ぴょんきち活きる、生きる道
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2001年09月30日(日)

鼻水が止まらない。(−−;)
完璧風邪を引いてしまったらしい。
みんな!気をつけるんだ!
みんな!健康第一!
と、大きな声で言ってる奴が、
けっこうマジで風邪をひいている。
ヘッグショ〜ン(><)

説得力まるでなし!!

反省(−−;;;)))スリスリ

だからって、配達がなくなるわけではない。
そこが奨学生の仕事の恐ろしいところ(0o0)ノ
自己管理の至らなさゆえなので、言い訳もできやしない(;;)

しかも、明日は雨!
朝からバリバリ講義あり(^^;)

どうする??
どうしよう(−−;)?

リポビタンDを飲んだ。
母親から送ってもらっていた薬を飲んだ。

「根性」で配達。
「気合」で攻略。
「忍耐」で乗りきれ!!
うおりゃーーーーーーーー!!

数々の修羅場の1ページに、
明日の配達が刻まれませんように(^^;)

自然治癒力の力を過信しすぎてしまった模様(−−)
よわっちーなーもう。。

よわっちーくらいが、丁度いいってか?(^−^;)ノ

い、いえてるぞ(−−;;)


ホント、激マジに、風邪など体調だけには気をつけましょうね。



2001年09月27日(木)

10月14日のオフ会に正式に参加表明をした。
思えば、私がWAKE UP!のオフ会に初参加してから2ヶ月が経った。
っていうかまだ2ヶ月しか経ってないんだ(^^;)ノ
もっと長い付き合いじゃないかってくらい、色んな方々と
仲良くさせてもらっています。。ほんと、とっても幸せなことです。

3ヶ月前くらいまでは、このサイトのことも全然知らなかったんだもんなぁ。
奨学生生活5年目で、こんなにでっかい出会いにめぐり逢えるなんて、
正直想像もつかなかった。

「いやぁ〜実はね、番長に打ち明けたいことがあるんだ。」
すべては、まきじ君のこの一言から始まったのでありました。

「えっ!?な、なんだよ!打ち明けたいことって!!」
ドキドキマギマギ(^^;)←なんでやねん。違っ(爆)

去年の毎日カナダ旅行以来、
組長&番長コンビ(!)として仲良しだったまきじと
久々にささやかな飲み会をした時に、このサイトのことを紹介されました。

そして、私も日記を書かせてもらうことになり、
8月のオフ会にも参加させてもらうことになり、
「よーし!ぴょんきち22歳、落ち着いていこう!」という
初顔合わせ前の決意表明もむなしく、
しおらしくしていれたのは0次会くらいなもんで、
後はいつのまにか、いつものぶっとんだ調子になっていたわけで(−−;)

でも、、ホント、よかった。(^−^)
うん、、ホント、よかったよー。(;;)マジ涙。

新しい何かに飛び込んで行くっていうことは、
それなりにエネルギーを要することだと思うけど、
行き詰まった現状を打破するくらいの心の変化や広がりは、
自分自身の意思で、足で、とりあえず前に進もうとしてみることから
得られることなんじゃないだろうか。

実際私も、「人生八方塞がりじゃん」って思ってもがいていたのが、
自分の頭の中にある世界がそもそも狭かっただけで、
意外と近くに、突破口があったのかもしれないなぁって思えた。

今回のオフ会に初参加しようか迷ってるそこのあなた!!
どんどん飛び込んでいらっしゃいませ〜(^0^)ノ

ぴょんきち自称18歳(−−;)うっ、もう無理が…
精一杯若作りをしてお迎え致しやす(爆)



2001年09月25日(火)

うい〜。朝刊終了。
残りもののご飯におむすび山をかけて食べている。
昨日の夕飯時、余分に作ったポテトサラダを朝食に
まわそうと思ってたんだけど、
昨日のうちにテレビを見ながら食べてしまった(^^;)ううっ

