2006年03月31日(金) ぼくは戦場の真っ只中にいて。
一昨日の昼から電車と高速バスを乗り継いで、信州方面へ行ってきました。大阪まで電車で行って、そこから五時間半はバスの中です。何もしなくていい、たいしたことができない時間がとても長くあることが予め判っていたので、本を多めに持って行きました。持参した荷物の七五パーセント程度は本です。
御陰さまで積ん読になっていた本を幾らか消化できました。行き掛けには再読中の「ゲド戦記」第二巻「
こわれた腕環」と第三巻「
さいはての島へ」(アーシュラ・K・ル・グウィン/岩波書店)を、帰り掛けには「
時生」(東野圭吾/講談社)を読了。何れもとてもおもしろかった。
過日、かかりつけの心療科医先生から又聞きしてきた河合隼雄先生の御説の通りにか、確かに現在再読している「ゲド戦記」は第一巻「影との戦い」よりも第二巻が、第二巻よりも第三巻が、現在のぼくにはおもしろく感じられました。はじめて読んだ中学生の頃は第一巻がおもしろかったし、いま読んでみても「あの頃のぼくが好んだ話」だと思います。同時に、「あの頃のぼく」は第一巻のような御話を書くことができたかもしれないが、第二巻や第三巻のような御話は書こうとしても表面だけを模倣したようなものにしか仕上げられなかったのだろうとも。
要はあの頃のぼくは第一巻のゲドのように根拠に乏しい自信―――客観的には過信と称される―――に満ちて、怖いもののほんとうの怖さを知らず、思慮深さに欠け、ほんとうに対面しなければならないものとの対面を避けていたのでしょう。
と、再読することで改めて確認することになりました。数年前のぼくならこれをつらいことと感じたのかもしれませんが、いまは一〇代の頃の「取るに足りないひとりに過ぎない自分」を認めることができます。それは「大人になった」ことと同義と考えていいのかどうかは、まだ判らないのですが。
「時生」はぼくにとって三作めの東野作品。三作の中で一番最初に読みたいと思っていた作品で、読了して一番おもしろいと思った作品でもあります。御話のつくり云々よりも先に、地文が軽快で読み進めやすい。ほかに読んだ二作はこれに比べて歯切れがよろしくないように、ぼくは感じたのです。
多少の大仰な表現や設定は少しライトノベル寄りとも言えなくもありませんが、ぼくは物語というものは多少大仰なことを言う方がいいのだと思っているものですから、より愉しむことができました。ひとつの小道具―――それはほんとうに手に取る道具であったり、或るいは台詞一ト言であったりする―――が幾つもの挿話を渡ってまわりまわって後にびっくり箱のように弾ける仕掛けが愉しい。
数年前に国営放送でドラマ化されて、ぼくはその紹介記事を新聞で読んで、この作品を読んでみたいと思ったのです。ちょっとファンタジックな(どちらかと言うとSFっぽい?)粗筋に引かれて。ドラマは主演がTOKIOの国分太一くんで、トキオと拓実の二タ役でした。この二タ役に無理があるのではないか、と新聞の解説には書いてあって、ほんとうに無理があったのかどうかはぼくはいまも知らないままです。生活時間帯と放送時間帯の都合が合わなくて、ドラマを見なかったから。でもTOKIOの五人から国分くんを主役に択んだのは正解だったのでは、と思います。
この頃、この作品の表題は「トキオ」で、後に「時生」と改題されました。東野氏にどのような心境の変化があったのかは存じ上げませんが、ぼくはもとの表題の方が作品に合っていると思いました。
さて、ぼくが行ったのは上の写真の御城がある街。何をしに行ったかというと、この街の大学病院の先生に診て貰いに。眼を診て貰いに行ったのですが、御世話になったのは形成外科です。眼瞼下垂の治療の名医がここにおられるというので出掛けていったのです。遠くの、行ったことがない街に行ってみたいという気持ちも勿論あったのですが。
「眼瞼下垂」とは読んで字の如く、目蓋が下に垂れていること。目蓋を持ち上げる筋肉が伸びていたりして充分に眼を開けることができない状態を言う、らしい。これになると視野が充分に取れなくて危ないというだけでなく、額や頭の筋肉を使って無理に眼を開ける状態を維持することになり、それが原因で不安症状や鬱症状をも引き起こす、とのこと。年末に別件で眼科医に診て貰ったときに「あなたは目蓋が下垂しているから……」と言われ、そのときにぼくの持病である鬱病及びパニック障害と眼瞼下垂が結びつきました。
で、眼瞼下垂の治療で名立たるM医師がおられる大学病院まで出掛けた訳です。
三〇分ほどの診察の結果―――というよりは、ぼくの顔を見るなり、M医師は診断をなさいました。診断名は「眼瞼下垂及び痙攣」。
先程述べた眼瞼下垂は目蓋を「開ける」ときの障碍。ぼくはそれに加えて「閉じる」ときに使う筋肉が、開けるときにも閉じるときにもずっと緊張している状態で、それが副交感神経に作用して、心身ともに常に緊張している状態を保っているのではないか、ということです。M医師はぼくを一見しただけで「目蓋が痙攣するでしょう?」と仰いました。専門家には直ぐに判るものなのだなあと感心しました。
眼瞼挙筋やミュラー筋などの眼の周辺の筋肉が緊張していると鼓膜も緊張するらしく、「鼓膜の緊張度を測る機械」で測定して貰うと、ぼくの緊張度は常人のほぼ二倍。これは、戦場の兵士と同じ緊張を常に保っているということだそうです。
生命を落とさないように傷付かないように常に神経を研ぎ澄ませていなければならない戦場に配される兵士。その派遣期間は短いサイクルで切り替えることになっています。長期間の緊張状態は精神面に悪影響を及ぼすからです。そんな「非常な」緊張を、ぼくは一〇年以上も続けてきたのですね。そりゃあ精神面に異常が出てきて当たり前だ、刃物を振りまわして見知らぬ人を追いまわしたりしなかっただけ儲けものかもしれない、とぼくは思いました。
二年くらい前に或る街でそういう事件が起きて、それについて或る人と話したときに「ぼくだっていつ同じことをするか判らないし」ということを言うと相手の人は「そんなことがある訳がない」と返してきましたが、ほら、ぼくがそのときに言った通りに充分に可能性があったでしょう?
