米国発 金融危機関連情報

2003年10月31日(金) 人 中村美津子さん

 人を知ることは、そのまま心の癒しとなると思う。大阪の歌手中村美津子さんと言えば、ほとんどの人が分かると思う。やや古い話で恐縮だが1997年5月7日、この人に関する感動的な特集を読み日々の映像に綴った。この内容の一部を引用したい。中村美津子さんは、36歳で不倫の恋、出産、破局などの苦しみの時を過ごす。36歳でデビューしたものの2年間はほとんど売れなかった。

 この時、美津子さんの才能を信じる元ジャズ演奏の富田氏と運命的な出会いをする。この富田氏が、何と借金までして美津子のテレビ30分枠を5年間も買い続けるという、途方もない手法で大阪でのファンを増やして行った」と出ていた。まさに師、富田氏に出会ってから中村美津子さんドラマが始まったのである。

 ・師ありて 美津子の世界が 開かれし 人の運命 不思議なるかな

               (資料・1997年5月7日の日々の映像)





2003年10月30日(木) 城島選手がM��P

 パは城島健司捕手、セは阪神の井川慶投手が最優秀選手に選ばれた。城島選手は全試合に出場し、打率3割3分、34本塁打、119打点、という成績を残したのだ。捕手として140試合フル出場した選手は40年ぶりだという。日本シリーズでも4本のホームランを打つなど、これほど信頼の厚い捕手はいないだろう。

 一流の選手の言うことは、光るものがあるので引用したい。城島は言う。「打てる球は一日に何球もありませんから、いつ来てもいいように準備を忘れないよう肝に銘じています」ホームランは日ごろの厳しい練習で生まれてくるのだ。   

 日本シリーズで戦った阪神の矢野輝弘捕手の活躍にも強い印象が残った。彼はベストナインに選ばれたが、M��Pも小差で井川投手になっていたのだ。矢野捕手の来年の活躍を期待しよう。

   ・信頼と 勇気で固めた 軍団の かなめに座る リーダー光る



2003年10月29日(水) ランディー・ジョンソン

 24日から、ワールドシリーズと日本シリーズのことを書いている。感動的な人を知る・・感動的な世界に触れる・・これに勝る癒しはないと思う。よって、あと数回はこのシリーズの余韻を書き残したい。10月26日はクレメンスのラストピッチングのことを書いた。クレメンスの妻デビーさんは「選手としてまだ活躍できるから、複雑な気持ちだけれど、父親を必要としている子供たちがいるから」とのこと。4人の息子たちは、父親の最後の雄姿を目に焼き付けたことだろう。

 ナ・リーグの最優秀投手に選ばれたのは、今季21勝6敗(防御率2・49)を記録した38歳のランディー・ジョンソンだ。しかも、33歳から3年連続4回目の受賞というから、信じられないほどの大記録である。来季は39歳となるがジヨンソンは「まだ改善できる要素がある」と意気軒昂なのである。

 ・アメリカの 野球文化の 象徴か 勇姿みなぎる ランディー・ジョンソン 



2003年10月28日(火) ダイエー4年ぶり日本一

 看板の強力打線が阪神を跳ね飛ばした。昨日の第7戦はダイエーが6−2で勝ち日本一に輝いた。10月21日の日々の映像にダイエーのことを書いた。この時点で日本一は王ダイエーではないかと思っていた。そのように思った背景は、捕手城島を中心とする選手たちのモチベーションが高いのである。

 王監督が指導した豪快野球を井口・城島たちが完璧に身につけてきた。「世界の本塁打王」はダイエーにとって、かけがえのない恩人になった。そして世界の本塁打王は、今回の優勝で「大監督」の名声が更に高まっていくだろう。投手力、豪快なホームランバッター3人の存在を目の当たりにすると、来年の日本一もダイエーになるような気がしてならない。

  ・監督を 10年続ける エネルギー 豪快野球が 見事花咲く




2003年10月27日(月) 王ダイエーも3勝

 昨夜の福岡での第6戦は、王ダイエーの勝ちで共に3勝3敗とした。今夜行なわれる最終戦は王ダイエーが有利でないかと思う。王監督手作りのダイエーが最後の力を発揮するような印象を持っている。赫々たる戦歴の王監督に敬意を表わす意味で、この人の野球人としての経歴を記したい。