この間、「FF�勝廚離哀薀侫�ックスを見た。
やっぱりプレステ2はキレイじゃのぉ〜と感動した。
でも、
なんだか逆に初代ファミコンが妙に愛しく感じられたかもかも。
また、あの意味不明な2コンのマイクに絶叫したい!なんて(*^^)
・・・あれをゲーム中に使ったのは、私が知る限りでは、
説明書なしじゃ絶対クリアできないと思われる、
「たけしの挑戦状」くらいだったよ・・・(−−;)ノ
今じゃぁ、ファミコンカセットにプレミアがつくぐらいだから、
時の流れを感じずにはいられない今日この頃。。
また「スターソルジャー」やりたいなぁー。

ところで、、、
とうとう今日から学校が始まるのであります。
もう、息をつく暇も・・・それはあるか(^^;)
でも、容赦なく忙しくなるのであります(涙)

ある偉大な先輩に、、
「大学生は5年くらいが丁度いい。」って言われて、
ちょっと救われた気分になったし(*^−^)ノ
こんなホワワ〜ンとした調子で、あんまし力まず、
サラサラ後期を乗り切りたいと思います(激理想)
いや〜、壁はでかいけどね(^^;)

でかい壁ほど乗り越える価値があるもんだ!!

奥の手は、自己暗示ってことで(−−)





2001年09月24日(月)

おはようござぁ〜い!
朝から冷凍の焼きおにぎりを食べようとしてるぴょんきちです。
昨日は新宿から帰宅して、速攻くたばっていました(−−;)

昨日は朝刊配って速攻電車に飛び乗り、
負傷中の相方の元へ朝もはよからのりこんでいきました。
骨折はしてなかったんだけど、ベッコリ腫れて痛そうだったぁ(^^;)
でも本人はわりと元気そうなので一安心。。
何の役にも立てないまま、約束があったので新宿へ。
相方は負傷中のためお留守番(−−)

ま、色んな用事があって来れない人もあり、
昨日は、毎日カナダチーム3人会を決行(^−^)ノ

番長杯争奪(?)ボーリング大会と相成りました。
ちなみに私の昨日の最高は「135」でした。
次回に期待(−−;)ノふい〜

かなり久々にカナダ旅行の仲間と会って、
あらためて、私にとっての彼らの存在のでかさ!を
思い知らされました。
この1年、ずっと支えられてきたんだなぁーと。

ずっと会ってなくったって、
みんなそれぞれ、ちょこちょこ仲間のことを思い出しながら、
「ふっ、がんばるか!」って気合を入れなおしている。
スタンドけりあげてる。。
今きっとこうやって辛いのは、みんなも同じなんだよなぁと
思えた瞬間、考えは独り善がりじゃなくなる。
自分だけの基準で考えちゃ、色んなことが辛く映るのかも
しれないけど、同志がいるって認識すると、
そのいろんなことが乗り越えられたりする・・・。

私の殻をぶちやぶってくれた面々。。

近いうち、またきっと集まろう!!

相方快気祝っていう名目で(笑)

な!まきじ!


2001年09月22日(土)

「急に秋らしくなっちゃったなぁ〜」などと、
そこはかとなく秋の気配を感ずる今日この頃。

どうも!最近性別を間違われがちなぴょんきちです(爆)

今日はがっちり日記を書こうと思ってたのですが、
相方骨折の可能性(!!)のため、今日は早めに寝ます。
明日始発に乗らねばならないので(^^;)ノ

明日こそは!気合入れて日記書きますんで。。
今日はこのへんで・・

っていうか、こんなに打つなら最初から日記を書けっつーの!

m(_ _)m おやすみなしゃいませ。


2001年09月20日(木) あきすとぜねこ!!

♪言わないで〜言わないで〜
 僕だってつよかないよ
 何もわからない同志、こんな日もあるよ〜♪

 デッデデレレデレレレン!

