| 2004年11月30日(火) |
共感 Sympathy |
なかなか共感できない友達がいる。 いや、確かにいつも、彼の発する発言に対しては、いや違う、と言う事が多いが、それはもはや反射的なものであると言っていい。 つまり、彼のある一つの発言の中にも探せば共感できる要素があるはずなのだ。 しかし、それに触れる事なく、僕はいつも、まあ簡単に言えば彼の発言内容の中のあら捜しをして、それに反対してしまう。 そんなわけなのでいつも彼との会話は平行線である。 しかし、それはそれで悪い事ではないように思う。 確かに彼との会話は楽しいものではない。 しかし、彼と話していると、自分の本性を細かく感じ取れるような気がするのだ。
よく、彼にはこんなことを言われる。 「お前の考えはわからない」 すると僕は、完全にわかってしまえば友達としての付き合いなどない、と半分ジョークで言い返す。 でも、半分本当だ。 相手の考えがわからないことなど重要ではないと思う。 知らないのではないのだから。 わからない、ということがわかっているだけでも友達としては充分ではなかろうか。 友達でない人にでも、共感できる人というのはいる。 友達との間に必要なこと。 それは、何でも色んなことを言い合えるということだと思う。 確かに彼には共感できない部分がたくさんある。 でも、言い換えればそれだけ彼のことを知っているということだ。
昨日僕の家に彼が来た。 勝手にテレビをつけるわ、僕の特等席に断りなく座るわ、くしゃみを手で押さえずにばい菌を撒き散らすわとやりたい放題であった。 そう言えば、手で押さえてくしゃみをしてよ、と言ったら、俺はここぞというときには(手で押さえずに)するから、と意味不明なことを言っていた。 そりゃあ手で押さえずにやれば気持ちがいいかもしれない。 でもそれは、特に人の家ではやるべきではない。 僕はそれらの彼の態度について、やめてくれと指摘した。 親しき仲にも礼儀ありというやつだ。 確かに僕にも彼にとってのそういう点はある。 互いに言い合っていけばいいのだ。 そのうち、共感できる部分が見つかるのだろうか。 きっとそれはない。 相手と共感することの心地よさは、この先につきあう未来の彼女とでも共有すればいい。 できなかったらどうしよう。
最後に言ってしまおう。 彼との相性はかなり悪い。 でも不思議と、周りの人間からは、どうやら僕らは仲がいいように見えるらしい。 まあいいではないいか、○○君。 嫌い嫌いも好きのうち、というではないか、あはははは。
―END―
| 2004年11月29日(月) |
言葉の記号化現象 The Symbolization Phenomenon Of Language |
最近、<キモい>という言葉をよく耳にする。 <気持ちが悪い>の砕けた表現なのだろう。 そんなにキモいキモいって、お前の内臓はそんなに弱いのかと皮肉を言いたくなる。 確かに相当気持ちが悪いと感じるものを見ると、人は吐き気を催す。 しかし、そうでもなかろうに<キモい>という言葉は発せられる。 それは特に、他人の見た目や仕草、発言などに対して発せられる事が多い。 <あいつ、キモい>。 それほどのことだろうか。 その言葉はもはや、本来の<気持ちが悪い>という言葉の指す意味とは大いにずれていき、少しでも自分、もしくは自分たちとは異質の存在に対して発せられる気軽なものに変化している。 しかし、それを言われた本人はどう思うだろうか。 案外、気にしてしまうだろう。 言った人間が気軽でも、言われた本人というのはそういう言葉に敏感なものである。 つまり、言葉というのは、ナイフのような武器なのである。 気軽にナイフを振りかざしている人間がいるとすれば、そのナイフは近くにいる人間を傷つける可能性がある。 そんなナイフのように、軽くて手軽に手に入るものでも殺傷力がある。 普段から気軽に使っている言葉でも、その言葉に特別深刻な意味がなくても、言われた人間によっては致命傷に至るケースもあるだろう。 言葉というのは恐ろしい。 ナイフより殺傷力が不確実であるが故に、というよりも殺傷力があることにさえ気づきにくい程に曖昧な武器であるが故に、それよりも容易に振りかざしてしまう危険な代物だからである。
―END―
| 2004年11月28日(日) |
血液型騒動 Blood Type Disturbance |