……と、私信めいたことをここで言っても仕方がないのですが、とにかく、先日の当頁で少し述べたように、ぼくはとにかく常に「我慢する」という選択をする癖がついていた御陰か、他人さまに対しても自分に対しても刃物を振るうということをせずに済んでいます。
「眼瞼下垂及び痙攣」はどのように治療するかというと、手術で治します。伸びてしまった眼瞼挙筋と緊張しすぎているミュラー筋を少し切ってやると自然に眼を開けられるようになって、そうすると副交感神経の緊張も取れて鬱症状の改善も期待できる、とのことです。「期待できる」のであって間違いなく治る訳ではないのですが、腹切りに海外まで行っておいていま更何を怖れることもないのでこの手術を受ける予約を入れました。半年後くらいにもう一度国宝の御城がある街に行って入院します。二泊三日で済むそうです。
【今日の矛盾する自己】
出不精だけど旅行好き。
2006年03月28日(火) 足はぬかるみの中で。
期限を切られてしまっているものの作業に行き詰まってしまった上に、予想の範疇とは言え調子を崩して動けなくなると、これは焦るなと言う方が無理な話でしょう。
しかし、焦ったところで妙案が降ったり湧いたりする訳でもなし。
とにかく、今晩一杯は足掻いて、明日明後日ははじめての遠い街へ行ってきます。はじめての街への長旅で気持ちが切り替わって、新しい発想に巡り会えたらいいなとささやかに期待しつつ。
という訳で明日明後日三月二九日〜三〇日は当記事の更新をお休みします。まだ寒いのだろう街で、熱い何かが見つかるといいなあ。
と、自分の力が当てにできないことを実感すると形而上の存在やその思し召しに寄り掛かろうとしてしまうんだな。
【今日のずっと思っているんだけどさ】
あなたと話したい。だけどあなたはぼくがこう思っているなんて露ほどの想像もしていないのだろうな。
2006年03月27日(月) おう。
も少し年を喰ったら、「様」でも「殿」でも「先生」でもなく、名前の下に「翁」を付けて呼んで頂けるようになりたい。幾つかの意味を含めてそう思う。
ぼくはよく、「なりたい、とか、なれたらいいな、とか思っている人は決してそれにはなれない。絶対になる、と信じている人だけがそれになる」という風なことを言う。
この考えは間違ってはいないといまも思っているけれど、そこで先の発言。
こればかりは自分で「なる」と決めたところでどうにもならないからねえ。
【今日の感慨】
やっと胡麻豆腐の旨さが判るようになった。
2006年03月25日(土) 他所見をして。
昨日今日とぼくが住んでいる辺りはとてもよい御天気です。吹く風はやや冷たいものの、御陽気よろしくさわやかです。自宅近所の遊歩道には桜の木が植えてあって、その桜も開きはじめています。
この桜はソメイヨシノではなく、花弁ももっと紅くて枝も狭く伸びる種類のようです。何という名前なのかは知りません。毎年ソメイヨシノよりも少し早く咲きはじめて、少し遅くに散ります。
この写真は昨日、自転車で遊歩道を通るついでに撮りました。遊歩道を通る人の誰もが他所見をしながら歩いていて、前から来る人にまで警鈴を鳴らさないと危なくて通れない状態でした。みなさん、顔を桜の方に向けて歩くのですよ。
どの人もどの人も、みなさん桜が咲くのがうれしいのですね。他所見をしている横顔は、どれもみんなほがらかでした。
という記事を書いている今日、テレビで
紀三井寺のソメイヨシノが咲いたと言っているのを聞きました。当市でも開花宣言です。
【今日の物理的に】
力を入れて書いているときは、筆を持つ腕にも力が入っています。だから腱鞘炎になるんじゃないか。
2006年03月24日(金) 左肩に穴、右腕に穴。
定期通院日。いつものように心療科受診の待ち時間を利用して別の病院でホルモン剤を筋肉注射して貰って、心療科では検査のための採血をして貰いました。注射は左腕に。採血は右腕で。
筋肉注射の位置は看護師の教科書によると「肩峰より三横指下」。腕と言うよりは肩に注射をする訳です。ぼくが御世話になっている病院の看護師女史は冬の間中、注射直前に「冷たい手でさわるけど、御免ね」と仰いました。手が冷たいことを謝ってくれるなんて、ぼくはこの看護師女史しか知りません。
採血のときは「血管が見つけづらいそうです」と看護師女史に伝えることにしています。或る病院で採血して貰ったときに「あなたは血管が斜めに走っているから、採血の際には看護師に予めそう言うように」と言われたのでそうするようにしています。血管が見つからないというのは看護師にとってかなり煩わしいことなのだと「
おたんこナース」で読んで判って以来、それは確かに必要なことなのだと強烈に感じたので。
久々の駆血帯が何となくうれしかったり。病院の検査大好きなので。
さて、このところ心身ともに調子がよろしいので心療科の医師にもそのように話して、あとの診察時間はほとんど雑談でした。かかりつけ医先生は読書家でとても沢山の本を読んでらっしゃって、ぼくとも話が合います。今日の話題は「
白夜行」と「
ゲド戦記」。
「白夜行」については、ぼくはまたしてもドラマの初回と最終回だけを見るという失礼をやらかして、ドラマの最終話にがっかりしたことを誰かに言いたくてたまらなかったので、ここで聞いて貰いました。「雪穂は絶対泣いてはいけませんでしたよね」と。それに、「罪を犯して償わなければ悲惨な末路が待っている」という落ちの付け方は、ぼくは好きではないのです。原作が言いたかったのもそういうことではないと思うし。でも、そうしなければならないテレビ放送という媒体や放送期間の制約があって仕方がないのかな、なんて話をしました。
「ゲド戦記」を再読しているが、中学生だった頃に感じたおもしろさをいま感じられないのはどうしてか考えている、という話をすると、かかりつけ医先生はおもしろいことを教えてくださいました。臨床心理学者の
河合隼雄先生が仰ることに、「ゲド戦記」は読む人の年令層によって「おもしろい巻」が変わるのだ、ということです。
「ゲド戦記」は全五巻。主人公ゲドが生意気で功名心が強い少年だった頃から偉大な魔法使いになり、やがて平凡な老人として余生を送ることになるまでを描いています。読む人が少年期にある場合は第一巻「影との戦い」をおもしろがるし、青年期で「成人となるためのイニシエーション」の辺りで爪突いている人は第二巻「こわれた腕環」をおもしろいと言う、というように、読み手の年令が高くなるに連れ支持される巻数は後になっていくのだとか。それはつまり、読み手が主人公ゲドの心情を汲み取れるようになる過程を示しているということでもあるのでしょうか。
そういう視点も含めて再読すると別のおもしろみも出てくるかな、と萎えかけていた再読の意志が再び強くなりました。
おもしろいですねえ。これだから物語を読むということはやめられません。
【今日の太陽にほえる世代】
路上駐車の車内であんぱんを喰う背広の人を見ると無条件に「張り込みか!」と思う。
2006年03月23日(木) ピースが!