朝刊中、なにげに光GENJIの「ガラスの十代」を口ずさんでみたら、
全部歌えた。(−−)私が小学3年の時の歌である。

きっかけはつい先日のテレビ。
どっかの情報番組の芸能コーナーで、
元光GENJI佐藤アツヒロ(28)と紹介されていた。

なに〜!!佐藤アツヒロ、28歳だって!!
あの頃は14歳だったのに・・・(;;)
どうりで私が23歳になるわけだわ。
納得 f−−;)

といった感じで、
朝刊中は物思いにふけっている事が多い。

今年の3月まで代配をしていたので、
毎日クルクル配達区域が変わっていた頃は、
人の区域を不着したりしちゃいか〜ん!!と
まあまあ気を使いながらの配達だったのだが、
毎日区域が一緒である今は、、、
のっほっほ〜んとしてるのもいいとこである。

配達途中に雨が降り出したりすると、
「チッ」とか思ってうんざりすることもあるのだが、
基本的に私の中で、朝刊配達っていうのは、

「考える時間」である。

内容といったら、、
食べる事。
遊ぶこと。
寝る事。
ちょっとしたしがらみ、などなどなど。

あとはだいたい歌ってる(^−^)ノ
ホント、のん気なもんである。

今日ふと思い出したのだが、
「あきすとぜねこ」の占いをわかる人はいるだろうか?
もうかなり古い話題なのかもしれないが・・(−−;)

あ・・・愛してる
き・・・嫌い
す・・・好き
と・・・友達
ぜ・・・絶好
ね・・・熱中
こ・・・恋人

たぶんこんなような意味だったと思うが、
指を使ってやる恋占いだ。

こんな占いを使って一喜一憂してた純な頃が
めちゃめちゃ懐かしかった・・・
んん??思いだせん(−−)なかったのかな・・・??

純な頃(^−^;)

け、けっこう現実と体当たりで生きてきたからなぁ・・・

っていうか、今も純なのか!←(爆)
(−−;)ぐえっ


2001年09月18日(火)

学校がないことをいいことに、
ついつい昼間熟睡してしまう今日この頃。
そろそろ学校モードに生活リズムを持っていかないと、
スタートダッシュで大コケの予感(−−;)
気を引き締めていかねばね〜。わっしょ〜い。

いつもの日常。
いつもの新聞配達。

なぜかいつもと違うのは、
空に静寂がないからだろうか。

厚木ベース基地から飛び立つ飛行機が、
ひっきりなしに爆音を轟かせて、
私にテレビの音を届けてくれない。

空を見上げる機会が、いつもより多い。

「報復」を連想させるような、飛行機の往来。

他人事では片付けられないような、街のざわめき。

それでもクルクルまわっていく私の日常。

今だに瓦礫の下に閉じ込められている人がいるのに・・・

間接的に事件の悲惨さを知る日々。

私は、偽善にしかなりえないんだろうか?

だからといって、何も感じずにはいられない日常。

いろんな矛盾とぶつかる。

ひっきりなしに轟く、飛行機の爆音。

思わず耳をふさいだ日常。

私を含め、誰かと、誰かの利害が交錯する世界。

なにが、答えなのだろうか?

そう思いながらも、

また繰り返される日常。



2001年09月16日(日) 退会シュミレーション。

朝刊を終え、部屋でまったりおにぎりを食べている。

「あ〜、後1週間で夏休みも終わりだなぁ」
と、カレンダーを眺めながらぼんやりと思い、
なにがなんでも・・・
奨学生生活最後の夏休みにするぞ!と固く誓う。
嵐の秋学期まであと1週間か・・・フフフ、
やったろうじゃないのさ。。