最近、血液型による相性についてのテレビ番組が目立っている。 子供達の間で、それによるいじめも発生しているという。 僕は、血液型による性格判断は信じている方だ。 信じている、という言い方になるのは、科学的に証明されていないから。 しかし、基礎的な性格、本質的な性格が血液型によってはっきりと分かれるとしても、人間は社会の中の対人関係において出す性格はまた違うものである可能性もあるから、血液型によってこの人とは相性が合わないと判断する必要はないだろう。 そもそも基本的な性格、本質的な性格という表現は怪しい気もする。 本人でさえそれをはっきりと認識するのは難しいのではないか。 環境によって変わっていくものは基本的、本質的性格に含まれるのだろうか。 区別が難しい。 区別できないのかもしれない。 その辺りのことは結論が出せない。 僕が一番重要だと思っているのは、仮に血液型による相性の良し悪しがたとえ決まっているとしても、相性が悪い人とは結婚できないだとかそういう風潮が起こると嫌だなという点である。 例えば、男と女の相性として、A型とB型はどちらがどっちだとしても悪いらしい。(同性の場合どうなのかは知らない) このことを今実際に夫婦として共に暮らしている人たちや、もしくはカップルが聞いて、どう思うだろうか。 今後の自分のためにも言っておくが、相手の血液型で離婚を決めるとか、付き合うのをやめようかという決定だけはしたくない。 相性がいいということが絶対条件ではないと思うからだ。 ただ、相手のそれを、付き合う前の段階での判断材料にするのはかまわないと思う。 どうしても相手の血液型が気になる人が無理をして相性の悪い血液型の人と一緒になろうとすれば、心のどこかにそれがひっかかってしまい、お互いの仲がうまくいかなくなるかもしれないからだ。 大事なのは、相手の性格を知ることだ。 知っている上で、そういうところが好きであるということが、カップルや夫婦として一緒になるのに必要なことだろう。 例えば自分A型でが相手がB型である場合、実際その人が類型的なB型の性格の持ち主だとしても、そういう性格に惹かれるということはあるだろう。 そしてもう一つ考えられるのは、自分の理想の顔やスタイルの相手ならば性格などどうでもいいというパターンだ。 これも一つの手段だろう。 そういう人にとって、相手の血液型など何の効力もないはずだ。 血液型は、相手を知るための一つの情報に過ぎず、それが相手のすべてではないということだ。
―END―
カップルや夫婦ならともかく、仕事仲間などは相性が悪い方がうまくいく気もする。
| 2004年11月27日(土) |
期待値は低かった The Kind Of The Persimmon Wrapped In Chocolate |
以前ある人に、チョコレートでコーティングされた柿の種が美味しいよと薦められた。 本日あるお店でそれを買ってきて食べたら、思いのほかそれをつまむ手を止めるのが困難なほど美味しかった。 甘くないので、次ぎから次へとつまみたくなるのだ。 それが美味しいということを母親に言うと、彼女の勤め先のおばさんたちも数人食べていて、皆が美味しいと言っているそうだ。 そのうち、マスメディアがチョコレートでコーティングされた柿の種のことを取り上げるかもしれない。 そんな予感がする。 ひょっとして、もう流行っているなんてことはないだろうか。
―END―
| 2004年11月26日(金) |
慣れ Practice |
週に四日のアルバイトのうち、一日か二日は夜の零時まで働いている。 零時までの時は午後七時からの勤務で、初めの頃は静かな雰囲気がよく、お客さんが少なく急がし過ぎることがなくていいなと思っていた。 しかし、それは午後十時までの営業が零時までに変わって間もない頃の話。 最近では十時以降にやってくるお客さんも多く、忙しくなる時もある。 まあそれはいい。 単調ではないという点では。 しかし、お店で働く社員の人もそうでない人も、十時にはほとんどが帰宅しているので、やることがそれ以降は増えてしまうのである。 頼れる店員の人がほとんど帰ってしまい、残り少ない人員(レジ二人、社員一人、警備員一人)でお客さんに対応するのは心細いのだ。 一番嫌なのは、まだ慣れていないこともあって領収書を書くことだ。 めったにそれを求めるお客さんがいない分、いざ求められた時にドキドキしてしまうのではというドキドキが十時以降には常にある。(十時以前はサービスカウンターの人がそれをやる) あと、先程初めの頃は静かな雰囲気が良かったと言ったが、静かすぎるのも嫌なものだ。 お客さんがほとんどいない時は、見渡すとそこら辺りにはレジの僕らが二人しかいなく、あとは商品があるだけという空間にクラクラしてしまうことがある。 やはり、午後八時頃が一番いいなあ。
―END―
| 2004年11月25日(木) |
アニメと主題歌 Animation And A Theme Song |
最近のアニメの主題歌にはオリジナルのものが少ない。 つまり、そのアニメ番組のためだけにつくられたわけではないミュージシャンの曲が、アニメ番組に使われているのである。 オリジナルのものが使われている放送中のアニメは何だろうと考えると、サザエさんくらいしか思いつかない。 そもそもアニメはほとんど見ないが。 アニメに使われているミュージシャンの曲のCDジャケットを見ると、その裏側にアニメのイラストが描かれている。 そのミュージシャンが好きでCDを購入する人にとっては、そのイラストが鬱陶しいという。 反対にあるアニメのファンの人がそれに使われているCDのジャケットを見た場合も同じだろう。 むしろ裏側な分、余計嫌かもしれない。 やはり、アニメの主題歌はオリジナルのものが具合がいいだろう。 少なくともそれぞれのファンにとっては。
