| 2005年04月29日(金) |
読みたい漫画が数冊手元にあると、寝不足は必至 |
久しぶりに漫画を読みました。 「デス・ノート」という、既刊の1〜6巻です。 死神の持っている<デス・ノート>と呼ばれるノートに名前を書くと、その人間が死んでしまうという設定からは想像もしなかったような推理戦心理戦の応酬が、少年誌のソレとは思えないほどに描かれており、また、<L>というキャラクターが魅力的で、そのようなところに面白さを感じました。 また、絵が上手なのも好印象でした。 1巻の帯に、<日常に退屈している人間に捧ぐ>と打たれているが(この文句が物語内の人間に対して言われているのか読者に言われているのかはわからない)、確かに読んでいる時に退屈という感覚は吹っ飛んでしまいました。 内容が青少年に悪影響を与えなくもない気もしますが、設定が非現実的だから出版社もGOサインを出したのでしょう。 まだ、読んでいない人にオススメします。
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| 2005年04月28日(木) |
「経つづけられるかどうかなんだよ」byグランドチャンピオン |
「THE VERY BEST OF ごっつええ感じ 4」を買いました。 前からSP番組「ものごっつええ感じ」で放映された「経て」というコントをもう一度見たいと思っていたので、それが入っている「4」を買いました。(1〜3、5巻は持っていない) 「経て」は思っていたより短いと感じたが、面白さと哀愁が独特の雰囲気を出していて気に入っています。 「ものごっつ」では他に、「正義の味方」、「野生の王国」、「フライングザビエラー」が好みでした。 一巻にディスクは三枚入っており、「ものごっつ」はそのうちの一枚に入っています。 他の二枚にはレギュラー番組で放映されたものが入っているが、まだじっくり観ていないのでここでは触れません。 ここでコントの筋やどういうところがいいかを語ってもそれは筋違いだと思うので気になった方は一度自分の目でご確認ください。
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| 2005年04月27日(水) |
常識をツ・キ・ヤ・ブ・レ!! |
さっきアイス食べたけどまた食べたい。 六本で三百円のやつなら二本目も躊躇なく食べるが、一個二百円のカップのやつを一日に二個食べるのは気がひける。 しかし食べたい。 いいや、食べよう。 いつも食べてるわけじゃない。 ましてや一個二百円のを一日二個食べたことなんて・・・よく考えたら一度もない。 よ〜し食べよう。 食べるぞ。 文句あるか。 このまま食べずに寝るなんて、精神衛生上悪いに決まっている。 山田優、今TVCMで山田優を見たが抱きたいと思った。 悪いか。 CMがあけて、さまぁ〜ずが。 ところで喉がいがらっぽい。 喉には何がいいか。 早く寝た方が。 あ、アイス食べるんだった。 まずお茶沸かそ。 めんど。 あ、上戸(彩)。 かわい。 ・・・ ・・・ 喉が。 重い。 頭が。 眠い。 あくび。 アイス。 喉が。 喉が。
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ついしん 「真夜中の弥次さん喜多さん」(映画、監督:宮藤官九郎)を観るぞ!
