Sun Set Days
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2004年09月29日(水) Blog

 ひさしぶりの更新。
 Topページ経由でDaysを見ている方はもう気がついているかもしれないけれど、今日からDaysをTopページの【Blog】の方に移してみた。
 以前からBlogがどんなものだろうという興味があって、それで使い勝手を知るためにはある程度継続が必要だということで、継続的(最近は更新頻度が落ちていますね……)なコンテンツのDaysでBlogをやってみることにしたのだ。

 ただ、慣れ親しんだenpituなので、ときどきはこちらの方でも更新するかもしれないけれど。


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 お知らせ

 Sun Set Blogは、Topページのメニュー(上の部分)から行くことができます。


2004年09月15日(水) 『アフターダーク』

 若干のネタバレがあります。未読の方でそういうのがいやな方は読み進めないでください。






『アフターダーク』読了。村上春樹著。講談社。

 午後11時56分の章にはじまり、午前6時52分の章で終わる一晩の物語。
 3人称とも異なるある視点を通じて、幾人かの永い夜の出来事が次々と語られていく。その夜にはいくつかの出会いがあり、いくつかの事件があり、いくつかの言葉が交わされ、いくつかの謎が提起され、それでもほとんどの出来事は収斂されないまま夜が明ける。謎に決着がつかなくても、きりがつかなくても、それでも時間は等しく流れ、最後には夜が明ける。そして夜が明けてしまえば、再び何かが動き出す(かもしれない)夜まではまだ大分時間がある。

 夜や、夜の街(あるいは別の世界)の本当の暗闇のようなものの恐ろしさを提示するには、分量が短すぎるのだと思う。
 そして、人がそういったものに足を踏み入れるためには、まずは暗闇に目を慣らすことが必要なのかもしれない。
 本当の意味での暗闇(とそこに足を踏み入れた後に得られる光のようなもの)に出会うためには、まずは浅い闇、振り返れば明かりを見ることができるような場所に一度行くことが必要で、この作品はそういった位置づけなのかもしれないと思う。地下奥深いところにある暗闇まで階段を使って降りていくときにも、まずは少しずつ慎重に足を踏み入れていかなければならない。手に持っている松明の炎はちゃんとまだついているか、何かあったら入り口まで駆け戻ることができるか、そういったことを確かめながら少しずつ、少しずつ暗闇に五感と身体を慣らしていく必要があるのだ。

 ということで、『アフターダーク』はもう一段深い暗闇のようなものに溶け込ませるための、最初のステップという感じがする。もちろん、それは直接的な続編があるとかそういったことではないのだけれど、性質的な続編のようなものが出てくるのだろうなという感じがすごくするのだ。

 たとえば作家によっては最高傑作は常に最新作というようなことを語っているけれど(そしてそれはとてもすばらしいことだと思うけれど)、村上春樹の場合は慎重に一歩一歩進み、求める地点を探求するための習作のような作品があったりするような感じが強い。実際、いくつかの代表的な長編は短編作品を下敷きに書かれたものであるし、現実問題、すべての作品が(気持ちの上では別として)最高の質を持ち続けているというのも難しいことだ。それはつまり、長いキャリアを通じて定期的に現れてくる代表作のために、最終的にそこに帰結する助走期間のような作品があるということだ。もちろん、そういった習作のクオリティもまた非常に高いのがすごいところで、読みやすい文章や巧みな比喩は相変わらずなのだけれど、それでも、この作品を読み終わってみて振り返ってみると、これは来るべき新たなる代表作に通じるひとつの習作のような印象を受けたのだ。

 もしかしたら、それはスタイル的に実験的な、模索的な部分が感じられるからなのかもしれないけれど。

 作品の中では、本当に多くの謎が解決されないまま提示だけされる。
 たとえば、エリが迷い込んでしまった別の世界についてもそうだし、元々その世界にいた背広を着た男についてもそうだ(コンセントが抜かれているにも関わらず何かを受信しているテレビだってそうだ)。
 白川の抱え込んでいる闇についても表層的なところしか触れられていないし、一見バランスが取れているように見え、それでいて宿命的に様々なことに巻き込まれてしまう役回りのように見える高橋についても、彼が見ることになる漆黒の闇のようなものを今夜のところはうまくやり過ごしている。
 主人公的な存在であり、結果的に護られた存在であるマリについても、彼女が降りていかなければならない階段は今作では提示されない。
 そして、すべてのニアミスを“ある視点”はすべて注意深く見てとっており、ニアミスがいつまでも続くわけではないことを示唆し、闇と向かい合わざるを得ないときがくることを暗に仄めかす(あくまでも仰々しく語ったりはしない。暗に仄めかすだけ)。
 すべての夜に、街の闇の中に、ほんの少しだけ歯車を違えてしまえば迷い込んでしまう別の世界があって、本作ではその闇の入り口が垣間見えるだけだ。
 けれども、いつかその闇がぽっかりと大きな口を開けて現れ、それは随分と不条理なことなのだけれど、それでもいやおうなく巻き込まれてしまう人たちは(その中には宿命的な意味で巻き込まれてしまう人もいるだろうし、たまたま不運にも巻き込まれてしまう人もいるだろうし、意思を持って飛び込んでいく人もいるだろう)、最終的にはその闇の果てにあるものを見ることになるのだろう。