―END―
| 2004年11月24日(水) |
177 The Telephone Number Which Can Hear A Weather Report |
177。 この電話番号にかけると天気予報が聞ける。 この番号、<いい天気になれなれ>というところからきているそうだが、そんなこと言ったら農家の人は怒るだろう。 なぜ、いい天気イコール晴れなのか。 それなら一年中霧がかかっているイギリスは悪い天気の国か。 多雨な地域もそうなのか。 きっと、そういう地域に住んでいる人は、自然の恵みである雨の降る日常に、<今日は悪い天気だ>などというセリフははかないだろう。 いかに日本人は自然の恵みを忘れているかということがわかる。 別にそれが悪いとは言わないし思わないが。
―END―
| 2004年11月22日(月) |
湿度のある部屋 Room With Humidity |
「みだれ撃ち涜書ノート/筒井康隆」は面白くためになるエッセイだ。 内容はブックレビューである。 中からいくつか、読んでみようと思う。
「あるカップルの会話」 (あるカップルが、その二人以外の人間を前にしての会話) 女:ううん。そんなことないわよ。見かけによらず、頼りないのよこの人 男:そうかな 女:そうよ。自分の心に聞いてみなさいよ。それでもわからなかったらあなたには客観性がかけているということになるわ 男:お前に客観性がないのかもしれないよ 女;確かに何が客観的で何がそうでないかを判断するのは難しいわ。じゃあ訂正するわ。私にとって、あなたは頼りない人なのよ 男:そうか。そんな奴と君は付き合っているんだね
「湿度のある部屋」 雨が降ると湿気が多くて、乾燥する季節でさえ湿気には嫌なイメージがある。 つまり、湿気という言葉にいいイメージがない。 しかし、最近寝る前に加湿器を使っている。 寒い季節、加湿器から発せられる温かさは、寝る時に暖房を焚いていないこともあって喜ばしい。 しかも、起きた時、部屋中がしっとりとしているように感じられ、これまた喜ばしい。 それでは朝、しとしとと降っている雨によってもたらされる湿気は喜ばしいか? そうではない。 寒い季節における、温かさのある湿気だから心地よいのだ。 わざわざ毎晩それを自発的にセットすることが、その証拠だ。 環境を自分でコントロールすること。 これが、大切であることは間違いない。
―END―
| 2004年11月21日(日) |
星の玉子さま Star Egg |
森博嗣氏のHPの情報によると、最近出版された彼の絵本「星の玉子さま」を自らが1000冊買い上げ、芸能人など世間に影響力のある人、団体に贈呈するという。(読者から誰に送ってほしいかを募集している) 彼は今回の自作に限って、多くの人に読んでもらうことを望んでいる。 なので、値段は1000円と安い。 印税を0円にしたそうである。 それにしても既に贈呈済みの人のリストがそのHPに載っているのだが、誰もが知名度のある人たちで驚いた。 明石家さんまが本当に読むだろうか。 一体何冊が本人らの手元に届き、何人がそれを読むのだろうか。 そして、その中で誰がメディアを通じて「星の玉子さま」のことを語るのか。
テレビ朝日放映「決定!これが日本のベスト100」をみた。 様々なテーマに対する星座ランキングを発表していた。 僕はさそり座で、浮気ができない星座ランキング一位、ヤキモチやきな星座ランキング一位、今最も恋愛運がある星座ランキング一位、結婚生活が上手くいかない星座ランキング一位であったので、一途に激しい星座ということか。
先程、近所の本屋でいくつかの文芸誌を手にとった。 締め切りが遠すぎない、短編を受けつけている賞の募集を探すためだ。 僕は行動力はない方なので、ここで、仮のタイトルだけでも決めてしまおうと思う。 タイトルは「角のイメージ」。 もう一つ、「もぐら叩きのある宿屋」というのも候補にある。 あと、「渚のピンボール化現象」というのはどうだろうか。 たぶん、「角のイメージ」で書くと思う。
―END―
| 2004年11月20日(土) |
というか、トマトライスだろ Chicken Pilaff |
「お願いしまーす」 「いらっしゃいませえ」 「誕生日割引ってありません?」 「えー今日誕生日なんだ。おめでとー」 「ははは。誕生日におめでとうって言われるのってうれしいですか」 「うんうれしいよ」 「そうですよね。言ってくれるかどうかですもんね」
