん優勝していないので、このようなキャッチコピーなのである。ちなみに優勝しても次の年以降も出場できる。コンビ結成10年以内なら 80、70、84、90、83、76、81。計574 第7位
【フットボールアワー】 キャッチコピー:悲願※アメリカザリガニと共に3年連続出場コンビ。2002年大会では決勝戦で1位だったものの、決勝戦で1位から3位までの3組で戦う最終決戦で惜しくもますだおかだに破れた 98、97、89、97、95、89、98。計663 第1位
【りあるキッズ】 キャッチコピー:最少年※共に18歳で結成7年のコンビ。2003年の大会で初めて決勝に進出 90、85、81、93、85、83、84。計601 第5位
【アンタッチャブル】(敗者復活戦の勝者) キャッチコピー:なし(敗者復活コンビはない)※2003年の大会で初の決勝戦進出 92、84、85、90、92、87、86。計616 第3位
以下に、僕の採点結果を載せておく。 採点にはボケ、ツッコミ、テンポと間(速さは無関係)、鮮度とユニーク度、かつ舌と声の通り、ストーリーやキャラの設定、終盤、終わり方の8点に着目して、それぞれ10点満点で点数を出し(ボケ、ツッコミは20点満点)その合計を算出した(100点満点) その点数による順位順にコンビを記す
第1位(1):フットボールアワー 18、18、9、7、8、8、8、8。計84
第1位(2):笑い飯 17、16、8、10、8、8、8、9。計84
第3位(5):りあるキッズ 17、17、9、8、9、8、8、7。計83
第4位(4):二丁拳銃 17、16、8、7、8、7、9、8。計80
第4位(3):アンタッチャブル 17、17、9、7、8、7、7、8。計80
第6位(6):スピードワゴン 16、16、7、8、7、7、7、7。計75
第7位(7):アメリカザリガニ 15、16、6、7、8、7、8、7。計74
第8位(8):麒麟 15、12、7、7、6、7、7、7。計68
第9位(9):千鳥 13、12、6、9、7、7、5、6。計65
ちょっと、りあるキッズの評価が七人の審査員合計より高いくらいで、ほぼ一緒だ
―END―
今日、メガネを購入した。 フレームは前の日曜に選び、僕に合うレンズができるのを今日まで待っていた。 今までのものは2年使っていた。 レンズにも傷が目立ってきていたので、替え時だった。 普通、今まで使っていたものを捨てるか、どこかにしまう時、愛着がなかったとしても、名残惜しい気がするものだ。 ただ今回、メガネに関しては全くそんな感情を抱かなかった。 今まで使っていたメガネは新しいものと度数が同じことも合って、新しいメガネが万が一壊れた場合に使えるようにとっておくのだが、だから名残惜しいとは思わなかったのか。 いや、違う。 メガネは僕にとって、モノではないのだ。 言ってしまえば、体の一部に近い。(この場合の<体の一部>は、例えば恋人の存在が体の一部のように感じる場合のソレとは違う) 体の一部、例えば爪を切る時に、いちいち爪に別れを告げる奴がいるだろうか。 僕にとって、使わなくなったメガネは、切った爪に等しい。
―END―
| 2004年08月28日(土) |
今読むと恥ずかしい詩 |
昨日の日記に、新風舎から送られてきた審査コメントを載せましたが、その中で触れられていた詩をそのまま以下に載せておきます。
「何故人は夢を見るの?」 何故人は夢を見るんだと思う? 本当は見ているんではないのだよ 夢も現実の一部なんだよ そもそも現実って何? 睡眠中の脳の活動が現実でないなんてどうして言えるの? そして何故夢が現実のように思えないのか? それは訓練が足りないからだよ 何事も訓練訓練 努力は実るっていうじゃない? 本当は嘘だけどさ それでも訓練していれば 夢だって現実のようになるよ
夢に生きるのって案外いいんじゃない? 環境にもいいしさ どういうことかって? だって人間が動くからさ その分地球って壊れていくんだよ 環境を守るって言っててさ 車に乗って通勤通学なんて 矛盾していると思わない? そもそも人間なんてそういう生き物だけどさ
だいたいさ 体動かして 身を危険に晒して 痛みを伴って生きるのって そんなにいいことかな? 痛みがあるからこその生? 苦労かあるから楽? そんなのさ 金持ちよりも貧乏の方がいいって言うのと同じくらい どうかしてると思わない?