 個人は大きな存在の中で個別性を剥ぎ取られ、俯瞰的な視点で見たときの小さな点のように、判別することさえ難しくなってしまう。
 けれども、ある視点はそこからまた個人までズームを行い、その個人の物語を通じて大きくて不条理な何か(それは闇かもしれないし光かもしれない)を映し出していくことだろう。
 そういった意味で、この物語があることによって創られていくはずの、次の長めの長編が本当に楽しみだ。
 リアルタイムで大好きな作家の新作を首を長くして待つことができるしあわせを噛み締めつつ。


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 今日は休日で、『アフターダーク』を読んで、家で持ち帰り仕事をする日。
 朝早く起きて(というかいつもと同じ時間に起きて)、洗濯機を回し、細々とした掃除やら雑用やらをする。
 10時を過ぎてから、歩いて5分くらいのところにある地元で有名なケーキ屋に行きケーキを買う。
 部屋にずっといることを決めた日には、たまに買いに行くのだ。
 ショートケーキにプリン。
 地元で評判だけあって、おいしい。
 それから、やっぱり歩いて5分くらいのところにあるものすごくおいしいパンを作る店に行く。
 この店は今年の夏にオープンしたばかりなのだけれど、住宅地の真ん中なんていうわかりづらい場所にあるにも関わらず、いつ行ってもお客さんの姿がある。食パンとバゲットがかなりおいしいのだけれど、今日はバゲットを購入(あんまりにもおいしいので何もつけずにぱくぱく食べてしまう)。

 そして、11時くらいから14時くらいまで、ケーキとバゲットを食べて、濃いエスプレッソとアミノサプリを飲みながら『アフターダーク』を読んでいた。ダイニングの椅子に座って、包丁で食べやすい大きさに切ったバゲットを食べながら、夢中になって読んでいたのだ。感想は上に書いた通り。
 このDaysを書いているのは午後の15時過ぎだ。
 一息ついてから、持ち帰り仕事をはじめようと思う。


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 お知らせ

(19ページの)「ワム!の片割れとか」という台詞に思わず笑ってしまったのでした。


2004年09月12日(日) 茉莉花茶

 今日は仕事が終わった後、12人で異動するメンバーの送別会という名目で中華料理を食べに行く。
 かなり感じのよい中華料理屋で、隠れ家風の間接照明はもちろん、大きな窓につけられたプレーンシェードや、天井四隅のBOSEのスピーカーなど、細部までこだわって作られていた。最後にはデザートと一緒に凍頂烏龍茶や茉莉花茶などを頼んだのだけれど、こだわった茶器で運ばれてきたそれらのお茶も、本格的な淹れ方ともどもかなりよい感じだった。


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 お知らせ

 最近は異動が多い時期で、送別会などが続くのです。


2004年09月10日(金) ミーティング

 いまは11日の午前1時30分。
 少し前に帰ってきたところ。
 今日は休日だったのだけれど、夕方から店に行き、他のメンバーの仕事が終わるのを待って、店の役職者4人でミーティングをしていた。
 全員が顔を揃えて何時間もいろいろとコミュニケーションをとるというのは(現実問題)営業中には難しいので、夕食をとりながらのミーティングということになる。
 夕食をとり22時くらいからミーティングをはじめ、終了したのが1時少し前。時間はもちろん遅いのだけれど、それでも今後の方針などについていろいろと言葉を重ねることができたので目的は果たすことができた。資料も結構作成してミーティングに臨んだのだけれど(せっかくの集まりなのでできるだけ実のあるものにしたいし)、大体伝えるべきことは伝えられたし、揉むべきところは揉み結論のようなものが出てきたのでよかったとは思う。