これは実際に二日前にあった会話である。 僕がスーパーのアルバイトの休憩中に、あるレジの人としたものである。 この会話から僕は、誕生日というのは、身近な人との心の会話にうってつけの道具であることに気がついた。
ところで、ダウンタウンの松本が詞を、歌手のマッキーが作曲を、そしてダウンタウンの浜ちゃんがボーカルを担当した「チキンライス」という曲を知っているでしょうか。 僕はこの三人によってその曲が創られることを知った時、そんなに期待はしていませんでした。 しかし。 近所の店の試聴機で昨日じっくりと聴いたら、マッキーの生み出したメロディーに乗った二番の歌詞に、震えるほど感動しました。 歌を聴いてのそんな感動は、生まれて初めてでした。 まさに三位一体なこの歌は、僕にはちょっと早めのクリスマスプレゼントとなりました。 オールタイムベストワンミュージックと言っても過言ではありません。 ミスチルのみなさんごめんなさい。
―END―
| 2004年11月19日(金) |
流れ星 Shooting Star |
「若いとき」 若いとき、そうでないときよりも死について考えるのは当たり前だろう。 だって生まれたばかりでそれについて知らないことがたくさんあって、人間の持っている知識欲が考えないことを許さないだろうから。 しかしそれについて考えることに罪悪感を持つのは何故か。 子供の頃、親や友達に、それについて考えていることを伝え辛いのは何故か。 たぶん今よりも自分を客観的にみることができず、自分だけが普段誰も口にしないそれについて考えていて異常なのではないかという無知故の先入観によるものだろう。
「流れ星」 大人になるにつれて、僕たちは評価対象に付随する評価項目外に関する情報の先入観によって、物事の本質を見誤ることがある。 どうしてそれほど純粋でなくなってしまったのだろうか。 いや、初めから純粋であったことなんてないのかもしれない。 そんな言葉、人間が作り出したものに過ぎない。 人間が純粋であれば、純粋さを求めるはずがない。 そうなのか。 本当にそうなのか。 純粋が故に同志を求めるように純粋さを求めているのではないか。 一つ言えるのは、生まれた瞬間に死に向かう僕らがその定められたコースにいる以上、僕等はマラソンランナーであり、時にはゴールを意識せずにはいられないということだ。 マラソンランナーにとって純粋なこととは、ただ、走ることだろう。 せめて、生まれた瞬間に死に向かう僕等が、あの流れ星のように夜空に輝く綺麗で純粋にみえるものであってほしいと願う。 理由もなく、唐突に、暗闇をバックに誰かに願われようとして翔けたもの。 それが、人間か。 誰に願われているのか。 きっと、僕が知っている宇宙というやつだ。
―END―
| 2004年11月18日(木) |
吹雪の中 Whom Am I? |
このとてつもない万物を凍りつかせる勢いのある世界で、僕は元々温かかったはずである、外界に晒されて冷え切ったものを手にしていた。 そんな世界にいる僕だが、僕はその冷え切ったそれを手にしている自分の手の温かさを、思い出だすように感じ取った。 そして次に、懐かしいという言葉を思い出した。 そのことのによって、僕はあらゆる、今では消えかかっているいくつかの思い出を取り出したくなった。 その時、吹雪の中に、僕がいるような気がした。 僕って誰だっけ?
―END―
今日が僕の誕生日であることをバイト先の人に言ったら、帰りにチョコレートの詰め合わせを買ってくれた。 その人は年下の男である。
| 2004年11月17日(水) |
不思議、発見 A Certain Inconsistency |
僕の働いている(アルバイト)スーパーでの発見。 あるミネラルウォーターの2lと500mlの値段。 なんと、2lの方が2円安かった。
―END―
| 2004年11月16日(火) |
何時の間にか知識は頭の中 Knowledge Is In The Head Unawares |
最近毎週かかさずに観るテレビ番組がほとんどなくなっているダーZです。 変わりにというわけではありませんが、最近遠ざかっているナインティナインのオールナイトニッポンを久しぶりに聴きたいです。 そしてまた、ネタを送って採用されたいです。 <また>ということは、過去に採用されたということです。 実は三度ばかり。 コーナー名は「爆笑田中問題」。
只今「フェカンにて」という平野啓一郎氏の小説を読んでいます。 その中で、主人公が<仕事<という言葉を本当は<為事>と書きたいと言っているのですが、これに僕は一票を入れたいです。