ようやくパズルのピースが揃いました。
とは言っても、ほんとうに「パズル」という遊びをしている訳ではなく、ものの喩えです。何もない(ように見える)ところからひとつの物語をつくり上げるということは、ジグソーパズルを組み立てるようなものです。但し、このジグソーパズルはピースも自分でつくらなくてはならないし、いったい幾つのピースが必要なのかがはっきり判らない状態ではじめなくてはなりません。ピースのかたちもだいたいの見当で、しかし可能な限り細かく自分で削り出さなくてはなりません。
完成図というものもなく、頭の中でおおよその図を想像しながら、必要になりそうなピースを必要になりそうな数だけつくって、組み立てます。台紙がないジグソーパズルですから簡単に組み上がるものではありません。また、組み立てるだけで終わりではなく、できるだけ継ぎ目が見えないように、もとが幾つものばらばらのピースだったことが判らないような加工をしながら組まなくてはなりません。組み立てつつちょっとした補強や装飾などもして、完成してから見て頂くときに見る人ができるだけ愉しい気持ちになるように仕上げていきます。
物語をつくる工程というのは、だいたいそんな感じのことをするものだ、とぼくは思っています。
今日の作業でようやくおそらく必要になるだろうピースを揃えることができました。これから試行錯誤しながら慎重に組み立てていきます。
非常に手間が掛かるし大変疲れる作業なのですが、何故かこれが愉しいのですね。そうでなければ幾ら仕事でもこんなに割に合わないことはしませんて。
【今日のそれは違うんじゃない?】
勇気は与えたり貰ったりするものではなく振り絞るものではないかな。
2006年03月22日(水) 求ム。
久し振りにトレーニングジムに行って動きまわると、昨日まで身体の中に沈殿していた重さや怠さが一遍に吹き飛んで、窮めて爽快であります。やっぱり動くようにできているものは、動く範囲でできるだけ動かしてやるのがよろしいようです。その点は機械も人間も同じですね。
さて、出版社に直ちに納めなければならない原稿は、今月分については月初めに立てる予定よりも早くに書き上がっていますので、今月の末日までは依頼によらないものを書こうとしています。長編です。ほぼ毎月依頼がある短編はこの数箇月の間、とてもスムースに書き上がっているのですが、長編はここ二年ほど書いていなくてブランクがあるためか苦戦しています。
短編はほぼ完成に近い状態まで書き上がった後から全体像を修正する、ということもさほどの手間にならずにできるのですが、長編となるとそれも難しくなるのでコンテを切る段階で可能な限り細部までつくり込んでおく必要があります。しかし、これがなかなか簡単にできるものではなかったりします。
御陰で、筆記具を持って机に向かってはいるものの五時間経っても机上の紙は真っ白、ということも、原稿執筆の段階に入るまでは決してめずらしいことではありません。この作業をちゃちゃっとやってしまう人も勿論いるのですが、もともとぼくの仕事が遅いせいもあり、今日も「あー」とか「うー」とか唸っているうちに午辺りからはじめた仕事が進まないままに日没を迎えてしまいました。
こういうときは自分ひとりで考えることの限界に行き当たっているときで、誰かに相談すれば短時間でするりと解決したりもするのですが、何しろ相談できる人が近くにいません。相談する相手は、勿論物語を書く人でなければ相談する方もされる方も困る訳ですが、残念ながらぼくが声を掛けられる範囲にはそういう人がいないのですねえ。
さあて、どうしたものかな。
【今日の切望】
大林宣彦監督による「サボテンとバントライン」映像化。
2006年03月21日(火) 読んだ。
実は昨日から少々体調が思わしくなく、今日も一日横になっていた。何も手につかないほど具合いが悪い訳ではなく、身体を起こしているときだけ頭重と目眩と倦怠感がある程度。何れも軽い。
原因は判っていて、先日の他府県出張からトレーニングジム定休日の今日まで各筋肉を意識的に充分に動かすということをしていないために筋肉(特に肩)が凝って血の巡りもよくなくて頭が巧く働いていないのだ。つまり単なる運動不足。身体を動かせば治る。
こんな日は無理に仕事をしても進まなくて却って気が重くなるだけだし、近頃は書くばかりで読む立場にもなっていなかったし、今日は積ん読になっていた本を少しずつ読むことにした。
二冊読了。一冊は「
白夜行」(東野圭吾/集英社)、もう一冊は「
長い道」(こうの史代/双葉社)。
「白夜行」はドラマ化以前から気にはなりつつ読んでいなかったもの。うっかりドラマの第一話を見てしまって、半分くらい読み進めたところでドラマを見てしまったことを後悔した。これから読もうと思っている人でまだドラマを見ていない人は見ないままで読了することをお勧めする。小説の結末に限りなく近い部分がドラマの冒頭に書かれていて、物語を読み解く愉しさを奪われてしまうからだ。
ドラマを第一話だけしか見ていないのに、読んでいる間中、常に武田鉄矢さんが脳裏に浮かんでぼくのイメージを邪魔した。つまりこれは武田さんが強烈に印象に残る演技を見せたということなのでしょう。その意味でドラマはよくできているのかもしれない。第一話しか見ていないけれど。しかし一クールで語りきれる御話ではない。ドラマはきっとダイジェストみたいなものになってしまっているのだろうと想像している。