・1959〜1980 巨人軍選手 通算打率 ,301 通算本塁打 868号
・1981〜1983 巨人助監督
・1984〜1988 巨人監督  リーグ優勝は1987年の1回のみ
・1995〜2003 ダイエー監督8年目 1999・2000年リーグ連覇など

 王監督は、1995年に「さらば巨人軍 豪快野球で王道を往く」という本を表わしている。万年Bクラスだったチームがパリーグナンバーワンの豪快野球を展開しているのだ。王監督があと2年監督を続けるだけで、ホームラン868号に匹敵するだけの大記録なのである。

 ・豪快な 王道野球の はれ舞台 若獅子たちの 乱舞あざやか
                        
                         (17日17時に記す)



2003年10月26日(日) ヤ軍・クレメンスのラストピッチング

 ワールドシリーズは、マーリンズが制覇して終了した。松井の大リーグ挑戦1年目も終了した。ヤンキースが地区優勝したあたりから、初めて大リーグの試合を見た。

 この中で一番印象に残ったのは、今季限りでの引退を公言しながら大活躍した、ヤンキースのクレメンス投手であった。1962年生まれ。39歳。今年も16連勝を含む20勝3敗という抜群の安定感で、エースとして君臨。歴代最多の6度目の最優秀投手に選ばれている。しかも通算の勝ち星が神話になるほどの310勝なのだ。

 ナ・リーグのランデー・ジョンソン選手のことは知っていたが、ロジャー・クレメンスのことはよく知らなかったので、この人の最後の投球を敬意と感動とともに見守った。クレメンスの言葉を引用して置こう「観客も最後の回、最後の投球を楽しんでくれていると思った。あのフラッシュの数には驚かされた」と。

 ・クレメンス 最後の雄姿を 留めんと フアンのフラッシュ 数限りなし




2003年10月25日(土) 花金3連勝の美酒

 昨日の阪神・ダイエー戦のテレビを6回から見た。阪神が勝ったからではないが、「勝とう」とする執念は阪神ナインが勝っていた。そう感じさせたのは、阪神の矢野捕手のガッツポーズであった。打者を三振にして投手がガッツポーズをすることは多いが、捕手が打者一人を三振にする都度ガッツポーズを表わす姿を見たのは初めてであった。最後の打者を三振にした時のウィリアムは、五体全体で狂喜せんばかりの歓喜を示していた。「勝とう、勝つのだ」この執念の差が阪神に勝利をもたらしてようだ。

 1球1球に全神経を使う星野監督は、くたくたに疲れたようだった。「・・3つも勝っちゃった。疲れたなあという感じだけど、ウィルアムスがいるだけ心強い。・・必ず向こう(福岡)で胴上げして帰ってきます」とフアンに挨拶していた。昨日は花の金曜日、大阪のそこ彼処で3連勝を祝う酒盛りが続いたことであろう。

   ・花金の 3連勝の 美酒かな 疲れを知らない 六甲おろし



2003年10月24日(金) 阪神連夜のサヨナラ勝ち

 阪神は10月21日時点では、屈辱的な2連敗であった。この時点で誰がサヨナラ連勝を予想しただろう。甲子園には魔力があるのだろうか。5対5で迎えた延長10回、ヒイロー金本の打球は低い弾道であったが、ボールはライトスタンドに飛び込んだ。この瞬間甲子園球場と阪神フアンは、天にも昇るほどの歓喜のるつぼと化した。

 甲子園球場で生き返った阪神、「何とかあした勝って、日本一に王手をかけたい」と六甲おろしが鳴り響く甲子園に約束するか金本。はたして、阪神ナインは、勇退する星野監督の花道を飾ることが出来るか。答えは今夜を含めて第6戦又は第7戦まで決着が付かない。私はダイエー有利の印象だ。(24日17時に記述)

   ・甲子園 魔力が有るのか 2連勝 星野野球の 花道飾るか 




2003年10月23日(木) 凄い人間群像を知る

 01年高橋尚子が出した世界記録(2時間19分46秒)は、その後の2年で歴代4位の記録になってしまった。10月19日の北京国際マラソンで中国の孫英傑(26)が2時間19分39秒の世界歴代3位で優勝した。歴代1位は今年3月英国のラドクリフが出した2時間15分25秒なのだ。