テレビで、この前愛知県か愛媛県のどちらかに行ってきたんですよ、と言う、ものを知らなさそうなアイドルがいました。 それを観ていたある人が、そのアイドルのことを信じられない恥ずかしい人間だと評価していました。 一般的だと思われる知識を持っていない人間のことを馬鹿にすることにも嫌悪感がありますが、そのことよりも、愛知県と愛媛県の表記的類似による勘違いがよくあることであるという事実を知らないあなたは世間知らずだなと思い、そんな人に評価されるそのアイドルも可哀想だなと思いました。 ちなみに個人的には知識の有無などはその人を評価する際の材料には入れないダーZです。 それよりも、与えられた情報をまとめ、それを評価する力の方がどれほど重要でしょうか。
―END―
| 2004年11月15日(月) |
時代について About A Time |
今は不況で昔よりも凶悪な事件が多く、子供が夢を持てない時代だ。 確かにそうとも言える。 しかしそれを連呼してどうなるのか。 言っていて楽しいのか。 それならいいのだが。 そして夢をもてないと言っても、それはある種の夢が消えただけで、また昔にはみられなかった夢が生まれてはいないだろうか。
古き良き時代。 そんな時代があったという。 その合い言葉は今の時代と呼ばれるものを否定するもの。 しかしきっと言われている。 未来には今の時代を<古き良き時代>だと。
実際、今ではない時代に今の僕がタイムスリップしたらどうだろう。 居心地がいいだろうか。 きっとそうではない。 時代とは過去の産物である。 振り返って初めて認識できるものである。 不確実な伝達によって成立している脆弱で不確定なものである。 したがって<こういう時代>という時代はない。 時代は架空の産物だ。
僕は<今>から逃げはしない。 逃げられるものではないし、逃げる気もない。 今いる僕は、今にいるのが自然。 自然は美しい。
―END―
| 2004年11月14日(日) |
自由への冒険 It Is Not Free If Not Pleasant |
今日、11月13日号のテレビブロスの「矛盾」という太田光のコラムを読みましたが、僕の昨日(11月13日)の日記と内容が似ているなと思ったダーZです。
「家族」 家族とは、自分とは別の体を持つ自分である
「優秀」 優れているのもどうかと思う たとえばそれが人間である場合、本人の意思とは無関係に酷使される危険性があるからである
「マシ」 そっちの方がマシだよ、と思えることでも、実際はそれが本当かどうかはわからない 比較さえできない場合も多い
「軟水」 風呂上がりに珍しくミネラルウォーターを飲んだら美味しかった
「画家」 『新日曜美術館』という番組を観た アンリ・マティスという画家について放映していた 彼の『夢』という作品が一番良かった 『ブルーヌード�供戮箸い�作品も良かった 現物を観たいと思った ゲストのユーミンも言っていたが、彼の作品を観ていると元気や勇気が湧いてくるような気がした 彼は番組でも言われていたようにとても色彩に拘った画家で、その点では頂点にいる人ではないかと思う 特に晩年の方が実験的で凄く、それが凄いと思った 『夢』について言えば、そこに奏でられている色彩が主であり、それを伝える手段として人物が描かれているような絵であった 観ていて楽しい彼の絵からは自由を思わずにはいられなかった
―END―
| 2004年11月13日(土) |
自然について About Nature |
選択肢が二つあり、リスクがほぼ同じならば、当然面白い方を選ぶのが自然だ しかし、普段、僕はどれだけ面白くない方の選択肢を選んでいるだろうか ということは、自分にとってそれは、リスクの大きいものなのだろう しかしそれは本当か 単なる思い込みではないだろうか そうやって自分のつくり出したリスクと、本能的に求める面白さとの狭間で揺れるダーZです
「自然について」 自然という、魔法のような言葉がある 人間らしさとは、他の動物よりも多様性があるということ 人は十人十色であり、なお且つ一人の人間にも色んな側面があるということ それならば、極端な例を挙げるなら、社会悪である殺人者も、いて自然ということになる 自然とは、恐ろしい しかし、いつの日か、殺人者がいなくなるということがあるかもしれない 戦争も、やがてなくなるかもしれない そうなると、次にはどんな社会悪が登場するのだろう 登場せずに済むだろうか 一人の人間が自殺をせずに一生を終えるように、人間が他人の肉体に傷をつけずにこの世がまわっていくなんて事がありうるだろうか 今の僕には、それは不自然なことのように思える
―END―
| 2004年11月12日(金) |
不眠症 The Theme Of A Comic Dialog |