ただ、ぼくはミステリという分野が恋愛ものと同じくらい苦手らしい。読んでいる間あまりどきどきしなかった。沢山登場する人物の中に共感できる視点を持った者がいなかったからかもしれない。
おもしろかったか否かを問われたら、おもしろかったと答える。でも、もっとぎすぎすした御話を期待してしまっていたので、ぼくと物語とが擦れ違ってしまった感はある。
「長い道」は主に双葉社の四コマ漫画誌で地味に活躍しているこうの史代氏のショートストーリイ作品。「白夜行」と対極にある物語と言っていいかもしれない。人の良心が紡ぎ出す滋味溢れる作品だ。
物語の味も独特でこうの氏にしか語れないものと窺えるが、画に関しても同じことが言える。スクリーントーン(模様が印刷されたシート。陰影や衣服の柄などに多用される)とベタ(黒で塗りつぶすこと)をほとんど使用しないでペンが描き出す線のみで色や影の濃淡を描ききってしまう技術は感嘆すべきものであるし、味わい深さがある。
ただ、この物語や画の味わい深さは、或る程度の年令を経ないと身につかない読解能力や感性がないと理解できないもので、だから少年漫画や少女漫画の起伏のはげしい御話こそがおもしろいと思っている人には不向きかもしれない。
何れも読んでよかった。これ等の作品は栄養素となって書き手としてのぼくを形成し、この先のいつかにぼくの筆先からその面影を滲み出させることでしょう。
積ん読本はまだ沢山あるけれど、取り敢えずは明日からまた書き手に戻る予定。
【今日の意外に】
山根くんの女装姿はなかなかかわいいじゃあないか。誰かきちんと衣装とメイクを整えてあげなさいよ。
2006年03月20日(月) ヤなガキだったんだ。
一昨日から昨日に掛けて大阪某所に出向き、自分の現在と現在から振り返ってみる過去について御話する機会に出会った。ぼくの鬱病はGID(性同一性障害)が原因なのか別のところに原因があるのか、というような質問に答えるためだ。二箇所へ出向いて何れの場所でも同じ話題が出て同じ内容を御話させて頂いたのだが、こういう話を平気で笑ってできるほど現在の自分は落ち着いているのだなと自分でちょっと驚いた。
幼い頃のぼくは一ト言で言うなら「厭な子供」だった。
ぼくの幼い頃を話すためには、先ず父親がどういう人間だったかということを説明しておかなければならない。とにかく厭な人間だった。碌な人間じゃない。
ぼくは父親を「人間だ」と表すのが厭だった。かと言って「豚」だとか「鬼」だとか「悪魔」だとか表したら、豚や鬼や悪魔を辱めることになってしまう、とも思っていた。それくらい大嫌いだった。「憎んでいるか」と問われたら否と答えただろう。憎むどころか恨んでいた。
何故そんなにも嫌っていたかと言えば、とにかく危害を加えられるからだ。よく怒られた。叱られたのではなく怒られたのである。それも理不尽な怒られ方で、「悪いことをしたから」などのまともな理由で怒られたことは皆無だったと言い切ってもいい。ぼくが悪いことをしたからではなく、父親の機嫌がよいか悪いかで怒られるか否かが決まった。
父親の機嫌がよろしくないときにほんの僅かにでも父親の意に染まないことをすれば間違いなくその場で怒られる。たとえば、何か話しかけられたけれども巧く聞き取れずに「えっ?」と聞き返す、というようなことでも怒られる。その怒られ方も怒鳴られるだけでは済まないのだ。暴力が必ず伴う。
手近にあるものを何でも投げつけてくる。硝子の重い灰皿が空を切ってきたり、食卓がひっくり返ったりした。拳骨で殴られる。左右両方を使った乱打である。サッカーボールのように蹴り転がされる。腕や脚が内出血で真っ青になった。父親の怒りが治まるまでこれが続く。
当然痛いし、怖い。何故殴る蹴るされなければならないのかも判らないまま痛みと恐怖とに耐えなければならない。父親は「このガキ!」と怒鳴るだけで何が気に入らなかったのかを一切言わないからだ。どうして怒っているのかを怖る怖る訊ねると「何で判らないんだ」と言ってまた怒られる。
できるならこんなめに遭うことは避けたい。だからぼくは、四歳になる頃にはできるだけ父親の近くにはいないことを心掛けたり、何が父親の気に障るか判らないから可能な限り喋らないようにしていた。更にはそのようにしている自分を自覚している子供らしからぬ子供だった。
言いたいことがあっても言わない。意見を求められても「よく判らない」と茶を濁して自分の意見を明らかにしない。相手の顔色を見て「笑った方がいいかな」と察したときだけ笑いたくなくても笑い、それ以外はうれしいときも困ったときもつらいときも感情を外に出さない。「何かほしいものはない?」と訊かれたら「これがほしい」でも「ほしいものはない」でもなく「別に」と答える。望むことに当たっても避けたいことに当たっても常に「我慢する」ことを選択する。
こうやって実例を挙げるだけで「厭な子供だな」と思う。もしもいまのぼくが当時のぼくをそのまま見たのだとしてもやっぱり、子供らしくない厭な子供だと思うだろう。
更に言えば、この後ぼくは「他者に読まれることを前提にした」日記をつける習慣を身につけることになる。小学校三年生だか四年生辺りからだ。ますます厭な奴だ。
しかし、これがぼくの著述能力の向上に役に立ったのは間違いない。文章はただ書くだけでは上達しない。自分以外の誰かが読んでよく判るか否かを考えながら書かなければ幾ら書いても上手な文章を書けるようにはならない。