やっと到着した。 とにかく腹が減ったから、○○名物の××弁当を頂くか。 うん、空気がうまい。 水もおいしいな。 さて、温泉の湯に浸かるか。 やっぱり一人で入る風呂は最高だな。 この孤独感がたまらない。 夜の孤独は男を磨くよな。 そして風呂から出ても、変わらず独り。 結婚したくないこともないけれど、もう少しこのままがいい。
× × ×
今の時代、どこの観光地に行ったって観光客に雰囲気を壊され、落ち着ける様子はない。 特に連休は、心を安らげるためにいくはずなのに、かえって帰省ラッシュでクタクタになり、連休明けの仕事に差し支えがある。 やっぱり自宅が一番だ。 今の時代、各有名観光地、有名駅の弁当を自宅に取り寄せることができるし、部屋の中はエアコンで常に快適な空気を保てるし、ミネラルウォーターも最近は安く手に入るし、温泉の湯の素で自宅浴槽が温泉に早変わりする。 旅行は今回ので最後にしよう。
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そろそろ新聞をとるのはやめようかと思う。 文字や写真の情報ならば、インターネットの方が素早く届けてくれる。 しかも、新聞代が浮くではないか。 しかし、インターネットでは届けることができない情報もある。 それは物体、物質である。 例えば旅行先から親しい友人に、海岸で拾った貝殻の香りを伝えたい場合、それをインターネットでは伝えることはできない。 今の時代、インターネットでは伝えることができない情報に価値があるように感じるとも言える。 では、今の時代に一番価値がありそうな情報とはなんだろう。 それは、手に触れるモノの手触りではないだろうか。 私は毎朝、新聞を広げ世間で起きている出来事を吸収することが習慣になっている。 そして気になった記事をノートに貼るのが趣味なのだ。 そうだ、新聞をとるのをやめるなんてバカなことを言うのはやめよう。
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朝起きると、携帯電話の液晶画面に<新着メール 24件>と表示されていた。 きっとまた迷惑メールだろうと一件一件送信先を見ると、一件だけ見覚えのあるメールがあった。 それは高校時代の友人からだった。 珍しいと思いながら本文を読んだ。 <いきなりで悪いんだけど、ちょっとばかりお金都合してくれないかな> それすら迷惑メールだった。
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うちのおばあちゃんは、なぜか手の平で自分のおでこをパーンと叩く。 それが度々行われるのを見た僕は、それをなんとか有効利用できないものかと考えました。
�,�でこにもち米をつけておく
��徒競走のスタートの合図に使う
�7�な上司の写真を貼っておく
�っ,�度に、一人づつフリーターが正社員になる
�イ修譴砲茲辰独�生する力で、台所の電力を賄う
�Δ�でこにゴキブリの好物を塗っておく
�Г修ΔいΕ�ャグにする
�┐�でこに花見の酔っ払いを貼り付けておく
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手洗いって気持ちがいい 特にアルバイトから帰ってきてのソレは最高 もちろん汚れを落とすためにやるのだけれど、目に見えるほどの汚れってなかなか付いていない だから、汚れを落としているという実感はあまりない それよりも、僕は手に水分を与えているという実感をもって洗っている だから、本当は<洗っている>じゃなくて、<水分を与えている>とか<湿らしている>の方が、正しいと思っている(もちろん僕の中で) だから、タイトルも<湿手>とかの方がいいけれど、読者に親切なので、蛇口をひねり手に水をかけながら両手を互いに擦ったり揉んだりするする行為を一般的な名称で記した次第である 話を戻すと、手を洗うことを気持ちがいい行為だと思っている人ってどれくらいいるのだろうか 割と少ないと思う その証拠に出先のトイレなどで他人が手を洗っている様子を見ていると、ほとんどの人が<洗っている>というよりも<かけている>と言うに等しいことをしている そういう僕も出先などでは10秒くらいしかやっていない(それでも人よりは長いと思う) 落ち着かないからというのと、他人が待っている場合があるからという理由からである 時には洗わないこともある それは、どうせ数秒やっても、余計に菌を繁殖させるだけだからという思いがあるからである(さすがに手におしっこがかかった場合は洗う) 人様は、帰宅直後の手洗いならぬ<湿手>に、どれほどの時間をかけているのだろう 覗いてみたいものである
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| 2005年04月21日(木) |
マイマニアックモノマネリスト |
・クロちゃん(安田大サーカス) お笑いトリオの強面担当。真似し易い。ちなみに同トリオの一人HIROを見ると、心が安らぐ