「もっさんのっさんの不眠症漫才」 もっさん:不眠症って困るよね のっさん:困るねえ(笑) もっさん:なんでそんなに楽天的な顔してるの。もっと深刻そうな顔つきしなさいよ のっさん:だって悩んだことないんだもん もっさん:いいねえ。僕は不眠症の節があるから困るよ。仕事に影響が出ちゃいますからね のっさん:でもさ、眠くならないんなら寝なくていいんじゃないの もっさん:だからそれじゃあ仕事に影響が出るでしょう のっさん:いや、だから仕事の時間に寝ちゃえばいいじゃない もっさん:お前ピンでやっていく気かよ のっさん:仕方がないでしょう もっさん:俺に不満があるのか のっさん:じゃあさ、こういう仕事だと、案外運動不足なのかもしれないからさ もっさん:はいはい のっさん:寝たい時間の直前に肉体的に疲れることをしたらいいんだよ もっさん:なるほどねえ のっさん:たとえばイラクに派遣されれば もっさん:おいおいおい。眠りにつく前に永遠の眠りにつきそうで嫌だよ のっさん:我が侭だなあ もっさん:極端なんだよ のっさん:じゃあね、床屋に行けばいいんじゃない もっさん:え、何で床屋なの のっさん:だっていつも途中で気持ち良くなって眠たくなっちゃうもん もっさん:確かに眠たくなるけどさ、そこで寝ちゃいそうで嫌だよ。しかも毎日寝る前に床屋行くのは出費が激しいよ。やがて剃るものがなくなるし。でもね、さっき運動不足かもしれないって言ったけどね、床に就く時はいっつも肉体的にはぐったりしてるんですけどね のっさん:そうなんだ もっさん:はい。だからね、もっと原因は違うところにあると思うんですけどね のっさん:ああ、それならね、君は心と体のコミュニケーション不全に陥っている可能性があるね もっさん:おお、それは一体どういうことなんですかね のっさん:簡単に言えばね、体の言うことを心が聞いてくれないっていう症状なんだよ もっさん:はいはい のっさん:だからね、もういっそ不眠症の諸悪の根元である脳みそを取り出しちゃうのがいいかもしれないよ もっさん:僕自体がこの世から取り除かれちゃうよ のっさん:ならね、なぜ心と体がバラバラになるか知ってる? もっさん:教えて下さいよ のっさん:それはね、普段心の思うままに体を動かしていないことに原因があるんだよ もっさん:なるほどね のっさん:だからね もっさん:はい のっさん:君は、とりたいとりたい、って思ってるでしょ、いつも もっさん:え? のっさん:とりたいとりたいって… もっさん:え、何がですか? のっさん:お金を払わず商品を もっさん:それは犯罪じゃないですか のっさん:だってそれは単なる社会悪であるということであって、君にとっては欲求が満たされる素晴らしい行為でしょ もっさん:そんな欲求ないよ。勝手に犯罪者扱いするな のっさん:そうして何度も何度も万引きを繰り返しちゃってね もっさん:一度もやんないよ のっさん:やがて牢獄で暮らすようになっちゃってね もっさん:嫌だよ のっさん:娑婆の空気が吸いたくて吸いたくてストレスどころか気が狂っちゃってね もっさん:… のっさん:余計眠れなくなっちゃったりしてね もっさん:本末転倒だろ のっさん:しまいにはムショ仲間の命までとっちゃったりしてね もっさん:いい加減にしろ!
―END―
| 2004年11月11日(木) |
占いについて About Fortune-telling |
朝の番組で占いのコーナーがあると、ついじっと見入ってしまう。 各星座ごとに、ワンポイントアドバイスなどがついている。 僕の星座のそれを、読む。 ワインを飲む前にグラスを軽く回すように、頭の中に入れたそのアドバイスを攪拌させる。 そういうことの積み重ねによって、いつかそれらが複合的に自分の助けになるかもしれない。 ふと言われて、気づくことがある。 それが、占いのコーナーのそれだ。 各星座のそれらは、どの星座にも当てはまるものだが、少なくとも僕の頭には一度には一つのそれで充分だ。 だから、いつもじっと見入ってしまう。
―END―
| 2004年11月10日(水) |
妙な気分 Strange Feeling |
太陽が照り始めた午前、地下鉄に続く地下の一角にギャラリーがあって、そこには作品の上方にあるライトがそれらに向かって放たれていたのだが、それらの作品の中に日が沈んだ夕暮れ時の写真があった。 これをそのギャラリーの手前にあった椅子に座りその作品を眺めていた僕は、妙な気分に陥った。 陽光の下の薄暗さの中の灯に映る夕暮れなんて、なかなか見られるものではない。
―END―
| 2004年11月09日(火) |
僕は間違えたことがない I Have Not Mistaken |
僕は間違えたことがない 僕を間違えたことはない もし間違えていたなら、僕はここに、いない
―END―
| 2004年11月08日(月) |
素敵な本 A Hirosi Mori Book |
素敵、という言葉をよく見ていて、なぜ<敵>の字が使われているのかが気になった。 それを踏まえて考えると、素敵だな、と思うものほど、自分に関係ないもの、自分ではないものである気がする。 反対に共感できるものは、自分に近いものである。 そうか、素敵なものって、まさに<敵>なのかもしれない。 素敵なものを手に入れたくなったら、自分のものにしたくなったらどうすればいいのか? 実際、そういうものに限って、手に入れにくい。 だって、少なくとも初めは<敵>なのだから・・・。