毎年、毎年、
「来年こそは仕事を辞めたいな」と思うことがありながらも、
どうやら5年間やり通してしまいそうだ。

私は後輩とかに来年の進退などについて相談されたりすると、
「経済的に許すなら、辞めてもいいんじゃないかな。」
と、いつも答えている。

4年や5年、奨学生をまっとうすることだけが
すべてじゃないって思うから。

大切なのは、自分にとって何が重要なのかってことだと思う。

私の場合、重要だったのは、
「自分で生きていく」ってことだった。
(精神的にはまわりからたくさん助けてもらってるんだけどね。)

なんやかんやあって、
「奨学生なんか、やめてやる!普通の生活に戻るんだぁ!」
と決意した時、必ずやってみるのが、、
「退会シュミレーション。」である。

貯金を学費のカバーにまわせるか?
バイトを週何回何時間やればいくらお金が入るのか?
時給いくらのバイトだったら生活していけるか?
アパートの家賃がどれくらい迄だったら生活していけるか?
食費は?定期代は?娯楽費は?後期の学費への貯金は?
生活、生活、生活!!
現実、現実、現実!!

結局行きつくところは、「今の方がましかぁー」って、
あっさりさっぱり退会を断念する。(^^;)
そして冷静になって、今後のことを考える。
中退か卒業か、道は2つに1つなのだ。

でも、これは私の場合であって、
もっとたくさん選択肢のある人は、その中から、
自分にとってベストの道を選べばよいと思うのである。

私は大学に通っていて、はっきり言って学問的に
身につけたことは(今のところ)ないに等しいが、
奨学生をして大学行くっていう、
自分自身で選択し、決断してきた生きる道に、
責任と誇りを持っていきたいなぁとツラツラ思うのである。

ま、お気楽極楽にね♪
ど、度を過ぎると「6」が見えてくるから、
ひ、引き締めていこっと(−−;)ノ


2001年09月13日(木) 芋づる方式大作戦。

つい先日、前期の成績発表があった。
「やっぱりな・・」って覚悟はしてたんだけど、
1教科単位を落としてしまっていた。
しかも、必修科目。
4日後に再試験。
お先真っ暗クラクラ。(−−;)
「そ、卒業が・・・危ない!」

こうして死に物狂いの4日間が幕をあけた。

成績発表の次の日、さっそくその教科の補講があった。
神奈川県上空に台風が直撃したまさにその日、その時である。
学校に行く途中、暴風によって傘は破壊され、
びしょぬれもいいとこで登校。
台風の影響で、町も道も人がまばらだったが、
補講が行われている教室は、再試験者で大盛況。50人以上はいた。
必死で補講を聞くものの、じぇーんじぇん理解できず(^^;)
本気で6年目が頭のすみをよぎる・・・(;;)

試験まであと2日。一人、もがき苦しみながら試験勉強。
プリントやノートを見ただけでは理解できず、
本屋に行ってみたり、ネットを開いて探してみるものの、
有力な情報は得る事ができず、自分のアホポン加減に頭を抱える。
たまらなくなって、再試験仲間のDに電話をかけて相談すると、
「明日うちで、みんなで勉強会をするから来なよ〜」
と癒し系の、のほほ〜んとした返事が返ってきた。

試験前日。夕刊をダッシュで配り終え、一路茅ヶ崎へ。
サティで待ち合わせのはずが、間違えてなぜかジャスコに着いてしまう。
結局ジャスコまで迎えに来てもらい、D宅に向かう。

六畳一間の部屋に、一人友達も加わって、まずは3人で勉強開始。
前日Dは、けっこうわかってる人に個人指導を受けていたらしく、
5問ある前期のテストのうち、その時理解できた問2の解説をしてもらう。
かなり真剣に聞き入り、自分で理解するまでその問題と格闘。
やってみたら、意外にもけっこう簡単に解けてしまった。
そして、問1と問4の解説を教授から聞き出したという人に連絡し、
D宅まで来てもらう。その間に、勉強会人数は6人に増えていた。
Dが問1と問4の解説を聞いている間に、最初の2人で、
後からやってきた人たちに問2の解説をする。
そしてDからまた解説してもらう・・・って感じで、
ありとあらゆる人脈を駆使しまくり、
前期試験の問題を一応理解したなって手応えを感じた時にゃぁ、
その場に座って6時間が経過していた。人数も2人増えていた。
こんなに勉強に集中したのって何年ぶりだろう?って、
達成感と充実感に満たされながらの帰り道、
思わずガッツポーズしたのを通行人に見られ、怪しまれる。