 凄い人間群像を知り、理解する、これも大きな心の癒しになると思う。パリマラソンで銀に輝いた野口みずき、この人の走行中の写真を何度も見たが、両足が地上を離れているものばかりだった。身体のバネを使った素晴らしいストライク走法だ。アテネ五輪の出場は、野口みずき外2名だ。凄い女性達の戦いは、次の3レースで決る。熾烈な戦いに挑む彼女達に心から敬意を表したい。

・東京マラソン  (11月) 出場予定  高橋尚子・・シドニーで金
                       土佐玲子・・エドモント陸上で銀
・大阪マラソン  (1月)  出場予定  弘山晴美・・前回選考で泣いた
                       渋井陽子・・昨年大阪で4位
・名古屋マラソン (3月)  出場予定  千葉真子・・パリマラソンで3位





2003年10月22日(水) 松井三点本塁打の余韻

 一昨日は松井フアンにとってたまらない日であった。大リーグに「監督にとって最良の友は、三ランホームランである」という言葉があるとのこと。トーリ監督は、カウント0−3から打った松井の能力に舌を巻く。「・・松井はどこに力を入れて打つか分かっている。無理して引っ張ろうとしない。本当にいい打者だ。松井は慣れない左翼の守備も堅実にこなし、リーダーになった。若手は彼から多くを学んでいる」との賛辞である。なにしろ、前日の3安打と合わせ、シリーズの打率5割で松井の輝きが最高潮になってきた。
 
 松井が米国でも「怪物」と認められたようだ。20日にデリー・ニュースは「10月の怪物と表現・・・ベストヒッターはジーターでもポサダでもない。マツイだ」と絶賛した。本塁打直後の三回、松井が打席に向かう時「大型ビジョンには巨大な岩石を投げるゴジラの映像。大音響で泣き声が流れると、満員の観衆は『マツイー』の大合唱とともに再び総立ちになった」(21日・スポニチから)日々の映像で何回も書いたが、このあたりがアメリカの野球文化の真髄のように思う。松井は今日行なわれた3戦も勝利打点をたたき出した。

   ・アメリカの 野球文化が 頂点に 日本の松井が 輝きわたる



2003年10月21日(火) 人を幸せにすること

 世の中には、素敵な概念・目標をもって活動している人たちが多い。コンピュータのスペシャリスト集団セリーシーン(文京区水道町2丁目19番12号・メインステージビル1F・03−5689−0535)のホームページの冒頭のモットーは次ぎの通りである。

「人のために生きることが、真に幸せであると考えています 共に力を合わせ、人を幸せにしていけることを願っています」 

そして代表の坂上潤さんは、セリーシーンの夢として次の内容を掲げている。   
「私達の第一の目標は、人を幸せにする事です。人が生きていくには、目標が必要です。明確な目標を見失っては、進むべき道が見えなくなってしまいます。私達の生きている意味を問われれば、それは人を幸せにしたい。この一言に全てが集約されています。人を生かすために、人は生き、自分を幸せにするために、人を幸せにする。人の数と同じように、才能の数があり、それぞれに出来ることがあります。私達は、自分達のやるべきことを理解し、その目標へとより強く進んでいくためにCELIY SCENEを結成しました。   セリーシーン代表:坂上 潤 」

 私はこの夢を読んで、アインシュタインの言葉を思い出した。「人は自分以外の者のために生きるとき、新たな生が生まれる」(記憶で書いているので正確さがないかもしれない。後日確認)人が自分以外の者のために生きるとき、信じられない活力が生まれるという原理なのだ。       

  ・人のため 生きる人生 力あり 躍動していく 人の勢い




2003年10月20日(月) マザーテレサの残したもの

 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、10月19日貧しい人々の救済に生涯を捧げた修道女、故マザー・テレサをカトリック教会の「聖人」の前段階にあたる「福者」に列した。

 この人が亡くなった1997年9月、インド政府はマザー・テレサを国葬とした。当時の毎日新聞は次のように説明していた。「CNNテレビ見ながら、人間の素晴らしさを思った。この世界を見事に生きた人がいるという感動。人間とは何と素晴らしいものか・・」と。 毎日新聞の社説は「人のために生きる人生こそが価値あることを教えている」と結んでいた。