・川島明(麒麟) お笑いコンビのボケ
・クサカ タダシ ココリコライブツアー2003「優しさカーディガン」内コント「コンビニ」の店長のキャラクター
・シツモン(質問)ズイ お笑いコンビ「次長課長」のあるコントで、ボケの方が演じるキャラクター
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ついしん 「READY STEADY GO/L'Arc〜en〜Ciel」を借りました。 最近の彼らのシングルでは一番好きです。 ところで、最近の彼らのCDジャケットって妙にアート的ですよね。 曲より好きです、あはは。
「『ぷっ』すま」を観ていたら、年収1200万を超える社長が出てきて凄いなと思っていたらその後年収4000万を超えるキャバ嬢が出てきてもう精神的にノックアウトしました、マジで。 これから月収20万くらいのところで働こうとしている僕ってなんて小さい男なんだろうと思うと、泣けてきます。 う〜ん、独り身のお金持ちのご老人のところで身の回りのお世話をしにいこうかな。
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昼下がりの午後。 外出しようとして玄関から出ると、郵便配達のおじさんが家の前に。 「おお、○○君、元気か」と声をかけられた。 以前(二年と少し前)、年末年始の配達のバイトをしていたから、覚えていたのだろう。 「今、学生?」 「就活中です」 「頑張ってね」 そういって去っていったおじさん。 たぶん、学生?という質問に答えず切り返したので、フリーター状態であることがバレたと思います。
ところで、今日、昼寝(この漢字二文字にピキンと来る人も多々いることでしょう)から起きると、寝汗をかいていました。 春の訪れを感じました。(秋〜冬はかかない)
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ヨーグルト用のソースを買った。 それをヨーグルトにかければ、ちょっとリッチなデザートに変身。
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| 2005年04月17日(日) |
いい面 悪い面etc・・・ |
鼻水が鼻の穴の中を占領する季節です。 花粉症の人ほどの酷い症状にはならないものの、レジのバイトをしているので、鼻水がタラリと垂れては困るのです。 しかし、よく考えてみるとこの鼻水というもの、簡単に言えば体の中に進入してきたばい菌を体外に排出しようとしてくれているんですよね。 つまり、鼻水あってこその僕らなのです。(大袈裟) そういう鼻水のいい面を考えれば、垂れてこようが詰まろうがどうってことはないと思わなければいけないのでしょうがそれとこれとは話が別です。
話は変わりますが、涙が出る場合には二通りあります。 感情が大きく揺さぶられたとき。 もう一つは目に異物が入ったとき。 鼻水は感情のそれによっては出ないので、その点助かります。 もし起こると鼻水が出るというシステムだったら嫌ですね。 よかったよかった。
さらに話は変わりますが、耳に異物が入っても、何も出てきません、他のところからは出てくるのに。 だから「耳かき」というものがあるのですね。 なぜ耳には異物を排出するシステムがないのでしょうか。 え、私はプールから出た後、よく耳から水が出るって? それは入ってきたものがそのまま出てきているだけでしょうが。 え、僕はなにか黄色い汁のようなものが出てくるって? それは耳かきが気持ちよくて掻きすぎたんでしょうが。 え、オレは赤いものが耳から噴出することが度々・・・
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| 2005年04月16日(土) |
浮かれ飛んでいく土曜 |
バイトのない土曜日の朝って、沼地の上の若葉になったみたい。 底はあるんだろうけど、中に何があるのかはまだわからない。
今日は数人の友達と会った。 友達って、指の爪みたい。 気がつくと、伸びている。
友達と会った日の夜の、床に就く直前って、充電中ではない携帯電話みたい。 定期的に、充電しないとね。
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高校の頃の僕って何であんなにも勉強しなかったんだろう。 恐ろしいくらいしなかった記憶がある。
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中学生の頃の僕って一体何してたんだろう。 何もしていなかったような気がする。
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| 2005年04月13日(水) |
無意識レベルの自己確立作用 |