どう? 夢に生きるのも悪くないって思わない? きっとさ 夢に生きるようになると 体の中で要らない部分が出てくるかもしれない それがそのうちなくなっていってね それって進化だと思わない? 必要ないからなくなる つまり合理化でしょ?
あれ? 足がなくなるから動かなくなるのかな? どっちだろう? ある代から突然 足がなくなったら それは辛いだろうな 進化って 必要に迫られてなるものなのかな? 進化って 辛いものなのかな?
話がややこしくなってきたけど 要は 環境の事とか 進化の事とか どうでもいいんだよね 本当は 自分のやりたいようにやりたいし 自分の生き易いように行動したいし(もしくは行動しないようにしたいし) ちょっとさ 夢に生きるのも悪くないかなって そう思っただけ
今ってさ みんな自由に物事を考える暇なんてない時代じゃない? 何かに囚われてさ 何かの為に考えてさ ばかみたいじゃない? たまにはいいけどさ ずっとそうじゃ辛くない? もっとね 自分が自分になれる時間がさ あってもいいんじゃない? そう思うわけ だから 夢に生きるのも いいんじゃないかな? そう思うわけ
―END―
ジムに行き、床屋に行き、全体的に絞った感のある一日でした。
第四回新風舎文庫大賞というものに詩を応募した結果が本日届きました。 賞には大賞、部門賞、優秀賞の三種があったのですが、どれにも選ばれませんでした。 どうやら詩は一つも選出されなかったようです。(それが救い) ただ、審査コメントというものをいただき、嬉しかったです。 以下、そのコメントを載せておきます。
作品名「雨と水の生きる道」他 著者名 ○○ ○ 普段思い浮かべても容易には言い表せない、「そうだ、そうだ」と思わず頷いてしまうような詩がたくさんあり、吸い込まれていくような魅力に満ち溢れた作品でした。人間であることに改めて感謝しつつ、生の喜びを感じずにはいられません。 「何故人は夢を見るの?」は、必死になって走っている道で予期せぬ石ころに躓いてしまい、その痛みから前に進むことが怖くなってその場に座り込んでしまった、そんな気持ちの時に読むことで、肩肘はらずに自分のペースでいこうと思わせてくれる素適な詩です。 著者の豊かな感受性ときめ細やかな情景描写が相まって、多くの読者の心に優しく伝わり、共感が得られるに違いありません。
と、こんな素適なコメントをいただきました。 ただ、<多くの読者の心に・・・>とありますが、そんなん出版されるわけでも、まして何の賞もとれなかった僕の作品に、多くの読者はいないでしょ?