 あとは、決まったことを今後どれだけ実行に移すことができるのかというところだ。


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 お知らせ

 第�砧琉茲�ら第�故琉茲力辰覆鵑�もしたりしたのです(第�粁琉茲卜呂鮹蹐瓦Δ箸いΔ茲Δ粉兇犬如法�


2004年09月09日(木) 『blast!』+いくつかの買い物

 9日は休日で、東京国際フォーラムに『blast!』を観に行ってきた。
 2003年の8月1日に観に行って、今年もまた行ってきたのだ(詳しくは昨年のDays参照)。
 昨年はBunkamuraにあるオーチャードホールだったのだけれど、今年は追加公演のチケットを取ったので、国際フォーラム。安全上の理由から幕間のパフォーマンスは開場前と終了後に行われ、それが少しだけ残念ではあった。
 けれども、もちろんショー自体はとても素晴らしいもので、一緒に行った人も「すごいですね」と話していた。特に太鼓のセクションはやっぱり魅力的で、激しく、正確な動きにはじめて観たときと同じように引き付けられてしまった。

『blast!』がはじまる前、Apple Store Ginzaに行ってiPodのリモコンケーブルを購入する。酷使しているせいなのか、ケーブルが根元から断線しかかっていたのだ。
 店内には色とりどりのiPod miniが並べられ、新型iMac(ディスプレイに全部の機能が埋め込まれているようなやつ)も展示されていた。
 また、イタリア人(風)のセクシーな女の人が、デジタルビデオカメラを向けられながら、オーバーなアクションで店内の紹介をしていた。何かのテレビ番組の撮影だったのだろうか?

『blast!』が終わった後、八重洲ブックセンターでいくつかの本と雑誌、そして手帳を買う。特に手帳はここしばらくすごく欲しかったやつだったので、かなり楽しみ。また、雑誌もMJの記事で見て以来とても気になっている「7 days Hotel」を特集しているArneのバックナンバーが置いてあったので、思わず購入。

 昼食はパスタで(銀座の地下にある店だったのだけれど、開店何十周年記念だかで、パスタがすべて500円になっていた)、夕方には大丸のカフェコムサでケーキを食べる。
 部屋に帰ってきたときには21時くらいになってしまっていた。


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 お知らせ

 お時間のある方は、googleなどで「セブンデイズホテル」で検索してみてください。
 こんなビジネスホテルがあるんだ! と思える感じです。


2004年09月05日(日) Simple Plan

 5日間の夏休み最終日、昨日からずっと降っていた雨は、今朝もまだ降り続いていた。しかも、時折随分と勢いを強めて。
 どうしてか朝5時30分くらいに目が覚めてしまって、しばらくの間ベッドの上からぼんやりと窓の外を眺める。休日に早く起きると得したような気分になるけれど、大雨だとプラスマイナスのどちらが大きいのだろう? と少しだけ考える。
 それからパソコンに向かって旅行中チェックしていなかったいくつかのページを覗く。
 シャワーを浴びて7時30分になってから、車で数分のところにあるクリーニング屋に行ってきた。午前7時から開いているのだ。旅行前に預けたものを取り、別のものを出す。歩いてもいい距離だったのだけれど、雨の日にはやっぱり車は役に立つ。
 そのまま、24時間営業のコーヒーチェーンの店に行く。午前8時くらいなのに(だからなのか?)店内には結構な人がいて、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいたりした。僕も新聞を手にとって、隅から隅まで見る。日曜版だけあって読書欄があったり、痛ましいテロのニュースがあったりする。
 新聞を読み終わってから、コンビニに寄って部屋に帰った。

 今日は基本的に部屋から出ない予定でいた。
 夏休み最後の一日は、これからの計画を煮詰めることに使おうと思っていたのだ。昨日のDaysにも書いたけれど、旅のなかで考えた30代にこうしようというようなことを、もう一度ゆっくり整理しようと思ったのだ。
 その作業には結構時間をかけた。もちろん、まだ全部終わっているわけでもないし、適時修正を加えていかなければならないものだけれど、それでもこれからどうしていきたいかとか、自分にとって何が大切なのかとか、そういったことをゆっくりと机に向かって考えていた。

 その間乾燥機まで回して洗濯もしていた。普段は洗濯だけにしてベランダに干すようにしているのだけれど(その方が気持ちいい感じがするし)、雨の日にはやっぱり乾燥機能が重宝する。4時間ちょっと、ずっと回っていた。