デジャ・ブ(既視感)というのは、想像もしくは夢の中である状況を無意識に予測したものが現実に起こったときに感じるものなのだろうか。 そうだとすると、自分にとって都合のいいことを予測するのは、自分の願望を現実のものにするためだろうし、反対に都合の悪いことを予測するのは、現実にそれが起こった時に精神に受けるダメージを和らげるためだろう。 恐るべし、無意識。
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| 2005年04月12日(火) |
映画のせいにするな! |
何年か前、「バトルロワイヤル」という映画が、青少年に悪影響を与えると話題になった。 確かに過激な内容の映画である。
「バトルロワイヤル」は、数十人の高校生が武器を持ってクラスメイトを殺していく映画である そう聞くと過激さが目だってしまうが、彼らは自分たちの本能、意思でクラスメイトをそうしていこうとするわけではない。 簡単に言えば、子供を見放した国もしくは大人たちが、そう仕向けたという設定である。(なぜそうしたのかという点は割愛する) では、現実にそういう設定の映画を観て、ある高校生が物騒な武器を持ち誰かを傷つける事件が起きたとする。 まず、彼の自宅に「バトルロワイヤル」のDVDがあったり、本人が、友達にバトルロワイヤルが好きであると言っていても、なぜそのことが事件に結びつくと言えるのか。 マスコミは、「バトルロワイヤル」という目立つものを槍玉にあげ、事件を引き起こしたと予想される要因を考えないようにしているとしか思えない。 そんなマスコミの流す情報を鵜呑みにしてしまえば、思考停止になってしまう。 マスコミは、現実を伝えるのが仕事である。 現実を操り、捻じ曲げて報道することは、それを鵜呑みにする人を洗脳することに等しい。 そういうマスコミの影響で「バトルロワイヤル」を観るということは、純粋に映画を観ることと違い、ワイドショーの一部分としてその映画を観ていることに近くなってしまう。 マスコミは、映画を敵視してはいけない。 マスコミは、映画の過激さに嫉妬してはいけない。 表現の自由が人間の心を豊かにすることは間違いない。 その為の映画に、マスコミが批評する権利はない。 マスコミの存在は欠かせないが、マスコミに思想があるということが、とても不自然で不気味なことであると思うのは僕だけだろうか。
結局、人間一人一人の行動は、最終的には自分自身の決定に基づく。 たとえ、「バトルロワイヤル」が悪影響を与えたのであっても、それはある犯罪をある人間が起こす要因の一部に過ぎない。 そんな一人の人間の悪事のために、大衆のための表現が狩られていくなんて、人間が自分たちの首を絞めていくみたいだ。
そもそも「バトルロワイヤル」の内容に絞って言えば、観た人はわかると思うが、あれほど現実離れしている話の方が、むしろ安全だと言えないだろうか。 いかにも現実にありそうな、リアルさを謳う犯罪映画の方が、危険だと思うのだが。
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春という季節のイメージを、みなさんはどんな風に感じているのだろう。
春は暖かい季節。 厳しい寒さから開放され、週末の外出が楽しみな人もいるだろう。
春は出会いの季節。 新たな出会いに心が弾む人もいるだろう。
春は始まりの季節。 勉強や仕事を新たな気持ちで始めるぞという意気込みに満ちている人もいるだろう。
そんないいイメージのある春という季節。 しかし、反面、こんな季節でもあるらしい。 <鬱になりやすい季節> 以前から気のおかしい人が出没する季節であることは言われてきたが、最近は春頃に鬱になる人が多いということを聞いた。 どうしてそうなのだろうか。
夜、就寝前にベッドの中で読書をしていると、眠気のせいで、同じ行を何度も読んでしまうという人はいないだろうか。 僕はたまにそれをやってしまう。 春という季節は、日中の暖かさ故、覚醒時でも頭の中で、眠気のせいで同じ行を読むという現象に近いものが起きているのではないか。
例えば、悩みが、頭の中で何度も反芻されたとしたらどうだろう。 そんな風に悩みが脳に刷り込まれてしまうと、客観的にみて大したことではない悩みでも、本人は深刻なことのように感じてしまうのではないだろうか。
人を鬱へと誘う季節。 つい同じ悩みを頭の中で反芻してしまっても、そのことを自覚するだけで少しでも鬱から遠ざかろうとすることが大切なのかもしれない。 それが一番簡単にできる欝への対策だろう。
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「血と骨」を自宅で観た。 自宅で映画を観る場合、一本を続けて観る事はほとんどない。 が、今回は久しぶりに続けて観てしまった。 魅せられてしまったとも言える。 劇場で観てみたかったなと思う。