・人生を いかに生きるが ベストかと マザー・テレサは 無言に語る

         (文章の一部と短歌は1997年9月16日の日々の映像から)



2003年10月19日(日) グラビアアイドル サトリエの夢

 10月12日のスポニチでサトリエさん(佐藤江梨子)のインタビューを読んだ。将来の夢は「直木賞を獲って印税生活」と公言している。これだけ目標を公言しているのだから、実に立派なものである。サトリエさんは9月20日に処女エッセイ集(詩を含む)「気遣い喫茶」を出版している。このインタビュー記事を読んで、サトリエさんの才能を感じたのは「ペンを持つと呼吸みたいにパーッと書いちゃって」という言葉であった。サトリエは身長1メートル73、B88、W58、H88と抜群のプロポーシヨンをしている。文章も伸びた手足のようにのびのびしているのだろう。グラビアアイドルは、女優、物書きと様々な顔を持つ。追って、本好きの物書きがグラビアアイドルをやっている・・になるのだろう。

  ・書くことに 目標定めた サトリエの 道は洋々 賞に向かって




2003年10月18日(土) 歓喜の松井秀喜

 松井選手がヤンキースの一員として、いかに同僚の信頼を集めているかが、試合を見ているとよく分かる。同点になった時の喜びようは日本では見たことのない歓喜の姿であった。優勝が決まった時、松井を抱きしめる同僚・コーチの姿などは歓喜爆発の絵巻物である。優勝直後の松井選手のコメントは「なんと言ったらいいか・・・。言葉にならない。信じられないことが続いた。ワールドシリーズ? 今は興奮している。何とか4つ勝てるように頑張りたい」と声が弾んでいた。

  ・興奮の 夢冷めやらぬ 大勝利の  歓喜の絵巻が どこまで続く




2003年10月17日(金) 生きていれば何かがある

 地村富貴恵さんの手記の一部を引用したい。「最初は何度も死にたいと思った。しかし死んだら自分に負けることになると気づき、いのちの続く限り生きてやるという決心をした。その時から胸のつかえがとれた。生きていたからこそ主人と結婚できたし、恋しいみんなとも会うことが出来た」といっている。このことの補足で主人の地村志保さんは「生きていれさえすれば、何かが起こる。・・・物事を楽天的に考え、前向きに対処していけば、必ず自分なりに満足感、幸福感というものを見いだすことが出来るというのが私達夫婦の一致した思考である」と。

 生きていれば何かがある・・・これは富貴恵さんの口癖であったという。二人は「生きていれば・・生きていれさえすれば・・」と励ましあい支えあって生きてきたのだ。苛酷な環境で生き抜いてきた地村夫妻に敬意を表したい。

 ・過酷なる 時を生き抜き 今日ありき  願い抱きしめ 明日も生き抜く  



2003年10月16日(木) 宝田明さんの青年へのメッセージ

 月刊誌第三文明10月号で芸能生活50周年を迎えた俳優宝田明さんのインタビュウーが掲載されていた。インタビューの題は「苦労や失敗が人生を豊かにする」であった。最後の青年へのメッセージを引用したい。「苦労をたくさんしてほしい。人間は苦労すると、ワンステップずつ上がっていきます。また一つの失敗をすると一つ貴重な宝物を得られます。

 どんな職業でも同じでしょうが、苦労や失敗を経験してはじめて自分の中に何かが残る。山あり谷ありの人生のほうが人情にも触れられるし、人間として豊かになる・・・」と言っていた。苦労や失敗をして始めて自分の中に「何かが残る」を心に留めたい。

  ・人生は デコボコ道も 谷もある ここを通って 何かが残る



2003年10月15日(水) ジャングル大帝(2)

 この物語の構成は分かりやすく、子供たちの心の教育にとっては最良のアニメである。津嘉山さんは「この作品は、自然を含めて愛すること、力強く生きることを次の世代に伝えようとしている」と解説していた。生命の尊さ、平和、家族の愛、立派なお父さん(レオ)を語りかける一大抒情詩なのだ。クライマックスは、下山途中レオとひげオヤジを吹雪が襲う。傷ついたレオはひげオヤジに「私の肉を食べ、皮を着て山を下って下さい」と訴える。人間愛の極限を訴えているようだ。
 