ちなみに応募総数1211点の中から大賞が1点、部門賞が2点(ミステリー部門1点、絶望からの復活部門該当なし、ポストカード部門1点)、優秀賞が10点(自由部門8点、ポストカード2点)選ばれたそうです。 どういうレベルのものが出版されるのかどうか研究する為、出版大賞受賞作品とミステリーの部門賞受賞作品を買う予定です。 次はまた詩で勝負するか、それともストーリーもので勝負するか、悩むところです。
―END―
| 2004年08月26日(木) |
ベスト20(過去の映メモつき) |
本日、劇場で「茶の味」という邦画を観た。 タイトルからは想像もできないような、ストレンジな味付けのある瑞々しさが心地よい傑作である。 いや、厳密に言えば、このタイトルに象徴される落ち着いたものが映画全編に渡って漂っているのだが、その中で起こるストレンジに思えるエピソードの数々を優しく包み込んでいるような映画なのだ。 ストレンジさを肯定している映画とも言える。 あまりストレンジさを強調すると、マニア受けするような映画だと思われるかもしれないが、そのストレンジさの絶妙さは保証する。 この世の中元々ストレンジではないか。 ストレンジさを抱えたまま、地球はまわっているのだということをしみじみと味わえる映画なのだ。 僕の生涯ベスト20に入れたいのだが、近年ベスト20に入れたい映画が多くて困っている。
―END―
ついしん 皆、役者は良かったが、個人的には土屋アンナが良かった。 主人公が一目ボレする相手として、最高のキャスティングだと思った。
【映メモ98】 2004年8月10日 「ピーピー兄弟」(邦画)を観た 拾い物です タイトルで怖じ気づくなかれ、です 兄弟がいる人にも、そうでない人にもオススメです ちなみに<ピーピー>とは、放送禁止用語を消す音のことです
【映メモ99】 2004年8月11日 「六月の蛇」(邦画)を観た 観る前のイメージは「フリーズ・ミー」と似ていますが、実際は月とすっぽん 最後までぐいぐいと引き込みます
【映メモ100】 2004年8月15日 「パンチドランク・ラブ」を観た どうってことない話なのに最後まで惹きつけるものがある映画 よってまさに映画
【映メモ101】 2004年8月16日 「スリーパー」を観た ウッディ・アレン監督のコメディー映画 ラストシーンが良かった
俺はアルバイト先のある一室で一時の休憩をとっていた。 その部屋には低い机があり、俺はそれに向かってあぐらをかいていた。 俺は疲れた目を癒すべく、目薬を差した。 そして目薬を胸ポケットにしまい、机にあったティッシュ箱から一枚のティッシュを取り出し、目から溢れた液を拭き取ろうとした瞬間だ。 コンコンコン 誰かが俺のいる部屋の扉を外からノックした。 まずい、今入ってこられたら俺が泣いていると思われる。 目に持っていこうとしていたティッシュを持った手を膝の上に戻し、俺は誰かが入ってくるのを待ち受けた。 そして入ってきた人に挨拶をし、その人が低い机に向かって座るのを待って、こう言った。 「今目薬をして拭こうと思っていたんですけれど、言わずに拭いているのを見たら泣いてると思いますよね」 「うん、目薬が見えなかったらそうだね」 俺はティッシュで目元を押さえた。 もし本当に泣いていた場合でも、そう言っていたら誤魔化せたかもしれない。 充分に使える手だ。 え、泣いていたら目が赤くなっているからバレるって?
―END―
久しぶりに同じ高校に通った友達3人と集まり、飲み会とボーリングを一緒に楽しんだ。 ボーリングは2ゲーム行ったが、1回目が3位、2回目が2位と平凡なものだった。 しかし、ボーリング場のある建物内にゲームセンターもあり、そこで4人で争ったレーシングゲームで1位になったので嬉しかった。 そう言えば他の3人より多くトイレに行った。 その分水分を取ったからだろう。 話をボーリングのことに戻すが、僕らの左隣のレーンにいた40代か50代くらいの人が、1人で黙々と投げていたが、ほとんどスペアかストライクをとっていたので驚いた。 右隣のレーンには男2人女2の4人組みがいて、ちょっと羨ましかった。 ボーリングのレベルはこちらと同じくらいなので安心した。 一番悲しかったのが、ゲームセンターのダンスをするゲームで足がもつれた事だ。 体を動かす事は不得手である。 今度誰かとボーリングをする時は、1位をとりたい。
