これを読んでいると作者が自分とすごく近い所に住んでいる匂いを感じる。 小学生の頃はマガジン派で「特攻の拓」を通じて立派な?バイク好き少年に育った。 中学生の頃は図書館に入り浸ってGP出版の本を読み漁った。 あの頃は月刊自家用車も読んでいたし、オートファッションも読んでいた。 他にはオートバイやヤングマシンも読んでいたし、CGを読んでエンスーぶっていたりもした。
だから、高校に上がる頃にはすでにガソリンとディーゼルとロータリー、それから2ストロークエンジンの仕組みは理解していたし、乗用とスポーツ用でセッティングやチューニングの違いがあることも知っていた。 だから、同じ2Jでもスープラとマーク�兇任老深阿�同じでもセッティングが違うだろうことは知っていたし、ついでに2Jってボアストロークがスクエアーだったと記憶している。 つまり、僕は暇な中学時代にショートストロークとロングストロークの特性の違いをピストンスピードの点から説明出来るようになっていたわけだ。 そんな中で僕の興味はフォーミュラーカーよりもツーリングカーに向いていった。 やはり、ルールの縛りが強いモータースポーツより、何でもありのツーリングカーに魅力を感じたのだろう。
僕が高校の頃とを言えばツーリングカー全盛期。 ルマンはもとより、日本ではGT選手権が始まり、ドイツではDTMというハイテクツーリングカーが頂点を極める。 DTMでは確かムービングウェイトが導入されていたと思う。 コーナーや加減速に合わせてウェイトが自動で動くという、ウェイト版アクティブサスペンションみたいなものだ。 ちなみにルマンでマクラーレンF1-GTRの対抗馬としてポルシェが投入した911GTRは当初はフロント回りのフレームがボクスターと共通でサスペンション形式もストラットだったというのは、高校生ながら驚いたものだ。 思えば僕はあのころからポルシェの異様さに気付いていたのかもしれない。 僕はとにかく"特異な機構"が好きだった。 だからマクラーレンF1には興奮したし、F1で禁止になったターボやグランドエフェクトに興味を覚え、グループCに何かを感じた。 その中でもポルシェはいつも特異だった。 特にダウアーなどから保安部品を取り付けて市販された962などは、ポルシェのくせに水冷の水平対向エンジンを搭載していて、いつかは乗ってみたいと思っていた。 可変トルク配分式4WDの959にも興奮した。 あれはヘッドだけでも水冷になっていたのは、「ポルシェなのに水冷!?」と子供ながらに驚いた覚えがある。 911エンジンのボアが100mmを越えていて火炎の伝播に問題があることを知ったのは中学生のときだし、もちろん、そのころからフロントがストラットなのは知っていたし、930のリアがセミトレなことも知っていた。 当然のことながら、中学生の時には4WDにも様々な方式があることは知っていて、確かスポーツカーにビスカスカップリングの4WDが流行し始めていたと記憶している。 そんな中でGT−RのアテーサET-Sは突出していた。 ちなみにアテーサは日産が4WDに付けた名称で、最初はブルーバードに搭載されていて、それはただのビスカスカップリングでGT−RのアテーサET-Sとはあまり関係ない。
おそらく、そのころの僕は「気付かれない事実」を発掘しようとしていたのかもしれない。 だから、911がいつまでもストラットなことが気になってしょうがなかったし、ホントはレシプロよりロータリーの方が燃費がいいという噂が本当か気になっていた。 ルマンで優勝した787Bは他のレシプロエンジン車よりも給油回数が少なかったために優勝できた、という記事を読んだことがあるのだ。 他にも矢田部でアタックしていたFCがトランク上にリップスポイラーを付けたら180km/h以上で安定感が増したと言う記事を読んで、なるほどほんの少しの変化でも空力とは侮れないと思ったこともある。 ちなみに再びポルシェネタだが、911は確か993からだったと思うが、ウィング無しモデルでも一定以上スピードが上がると、エンジンカバーがせり上がってスポイラーの役目をする機能があったと覚えている。 