今日、小説家森博嗣の最新作を購入した。 といっても小説ではない。 絵本である。 森氏はターゲットを自由に変えられるフットワークの軽い人だなと変なところに感動。 いや、内容自体にも感動した。 こういう絵本が今まで、特に日本であっただろうか。 少なくともあまりなかったように思う。 と、絵本なんてほとんど読んだことないのに適当に言ってしまったが、(本当は言っていない。打っている)、たぶんそうに違いない。 森氏にとっても自らが画と文を担当した本は初めてで、今までにないタイプの彼の作品である。 大人から子供まで入っていけそうなこの絵本、気になった方は一度手にとってみてください。 誰かに読んだりプレゼントするのにもいい本だと思います。
それにしても日本人ってあまり大人になってから絵本を読まないイメージがある。 僕は反対に大人になってから興味を持ったのだが。
最後に、もろにその絵本から影響を受けた詩を。
「孤独が好き」 孤独って寂しいイメージがある 誰かの温もりが欲しいと思うときがある 温もりってなんだ 言葉ではそんな曖昧な表現にしかならないけれど イメージの中ではしっかりとしたそれがある それを突然手に入れたくなるとき 僕は孤独だ だけど 何度それを手に入れたと思っても 次から次へと孤独は僕を襲う まるで この世にまだ僕の知らない 限りない温もりがあることを知らせるかのように だから僕は 孤独が好き
―END―
| 2004年11月07日(日) |
形が流動的な記憶の集合体 The Aggregate Of Memory With A Fluid Form |
時々刻々と人間一人を構成している細胞の一部は死に、同時に一部は新しく生まれている よって昨日と今日の自分は認識できないだけで本当は形が異なっている また、記憶というものもあやふやなもので、簡単に言ってしまえば流動的である 一体昨日の自分と今日の自分、もっと言えば一秒前の自分と今の自分が同一人物であるとなぜ断定できるのか 比較的近い存在というだけではないか 人はよく自らの存在理由、アイデンティティを求めたがると言うが、そもそも自分というものさえないのかもしれない ではなぜ自分を自分であると感じるのか ただ、そう決めたからに過ぎない なにかを決めないと不安でならない生き物 それが、人間だ
―END―
| 2004年11月06日(土) |
こんなことを思う僕がいた It Considered Suddenly |
もし自分に子供ができたとしたら 嘘をつくな というよりも 自分の心に嘘をつくな といいたい
風にはいいイメージがある しかし僕は嫌いだ 寒いじゃないか 特に冬の風 コートの襟を立てたくはない なんといっても 秋の日の日中に射す太陽の暖かさが好き もちろん風がないのが条件だ 思い出した 風にもいいところがある 例えばマリリン・モンローのあの有名な白いドレスのスカートがフワリとなるアレ アレなどは風があってこそのものだ しかし、街中でそんな風景に出会うことは少ない そう言えば水も嫌い 濡れるのが嫌いなのだ でも生活には必要なものだ お風呂は好きだ でもそれは体の汚れが取れるのが、そして温かいのが好きなのであって、濡れること自体は嫌いだ 感謝すべきものと、好きなものは、違う 好きなものは大抵、役に立たないものだ
討論番組をみていて思った 何を期待してみているのだろうか 意見がまとまることではない こうも意見が食い違うのか、ということを確認したいからだ 一種の精神安定剤といえる
―END―
| 2004年11月05日(金) |
忘れられないこと I Want To Forget In Fact |
責任があった方が楽な面もある
知りたいことは、まだ知らないことだ
忘れられないことは、一部の忘れたいことだ 他の忘れたいことも、忘れたくないことも、忘れてしまった でも、それが自然だ 忘れたくないこと・・・つまりいい思い出なんて、この先の自分には邪魔になるだけだから
―END―
| 2004年11月04日(木) |
紅茶の味 Taste Of Tea |
紅茶をほんのちょっと舐める程度に味わいたいと思った時、あなたはどうしますか。 自販機のものにしろ、家でつくるインスタントのものにしろ、飲む時は一度にコップ一杯の量は大抵の人は飲むでしょう。 だから、反対にちょっと飲みたいと思っても、一杯も飲みたくないと思えば我慢する場合が多いと思うのです。 しかし、最近思うのです。 たとえ舐める程度飲みたいにしろ、飲みたいと思った時に自販機のものを買ったり家でコップ一杯分をつくったりすることが重要なのではないか。 そう思うのです。 その自分の飲みたいと思った感覚を大切にしていこうと決めました。 たとえ、残すことになりそれがもったいないと頭を過ぎったとしてもです。 きっとそういう感覚は無意識にしろ何か自分の求めるものを手に入れるための予兆だと思うからです。 さて、実際今僕は紅茶を飲んでいます。 舐める程度に飲みたかったからです。 一体飲んだからといって何になるのでしょう。 それは僕にもわかりません。 しかし、わからないものを求めるのが人間というものでしょう。 なんとなく、そう思うのです。 だから、残すのを覚悟で、コップ一杯の紅茶を、そしてその時々に飲みたいと思ったものを他人に悪影響のないように飲んでいきたいと思います。