―END―
「12月24日」 冬の景色は美しい。 そんなイメージがある。 特に雪化粧が施された景色は、滅多に雪の降らない場所に住む私には神秘的なまでに美しいと感じる。 しかし地面の土やコンクリート、花や木々、その他あらゆる物が白い雪に包まれている状態が美しいのなら、包まれているそれらの本来の美しさは見えない。 白一色という統一性が雪景色の美をつくりだしているのならば、包まれている一つ一つのものの美は目立つはずがない。 それが、冬という季節の責任だ。 それならば、北海道や北陸の寒さを、常夏の国に、反対に常夏の国の暖かさを北海道や北陸にもっていってみればどうか? きっと、今まで寒かった北海道などでは常夏の暑さに我慢できず、パンツまでも脱いでしまうという騒ぎが起こり、常夏の国ではあまりの寒さにエスキモー人もビックリの厚着を装うだろう。 それではいいことなしだ。
雪景色のように包まれている美と言えば、何でも布で覆われているものの絵を描いている画家がいる。 確かにそれらの絵には不思議な美しさがある。 しかし、その画家が例えば銀行強盗を描くならば、初めからすっぽりと布に覆われているからそのまま描くだけで楽である。 しかし、美人画の美人が布に包まれている様子を描くとどうか? 美しさが台無しといえる。 しかし、タイトルが<美人の包まれ>であったら、<この包まれている人はどんな美人なのだろう?>と観る人の中で理想の美人が描かれるという意味では美人画であると言える。 あと、富士山が茶色い布に包まれているものを描けば、それは<よく見た富士山だ>などと皮肉を言う人がいるかもしれない。 それほど間近でみる富士山は汚れているらしい。
「12月25日」 雪景色の始まりは、雪が舞い下りてきた時である。 雪が舞い下り始めると、外にいる人は同時に空の方を見上げるものである。 しかし、客観的にそんな様子を冷静に眺めていると、なんだか怖い気もするのは私だけだろうか。 ある一定のエリア内にいる複数の人間が同時に同じ動きをする恐怖。 そんなものを感じる人も、きっとこれを読んでいる人の中にいるだろう。 そういうものの恐怖として、朝のラッシュ時に駅に向かう同じ方向へ向かう集団なんかも怖いと常々思っていた。 今日の早朝、私はそんな様子をあるデパートの屋上から眺めているのだと想像しながら、同時にその駅に向かう集団の中に溶け込んでいた。 客観的に自分が溶け込んだ集団を観察したかったからだ。 すると、私も含めた同じ方向へ向かう人々がある時、デパートの屋上にいる想像の中の私の方を向いた。 それおはほとんど同時であった。 その瞬間想像の中の私はギクリとした。 しかしそれも当然のことであった。 想像の中の私の方へ、轟音を放ちながら、何故か布に包まれた飛行機が突っ込んでこようとしていたからだ。
―END―
・吹き替え漫才 サイレント一人芝居(ツッコミ)+その吹き替えの声(ボケ)によって繰り広げられる漫才
・ループ漫才 至って普通の漫才とスタイルは一緒だが、ネタの内容がループするという漫才
・スプリットスクリーン漫才 それぞれが別の場所にいるという設定で繰り広げられる漫才
・主人格と裏人格漫才 一人の人間の対人的な表に現れる人格と表には出ない裏の人格による漫才という設定の漫才
・実況中継漫才 何かを漫才風に実況中継するという設定の漫才
―END―