 別に30代になったからといって特別なことをするわけじゃないのだけれど、それでも言葉にしてみると結構具体性を帯びてくるのでいいかなとは思う。どこまでできるのかはわからないけれど、それでも仕事の面でもプライベートの面でもいくつかの目標をあらためて確認し、頑張ろうとは思えた。誕生日までまだ時間があるので、今日の原案のようなものをさらにつきつめていきたいと考えている。
 長いスパンで考えていくために、ゆっくりと計画を立てること。
 そういうのはやっぱり気持ちのよいことだとは思う。


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 お知らせ

 明日からは仕事で、休ませてもらった分頑張るのです。


2004年09月04日(土) Decade

 久しぶりの更新。
 更新が途絶えている間の出来事は、中華料理を食べに行くの巻(帰宅2時で翌日仕事……)、部屋に人が遊びに来るの巻(帰ったのは午前3時で翌日仕事……)、睡眠不足のまま2泊の出張に行くの巻、出張から帰ってきたら遅い夏休みスタートで2泊3日の旅行に行くの巻となんだかいろいろだ。もちろん、もっと整理して説明するべきなのかもしれないけれど、Daysは個人的な日記のようなものなのだから、ごちゃごちゃしていてもまあいいかなとも思う。ちゃんと整理してまとめるのは仕事だけにまかせるとして。

 それでもまあ、ちょっとずつ触れると、

「中華料理を食べに行くの巻」

 以前からいい感じの店なのだと言われていた店に出掛けてくる。思わずまたかと言ってしまいそうな個室の多い雰囲気のよい中華料理の店で、春巻とか飲茶とかがとてもおいしかった……。

「部屋に人が遊びに来るの巻」

 眠い……

「睡眠不足のまま2泊の出張に行くの巻」

 いくら体力が落ちたといってもそこは気力でカバー。ただ、体調の波がちょうどよかったのか3時間くらいの睡眠でも意外と(たまたま?)眠気があまりなく、行き帰りの飛行機のなかで以前読んだ『プロフェッショナルの条件』(P.F.ドラッカー著。ダイヤモンド社)を通しで再読する。最近は仕事に関する本(流通業や小売業の理論書っぽいやつ)を部分読みばかりしていたので、逆に新鮮に感じられた。ドラッカーの本は数冊(5冊以上10冊未満くらい)しか読んでいないけれど、それでも読むともっとつきつめて考えないとなと思わされるのは相変わらずだ。

「2泊3日の旅行に行くの巻」

 本当は夏休み(水曜日から日曜日までの5日間)にはいま書いている長編小説『Wonderful World』(仮称)をちょっとこもりぎみに書こうと思っていたのだけれど、ちょっと思うところがあって学生時代の友人と会うためだけの旅行に出掛けていったのだ。
 1泊目は博物館で働いている友人と飲んで、2泊目は別の町に移って県庁で働いている友人2名と飲んできた。それぞれ5年ぶりくらいで、けれども久しぶりに会ってもすぐに普通に話すことができて、そういうのが学生時代の友人なのかなとぼんやりと思う。もちろん、それぞれの子供の話を聞いたりもして、そういったところには歳月を感じたりしたのだけれど。


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 今回、思うところがあって昔の友人に会う旅行に出掛けてきたのだけれど、個人的にはもうひとつの目的もあって、学生の頃住んでいた町をこのタイミングで見ておきたいということがあったのだ。僕は今月30歳になるのだけれど、以前から30歳になることをとても楽しみにしていたのだけれど、その一方ではやっぱりこれは大きな節目なのだから前を向くためにもいろいろと振り返ることが必要だとなんとなく(漠然と)考えているところがあったのだ。もちろん、以前村上春樹のエッセイの中に正月から書き始めた日記は続かないというような文章があって、それも確かにそうだとは思うのだけれど、それでもやっぱりこういうきりというものは大切じゃないかとも思えていたのだ。
 そして、今回は5日しか夏休みを取ることができず(しかもそのうち1日は用事があり)、だったら漠然と思っていたそれを実行するにはちょうどよいのではないかと思えたわけでもあった。いまでは国内ならなんだかんだですぐに行くことができてしまうし、ハイシーズンでもないのでホテルだって全然空いている。ということで、そういった漠然とした感情が現実的に折り合ってほとんど思いつき同然で旅立ってきたのだ。