まさにアウトバーンの高速走行を見据えての機能だ。 そういえば湾岸ミッドナイトでもやっていた、アンダーカバー。 車の下回りの整流をしてやろうという試み。 あれが有効なことは中学生の頃には知っていた。 あの頃にF1のテクノロジーに関する本を読んでいたので、サスペンション形式はストラットからマルチリンク、そしてプッシュロッドに至るまで違いを完璧に把握していた。 ミッドシップでもミッションの搭載位置によってはあまり意味がないことも知っていて、MR−2みたいなれアウトにするくらいならトランクアクスルにした方がよほどましだと子供ながらに思っていた。 だから、よけにポルシェのリアエンジンは意味がわからなかったのだが。 あの頃仕入れた知識は膨大すぎて、今では少しずつ失われているくらだい。 特に空力に関してはツーリングカーとは比べ物にならない。 そう言えば、大昔にトヨタがプロトタイプを作ったとき、ウィングをサスペンションアームに直付けにしてたらアームが折れて大事故になった、と聞いたことがある。 今でも強度が許すなら、ウィングはアームに直付けがいいのでは?と思ってるのだが。 F1で禁止になったグランドエフェクトは、今でもインディーカーでは採用されていて、だからインディーは400km/h出すのにF1よりウィングが小さくてもすむのだ。 高校生の頃はスーパーカーにくびったけだったので、二輪の知識はあまり蓄えていないのだが。 でも、初期のNRがアルミモノコックだったことぐらいは知っている。
などなどの前提を踏まえて湾岸ミッドナイトを読むと、作者に同じような匂いを感じるわけだ。 大田は言った。 技術的にはマーチにGT-Rのエンジンを載せることさえできる。 その中でお前はなにをするんだ、と。 膨大な知識を前にして何を思い、何を見て、そして何を見ないのか。 つまり、それは車に対する姿勢を問われているわけだ。 知識はいくらでも補給できる。 しかし、そこから何を選び、何を捨てていくか、それは姿勢(=スタイル)が決める。 僕はこの作者に基礎となる知識と、それに対する姿勢の両面から同じような匂いを感じるわけだ。
| 2006年02月27日(月) |
おりたりはいったり。 |
創作活動に波はつきものだ。 なので、作家のまねごとをしている僕も時に降りてきたり、時に入ったりするわけだ。
降りるとは世に言う「神が降りてきた」状態のことであり、入るというのは作品の世界に入り込んでしまう精神状態のことを言うわけだ。 降りてきたときには、その状態が続いているうちにノンストップで書けるところまで書きたい。 入っているときには、せっかく入り込んだのだから、余計な雑音で現実へ引き戻されたくないわけだ。
もちろん、その辺の切り替えを意識的に素早く出来る人になれればいいわけだし、それが職業作家というものだろうとも思う。 けれど、僕の現状は降りたり入ったり、降りてこなかったり入れなかったりを繰り返す。 つまりそれを「波」と表現するわけだが、やっぱり波が来ている時には邪魔されずに没頭したいわけだ。 それに僕はまだ未熟なので波をコントロールできず、いつそれが来るかわからない。
なので、自由な創作のためには、可能な限り「雑音」を意図的にコントロールできる環境が必要なわけだ。 ちなみに今日は少し降りてるし、けっこう入ってる状態だったりする。
思いのほか、幅広くこの日記が見られているようなので、今の僕の状況をすこしばかり詳細に記載しておこうと思います。
まず、住に関して。 再び大阪へ移住します。 独り暮らしをはじめるH本君の所で間借りします。
次に仕事に関して。 あいかわらずの無職なので、まずはアルバイトを探そうと思います。 最低限、生活費とガソリン代くらいは稼ぐ必要があるので。 そして、バイトしながら、やっぱりゲーム会社に就職口を探そうかと思います。