DVD「M−1グランプリ 2003」は、2003年の年末に生放送された同タイトルの番組が作品化されたものである。(特典もある) その中の<スピードワゴン>のネタは、一部音声がない。(実は一部どころではない) そのネタは、主に二つの童謡の替え歌で構成されており(生放送を観た、もしくは録画したものを観た人なら知っているだろう)、その元の童謡の著作権の関係でそうせざるを得なかったようだ。 どんな部分の音声がカットされたかというと、一つには元の童謡の歌詞を言っている部分、もう一つには元の童謡のリズムに乗って替え歌にしている部分である。 よって、ツッコミの人のセリフはともかく、ボケの人のセリフはほぼ全滅である。 ただ、製作者が足掻いた末に改良を加えた点がある。 元の童謡のリズムに乗っているものの、歌詞が替え歌の部分を字幕であらわした点である。 それでもこの漫才は、特に生放送の番組を観ていない人にとっては、一部音のない漫才という前代未聞な点にしか面白さを見出せないだろう。 しかも、先程二つの童謡の替え歌でネタが構成されていたと言ったが、時間にして一分ほどの二つ目の童謡のネタの部分は丸ごとカットされていた。 残念極まりない。
―END―
○証明写真(M−1の応募の為にコンビで撮りましたが) ○なぜ正面から? ○俯瞰からというのはどう? ○旋毛が一つと二つの双子がいたら、俯瞰の証明写真(旋毛の数が違う双子の証明のみ) ○証明といえば ○人間の証明 ○森村誠一 ○人間であることを証明するのは難しい ○言葉が喋れたら人間? ○オウム(鳥)だって喋る ○オウムが「人間って馬鹿だよね、わざと真似してることも気づかないで」 ○実は「人間って馬鹿だよね、わざと真似してることも気づかないで」というセリフを教え込ませただけ ○人間といえば ○人間らしさって何でしょう? ○戦争は非人道的だと言われる ○人間以外しませんけどね ○この漫才というのも人間以外はしない ○なんて人間らしい行為なのでしょうか? ○ボケたら叩かれますけどね ○お客さんには笑われますし ○人間やるのもなかなか大変ですね ○ということでこの辺で漫才をやめさせていただきます
―END―
留名(るな)は、膝よりも低い手摺のこちら側に立っていた。 手摺から向こうは崖であり、もっと向こうには闇に映える住宅の明かりが点々としていた。 彼女のいる場所はコンクリートで固められた平面のところであった。 その辺りはデートスポットになっているらしく、手摺の下には等間隔にスポットライトがあり、カップルたちにムードのある空間を提供していた。 そんな中彼女は一人、その手摺の向こうに見える風景に視線を漂わせていた。
私は留名の右隣りの、彼女の膝より低い手摺の位置に目線を置いた。 そして左上方に視線を向けた。 彼女の程良く肉付きの良い太股が私に迫った。 近すぎて足しか見えなかった。
私は目線を彼女から離れるように僅かに平行移動させた。 今度は彼女の花柄の白っぽいはずのスカートと、そこから伸びる白いはずの二本の足が見えた。 辺りでは穏やかな夜風が吹いており、彼女のそのスカートは重力に逆らうかのように下の方がふわふわと漂っていた。 それに対して、彼女の足は重力に従順なまでに地面に同化していた。 まるで以前からそこに、彼女がいるようだった。 しかし、彼女は私の目線の方へ歩いてきた。 そうか、彼女は動くのだった。 そう思った時には彼女は私の目線の真上に位置していた。 つい私は真上に視線を向けた。
気配を感じたのか、留名は私の目線に気がついた。 彼女は叫ぶことも驚くこともしなかった。 彼女は言った。 「エッチ」 あまりにも使い古されていて、使ってもその言葉の意味するニュアンスがしっかりと思い出されないといった表情で彼女は一歩後ずさり、私の目線を見下ろした。 私の方も、特にそういうつもりで彼女の真下に潜り込み、見上げたわけではない。 しかし、それでも私は男である。 見上げると良くは見えないが見えないが故に想像させるものがあった。(見えないものが見えたというのは表現としておかしいが)
しばらく経って、私の目からは感動の涙が出た。 私の目線を中心に、半径30cm程の湿った円がコンクリートに描かれた。(闇の中にあっても、それはなぜかはっきりと認識することができた) すると彼女は、どこかへ去って行ってしまった。 その様子はまるで速度の速い地面と平行のエスカレーターに乗っているかのようであった。