ああ、この紅茶の味が愛しい。 それを感じる僕も愛しい。 愛しさを愛しいと感じるなんて・・・きっと周りが愛しくないものに満ち溢れているのでしょう。 それか、自分が愛しいと思える対象に、様々な要因による限界があるのでしょう。
最後に、久しぶりに見たドラマ「ケイゾク」よりの名言をどうぞ。
真実なんてのはな、ホントは存在しないんだよ 曖昧な記憶の集合体で それが真実の顔をして堂々とのさばっているだけだ だから その記憶の持ち主を殺せば 真実なんてのは消えてしまう
一番簡単で確実な完全犯罪の方法を教えてやろうか 誰にも知られないように殺し 誰にも知られないように山の中に埋める 継続どころか捜査もされないよ 何せ事件としては取り扱われないわけだからな 日本で一年間に起こる殺人事件は約一千数百件 その一方で特異家出人・・・つまり犯罪に絡んで行方不明者になっている人間の数は約一万五千人 仮に殺されてるのがその内の一割だとしても 一千五百人の完全犯罪が成立してるってわけだ 俺たちの知っている真実なんてのはな ほんの一部だ
―END―
| 2004年11月03日(水) |
気持ちって面倒くさい That Fellow Freer Than I |
僕のこの気持ち 体の中から取り出してゴミ箱に放り投げたい それでも忘れられないなら燃やして灰にして、それを宇宙の彼方へ舞わせたい きっとそれでも駄目だろう そうして宇宙の彼方で舞っているということを、僕はずっと思い続けるだろうから 気持ちって面倒くさいなあ 自由過ぎて、僕の体の中を飽きずに駆け巡っているよ こいつのせいで、僕はいつだって翻弄されるんだ あいつは勝手気まま過ぎるんだ いつまでも動かなかったり、突然消えてなくなっていたり もう少し考えてもらいたいものだ 僕のように でもきっと、お前がいなくなると、僕は僕でなくなるんだろうなあ
―END―
| 2004年11月02日(火) |
快楽者の集いにようこそ Welcome To A Meeting Of A Pleasure Person |
「あなたは何故快楽殺人者なのですか?」 「理由などありません。知る気もありません」 「それでいいと思っているのですか?」 「ええ」 「それならはっきりと言います。やめてください」 「何故です?」 「そうしないとあなたは裁かれます」 「裁くという概念は他人のものです。私には関係ないし、それが怖くもありません」 「酷い人だ」 「それならあなたは快楽を求めないのですか?」 「・・・求めます。娯楽などはそのうちの一つです」 「私には殺人が娯楽です。あなたの好きな娯楽は何ですか?」 「映画を観ることです」 「それをやめてくださいと言われたらどう思います?」 「困ります。しかし映画を観ると裁かれるというのなら観ないでしょう」 「そうですか。それならあなた(男)は女性との性交渉をやめてくださいと言われたらどうしますか?」 「裁かれるというなら・・・」 「愛する人がいてもですか?」 「・・・」 「少し動揺しましたね」 「しかし異性との性交渉は相手に危害を加えないから・・・」 「だから言ったでしょう。私は裁かれても一向に構いません。ただひたすら、司法の手から逃げることは怠りませんがね」
―END―
| 2004年11月01日(月) |
神と人間 God And Human Being |
都会の喧騒とはかけ離れた、自然の恵みに満ちた池の辺とその周りを囲む逞しい森林地帯。 そこに、一組のカップルがやってきた。 「自然って素晴らしいわね」 「そうだね。人間がちっぽけな存在に思えてくるよ」 「そうね。それでも自然の一員としてこの世に生きている私たちってとても幸せね」 「うん。ここに来れて本当によかったよ」
この二人の会話を聞いていた神様は思った。 (なぜ、人間は<都会>と呼ばれているところに行っても<自然って素晴らしい>と思わないのだろうか?あれこそ人間にとっては自然な空間なのではないのか?一体何のためにあれをあいつらは創ったのか?もうそれを必要とはしないのだろうか?とにかく我が侭な存在だ。仕方がない。そろそろ人間を土に還す時が来たのかもしれない)
―END―
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