| 2005年07月31日(日) |
もはや神の領域だな。 |
日課のオナニーをするのにネタがマンネリ化してきた。 (まぁ、日課というほど暇ではないのだが) すると、今日は快感をすごく客観的に捉えることが出来てしまった。 きっかけは「AV女優って演技してるんだよなぁ」とふと考えてしまったことなのだが。
女の人の快感ってどんな感じなのだろうかと考えてしまった。 フィニッシュに向けて高まっていくシーンを見てて、男は射精感が高まる=快感とインプットされているので、実際に快感を感じている必要はないのだ、と思いついた。 それが今日の僕の状態。 もはや棒を擦っているだけ。 その先に射精があるから単なる刺激を快感へと脳内変換できる。 たぶん、男が感じる快感の原理ってそうなのだと思う。 なので、マンネリ化してつまらないネタでもいちおーはヌケる。 とりあえず生理現象として勃起して射精すれば落ち着く。 でも、女の人ってそうじゃないよね? よくわからんが。 よくわからないので女性の快感について色々と考えながら擦ってたら、頭だけが冷静になってて、ついでに自分の状態についても客観的に見えてしまった、という罠。 たぶん、ネタのマンネリ化も頭が冷めていた原因の一つかも。
そこで一つ思ったのが、女にただ演技しているだけの何も無いセックスの時間を過ごさせるような男にはなりたくないな、と。 セックスは別に嫌じゃないけど好きでもない、という女性を生み出すような男にはなりたくない、ということですな。 二人の人間がせっかく時間を潰して一緒に居るのに、相手に無駄感を残すのは人としてダメだよな、とか思ってしまう。 でも、そんなこと言ってたら人付き合いなんて出来ないよな、とも思う。
そこで間に飛躍があるような気がするのだが、職場恋愛もいいなぁと思った次第であります。 とりあえず男と女が付き合うのは、それだけで面倒なことなのだから、様々な手間を省くために近場で見つけるのは効率的に良いのではないだろうかと思ったようです。 まぁ、職場によると思うが、近すぎず遠すぎず、なかなかよい距離感ではないのだろうか?
さてさて、今の僕はそうなると客観的には選びたい放題の状態。 バイト先の男女比は1:7。店長を入れると2:7 でも、まあ僕も人ですから好き嫌いがあります。 ってゆうか、K村氏の前例があるので、選択肢は非常に狭まります。 まず、M氏は絶対に無理。Y氏もたぶん無理。 実はN氏もかなり微妙。 がんばるとK村氏の二の舞になる可能性があります。 その過ちを繰り返すのは非常に相手に失礼だと思うので、よほどのことが無い限り無理です。 新人のF氏も微妙です。 あと、もう二人残っている期待のルーキーはまだ対面していないのでなんとも。 そうなると残りはT氏だけなのですが…。 T氏はぜんぜん大丈夫だと思います。
店長、どうしたらいいんですか? そういうことを判断する感覚を持ち合わせていないので、わかりません。 誰か、このシナリオライターを目指している毒男を助けるスレとか立ててくれませんかねぇ。
| 2005年07月26日(火) |
こうして休みはつぶれる。 |
ちょっと垂れ流しておいた方が後々楽かと思いますので、久々の語り系?日記です。
今日、7月後半の最後の休みが終わります。 これから、たぶん8月6日まで休みがないor一日くらいです。 なので、今日は髪を切って、履歴書用の写真を撮りに行って、応募用の書類を仕上げて、履歴書の書き方をちゃんと調べて書いて、などと予定を立てておりました。 そうすれば7月末までシナリオライターを募集しているあかべぇそふとさんに応募できるので。 ついでに広報を募集しているLittleWitchにも応募しようかと思っておりました。
で、実際の今日。 朝、シャワーを浴びて髪を切る。(いつものように兄はまだ就寝中) 僕が髪を切っている時に起きてきて、11時頃に工場へと向かいましたとさ。 で、髪を切って少しだけ早い昼食をとったあと、給料が入ったので家に入れるお金や振込みなどを済ませるために銀行へ。 その後、工場のパソコンの調子が悪いと言うことで工場へ。 原因不明のトラブルで解決策が思いつかず、OSの再インストールへ。 仕事上の大事なファイルを保存するためフラッシュメモリーなどを買出しへ。 ファイルをバックアップ後、再インストール。 トラブル解消後、帰宅するもすでに午後8時。 夕食をとったあと、犬の散歩。 ぶっとうしの作業が祟って二時間ほど仮眠。 で、午後11時になる。
さて、今から履歴書用の写真をとって、履歴書を書いて、応募用の書類を用意して、そうそう、7月末にはゲームのプロットとイベント絵の発注を済ませないといけないので… って、できるか!