私は作家だ。 留名というのは私の創り出した架空の人物である。 私はどこかへ行ってしまった留名の名残のようでもある湿った円を見つめ、彼女を想った。 次の瞬間、私はその湿った円の中に溶けるように染み込んでいった。 その様子は温めたトーストの上に乗せたバターのようであった。
―END―
ついしん ある社会人(私は・・・)の友人のHPを見ると、忙しそうでも面白そうな生活を送っていそうだなーと思わず自分のどんよりとした生活と比べてしまい愕然とする。
ついしん2 先月末に受けたある会社の最終試験の日時がやっと判明。 忘れ去られたのかと冷や冷やしていたのでほっとする。
ついしん3 そろそろ漫才の練習をしなければいけない。 ネタは完成していない。
ついしん4 今、午前5時13分だ。
ついしん5 さて、少し小説でも読むか。
| 2004年08月16日(月) |
自分で言ってりゃ世話ねーぜ |
僕の名言 「美人は三日で飽きる。同様にブスも三日で飽きる」
【解説】 個人的に、<美人は・・・>という従来の文句にはマイナスのイメージをもっています。 だからみなさんそうでない人と付き合いましょうというような、美人な人と結ばれたいと思っている人にそのことを諦めさせるような後ろ向きなメッセージが込められているように思えてならないのです。 だから、確かに美人な人に三日で飽きたとしても、同様にブスな人にも三日で飽きるのではないか?という提言を盛り込むことにより、美人な人と付き合いたいと思っている人にも納得してもらえる名言をつくりました。
―END―
ついしん この名言を母に言ったら、うけていました。
近所の本屋で小説を物色していると、アガサクリスティー著の本に「殺人は容易だ」というものがあった。 確かにその通りである。 その後が大変なのである。
―END―
ボールペンで書かれた文字は消しゴムで消せない。 そんな思い込みのあった僕には、某100円ショップで見かけた<消せるボールペン>なるものに矛盾を感じました。 そのボールペンが、書いてから時間が経っても半永久的に消しゴムで消せるのだとしたら、シャーペンと比べてどんなメリットがあるのでしょうか? 芯をつぎ足す手間が省ける。 書き味が滑らか。 それくらいでしょうか。 もし書いてから一定の時間内なら消せるというのであれば、また違うメリットがあります。 それだと、石橋を叩いて渡る人の人生みたいだな。
―END―
およそ12日(木)23:30〜13日(金)5:20、バイトののち、バイト仲間の先輩と某ファミレスで食べたり飲んだり(ノンアルコール)喋ったり
およそ13日(金)9:00〜11:00、家族で市内のゴミ収集場に行き新聞紙とペットボトルを捨てた後、お墓参りに
ちなみに13日(金)5:20〜9:00の間に一時間くらい仮眠。お風呂にも
およそ13日(金)11:00〜17:15、ゴロゴロしたり、テレビ観たり、M−1(DVD)観たり
およそ13日(金)17:15〜19:30、同じ高校出身の友達とカラオケ
およそ13日(金)19:30〜21:30、上のメンバーでファミレスでお食事
およそ13日(金)21:30〜26:00、上のメンバー+これまた同じ高校出身の友達2人でビリヤードのちボーリング(ビリヤード後、主催者抜ける)
およそ13日(金)26:00〜26:30、上のメンバーのうち僕を含む3人で某豚丼屋で食事のち帰宅
というようなハードスケジュールは僕には珍しい 貴重な時間だった
―END―
| 2004年08月12日(木) |
昼食選択の自由(過去の映メモつき) |
アミノ酸飲料は疲れている時にいいらしいです。 アミノ酸飲料にも色々あって迷いますが、今まで飲んだ中ではポッカの「アミノレモン」の味が一番好きでした。
昼食に何をとろうか迷う時があります。 今日は、昨日食べた昼食(鍋焼きうどん)と同じ物はなるべく避けたいと思い、オニギリと即席のお味噌汁とおつまみを買おうと思いましたが、オニギリのご飯とお味噌汁は朝飯とかぶっていることに気がつきました。 しかも、朝飯のお味噌汁と即席のそれは、どちらも赤だしです。 だって、赤だしが好きなんだもん。 結局、買いました。