現在は同人でゲームシナリオや小説を書いているわけですが、短期的な戦略としてはそれをもとにゲーム会社への就職活動をしようと思っているわけです。 ただ、これは中期的な戦略に繋がる戦術でして。 で、その中期的戦略というのは、作家としてのメジャーデビューですね。 戦術的にはライトノベル作家になることが、現在最も有効ではないかと思っています。 この戦略の目的は創作活動と収入のための労働をイコールにすることです。 僕はまだ若いので、せめて20代の間は「自分の書きたいものを書いて飯を食う」という夢を追ってみたいと思うのです。 この中期的戦略の中で、ゲーム会社への就職という短期的戦略は、「どうせ生活費のために働くならゲーム会社で働いてみるのもいい経験になりそうだよね」という単純な思考に基づいているわけです。
ということで、これから数年間の予定としては、大阪でバイトを続けつつゲーム会社への就職を試みる。 それと同時並行でライトノベル作家としてのデビューを目指す、という感じでしょうか。 まぁ、未だに自分の創作のスタイルというものが見えていないので、戦術はころころと変わるかもしれませんが。 でも、おそらくここで示した中期的戦略はしばらくは変化しないかと思います。
今、最も切実な問題はどうやって家族に説明するか、ということです。 いや、マジで。
みんなはいったいどうやって自分の将来を親に説明しているのだろうか。 なんだかんだ言って世の中に現実を見ていない人はほとんどいない。 というか、世の中の大半は現実しか見えない人で出来ている。 そんな中、僕の人生はフィクションに根ざしているわけだが、さて問題だ。 これをどうやって家族に説明したらいいのだろうか? もはや説得は不可能と考えるべきだろう。
普段は難なくこなす暗闇への跳躍を、それを意識せざるを得ない場面になると彼らは拒否するわけだが、僕が再び大阪へ行こうとしていることも、彼らにとっては意味不明でただ遊びたいだけで自堕落で情けない行為にしか見えないわけで、決して暗闇へと跳躍する不安を黙って抱え込んではくれない。 なので、これ見よがしにアルバイト情報誌を「買ってきてあげたよ」と言って僕に渡すわけだ。 この土地で僕にとってメロブ以上に有意義な職場があると? 僕がとりあえず何かバイトを初めて、そのうち"ちゃんと"就職してくれれば両親としては安心するのだろうと思うけれど。
もちろん、僕も人の子なので両親を安心もさせたいし、来年には還暦を迎える父親に楽もさせてやりたいけれど、僕には僕の生き方というものがあるわけで。 その生き方とやらが見えにくくて中途半端な感じも否めないが、その実践のためにまずは大阪へ行こうと思うのだが。
僕としては最も楽でコストパフォーマンスにもすぐれ、しかもすぐに実行可能と思う方法は、きっと両親にとっては「そんなことばっかりして、いつまでもふらふらして」と言われるのだろうと思うと、ちょっと憂鬱なわけです。 でも、おそらくそうするのが今のベストだと思うので、やるにはやります。
が、どうやってこれを両親に説明すればいいのか。 それが大きな問題です。
最近のマイブーム、かつ広く一般にオススメできるマンガのご紹介です。
�,佞燭弔離好團� 柳沼行 コミックフラッパー/メディアファクトリー いちおー、NHKでアニメ化されているらしいけれど。 素朴で純粋な話を素朴な絵で描ききる良作。
�∋崑宍�子 たぶん、人によって好き嫌いはあるかと。 でも、たぶん好きな人は好き。 この人のマンガのすごいところは、何度も繰り返して読んでも面白いところ。 最後まで読んで、またすぐに最初から読み始めても面白い。 ビームで連載中の「放浪息子」は普通にオススメ。 「青い花」マンガ・エロティクスF/太田出版も個人的にオススメ。
�8ぞ紊垢�ね この人、女のなの?男が描いてるくさいマンガなのだが… それはともかく、男のゆるい妄想マンガと思って読むと非常に心地良く、甘い青春に浸れる。 最近は徐々に洗練されてきたようで、マンガとしても面白くなってきた。 自分の周辺で読んでいる人を見たことがないので列挙してみた。 最近、「かしまし」のアニメを見ていてキャラクター原案に名前が出ていて「どこが?」と思ってしまった。 「うぃうぃdays」まんがライフオリジナル/竹書房 「ラバーズ7」サンデーGX/小学館 などが最近の作品。