再試験当日。朝刊を終え仮眠。
11時頃、悪夢にうなされ、汗だく絶叫の中最悪の目覚め。
試験後、就職内定先に行かなくてはいけなかったため、
ぎこちなくスーツ姿で大学に向かう。
図書館で最後の悪あがき。

テスト。前期の試験問題がそっくりそのまま出題される。

「うおりゃーーーー!!」と心の中で叫び声をあげながら、
すごいペースで筆を進ませ、ほとんど完璧に解答。。
したつもり(^^;)ノ

会社の集合時間に遅れてしまうため、20分早く教室を出る。
そして、帰りのバス停で、思わず感涙。(;;)

とにかく協力してくれた仲間達に大感謝です。
そして、「やればできるんだ!!」って自信がついた。

が、
・・・・それをもっと前にやっとけよ・・・

と、自分で自分につっこみをいれた昼下がりなのでした。

めでたし、めでたし。



2001年09月12日(水)

暇さえあれば、テレビを見ていた。

なんだか、ぶつけようのない思いがフツフツこみ上げてきて、
テレビの前で、ツラツラ泣いてしまった。

命。
人の命。
命が一番尊いものなのに。

思い。
それぞれの思い。
いろんな思いが、一瞬のうちに失われてしまった。
さまざまな思いが、哀しみに染まった。

やりきれません。





2001年09月09日(日)

昨日、関西の旅から帰ってきました(^−^)ノ
配達復帰初日から雨に降られちゃったけど、
気合入れなおせってことかぁー!と
絶叫しながら朝刊終了。
その後、昼あたりまで爆睡してました。

昨日はさすがにかなりくたびれていて、
電話で話す声にも覇気がないって感じだったけど、
今日は睡眠をたっぷりとったおかげで完全復活。
行くか行かないか迷っていたオフ会も、
台風を吹き飛ばす勢いで参加の方向。

〜神戸・大阪初進出の旅編ーそこに熱い魂を見た〜

<1日目>新宿から夜行バス(往復9800円と激安)に乗り、
神戸三ノ宮へ向かう。その日は丁度マイバースデーだったので、
色々な方から誕生日メールを頂き、返信を返しながらの道のり。

<2日目>朝6時半、神戸三ノ宮に到着。パンフレットには
8時半到着予定と書いてあったので少々焦ったが、そのまま
神戸線に乗り親友の住まいのある町へ。親友宅で休憩を取ってから、
ふたたび親友と相方と3人で神戸三ノ宮へ向かう。
昼時に三ノ宮に到着し、せっかくだから神戸名物「そばめし」を
食べる。ついでに「オムそば」も食べた。(食べすぎ)
情報誌を立ち読みしたかいがあり、ものすごく美味しかった!
昼食後、北の坂異人館街へ。坂をエッコラショと登ったが、
坂の上の異人館の拝観料が2000円もしたので何も見ずに
下り、その代わり新神戸ロープーウェーに乗る。
期待以上の絶景に、絶叫しながら写真を撮りまくる。
その後、神戸の街を歩きに歩きまくり、
徒歩で海辺にたどりつく。その途中の元町にある、
有名なシュークリームもちゃっかり買い込んだ。
1日いっぱい観光して、大満足で2日目が過ぎていった。