 町自体は4年ぶりくらいだった。卒業してからは8年くらいになるのだけれど、以前友人の結婚式に来たり、仕事で近くまで来たときに足を伸ばしてみたりしたことがあったからだ。ただし、そのときにもついでという感じだったためにゆっくりと散策をしたりすることはできなかった。だから、今回は朝早くに部屋を出て、13時頃には町に到着するようにしていた。会う約束をしている友人の仕事が終わるのが17時過ぎなので、それまではたっぷりと時間がある。それで、駅前のホテルに荷物を置いて、タクシーでまずはかつて自分が住んでいたエリアを目指した。
 タクシーの窓から見る景色は変わっている部分も多くあったし、変わっていない部分もたくさんあった。けれども古い町なので、様々な変化も絶え間なくて大きな何かが飲み込んでいるみたいには見えた。表面で何が起ころうとも、町の地下にある心音のリズムのようなものは間隔を変えることはないとでもいうような。
 学生時代に住んでいた部屋の近くにある商店街の入り口でタクシーを降りた。コンビニのチェーンが変わっていたり、学生たちの行きつけだった飲み屋の店名が変わっていたり、その一方で人気のあった個人で営業しているお弁当屋は相変わらず営業を続けていたりと、様々な風景が歳月を感じさせた。卒業してからも友人の結婚式などで訪れたことのある町ではあったのだけれど、自分の住んでいたエリアには足を踏み入れたことがなかった。どうしてかはわからないのだけれど、駅と目的地の往復に終始していたのだ。なんとなく、当時はまだ生々しすぎたのかなと感傷的に思う。もちろん、たまたまなのだけれど、いまとなって思えばそんなふうにも思えるわけだ。

 商店街を抜け、学生時代にアルバイトをしていたカラオケ屋がまだ潰れていないのをみて驚く。ちょっと覗くと全然知らない人がカウンターにいたので(8年くらい経っているので当然のことだけれど)、そのまま目の前を名残惜しく通り過ぎる。
 それからもう少し歩いて、当時住んでいたアパートの路地に入る。うわ、と思った。アパートはリフォームされていた。しかも、かっこいいリフォームでもしていればいいのに、なぜかアイボリーだった壁が水色に塗られており、あんまり趣味のよいとはいえない姿を周囲に浮かび上がらせていたのだ。
 もちろん、別に昔のままの姿を求めていたわけでもないし、郷愁だけを感じたかったわけでもなかった。けれども、その狂った芸術家の失敗作のようにリフォームされたアパートは、なんだかシュールな現実っぽくて笑ってしまった。路地から2階の一番奥にある4年間住んでいた部屋を見上げて、リフォームついでにエアコンもつけたんだと思いながら、しばらくしてから元来た道を戻った。そして、昔大学に通っていたのと同じ道を通ってゆっくりと歩いた。大学まで徒歩で約10分くらいのところに住んでいたのだけれど、歩いているとなんだかとても懐かしく思えた。途中、何度か振り返りながら、学生時代には数え切れないほど歩いたり自転車で通り過ぎた道を何年振りに歩いてみた。

 まだ時間はたっぷりあったので、そのまま学生時代の恋人の住んでいた学生用マンションの方まで足を伸ばしてみることにした。なんだかそういうのってちょっと感傷的過ぎるかなとは思ったのだけれど、今回の旅行自体のテーマがいろいろと振り返ることなのだからと思い方向を変えて歩いた。
 やけに急な坂を下り、しばらく歩くと左手にピンク色の3階建ての建物が見えてくる。それもやっぱり随分と懐かしかった。他にも付き合っていた人はいたけれど、3年弱付き合っていたので、そこに住んでいた人が学生時代を振り返ったときには思い返されるのも当然のことで、すごく懐かしい感じがした。ただ、そのマンションは1つの階に10くらいの部屋があるのだけれど、彼女が住んでいたのが2階の左から数えて何番目の部屋だったのかを正確に思い出すことはできなかった。当時、いつも自転車置き場に自転車を停める前に、彼女の部屋の窓の明かりがついているのを確認していたというのに、いまではもう何番目の窓なのかということさえ思い出せないのだ。
 それは自分でもちょっと驚いたことだった。もちろん時間は経っているし、思い出が純化されがちなものだということもわかる。それでも、歩きながら、見たらそれくらいはわかるだろうと思っていた。けれども、全然どの窓かという自信が持てなかった。なんだか、自分が意外と薄情であるのだとつきつけられたような気がして、少しだけショックを受けたりもした。