―END―
ついしん 科学の力も、自然の力の一部だと思います。 ただし、人間の存在を自然なものとします。
【映メモ93】 2004年7月22日 「スパイダーマン2」を劇場で観た マニアックなものが大衆的なものにまで昇華した素晴らしい娯楽大作 常に新しい娯楽は、以前はマニアックなものである つまりマニアックなものは大衆的なものになる可能性がある 新しい娯楽を生み出す種は、マニアックなものの中にある
【映メモ94】 2004年8月1日 「夢のチョコレート工場」を観た ほのぼのした映画かと思いきや、鋭さもあって面白かったです
【映メモ95】 2004年8月7日 「リロ&スティッチ」(アニメ)を観た
【映メモ96】 2004年8月7日 「バンディッツ」を観た 凸凹コンビの犯罪者の逃走劇。 「明日に向かって撃て!」、「俺たちに明日はない」とは違う現代版逃走劇になっております
【映メモ97】 2004年8月8日か9日 「ナインソウルズ」(邦画)を観た 痛烈なまでに哀しすぎる。 この世という枠組みの中で生きていくことの難しさを実感 板尾(130R)、千原弟(千原兄弟)出演
| 2004年08月09日(月) |
摩擦以外の無 None But Friction |
今晩もまた、摩擦以外の無を手にとりたくて 僕は停止 周囲の変化に耳を研ぎ澄ませ 現れる形を収集 そして僕はコレクションルームに飛び込んでいく 摩擦以外の無、無、無 無の洪水が、僕を奇襲
―END―
梅津アナのワンピース姿はほっそりとしていて肉感的ではない。 しかし、案外あれで服の上から抱いてみて、あるべきところにボリュームがあれば、感動するだろう。 以上妄想日記でした。
―END―
アルバイトをしているお店の閉店時間が延びるという話を聞いた。 今の閉店時間は22:00で、僕は出勤日には閉店時間までそのお店で勤めている。 しかし、今度の話では閉店時間が24:00になるそうだ。 それでも22:00で終わりたい。
―END―
死じゃよ。生命のない物質から生命が発生したという事実にも関わらず、彼らは死という言葉で生を説明しようとしない。自然界においては、死とは平衡状態のことであり、生命活動に必要な外からの補給がなくなったときすべての生命が達する自然な状態なのじゃよ。だからな、論理的に言えば、生の定義は『死の欠如』ということになろう (「生きる屍の死/山口雅也」p167、l12〜より抜粋)
ロメオが死んだ時が、生物学的にどうであれ、ジュリエットが死んだ時なのだ (「生きる屍の死/山口雅也」p168、l8〜より抜粋)
それはとても奇妙な絵だった。横長の画面は上下半分ずつに区切られた構図の断面図になっていて、上部には教会の礼拝堂が描かれ、床板一枚隔てた下部には地下の納骨堂が描かれていた。明るい礼拝堂では着飾った男女がひしめきあい、ダンスにうち興じている。ところが、薄暗く陰気な地下納骨堂では柩の中の骸骨が虚ろな目で会場の騒ぎを見つめている (「生きる屍の死/山口雅也」p197、l3〜より抜粋)
自分の死―この死は考えるのに一番手こずる。人間は生きている限り自分の死をリアルなものとして考えることはできないだろう。次に、自分と関係ない第三者の死―これは学問的な対象として冷静に考えることはできるが、どうも、深く心からかかわっていくことはできない。そして、「わたし」でも「彼」でもない、「あなた」と呼べるほど親しい者の死―つまり、今度の場合のような二人称の死は、とてもリアルに感じられ、深く考えさせはするが、いっぽう、その者への感情が思考を乱してしまう・・・・・・。 (「生きる屍の死/山口雅也」p213、l1〜より抜粋)
以上が今読んでいる本の中で印象に残った部分らです。
―END―