※余談 志村貴子は僕の中で鳴子ハナハルなみの"発見"だと思う。 たしか、ブックオフの100円コーナーを漁っていて発見したのだと思う。 そして、犬上すくねを発見した経緯も同じだと思う。 彼の場合は「恋愛ディストーション」ヤングキング/少年画報だったか。 ちなみに僕は天野こずえもそうやって「AQUA」から入った。 ちなみに最近では今さらながら「朝霧の巫女」も100円で取得。 なかなか面白いので同作者「妖の寄る家」もゲットした。 ブックオフ100円コーナーのいいところは金銭的リスクを気にせずに手が出せるところだ。 そのおかげで僕は新しい分野をかなり開拓できたと思う。 あとは少女マンガなのだが…、これはどこから手をつければいいのだろうか? 誰か助言をば。
また大阪に来ればいいと言われたのは正直、うれしかった。 大学時代、あれだけ傍若無人な振る舞いをしていて未だにフラフラしているような僕を受け入れてくれる場所がある、というのはアムロでなくてもうれしいことだろう。 そう言えば兄にも同じようなことを言われた。 サポートしてやるからバイク屋をやればいい、と。 それもうれしかった。 僕の生き方がどんなにいい加減に見えようとも、見捨てないでいてくれる人たちがいることはとてもうれしい。 この人たちは僕にとって仲間であり、家族なのだろう。
みんな、ありがとう。
僕も巣立っていこうと思う。 大学の同期もほぼ大学を卒業して就職していく。 そろそろ僕が最後になってきた。 こんな僕でも受け入れてくれた。 それに報いるために、僕も巣立っていこうと思う。
ナデシコのDVD-BOXが3月に出る。 買わねば。 EVAのボックスを買った僕がナデシコのボックスを買わないなんてありえない。 定価45150(税込)だが、アマゾンなら¥35217だ。 無職で収入はゼロだが、これは義務なのだ。 「ナデシコを買わない無職はただの無職だ」と赤い豚もおしゃっていた。 たとえ日雇い労働に赴かざるをえないことになろうとも。 これは酔狂ではない。 繰り返す、これは酔狂ではない。 では、何か? それはつまり生き様だ。 繰り返す、これは生き様だ。
アニメなどの映像作品を残す公的で有効なアーカイヴが存在しない以上、僕たちは自ら後世に残すべき作品を選び、実際に保存していかなければならない。 だから、僕のちっぽけな財力でも、せめて一つ下の世代に伝わるくらいまでは保存しておくべきだと思うのだ。 だから、僕はナデシコのDVDボックスを買う。 つまり、これは伊達や酔狂ではなく、実際的な意味を伴った"行為"なのだ。
と、少しばかり興奮気味なので饒舌に書いてみた。 まぁ、でも、せめてそういう業界を目指す人間くらいは真剣にこれら周辺の業界の将来を考えてもいいかな、とはマジで思う。
さて、この度バイトを辞めてめでたくTHE社会問題「NEET」の一歩手前まできたわけだが、これを機に再び大阪への移住を考えている。
と言うのも、メロンブックスという職場を去った以上、実家に居座り続けることは金銭的な問題以外にメリットを感じなくなりつつあるからだ。 それならば幾ばくかの生活費の節約よりも、もっと求めるべきものがあるのではないかと思う。 幸いなことに大阪ならばこんな僕でも受け入れてくれる環境があるし、就職までのつなぎとしてバイトするにしても、これからの僕にとって有意義な場が得られるチャンスも多いはずだ。
何より身近に仲間と感じられる人たちがいるのは、とても良いことだと思える。 なるべくして集まった仲間の中にいると、本来の自分が幾分もスポイルされない。 今はそんな環境の中で何かをやってみたい。
借金を背負った身で、職も無く実家を離れることはかなりリスキーだが、たぶんそんな事は些細なことなのだろう。 これは自由への扉だ。 その扉の前に立って僕はこんなにも心軽く居られる。 今はこの気分を大切にしたい。
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