 ・生きること 愛することを 物語る アニメの傑作 レオの抒情詩
     
                 (参考資料 1997年8月19日の日々の映像)



2003年10月14日(火) ジャングル大帝 (1)

 このアニメを知らない人はいない。なにしろ1950年に連載が始まったという歴史を持つ。そしてこれほど子供たちに受け入れられたアニメはないだろう。「ジャングル大帝」の主役レオは、勇敢で優しくジャングルに平和境を築こうとする白いライオンである。レオの声の出演者は津嘉山正種さんである。詳しくは省略するが、津嘉山さんはレオに劣らず立派なお父さんである。同氏のコメントの要旨を引用したい。「吹き替えは人物のキャラクターがすでに出来上がっている。アニメは絵に生命を吹き込んでいくところがあり、自分の声でレオのキャラクターを作りあげていく楽しさがあります」と。
                       
 ・動画(え)の中に生命(いのち)吹き込む心あり 感動伝える声の響きが
              
(参考資料 1997年8月4日の日々の映像から)                  
        



2003年10月13日(月) 「人」 梯 剛之

 梯さんは盲目のピアニストである。この人のことを知ったのは、1997年5月5日であった。この日毎日新聞の1面トップで、目の不自由を乗り越え、国際的に活躍しているバイオリニストの和波たかよしさんとピアニスト梯剛之(かけはしたかし)さんのことが大きく報道されていた。東京サントリーホールで開かれた「心を奏でるコンサート」では、天皇・皇后両陛下も出席して拍手を送っていた。私はこの記事をくまなく何回も読んで感動したことを今でも記憶している。梯さんのことはこの癒しの森で4〜5回か書きたいと思っている。

 ・全盲の 2人が奏でる 演奏に 2千の聴衆 酔いしれゆかん
 ・全盲の 2人のハートが メロデーに 乗って流れて 響き渡らん
 ・人々に 夢と希望を 与えるか 人の能力 計りがたしか 
                  
        (短歌は1997年5月8日の日々の映像から1部修正して掲載)



2003年10月12日(日) 人間は悩むために存在する

 松下幸之助の本をかなり読んだ。PHPで「松下幸之助の残した言葉」は長く続いた。次の言葉が印象に残った。「・・今悩むために自分は存在しているんやな、悩みが本業やなと、このような感じをもつようになったんです」
 
 イギリスのポール・ストラザーンの「90分で分かるプラトン」によると、哲学の世界では「人間の存在とは何か」が解決(?)されていないという。哲学の世界をそんなに難しく考える必要はないと思う。例えば、問い「人間の存在とは何か」答え「人間とは悩むために存在する」これでよいと思う。大事なポイントは、何に悩むかである。

   ・人間は 悩みを持って 存在す 何に悩むで 人生変わる
          
  (短歌は1997年6月8日の日々の映像から。下の句は修正して掲載)



2003年10月11日(土) 少年少女の愛の絆(2)

 ワイルド・スミス氏と類似した少年の愛がPHP5月号に出ていた。作家鈴木光司氏の結婚に至る体験記である。題して「運命の出会い」であった。本文の最初と終りの部分のみ引用。「出会いは、忘れもしない。小学校の5年のことである。担任の先生から転校生が紹介された。・・・僕はその女の子を見てハッとなった。始めてみるその女の子に対して、直感はこうささやいたのだ。『あ、ぼくの妻だ』一目ぼれの初恋・・・」以来26歳で結婚するまで鈴木氏の努力は続く。「・・この時期を逃すべからずと、ぼくは総攻撃に出た。この強引さに観念したのか彼女はぼくの妻になった。小学校5年で得た直感が正しかったことが証明されたわけである。結婚して13年になるが、妻と結婚したことを、一秒たりとも後悔したことはない」と結んでいた。

  ・一秒も 妻との結婚 悔いなしと そこまで言わせる 女性の幸せ

(文章・短歌とも1997年5月30日の日々の映像から。下の句は一部修正)