<3日目>朝5時起床。朝6時親友宅を出発。
目指すは大阪ユニバーサルスタジオジャパン。
天気予報は雨だったが、傘ももたず気合入りまくり。
相方と2人、パークをまわる作戦のチェックにも余念なし。
8時前にUSJ到着。最前列のすぐ後ろに並んだ。
パークが開き、2人猛ダッシュをかける。
出迎えてくれたウッドペッカーを半ば突き飛ばし、
かなり奥のアトラクションへ走りまくった。
奨学生生活をしていても、あんなにダッシュしたのは
な、何年ぶりだろう(^^;)体力の衰えを感じた・・・
気合を入れたかいがあり、行こうと決めていたアトラクションは
すべて制覇。閉園間際忘れたように、ザーザーと雨が降ってきた。
大阪からグッタリ帰宅。
その後、親友の彼氏に会うため、喫茶店へ行く。
彼氏さんは関西の方で、当然ながら関西弁だった。
彼氏と話す親友も関西弁だった。幸せそうでホッした(^−^)
話しは阪神大震災の話題になり、その凄まじさをじかに聞く。
なにげなく電車に乗っていたが、そういえば街並みにある建物の
新しさを思いだし、ハッとさせられる。
2日目に歩いた街も海辺も、キレイに整備されていた。
それは震災からの、神戸の方々の復興の足跡だったんだと思ったら、
なにげなく観光してた自分が恥ずかしくなった。
そして、ものすごく大切なものを感じた。

<4日目>関西旅行最終日。荷物を持ち、親友に別れを告げた。
外はあいにくの大雨だったが、今回最後の神戸線、
目に焼き付くように街並みを眺め、大阪へ向かう。
大阪駅で相方の親友と合流し、地下鉄を使って道頓堀へ向かう。
さっそく「日本一のたこやき」を食べる。これが激うま!
その後、「神座」でラーメンを食べる。
大盛りを頼めばよかったと後悔するくらい美味しかった。
恥ずかしげもなく、「くいだおれ人形」と写真を撮ってみたりする。
その後、なぜか3人でビリヤードをした。
3人とも負けず嫌いなので、かなり真剣勝負。お、大阪に来てまで・・・
またまた、たこ焼きを食べる。11個300円に感動!
そして、通天閣を見に行く。通天閣には上らずに、
その界隈にある「スマートボール」(パチンコの元祖っぽい)に
夢中になる。
相方の親友と別れ、新大阪へ。そこで親子丼を食べる。
相方はカツ丼の大盛りを頼んだのだけど、支払いに大盛り分が含まれて
いないのにいたく感動!!食べ物はうまいし安いし、
大阪って激熱なところだ!!と感動の嵐だった。
そして、夜行バスで横浜へと帰路についたのでありました。

なんか、日記っていうより、自己満足な旅行の記録になってしまったけど、
ご了承下さいませ。

今回の秋田・関西1週間の旅は、何かを見るっていうより、
大切な人たちに再会する旅だったように思う。
忙しい中時間を空けてくれて、ホント、感謝でした。

また、急に突撃すると思われます(笑)


2001年09月04日(火)

秋田から夜行バスで帰ってきたよん!!
ただ今神奈川の家で現実と向き合いながら
くつろぎ中(^−^;)ノ
今日の夜、またまた夜行バスで
新宿から神戸へと向かう。
神戸・大阪初進出です。ドキドキ。

〜秋田旅情編・台風の目、帰る〜

<1日目>羽田から超割を利用して飛行機で秋田に向かう。
飛行機の中からディズニーシーが見え、絶叫。
秋田空港からお姉の車で実家に向かう。
久々の秋田の風景、空気に、これまた絶叫。
実家で我が家の新メンバー「ロッジ」と初対面。
すぐに意気投合、新調した服を毛だらけにしながらじゃれまくる。
少し休息をとり、お姉、相方、私の3人で男鹿半島へドライブ。
落石注意、転落注意の断崖絶壁の道を、ものすごいダイナミックな
景色を前にしながら、男鹿の先端、入道崎へ。
広大な草原の奥には、まあるく海、海、海とキレイな水平線。
あまりの広々さに、相方思わずバク転。
帰る前になまはげと記念撮影。
実家に戻り、父、母、妹も加わり、家族総ででご飯。
出す順番もあまり考えず、思いついた料理を勢いで作りまくる母。
だんだん慣れてきて、大声で話しまくる父親。
それにこれまた大声でつっこみをいれまくる母と娘達。
その周りをグルグル走りまわるロッジ。
相方、ぴょんきち家のパワーにしばし圧倒される。