この父親も、ぼくが二度の精神科入院を経て迎えた三二歳の秋に他界した。四年前のことだ。七〇歳を越えていて、死因は肺癌だった。癌が発病した後の父親は少しだけおとなしくなり、流石に暴力を奮わなくなった。その頃になってようやく父親とぼくとは、間に母親がいるときに限ってだけれど少しずつ話すようになった。
それを通して判ったのだが、父親はぼくをかわいがって育ててきたつもりでいたらしい。或るとき、ぼくに向かってこんなことを言いやがった。
「俺はお前に怒ったことなんかないだろう」
「は?!」と甲高い声が頭の天辺から出そうになった。よくもぬけぬけと吐かしやがったなこのジジイ、と思った。
いまでは「厭な子供だったなあ」とか「うちの父親はこんなことを吐かしましてね」と笑って他人さまに話すこともできるのだけど、当時のぼくはほんとうにきゅうきゅうと見えない狭い筺の中に手足を折りたたんで押し込められているように苦しかったのだと思う。
「だと思う」と自分のことなのに推量なのは、当時のぼくは「苦しい」とか「つらい」とか思ったことがなかったからだ。幼い頃から長い時間その状態だったからそれが当たり前になっていた。「厭な子供であること」も当たり前のことで、だから「厭な子供だった」ことに最近まで気付かなかった。
で、最初に受けた質問に戻る。ぼくが二度に渡って長期入院しなければならなくなった鬱病は、GIDが原因なのかそれ以外のものが原因なのか。
そうでありそうでない、と言えるのではないか。ぼくはそうお答えした。GID当事者であるために感じた抑圧もあるのだろうし、しかしそれよりもぼくは父親からの抑圧の方を強く感じていた。そのために社会性に乏しい子供に育ち、更にそのせいで社会の中での生活をつらく感じてもいた。原因をただひとつの事象に特定することには無理がある。沢山の小さな原因が集まって大きな結果になったのだと考えるのが妥当ではないだろうか。
窮極突き詰めてしまえば、ぼくが患った原因は「ぼくが生まれてしまったこと」でしょう、とお答えした。ぼくがこの世にいなければぼくの苦しみもこの世になかったでしょうし、それならばぼくが鬱病になることもなかったでしょうし鬱病になったぼくもいなかったでしょう、と。
でも、それは、生まれて生きる間に苦しみがあるのは、ほかの人たちも同じでしょう、それなのに鬱病など精神の病に罹らない人もいますよ、と御質問なすった方は仰った。だから、ぼくはこうお答えした。
同じように生まれても、風邪をひきやすい人なかなかひかない人、虫歯になりやすい人ならない人、日焼けしやすい人焼けない人、いろいろいます。その沢山のいろいろな人の中の、ぼくはたまたま鬱病になりやすい人だったのでしょう。
そう答えると御質問くだすった方はようやく納得なすったようだった。
ついでに言えば、ぼくは鬱病になりやすい人に生まれたこともGID当事者として生まれたことも、決して損だとは思っていません、むしろ幸運だったとさえ言えます、と付け加えておいた。これは決して負け惜しみではない。
精神科への入院は鬱病にならなければきっとしなかっただろうし、性別適合手術もGIDでなければきっと受けなかった。これ等を実体験できたことをぼくは愉しく思っているしその分人生得していると思っている。矜るようなことではないとは思うけれど、負い目を感じたり恥じたりすることでは決してないと思っている。
だからぼくは精神障碍者であることもGID当事者であることも隠さない。わざわざ喧伝するようなこともしないけど。
【今日の判断能力低下】
船越英一郎さんか萩原流行さんか、一ト目では見分けられなくなってきたよ。
2006年03月17日(金) リフレインで叫んでいる。
いまは解散してしまっているのですが、ぼくは筋少こと
筋肉少女帯というバンドの曲が好きで、高校に通っていた頃からよく聴いていました。しかしここ一〇年くらい遠ざかっていて、その間のいつだか判らない時期にこのバンドは解散してしまったのだそうです。
そんな噂も聞いていましたが特に熱狂的なファンという訳でもなかったので「ははあ」などと思いつつも遠ざかっていました。
最近、何故だか急に彼等の曲を猛烈に聴きたくなって、メジャーデビューの頃からずっと筋少ファンの友人にごっそりCDを借りてきて聴いています。筋少のヴォーカルであるオーケンこと大槻ケンヂ氏が書く詩はカルトでオカルトで、取り上げるテーマやモチーフの趣味がぼくととても似通っているのでおもしろいのです。
割りと哀しい物語をハードロックに乗せて滔々と語るので、オーケン氏は「ヴォ−カリスト」と言うよりは「吟遊詩人」なのだなあ、とぼくは思っています。
ここ数日、筋少を聴きながら仕事をしたりトレーニングジムで有酸素運動をしたりしているのですが、はげしい曲のリフレインの部分でオーケン氏がときどき「御一緒に!」という合いの手を入れるので、思わず一緒に歌ってしまうのですよ。「踊るダメ人間」とか「タイアップ」とか。
♪ダーメダメダメダメにーんげんダーメにんげーんにんげーん♪と手振り付きで歌いながら「駄目なのはおれじゃねーか」とは思いはするのですが、駄目は急には治らないのですよ。ね。
「マタンゴ」なんかはいまだに暗唱できますしね。してしまいますしね。どうしよう。
「タイアップ」という曲の冒頭では、オーケン氏が一句詠むのです。
「コアなファン捨ててもほしいタイアップ」
哀しい、哀しいよ……! アルバム「UFOと恋人」(「タイアップ」が収録されている)の裏ジャケットにコラージュされた「ロックじゃ食えん!」という言葉と思いっきりシナジーだよ!