 まあ、もちろんだからと言って落ち込むこともなくしばらくなんとなく眺めてから、そのまままた歩き始めたのだけれど。
 次は、町の中心地を目指して歩いた。歩くと結構距離があるのだけれど、まあいいかなと思いそのまま勢いで歩き続けた。夕方友人に会ったときに歩いた距離を話すと、「歩きすぎだろ」と呆れられるくらいに。けれども歩くことは好きだし、なんとなくそういう気分だったのだ。懐かしい町の、懐かしい通りや路地を黙々と歩きたいような。

 町で一番大きな商店街を歩き、学生の頃に頻繁に訪れていた大きな書店に入り、大きな公園を休み休みゆっくりと横切る。その間、昔のいろいろなことを思い返していた。もうしばらくこの町の光景を見ることはできないだろうから、記憶の中にあったこの町のイメージと、実際に見ている実像とを重ねて、記憶を補正してやらないとと思っていた。記憶は本当に放っておくとどんどん純化していってしまう。だから定点観測的に記憶をあるべき場所に、現実的な場所にちゃんと戻してやらないといけないのだ。

 そして、友人との待ち合わせの時間が近付く頃には、大分記憶の補正ができているような気がしていた。現実から乖離しつつある記憶に、新しいロープを放り投げて再び現実と結び付けてやること。繋がっていること。
 大切なことはたくさんあるけれど、きっとそういうことも意味があると思えばやっぱり意味があるのだろうし。

 友人と合流した後はまず友人の家に行き、2歳の娘を見て、友人に子供がいることに当たり前のことながら改めて驚く。それから飲みにいき、翌日には別の町で2人の友人ともやっぱり飲みに行った。なぜか公務員をしている友人が多いのだけれど、その畑違いの仕事の話を聞いたり、自分のことを話したり、家族のことや他のメンバーの近況のことなど、いろいろと言葉を重ねた。けれども本当に時間を感じさせなくて、まるで毎月定期的に飲んでいるメンバーとでも言えるような感じだった。さっきも書いたけれど、何年のブランクがあっても、最近まで会っていたような親密さで話ができるのが学生時代の友人のお約束なのだろうなと思う。


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 今回の旅行中に3冊本を読んで、2つの映画を観た。
 本は、『巡礼者たち』(エリザベス・ギルバート。新潮社)、『いくつもの週末』(江國香織。世界文化社)、『パーク・ライフ』(吉田修一。文藝春秋)で、映画は、『サンダー・バード』と『ヴァン・ヘルシング』。
 今回はビジネス関係の本は持っていかないということにしていて、しかも『巡礼者たち』と『いくつもの週末』は再読。なんとなく以前読んで印象に残ったやつを読み返したい気分だったのだ。
 映画は、時間があったやつを見た。ただ、はじめての経験をしたのが、『サンダー・バード』は自分しか観客がいなかったのだ。それほど大きな映画館ではなかったのだけれど、はじまるまで結局誰も入ってこなくて、そのまま一人で映画を観た。これはもし僕がいなかったら上映はしなかったのだろうか? とか、ものすごく大きなホームシアターのような気分だとかいろいろと思っていたのだけれど、旅行中に入った映画館でたった一人きりで映画を観るなんてと不思議に思えたのも事実だ。いままでたくさん映画を観てきたけれど、たった一人きりというのははじめてだった。内容の方は、いや、ええと……

 帰りは大宮に寄って、街をぐるりと回ってみた。いままで通り過ぎることはあっても、ちゃんと回ったことがなかったからだ。
 久しぶりに洋服も買って、『ヴァン・ヘルシング』も観た。初日のせいか結構人が入っていたのだけれど、個人的にはちょっとなぁ……という印象。でもたぶん続編も作られるのだろうなという感じでもあった。『ボーン・アイデンティティー』にも続編ができるのだから、それはまあお約束なのだろうけど。
 そう、映画を観る前にジュースを買ったら、お釣りのところに小銭が山ほど入っていて、自分のお釣りの分を抜いて係員に渡した。「自動販売機のお釣りのところに入ってましたよ」と言って。
 誰かの取り忘れのお釣りに当たるのもはじめてだった。
 なんだか、そういうささいなちょっとしたことがたくさんある旅行でもあって、妙に印象深いところもあった。


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 個人的には、(Daysには書かないけれど)他にもたくさん思うところがあって、いくつかのことを書き残すこともできて、いいきりにはなったかなという気はする。30代をよりよいものにするためにも、頑張るためにも、今回の旅行はちょっとしたアクセントになった感じだ。


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 お知らせ

 アクセスカウンタが30000を超えていました。いつも遊びに来ていただいているみなさん、ありがとうございます。


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