<2日目>ぴょんきち家と相方とお姉の友達とで田沢湖へ。
日本一深い湖の田沢湖で、御座の石、辰子姫像といろいろ観光。
父、17歳の夏、クロールで田沢湖横断を果たした話を披露。
深さで湖の中心が渦を巻いていることもあり、
まったく命知らずもいいとこである。
お昼はちょとした食堂でラーメンとみそたんぽを食べる。
このラーメンが意外にもおいしく、ぴょんきち家大絶賛の嵐。
うちらの席一面幸せに包まれる。本当に単純である。
帰り道の途中、道々にいる秋田名物「ババヘラアイス」を食べる。
(おばあちゃんがヘラでアイスをすくってくれる)
またまたババヘラネタで、ギャ−ギャ−盛り上がり、幸せに包まれる。
家に着き、少し休憩をとり、高校の友人Yと待ち合わせ。
Yの車で遊びに繰り出す途中、急きょ友人Nも呼び出す。
「なんで、おめーはいつも思い立ったが吉日なんだ!」
と、どこかで聞いたような台詞をはかれながらも合流。
ビリヤードをした後、4人で飲みに行く。
怖い話しになり、男鹿半島や田沢湖の噂を聞き、ビビりまくる。
結局、いろいろな話題を飲み屋で5時間くらいしゃべりっぱなし。
本当にホント、最高に楽しい飲み会だった!
しかしながら、、飲酒運転で平気に帰る秋田人に恐怖さえおぼえ・・・

<3日目>午前中、母の勤めてる病院に強制的に連れてかれる。
まぁ、そんな大したことはないんだけど・・・エヘへ(^^;)ノ
お昼に、親友のKと会う約束。準備にもたついてる相方に、
「おりゃー!早くしろー!」とハッパをかけ、家をでる。
待ち合わせの場所に歩いてる途中、忘れ物に気がつく。
Kの誕生日プレゼントを部屋に忘れ、ダッシュで戻る。
相方の今にもつっこもうとする視線をチクチク背に受けながら・・・
そうこうして・・・Kと昼ご飯を食べる。
お正月にディズニ−シーに行く計画が持ち上がったり、
次回の親友3人組の旅行は、海外だ!といきまいたり、
実現はまだまだ先かな?って感じだが、
相変わらず夢はでっかかった。わっしょうい!!
夜、今回の秋田最後の晩餐。
母はまた、これでもか!と料理を作りまくる。
父と相方はすっかり打ち解けて、人生論で盛り上がっている。
娘達は、やっぱり父の話しにつっこみをいれながら、
あーでもないこーでもないと大声でしゃべりまくる。
ロッジはまた勢いよくグルグルまわりを走りまわっている。
そして、ささやかながら、ぴょんきち23歳の誕生日前夜祭開催。
ものすごい騒々しさで、近所迷惑には違いないが、
ぴょんきち家の幸せは、たしかにここにあると実感した。
大満足感と、秋田を離れるものすごい寂しさに襲われながら、
母、姉、妹に見送られ、夜行バスで新宿に向かう。
気合を入れ直し、これからの日々を力いっぱい生きてやる!と
過ぎ行く秋田の地に誓った。

というわけで、今日で23歳である。
まだまだぴょんきちの挑戦は始まったばかりだい!!

と、強く自分に言い聞かせる昼下がりでありました(^−^)


ぴょんきち