2003年10月10日(金) 上杉鷹山の有名な句

 原前巨人軍監督は、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山を尊敬していたという。上杉鷹山の有名な道歌がある。この短歌は貧乏藩を立て直すための鉄の意思が伝わってくる。現代風に言えば「出来ないという人は、やらないからだ」との強い指摘である。

 ・なせば成る なさねばならぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり

 この鷹山の句を踏まえて1997年2月28日に次の短歌を作った。しかし、下記のような道歌的な短歌は余り好まない。日々の映像で短歌を書かなくなったのは、世間の出来事を31文字に結ぶと、どうしても教授的になることであった。日々の映像は、会話の題材を提供することに主眼を置いている。

 ・文章は 書けば書くほど 書けるもの 書けぬは人の 書かざるものか
                
               (短歌は1997年2月7日の日々の映像から)



2003年10月09日(木) 少年少女の愛の絆(1)

 世の中には信じられないほど、幸せな結婚生活をする人がいる。イギリスの絵本画家のワイルド・スミス氏と夫人との出会いは、おとぎ話のように美しい。17歳の少年がスケッチに行った。すると熱心に覗き込むそばかすの少女がいた。少年がスケッチブックをみせると、14歳の少女は音を立ててめくりながら満足そうに微笑んだという。2人の少年少女の愛は育って結婚する。ワイルド・スミス氏は妻のことを「彼女は、私を幸せにするあらゆることをしてくれた」(読売新聞社・「私の交遊録」から)と言っている。

・ほほえまし 少年少女の 出会いから 愛が生まれて 永遠(とわ)の絆が
             
           (文章・短歌とも1997年5月30日の日々の映像から)  



2003年10月08日(水) 行く秋惜しんで   (7号で引用)

 急に寒く成ってきた。日本の四季の変化を、最も感じるのがこの秋だろう。夏の終りと共に蝉の合唱が終わり秋を告げるとコウロギの泣き声が響く。ここのところリーンリーンというコウロギと鈴虫の合唱が一段と高くなった。11月上旬になると彼らの鳴き声は耳にしなくなる。彼ら虫たちは次の生を残して、短いいのちの終りを迎えるのだ。
 自然に触れる機会を持つことは大切なことだと思う。これからは紅葉の秋本番である。そして、山の木々はまもなく冬化粧へと変化していく。

    ・虫たちは 時を惜しんで 大合唱 秋の夜長を 名ごり惜しむか



2003年10月07日(火) 人生の原理は美しく単純だ

 あまり力を発揮出来ない人、光るものを持っていない人は、ほとんど尊敬する人を持っていないのが一つのパターンのように思う。二日前に書いたように人生の原理は美しく単純なものであると思う。 「語る松井秀喜」というリポートが時折報道される。ここで松井選手はトーリ監督ことを次のように言っていた。箇条書きで少々引用。

「・監督は人間的に本当に素晴らしいと思います。・・個人的にとても信頼しています。
・彼のもとにプレーできるということは幸せですし、今僕があるのも監督のおかげと言って言い過ぎではありません                         
・6月初旬で話し合ったことが印象に残っています『今は打てないけれども、守備とかチームにとっては大きな役割をはたしているから、自身を持ってやってくれ』と言われました。このことが、一番自分が落ち着けた要因になりました」と。 

 ともかく、松井選手にとっては、トーリ監督は信頼し尊敬してやまないひとなのだ。松井ほどの選手になっても、尊敬する人が有るか無いかで心の落ち着きが全く変わってくるのだ。                        
 
  ・人生の おりなす原理は 単純だ 尊敬する人 有るや無しやで
                
  (短歌は1997年8月20日の日々の映像から。上の句の一部を変更)



2003年10月06日(月) 人 市原悦子さん

 テレビの「家政婦は見た」の市原悦子さんを知らない人はいないだろう。市原さんが主演した映画「蕨野行(わらびのこう)」が公開される。この映画をめぐってのトークが報道されていた。ここで書きたいのは、市原さんの演技に対する姿勢なのである。一流の人には、一流の姿勢があると心から感服した。「・・舞台経験を積めば積むほど、演技に対してはうぶで、純でありたいと思っています。それには稽古に徹するしかないんです。目の前の課題に、無心で、真心で取り組むことにより、必ず新しい何かが生まれます」と言っていた。