昨日の日記で、友人と組んだ漫才コンビの名前を<メタ>にしたことをご報告しました。 では、今日は、その<メタ>という名前の由来についてお話したいと思います。 筒井康隆の小説に「メタモルフォセス群島」というのがあるのですが、その頭の<メタ>からとりました。 それだけです。 メタモル・・・の意味は、変形、大変貌、変態などです。 あと、筒井ファンならご存知だと思いますが、彼はメタ言語(metalanguage)を好んで扱う作家です。 あと、メタが頭につく言葉にはメタファー(隠喩)やメタフィジカル(形而上の)など、個人的にそそられる言葉が多いです。 そんなわけで、メタに決めたというわけです。
―END―
ついしん いんゆ【隠喩】修辞法の一つで、たとえを引いて説明するのに、表現上では「の如(ごと)し」とか「ようだ」のようなたとえの形式になっていないもの。「雪の肌」「りんごのほお」のようなもの。
しゅうじ【修辞】言葉を有効に使って、うまく美しく表現すること。レトリック。
けいじじょう【形而上】�,�たちをもっていないもの。�◆姪�学〕感性的経験では知り得ないもの。有形の現象の世界の奥にある、究極的なもの。 (以上「岩波 国語辞典 第三版/岩波書店」より)
metalanguage メタ言語。説明言語(言語や言語体系を説明するのに用いられる言語や記号体系)。 (以上「ジーニアス 英和辞典 改訂版/大修館書店」より)
メタ言語〔metalanguage〕言語研究に用いられる高次な言語。 (以上「カタカナ語辞典/有紀書房」より)
| 2004年08月04日(水) |
どーもメタと申しますよろしくお願い致します |
昨日、僕はある友人と漫才コンビを結成しました。 仮のコンビ名は<メタ>です。 仮とは言っても、そのまま使うことになるでしょうが。 なぜコンビ名を決めたかというと、今年の夏が就職前の最後の夏になりそうなので、多少羽目を外すべく、あのM−1グランプリの予選に出てみたいなと思いついたからなのです。 第一回予選(予選は4回あり、それに勝ち抜いた8名が生放送の決勝に進出。ただし第四回予選に残ったコンビの中から1組が敗者復活選にて決勝に進出。計9組が決勝に進出する)は名古屋でも行われる模様ですが、その開催日9/20まであと1ヶ月と半ほどしかありません。 ネタつくってないのに。 ピーンチ、メタ。 ネタは僕が創ることになりそうなので、今日から頑張ります。 せめて1ヶ月を切ったら練習を開始させられるようにはします。 覚悟しな、相方よ。
―END―
ついしん コンビ名を英語表記(Meta)にするかどうか、悩んでいる。
ついしん2 M−1のエントロフィー(参加料)は1組2000円である。 相方さん、1000円ください。
| 2004年08月03日(火) |
好きな女性キャラクターランキング |
一位:「マッチスティック・メン」のアリソン・ローマン She so cute.
二位:「僕らの勇気 未満都市」の宝生舞 あんなユーリに叱られたい
三位:「名探偵コナン」の灰原哀 一緒に心中して、と言われたら断れないかも
四位:「スコルピオンの恋まじない」のシャーリーズ・セロン いやー、たまらないです
五位:「名探偵コナン」の佐藤刑事 彼女に逮捕されたら一瞬喜ぶかも
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ついしん 「M−1グランプリ2001」のDVDを買い、何度も観ている。 当時生放送で観た時と比べ、今観ると、中川家の優勝はぶっちぎりだったなと思う。 完成度も面白さも、他のコンビより頭一つ出ています。
もし君が悪い夢のような現実に出会ったなら それを本当の夢に変えてあげよう そうしたらきっと君は思うだろう、「今思えばあのことは夢のようだった」と そう、過去のことなんてすべて夢なのさ 過去は現実なんかではないのさ 錆色の中で漂う思い出は、現実の君にはすべて悪い夢 夢が醒めたら会える、本当の君に
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