【今日の明日明後日の告知】
3/18〜19は他府県出張のため当頁の更新はお休みします。しますったら。
2006年03月16日(木) 書くのが愉しいよ。
気が付けば二日もお休みしてしまっていましたね。毎日この頁を覗いてくだすっている律儀なみなさまには不義理で申し訳ないです。体調を崩していた訳ではなく、むしろノリノリのノリスケさん((c)オーケン氏)で、短編読切を何と二日間で仕上げてしまったり、新しく大きなマグカップを購入したり、ほんの僅かずつですが体重と体脂肪率が落ちたりしていました。
例年の自分によるとそろそろ調子を崩す頃かな、と心配していたのですが、今年の春は思いのほか好調です。すっかり安心してしまわないように気を付ける必要があります。
とても順調に仕事が進むのでこの流れを止めたくないなと思って、この頁はお休みを頂いて、詰めて仕事をしてみました。したらば予定よりも一週間ほども早く今月分の仕事が済んでしまったので、余暇を利用して今年中に書き上げる計画かつ引き取り手未定の長編のコンテをさっさと切ってしまおうと今日はがんばってみました。全然進みませんでした。
一番書きたいと思っているものが一番滞ってしまうのは、何故なのでしょうね。
【今日の気持ちいいようなよくないような】
「
ぬゅーだ」と発音してみる。
2006年03月13日(月) エントロピー?
「腹筋運動が愉しくない」というのはぼくにとっては結構重大な問題で、可及的速やかに対処しなければならないことだった。腹筋運動には幾つかの方法があって、器具を使う方法も使わない方法もある。しかし、その何れも愉しくない上に面倒なのだ。何故か。回数を多く行なう必要があるからだ。
器具を使わない方法なら、シットアップ、クランチ、レッグレイズなどがあるし、器具を使うならケーブルクランチやフィットネスホイールがある。この何れも運動に時間が掛かる。腹筋は日常で比較的よく使われる筋肉で或る程度は発達しているから、それ以上の負荷を掛けて更に発達させるには回数を多くこなさないといけない。故に時間が掛かる。
ただ……たとえばシットアップやクランチなど御馴染みの運動を想像して頂ければ判ると思うが、それ等の運動というのは単純作業である。それを五〇回だとか一〇〇回だとか多い回数繰り返すとなると、その間、頭は数を数えるだけになってしまうのでとても退屈だ。かと言ってほかのことを考えると回数が判らなくなってしまう。
ケーブルクランチやフィットネスホイールなども、器具を使った上でやはり回数をこなさなくてはならず、案外手間が掛かる。その割りに愉しくないので長続きしない。
腹筋運動を確実に効率よくこなすにはこれ等の点をクリアしなければならない。暫く考えていろいろと試案を出した中で、当面はこれでOKと思ったのが「ウエイト+デクラインベンチ」である。
デクラインベンチというのは寝っ転がると脚よりも頭の方が低くなるように傾斜がついた台のこと。これに寝っ転がって、腹直筋の場合は一〇キログラム、腹斜筋の場合は五キログラムをスタートとしてウエイトを頭部付近に手で固定してシットアップを行なう。これは結構きつい。これならほかの部位の運動と同じく一〇回×三セットで充分に効果がある。と思う。それに、きつい上に短時間で済むから退屈しなくて済む。
当面の課題が片付いたところで、有酸素運動を行なっている間(やはり身体は長い時間動かすが頭は退屈)に聴く音楽ファイルを新しくした。エアロバイクを漕ぐときに聴くから、気分よくペダルを踏むことができる曲を択ぶのが望ましい。
それだけを基準に、或る意味適当にプレイヤに入れ込んだものを今日はじめてトレーニングジムで聴いた。エアロバイクを漕ぎながら、何とも混沌とした気分になった。それは、たとえるなら、世界のすべてをひとつの坩堝に入れて熱を加えて更にシェイクしたような。
以下が無作為にできてしまった音楽ファイルの中身。
----------------------------------------------------------- ここから↓
日本印度化計画
APOLLO
BANZAI
IT'S SHOWTIME!!
SURFIN' 3000GTR
ultra soul
WAKE UP , RIGHT NOW
あいたい
さまよえる蒼い弾丸
アポロ
イタコLOVE〜ブルーハート〜
カウボーイ・ブルース
ギリギリchop
GLORY DAYS
サボテンとバントライン
スイマーよ!!