ってゆうか、なんで俺が工場のパソコンの管理を「タダ」でせなあかんねん? お前がやればええやんけ、くそ兄貴。 お前が朝早くおきて暇な午前中にパソコンの勉強したらええんちゃうんか? 車も治せん、経理も出来ん、パソコンも扱えん。 営業と称して知り合いのつてを適当に辿るだけ。 そんなんで親父が死んだらどうやって飯食っていくつもり? お前のような生き方は努力しているとは言わんのじゃ。
俺らはお前らが遊びまわっとった中学時代から十年以上、こうなるように努力してきたんじゃ。 俺が働けば金になる。 けど、お前の働きはたいした金にならん。 その現実を受け入れられんお前はくずじゃ。 それでも家族だからタダでパソコンの面倒見てやっとんじゃ。 休みを削ってでも。 それをさも当然と言う顔をするな。 感謝してるなら自分で勉強しろ。 「頭が悪い」は無能な人間のいい訳だ。 こっちは頭が良くなるように努力してきたんじゃ。 努力は才能じゃない。 努力しようとすれば、いつかは努力できるようになる。 それをせずにご大層な御託ばかりならべるお前はいつまでたってもくずじゃ。 俺はそのうち一人で飯を食うようになるけど、あんたマジでどうするつもり?
さて、愚痴はそれくらいにして、僕も身の振り方を考えないと。 今の実家は本当に良いものが書ける環境ではない。 でも、実家を出るにしても先立つものが… ちょっと焦りすぎなのかもしれず。 と、唐突に終わってみる。
いきなりだけど、TKSK君はこの日記見てるの? 誰か彼に確認してください。
それはともかく、彼の小説(新作)を読んでみて、彼にはずっとアマチュアで書き続けて欲しいなと思ったのですよ。 色んな意味ですごく同人向きの良作だよね。 商業にすると良さが消えるよね。 と偉そうに言ってみる。
僕とは違ってちゃんと小説を書いてるし。
よくわからないから書いてみることでわかろうとしている僕とは違って、彼は最初から小説を書くことが目的だから、ちゃんと小説なのね。 と思う。 TKSK君のような人たちが文芸の底辺をちゃんと支えていてくれると、文学も成立するかもしれないですね。
近況を少し。
最近、停滞気味です。 久々にシナリオで行き詰っています。 プロット段階でネタが浮かばずにスランピングです。
後はいつものパターン。 環境が煮詰まってきてるのだろうと思う。 でも、これはもうすぐ変化が訪れるのは決定しているので、何かしら動き出すのだが。 でも、たぶんこのイライラの原因は、自分の思う方に動いていないことが自覚できるからだろうと思う。 このままではいけないことがわかっていて、でも、それじゃあどうすればいいのかわからない。 でも、がんばればこの先に何かあるような気がする。 要するに臨界手前で足踏みしてるわけでしょう。
ところで、環境の変化について具体的に少し。 今度、バイト先に人が増えます。 夏の間の短期バイトの人が増えます。 三人、採用したようですが、三人中三人が女性です。 これで彼我戦力差は7:2となります。 バイト間彼我戦力差は7:1です。 世に言うハーレムです。 いや、べつにはべらしてはないですが。 個人的にはなかなかオイシイというか、なろうと思ってなれるシチュエーションではないので、これもライターとしては良い経験か?と思います。 まぁ、無駄に基準の高い僕にとっては、それほど選びたい放題というわけでもないのですが。
ところで、今日は電車男のドラマを見ていました。 で、思ったのが「恋がしたい」と。 まぁ、例によって本気で人を好きになることはまずあり得ないので、単純に恋がしたいと思います。 恋愛アドベンチャーのネタを考える日々に若干疲れてきたのかもしれませぬ。 なんか、日々の生活にそういう潤いがあってもいいな、と思いまする。
明け方の静けさのなかでワイヨリカを聞くと、胸にじんと来たりします。 今はそんな感じがいいのですが。
自分が作ったキャラが絵になるのってすごく興奮する。 それは僕が文章書きで絵を描かないからなんだけど、自分の想像が現実になるような感触で、とても興奮する。 しかも、その絵がイメージに合致していると余計に興奮する。 自分がキャラクターを生み出したような気になれるのだ。
といっても、まキャラを絵に起こしてもらったのはまだ二作だけで、しかもそれは両方とも製作途中なんだけど。 むしろ、まだ経験が少ないから興奮するのだろうとも思う。 じきに慣れて感動は薄れていくだろうから、今のこの感動を言語化して記憶に留めておきたいと思った。
我が家に液晶モニターが来た。 これ(MDT191S)です。
今まで使っていたIBM製21インチCRTがくたびれてきていた、というのもあると思いますが、第一印象は「明るい!」「黒が黒い!」という感じです。 グレアパネルなので、本当に黒が黒光りしています。 そして、コントラスト比700:1は伊達じゃない。 めちゃめちゃ明るいです。 めちゃめちゃキレイだし、動画を見ても残像でないし。 テレビも普通に見れるし。
ただ、画面がぴかぴか過ぎて単にテキストを打つときは映り込みが若干気になるような気もしますが。 どちらにせよ、奥行きが50センチから20センチになったので、レイアウト幅がぐんと広がりました。 これでディスプレイの大きさを気にせずに部屋を組み立てられるぞぉ。 と思ったりしています。