あまりにもビートたけし演じる主人公が残酷な男で、現実にこんな奴いるのだろうかと疑ってもおかしくないような人物だったのだが、それを観ている間、僕はビートたけし演じる主人公がビートたけしに見えたことは一度もなかった。 それほど、演技していると感じさせない演技をしていた。 ビートたけしは、主人公そのものとして、映画の中で生きていた。
話がいいとか、演出がいいとか、そういった技巧を感じさせる映画ではなく、ただただ、画面から放たれるエネルギーに終始唖然とさせられていた。 そういう映画は、なかなかあるものではない。
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バイトにて。 「お客様割り箸のほうはお使いになりますか」 そう言って不思議そうな顔をされた場合、<割り箸>を<割り増し>と聞き違えたと考えてまず間違いない。
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| 2005年04月08日(金) |
一番欲しいものは何ですか? |
一番欲しいものは何ですか、と聞かれてお金という人がいる。 お金が一番欲しいものだなんて、変わっているなと思う。 確かに、今自分が何も持っていないとして、まず何が欲しいかと言われれば、生活に必要なお金と答えるだろう。 しかし、欲しいものを手に入れるためのお金が一番欲しいというのは、よくわからない。 お金が一番欲しいと人というのは、本当は、お金のコレクターだ。
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| 2005年04月07日(木) |
まーくんとちーちゃんの世界2 |
「ショートショートはね、星新一とか筒井康隆が書いてるんだけどね」 「ちーちゃん詳しいね」 「詳しいというほどのことはないわ、二人ともメジャーな人だし。もちろん読んだことはないわよ」 「それで?」 「でね、基本的には最後にオチがあるものをそう呼ぶらしいわ」 「オチかあ」 「そう。だから、長さはまちまちだけど、大体長くても10ページいかないものが多いんだけど、何しろオチを魅力的にするために、そこに至るまでの文章を書かないといけないから話全体を構想するのは難しいと思うわ」 「大変そうだな」 「まあ、実際読んでみないとなかなか書くのは難しいと思うから、家に来る?」 「え、ちーちゃん家に?」 「そうよ。うちに星新一や筒井康隆のソレが書いてある本があるから」 「持ってるの?」 「お父さんのがね」 「へえ」 「来る?」 「行く」
・・・
(編集中)
| 2005年04月06日(水) |
まーくんとちーちゃんの世界 |
「本ってどうやって出すんだろうね」 「そうね、例えば家のお父さんやお母さんは本を出しているのかしら。私の知らないところで出しているのかもしれないけれど、そんな様子はないわ」 「この前お父さんの本棚から適当に小説を抜き取って読んだんだけど、ほとんど意味がわからなかったけれど、何でか感動したんだよね。なんでこんなにも文字が並んでいるんだろう。何かを言いたいんだろうけれど、文章として成り立っているのだろうけれど僕には伝わらない。だけど、とっても膨大なエネルギーを感じたんだよね。誰かに何かを伝えたいというエネルギーが、きっと僕を感動させたのだろうと思うよ。だから・・・」 「だから?」 「だから僕も本を書きたいし、出したいんだ。でも・・・」 「何を書きたいのかわからないんでしょ?」 「そうなんだ。小説って何か話をかけばいいんだろうけど・・・」 「そうとも限らないと思うわ」 「でもさ、とにかく本を出してくれる人に読んでもらって、認められないと出してもらえないと思うんだ」 「まあそうでしょうね。それか、自費出版という手もあるわね」 「自費出版か・・・いくらかかるんだろう」 「そんなことよりも、どうしたら出版社の人に、認められるものを書けるかを考えた方がいいわ」 「僕もそんな気がするよ。でも、ミステリーってあるよね」 「ええ」 「あれって難しそうだよね」 「でも、多くの人に読まれる可能性があるわ。ミステリーを書くなら、今までにないものを書くためにも、それにミステリーというものがどういうものかを知るためにも、色んなミステリーを読む必要があるわ」 「そうか。でも、ミステリーは時間がかかりそうだな」 「そうかしら。案外違うジャンルのものよりも簡単に創れそうな気がするけど。ミステリーっていうのは、ある程度ストーリーの流れが決まっているから、考えやすくない?」 「うーん、でも僕に向いてないような気がするな。一体何を書けばいいんだろう」 「思いつかないんなら書くのやめたら?」 「冷たいなあ」 「だって、しょうがないじゃない。時間の無駄よ」 「そんな言い方ないだろ。とにかく何かを書きたいんだ。 「一体どんなのを書きたいのよ」 「うーん、例えば・・・砂場に潜っていく話なんてどう?」 「なかなかのホラーね。ちょっとした純文学小説になるかもね」 「純文学って?」 「冗談よ。