Do me
パルス
フラワー
ボクの背中には羽根がある
ミュージック・アワー
メリッサ
ROLLING BOYS IN TOWN
夏祭り
夏色
格好悪いふられ方
機械
結晶
少年、グリグリメガネを拾う
熱き鼓動の果て
僕の宗教へようこそ
恋心(KOI-GOKORO)
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何つーか、そのー、……一遍に漫画と小説を読みながら映画を観るような、それくらい頭が複雑に動きます。
アイドルポップスあり、ハードロックあり、パンクロックあり。コラージュと言えば聞こえはよいが。
【今日のそこはかとない不安】
今年の眼鏡のボウズの映画は脚本が古内さんじゃないんだ……「ベイカー街」の不安が蘇る。
2006年03月11日(土) 長い付き合い。
今朝、目覚めてみたらFAX電話からびろびろーんと紙が伸びていた。ぼくが使用しているFAX電話は旧い機種で、まだ感熱ロール紙を使用していて送信側の用紙の大きさに合わせて受信側の紙を切ってくれるということもしてくれない。
送られてきたFAXは、ぼくの身長よりも長かった。いつか、無限FAXを送ろうと企てた前科がある友人から、深夜の送信だった。
いい友人を持っているよね、ぼくは。
【今日の当選】
某アーティスト大阪ドーム8/26公演チケット確保!
2006年03月10日(金) キズモノ。
散髪して貰いに理髪店に行ってきた。八年ほど通い続けたのとは違う理髪店に入ると、還暦を過ぎているのであろう理髪師さんが二人で客を捌いていた。
ほかの客と理髪師さんとの雑談を聞いていると「一五歳の頃から(理髪師を)やってるから、もう五〇年になるなあ」と言うのが聞こえたから、ぼくが生まれる前からのキャリア。熟練も熟練。なのにぼくはどれくらいに刈るかを訊かれたときに「〇.五枚(のスポーツ刈り)はできますか」と失礼なことを言ってしまった。言ってしまってから「しまった」と思った。
仕上げ近くになった頃、席の背中を倒した姿勢になっていたときのこと。顔剃りをして貰っていた。理髪店では顔剃りをした後にいつも顔全体にクリームを塗ってくれるんだけど、やけに額の端っこの方を丁寧に指で撫でてくれる。最初は「何だろう?」と思っていた。でも、直ぐに思い当たった。
「チトマールを塗っているんだ」と。
ほら、案の定。
「チトマール」は何処の理髪店にも大抵常備されている、塗れば血が止まるという不思議な軟膏。でも、これ程度の傷なら「傷付いた」ということに気付かなければ痛みは感じないし、放置してもいいくらいだ。
これくらいの傷を付けられた程度で文句を言うほどぼくも狭量ではない。昔ながらの理髪店ではよくあること。それよりも、むしろぼくはほっとした。
五〇年もの間ひとつのことを一心に続けてきた人でも、初歩的な失敗はするものなのだ、と。それを考えれば、ぼくがときどきやってしまう失敗なんて当たり前に起こり得ることだ、と都合よく考えて少し気が楽になった。
【今日の摩訶不思議】
起きたら右手の中指だけが曲げると痛むようになっていた。手の指一本だけ寝違えるなんてことはあるのか?
2006年03月09日(木) それはともだち。
確実に筋量は増えているのに体脂肪率は落ちなくて前にも増して相撲取り体型の衛澤です。今日は近隣の書店に雑誌を買い求めに行ってきました。
レジを打ってくれたのは「アミーゴ」さんだったよ。
【今日のちょっとしたおどろき】
ボトル入りの「チョコレート効果カカオ72%」はマーブルチョコ型だった。平たいん。
2006年03月08日(水) 持ち歩く。
まいど御世話になっております
蘇芳つぐみ絵師から「携帯バトン」がかるく投擲されましたので軽妙に(うそ)回答致します。
「携帯バトン」って何だ。ほかに「据え置きバトン」とかあるのか。バトンというものはそもそも携帯できるものではないのか。
などと考えましたが、ここ一〇年くらいの間に「携帯」というサ変名詞はそれだけで「携帯電話」を意味するようになったのですね。三〇年くらい前だったら「K電」なんて省略語が生み出されていたかもね。
ということで「携帯電話バトン」と言い直してみる意固地な年寄り根性。
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Q1:現在使用中の機種は?
A1:
premini-��(SO506i / docomo)。色は黒。
昨年四月だか五月だかにはじめての機種変更で入手。 黒は人気色らしくて街中駆けまわっても何処の店も「一箇月待ち」でした。
小さくて邪魔にならなくて、折りたたんだり伸ばしたり面倒な動作が必要なくて、四角く機械らしいデザインは気に入っています。変形したり五台合体して巨大ロボットになったりしたらもっとうれしい。
Q2:現在使用中のメアドの意味は?
A2:新出医師。
眼鏡で白衣で垂れ眼で「僕」で気が利くくせに何処か鈍いという人格造形は私のハートを鷲掴みざんす。第42巻では息を呑んだけどね(ファン以外置いてきぼり)。
耳で聞いてもそうだけど、こうして文字で見ると「メアド」って恰好悪い言葉だな。
Q3:着信音は?
A3:「名探偵コナンメインテーマ」。
テレビ版の予告や劇場版のタイトルで流れるアレです。基本はこれ。「銀翼の魔術師ヴァージョン」もダウンロードしましたが、イントロが派手で吃驚するので設定しなくなりました。
仕事先など改まった態度が必要な相手からの着信は初期設定の「ピリリリリ」が鳴るようにしています。メール着信はコナンくんの「メールが来たみたいだよ」と
らいよんチャンの「ぶるるるる」。
Q4:待ち受け画像は?
A4:潜水艦が洋上航行している写真。
とある編集者氏から貰ったもの。データは手許にないのですがおそらく米軍のロス級艦。
Q5:自分の携帯で入力して、一番最初に出てきた文字を書こう!
(変なのが出てきても変えないでちゃんとかいてね!)