例の明徳の子のミラーサイトから引用。 (彼の人生論らしいです)
この世、この世界自体には意味はなく、 故に、基本的には全てのものにおいて意味は存在しない。 意味とはある限られた視点、条件の中でのみ発生し、 それは後から付けられた、存在や価値観の認知や肯定 のためのものである。 従って命や人生というものも基本的に意味はなく、 (それらに対して意味という言葉が用いられる場合は、 一般的に、社会内においてまたは生物学的な本能においてなどを前提として用いられる。) 生きることに対して義務的なことを感じる必要はない。 また、全ての行動において責任をとる覚悟と能力が 有るのならば基本的には全て自由である。
たぶん、言葉にすると僕も同じことを言うはずなんだけど、どうして僕は彼の方へ行かないのだろうか。 いったい、彼と僕の何が違うのだろうか。
仮説�〜佇�向性の欠如 彼の日記を読んでいて感じた疑問の一つに、彼は自分のメッセージの受け手をイメージ出来ていたのだろうか、ということがある。 僕がこの日記を始めたとき、具体的に氏名を挙げられるような明確な対象があった。 当時、僕の周りに居た人たちが読むことを意識して僕は日記を書いていた。 それは今でも同じだけれど、これを読む人たちがいて、どれだけ好き勝手書いているように見えても、ここにある言葉は全て僕の中で吟味されて選ばれた言葉なのだ。 読み手に対するメッセージとして機能するように、自分が書きたい言葉と相手が理解できるであろう言葉がいつもせめぎ合っている。 もしかすると、彼にはそれがなかったのかもしれない。 彼がメッセージを届けるべき相手を想定できなかったために、彼のメッセージがメッセージとして機能しなかった可能性がある。 そうなると原理的にそこにコミュニケーションは存在せず、他者を認識することは出来ない。 認識できない他者は他者ではなく、殺すことも容易かもしれない。 と、この方向で議論を組み立てられるかもしれない。
日記、6月を読み始めました。 ここまでくるとさらに思う。 やっぱり、この日記って誰も読んでないよな、と。 僕が書いているこの日記のように、自分の書いたことが読み手に伝わって、読み手から何かしらのフィードバックがある、という営みがないような気がする。 そこは彼と僕との相違点の一つだと思う。
ところで、もしかしたらものすごく重要なことかもしれないけれど、彼ってちゃんとオナニーしてたんだろうか? 日記を読む限り彼女はいないようだし、趣味も健全なものばかりで欲望を純粋に消化しようと躍起になっているし。 家の仕事を手伝ったり、学校が嫌いだったり。 17歳そこらの高校生がそんな生活、オナニーでもしてないとやってらんないと思うんだけど。 彼の不健全な部分って、殺すとか死ぬとかそればっかりでもっと直接的に性的なことがあった方がいいような気がする。
つまり、彼には「カウンター」がない。 これは僕の人生のモットーの一つなのだが、必ず反対勢力は必要だと思うわけだ。 カウンターカルチャーのカウンターですね。 何事も反対勢力がなければ濁り、淀む。不健全になってしまう。 カウンターの存在が全体に緊張を与え、健全な姿勢を保つことが出来ると僕は思っている。 だから、組織の中でその役がいなければ僕は進んでカウンター役になるわけだが。 彼にはそれがないような気がする。 だから健全なバランスを保てないのだ。 傾倒したとき、引き戻す逆向きの力がない。 そして倒れる。 健全と不健全の絶妙なバランスが本当の健全を保つ。 だから、カウンターは必要なんだ。
僕がいうオナニーは写真とかインテリアとかいう健全な趣味に対するカウンターのことです。 嫌な人間関係のカウンターとしての良い人間関係。 それらのバランスが取れなくなったから、戻って来れなくなっちゃったんだろうか、とこれも仮説の一方向性として可能性があるような気がする。
例の明徳義塾の生徒のサイト、ミラーを少しだけ見ました。 たぶん、僕はあれをちゃんと見るべき位置にいる人間なのだと思う。 この日記をずっと読んでくれている人なら、僕が言っている意味がわかると思う。
たぶん、僕なら彼の日記に共感できるし、あれを理解できるはずだ。 僕は彼に近いはずなんだ。 だけど、僕と彼はおそらく決定的に違う。 最後の一線で大きく違う。 でも、どうして僕と彼が違うのかがわからない。
彼と遠い人にはわからない。 彼と近くないとわからないことがきっとあるはずだ。 僕はそれを真剣に考えるべき立場にいるのかもしれない。 大塚英志が宮崎勤の公判を見守ったように。 僕は彼と自分のどこが同じで、どこが違うのかを考えなければいけないのかもしれない。
こんなことを言っている奴はネット上に腐るほど出没していることだろう。 僕もそんな便乗犯の一人になってしまうだろう。 だけど、何年も自分なりに考えながらウェブ日記を続けてきた僕だから、たとえ僕の言葉がマスコミやありふれたネット上の糞な言説と同類になったとしても、やらなくちゃならない。
だから、僕は"あえて"今回の日記を書く。
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