私は全くそういうのに興味ないから」 「あとさ、目の前に絶えずりんごがあって、それが邪魔だと思っている男の話なんてのはどうかな」 「・・・それって何?」 「いや、僕いつもさ、登下校の時に思うんだ。もし今目の前にりんごがあったらちょっと面白いかもしれないけど、それがずっと続くかと思うと鬱陶しいだろうなって」 「そんなこと考えていたの?」 「うん」 「で、それからどうなるの?」 「どうって・・・例えばその男にとって目の前のりんごは邪魔なわけだから、食べようとしたりするんだろうね」 「だろうね、って・・・で、食べちゃうの?」 「いや、食べられない」 「そうなんだ」 「だから誰かに食べてもらおうかと思うんだ」 「そうなんだ」 「興味ないでしょ」 「いいえ」 「それでさ」 「・・・」 「かわいい子を連れてきてさ」 「私のことね」 「その子に食べてもらうんだ。そうするとりんごはなくなるんだ」 「そうなんだ」 「きっと、そのりんごは、かわいい子に食べてもらいたかったんだろうね」 「独創的なお話ね」 「そうだろ」 「独創的て貴重なお話だと分析できるけど、世間のみなさんに受け入れてもらえるかどうかの確立は、かなり低いわね」 「僕もそう思うよ」 「私はまずミステリーか、ショートショートを書くことをオススメするわ」 「え、ショートショートって何?」 (つづく)
―END―
今、ニートと呼ばれる人が増えているという。 彼らは、どうしてニートなのか。 夢を追っているからだろうか。 だとしたら、夢を追うということは、社会悪だと言える。 しかし、彼らは自分に素直である。 子供の頃、大きくなったら何になりたいかと聞かれ答えた夢を、実現しようとしているからだ。 ニートが社会問題だと言うのなら、国は、ある程度の餌を用意して、強制的に職に就かせる為の法律をつくればいいのではないか。 叶わぬ夢は、残酷だ。 しかし、その夢が叶わないと誰が言ったのか。 それは自分を含む社会である。
―END―
なぜか、まだスーパーでチェッカー(レジ)のバイトをしている。 本当はもう就職していないといけない身だからである。 「(就職先が)決まるまで四月もやってくれる?」とチェッカーの責任者。 苦笑いでハイと答える僕。
夜、閉店時間も迫った頃。 スポーツ刈りの小学生か中学生くらいの可愛らしい男の子が、コンディショナーをもって僕のレジのところへやってきた。 「すみません。これってリンスですか?」 そう問われた瞬間、「君にそれは必要ないだろ」と言いそうになったが言っていない。 彼が去った後、となりのレジに入っていた○○さんにそのことを言うと、彼は少し前に、一度お母さんと一緒に○○さんのレジに来ていたという。 きっと、買い忘れたコンディショナーを彼に頼んで買ってきて欲しいと頼んだのだろう。
ところで、コンディショナーがリンスがどうかはっきりとは知らなかったので、それを○○さんに聞いた僕だが、デザートをスイーツと言ったり、カタカナ語が違うカタカナ語で言い換えられる時代なのですね。 そんな時代に、スイーツのことをお菓子と呼びたい天邪鬼の僕です。
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就職活動は面倒だが、就職していないと、もっと面倒だ。
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| 2005年04月02日(土) |
アイ・ティーチ・ユー |
○教えよう!其の1「車のマドからの手の出し方」ダーZver
・(手のひらをめいいっぱい広げていて)生命線の長さを主張している
・(手がチョキになっていて)手が本物のハサミになりたがっている
・(手が青いペンキのようなもので汚れていて)宇宙人との格闘後である
・雨が降っている時に配達されたびしょびしょの新聞を乾かしている
・腕が集団疎開になっている
・キャッチャーにサインを送っている
・(足がマドから出ていて)手と足が、逆さまになっている
・(離婚届を持っていて)修正液を乾かしている
・空気中の汚染物質をかき集めている
・(乗っている車の1/16のミニカーを持っていて)二台は相似である
・(ハンドマイクを持っていて)タモリに忘れ物を届けようとしている
・濡れ手で粟(濡れた手に粟がまだらに付着している)
・影絵の練習をしている
・「ちょっと頭を冷やして来い」と言われ、風にあたっている
・千手観音の手の一つである
参考:DVD「松本人志のスーパー一人ごっつ vol.1」
―END―
仕事をすることは、たいていの人間にとっては、水を飲むことと同じくらい日常的で当たり前のことである。 だから、仕事をしていることは、自慢にならない。 誰が毎日水分を欠かさず摂っていることを自慢するだろうか。 よく、夢を追うと言ってフリーターの道を選ぶ人がいるが、ちゃんと働きながらも夢を追う手段を考えたらどうなの?と思う。 夢と、仕事は、別物だ。
―END―
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