駄文
蒼海 零

■■■
■■
■ (傲慢な戯言)


・・・これは、ここに書くべきことやないのかもしれへんけど・・・
傲慢ととられるなら、それも仕方が無い。そうかもしれん。
メチャメチャ嫌なことも書いてる。
せっかく祝ってやったのに、と気分を害する人もいるやろう。
それでもいい人だけ読んでな。


「おめでとう」といわれることは嬉しい。
そう言ってくれる人々の気持ちに心から感謝してる。間違いなく本気で感謝してる。
ただ、時々。何人かのふとした言葉が、私の気分を重くさせる。

私は、そんなにすごい人間やないよ?

大学の名前はたしかに価値あるもんなんやろうけど、
「私」にはそこまで言われるほどの価値はないよ。
受験っていうのは、自分の元々の実力からどんだけジャンプアップしたか、が
大事やと思う。大学名なんかどうだっていい。
私は最後の数ヶ月ですごく伸びたから(それが自分でもわかるほどに)、
たとえ今年落ちてもそれを誇りにしたやろなっていう自信がある。
確かに私かってがんばったけど、私の友達には私よりも明らかに努力して、
そして落ちていった子がたくさんいるよ。
私のまわりに、本当の私よりもっとスゴイ虚像を描いてるように聞こえるときが
少なくないよ。
『京大生』ってくくらんといてよ。
私は、私なんやから。



御祝いのことばは、ほんまに嬉しいねんで。ホントやで。
・・・・・支離滅裂な戯言でした。気にせんといてな。

2002年03月11日(月)

■■■
■■
■ (好き)


ずっと忘れていたけれど、
ずっと私の中に埋もれていたけれど、

貴方が好きだ。


名前を呼ぶだけで、こんなに簡単に思い出す。
話にのぼるだけで、鼓動が早くなる。
会いたいと強く想う。
貴方は、・・・・・・私のことなど、たぶん女の子に見てくれていないけれど。(苦笑)

会いたい。
誰より貴方に、1番会いたい。

気持ちが溢れないように・・・気をつけないと。

2002年03月10日(日)

■■■
■■
■ (言葉・・・ことば。)



底の澱んで、外壁の定かでない水槽を想像してほしい。

言葉は、そこから沸き上がる泡だ。
大小取り敢えず、水面に浮かんで弾け消える泡沫だ。

比較的浅いところであれば、泡は割りに透明で柔らかい。
喉元から沸き上がる色鮮やかな泡は、私の意思でどのようにも造り変えられる。
方言を纏い、嘘をまぶし、さも重みがあるかのように味付けできる。
浅い泡は変幻自在、ゆえに私は、少しでも聞き手の耳元に心地良く弾けるように、
透明な泡を着彩する。

しかし、水槽の深奥からじわじわと姿を現す泡は。
堅く、重く、形を取らない。
黒く、闇の欠片のように、どろどろと扱いにくい。
それなのに、決まった鋳型に嵌められない。
私がどうにか形を与え、見る物に分かりやすく在れと手を加えても、
加えた瞬間にそれは「嘘」になる。
奥底から我知らず立ち上ってくる言葉は、ひどく繊細だ。
こうして書き表せることなど、まだまだ外輪を形容したに過ぎぬのだろう。


ことば。
心からの言の葉というものは。
表すのが本当に難しく、また伝えにくいものだ。

色々と知ってしまった、進みすぎた人達は頭が良すぎた。
熟考し過ぎて、そしてどんどんと水槽は歪(いびつ)に複雑になってゆく。
奥底からの泡が、浮かび上がってこれない程に。



2002年03月06日(水)

■■■
■■
■ (現実を、生きているかい?)


「現実を生きていますか?
 僕は現実感なんてありません。よくわからないのです。
 生きていうるのか・死んでいるのか・よくわからない・・
 それでも死なないのはきっと死にたくはないのでしょう。」


とあるページで見かけた言葉。
軽い衝撃だった。
私に、そっくり当てはまる。


「私」は。
特別強い望みもない。
やりたいこともない。
臨床心理士になりたいと思い、大学を決めたのも、
この世界で生きていくには職を持つことが必須だと考えたから。
すごくやりたいから、目指しているわけじゃないの。
「何だったら、一番マシかなぁ」と思って、頭に浮かんだのが
薬剤師と臨床心理士だった。
化学があまりにも出来なくて、薬剤師を断念したのは周知の事実。(苦笑)


「私はここにいる」という確証はどこにあるのだろう。
「この世界はある」という確証はどこにあるのだろう。
いつも、いつか、夢の中へ溶け込んでいってしまえる気がする。

水の中に息を止めて漂っているとき、
自分の周りに異質な空間があると感じるでしょう?
透明なくせに半透明で、微妙に歪んだり、きれいだったり、苦しかったり・・・

私にとっての現実世界って、そんな感じ。

でも、私が死んだら家族が悲しむことを知っている。
友達も、きっと何人かは悲しいと思ってくれると思う。
だから、死にたい、とか、死のう、と思ったことはない。

きっと孤独になったら、私はいつでも夢の中の世界へ行ってしまえると思う。
それは死か、狂気か、信仰か、それとも他の何かか・・・・・

周りの他人(ひと)がいるから、私はこの世界で生きていける。
私が行ってしまったら、きっと悲しむから、だからここにいる。それだけ。
でも、それって現実感って言うの?
そこまで確かなものじゃないんだよ、これ。


自分はここにいると、思えなくなったのはいつからなのか。
それを考えると、
むしろ、自分がここにいると思えたことなどあったのか、と考えてしまう。


時々、自分の首を絞めてみることがある。
指先に脈を感じて、顔に血が上って、むくんだ様な感じになって、苦しくなる。
そのとき、少しだけ、「私はこの世界に生きている」と思う。

何度もいうけど、自殺願望はないよ。(笑)

ただ、私にはどうも、現実(リアル)に生きているという感覚が分からないのだ。




2002年03月03日(日)
≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加