 ・ひたむきに 生きる姿に 光あり 無心で取り組む 心まばゆい
  




2003年10月05日(日) 五つ教えて三つほめ

 昨日の「称賛する、誉める」に関連して、江戸時代の二宮尊徳の作といわれる有名な歌を引用したい。アインシュタインの「真実は美しく単純である」という有名な言葉がある。田中耕一さんほどの人でも誉められて力がつくのである。人が成長する原理は単純なのである。一人の人を、誉め讃嘆する人の有無で決るのだ。

 二宮尊徳の短歌は子どもの教育の基本を述べている。ポイントは「三つほめ」なのである。ほめられる機会のない大人が、うつ病になるような気がしてならない。

  ・可愛くば 五つ教えて 三つほめ 二つ叱って 良き人とせよ



2003年10月04日(土) 潜在力を信じよう

 誉めることが人を育てる上で不可欠の要素であることは論を待たない。日本生命が発行した「名言の泉」という小冊がある。その中にで「賞賛には能力を育てる力がある」と。能力を育てる力とは、子どもだけのことではないのだ。
 10月1日ノーベル賞から1年を控えて、田中耕一さんの記者会見の内容が報道されていた。田中さんは「さまざまな方に誉めていただいたことで自信がつき、自分の潜在力を引き出せるようになった。伸びる力は誰にでもある」と述べている。ノーベル賞を受賞するような人でも誉めていただいたことで、自分の力を引き出せたといっている。まさに賞賛は能力を育てる力なのである。

   ・賞賛に 能力育てる 力あり 潜在力を 信じ立ち往け 


                



2003年10月03日(金) 王ダイエー3年ぶりの優勝

 王貞治・・赫々たる人生を築いた人だ。王さんがダイエー監督になったのは1995年。野球界では考えられない長期政権である。1999年に優勝、2000年にはリーグ連覇を果す。そして今年は、球団の身売り騒動にほんろうされながらの優勝、王監督の喜びはいかほどであったか。
 
 日本シリーズはダイエーに阪神が挑戦する構図だ。星野監督は「胸を借ります。ぶつかっていきます。強いチームに・・」と言っている。1999年、中日・星野監督は神宮で宙に舞ったが、日本シリーズで王ダイエーに1勝4敗と叩きのめされた。両雄は闘志を秘めて開戦を待つ。フワンの熱狂がこの戦いを熱くする。

  ・両雄の 火花飛び散る 甲子園 野球を愛する 男の戦い



2003年10月02日(木) 希望という名の宝

 8月25日、伝記ベスト5の中にヘレンケラーが入っていることを記述した。三重苦の少女がハーバード大学に入学するのであるから、まさに19世紀の奇跡の人である。見方を変えれば人間には計り知れない可能性があることになる。9月10日に日々の映像で「どうして日本の若者は、将来に対して希望、夢を持っていないのだろう」と書いた。たまたまマガジンを見ているとヘレンケラーの言葉が出ていた。

          「希望は人を成功に導く信仰である」 
 
 この言葉を読んで1996年希望に関する短歌を書き残したことを思い出した。アレキサンダー大王に関する解説を読んでのことであった。

  ・ただひとつ 希望という名の 宝あり 歴史を変えた ロマンの叫び

(短歌は交流の散歩道に掲載。ここでは「ロマンの叫び」が「アレキサンダー」となっている)




2003年10月01日(水) 人 うつみ宮土理さん(3)

 夫婦の会話は案外と難しいものである。コミュニケーションが破壊され、自分の夫或いは妻とまともな会話が出来ない夫婦が結構いる。その意味で昨日と同じくエッセイを引用したい。「夫(愛川欽也)に対しても、言いたいことは必ず言うようにしています。ただし、けなすような物言いはせずタイミングを見計らって意見を言うのです。心配りを尽くした上での本音というのは、決して相手を傷つけるものではありません。・・・親しき仲にこそ細やかな心配りが求められているのではないでしょうか」難しい補足であるが夫婦のコミュニケーションを保つには聡明になる必要があるのだ。「心配りを尽くした上での本音というのは、決して相手を傷つけるものではありません」という言葉を記憶に残したい。
   
 ・ことわざに 親しき仲にも 礼儀あり 心配りが 絆を深めん        

             (短歌は1997年5月10日の日々の映像から)


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