A5:
あ → ありがとう
い → 忙しく
う → 伺った
え → 駅
お → 思う
か → かな
き → 金曜日
く → くらい
け → けど
こ → こと
さ → 再放送
し → します
す → する
せ → 生命
そ → そうな
た → 高槻
ち → 近々
つ → 都合
て → て
と → とい
な → ないので
に → 日
ぬ → 温い
ね → 寝たり
の → のか
は → ? (はてな)
ひ → 一晩
ふ → 負荷
へ → 減らし
ほ → 方が
ま → また
み → 見られ
む → 娘
め → メニュー
も → 最寄り
や → ヤン(半角)
ゆ → 床に
よ → 予定
ら → らしい
り → 力作
る → るから
れ → 連絡
ろ → 録画
わ → 判った
を → をもって
ん → んだ
はじめて自分の携帯電話搭載FEPの辞書を改めて見るということをしましたが、変換記録として残っているのは用言の方が多いんですね。こうして一ト通り見ると直近にメールに書いた内容が推し量れると言いますか、短編が一本書けそうです。
次にまわす五人
・vodafone の桜井弓月さん
・au のまきてぃさん
・docomo の月ノ瀬りとなさん
・おそらく最後のNTTpersonalユーザのサトウさん
・vodafone のCMをしている岡田准一くん
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時間が掛かりますがこういうアンケートのようなものに回答するのは割りと好きなのでどちらさまも御遠慮なく投擲してください。郵送可。着払不可。
【今日のときどきは気を付けている】
ぼくは今日も間抜けたことを言っていますか。
2006年03月07日(火) 見てしまったので。
むかーしむかし、ではなくつい先刻或るところで「みたらすぐやるバトン」というのを見ました。「文字通り見たら答えなきゃいけない」らしいです。
ぼくが見たところには「答えないと呪います」とまでしかも強調書体で書かれていました。霊障だとか呪術の類いがほとんど効かない体質のぼくですが言葉の魔力には弱い方なので答えておきます。
ほんとうは呪っていなくても「呪います」という言葉を見た時点で「呪いますの呪い」にかかってしまうからねえ。呪われるより祝われたいよねえ。関係ない話ですが税金と祝金はとっても似ているのに意味が全然違って困りますねえ。
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Q1:今、どこに居る?
A1:和歌山県和歌山市の自宅。最寄り駅は宮前駅。
Q2:今、一番近くに誰が居る?
A2:昨年万博会場から身請けしてきた身長20cmのモリゾーさん。書類棚の上にいる。人間なら、多分階下にいる家主さんが一番近い。
Q3:今、どんな服装?
A3:全身ユニクロ(下着含ム)。
Q4:今、何食べたい?
A4:ねこまんまゴールド(「
ドラネコシアター」参照のこと)。
Q5:今、何飲みたい?
A5:きな粉牛乳。牛乳は高価なのであまり飲めない。
Q6:今、真後ろには何がある?
A6:寝台。布団かけたままたためるアレ。その向こうに書棚。300冊詰まってます。
Q7:今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?
A7:ベランダに干してある「BUZZ!!」(LIVE-GYM Pleasure'95)のスポーツタオル。トレーニングジムで使っています。目立つよ。……あれからもう10年経ったのか。
Q8:今、誰に会いたい?
A8:ぼくと会いたいと思っている人と。
Q9:その人に今伝えたいことは?
A9:あなたがいてくれて有難う。
Q10:今一番歌いたい曲は?
A10:「歌を歌いたい」とはあまり思わないのですよ。歌うのは自分の役目ではないな、と。
Q11:今頭の中でパッと思い浮かんだ言葉もしくは台詞は?
A11:「私たちの武器はうつくしいこと」
冬季五輪トリノ大会アイスダンスで金メダルを取ったタチアナ・ナフカ選手の御言葉。ロシアのセクシー大魔神がきっぱり言い放つと含蓄があります。頭から離れません。
Q12:今の体調は?
A12:窮めて好調。
トレーニングメニューを新しくして負荷も大きくして心地よい疲労感と、風呂で汗を流した爽快感と、身体に丁度よい量の食事をして腹八分目の満腹感。さあ仕事するぞー!と意気軒昂。
Q13:今どんな気持ち?
A13:しやわせ。
ほかの誰かに分けて差し上げたいと思える気持ちの余裕と沢山のしやわせがここにあります。しわよせではありません。
ルール:「みたらすぐやるバトン」なので見た人は必ず持ち帰って答えてください。だそうです。
ぼくにはちょっと多いしやわせも置いておきますから、バトンと一緒にほしいだけ持って行ってください。
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窓外はさわやかに晴れてやわらかな風が吹いています。春ですねえ。モンシロチョウも飛んでいますよ。ハタチくらいの娘さんが驕っていてもよろしいでしょうと思えますよね晶子さん。
【今日の思わぬところ】
臀部と大腿部の境いめという盲点としか思えぬ部分が筋肉痛。
2006年03月06日(月) 健在なり。
この頁の更新も滞っていました。しかし、体調を崩していた訳ではなくて、原稿を書いたりトレーニングメニューを新しく組み直したりめずらしく洋服を買ったりしていました。予め組んでいた予定が崩れそうだったので、時間を詰めて作業をしていたのです。つまり、この頁の更新に割く時間を惜しんで仕事をしていた訳です。
という近況報告。
自分とは思えない怒濤の執筆速度で短編が一本仕上がったので、予定の調整はお終いにできそうです。
割りと時間を詰めて作業していましたが、少しだけテレビを見ました。冬季五輪トリノ大会が終わって一段落ですが、冬季スポーツ世界大会はこれで終わった訳ではありません。今週末からは
パラリンピックが開催されます。そのインフォメーション番組を見たのです。
アイススレッジホッケーはアイスホッケーよりも迫力があってすげえな、などと思っていたのですが、
チェアスキーが思いのほか恰好いいということを番組を見て知りました。サスペンション部の構造なんてうっとりものです。二枚の板を履くスキーは学生時代に体験したことがあり「二度とやらねえ」と心に誓ったものですが、チェアスキーは一遍やってみたいと思いました。
これは中継を見なくては、と、いまから愉しみにしています。民放では放送がありませんが国営放送では録画中継があるようなので、それを見る時間を割けるようにこれからまた時間を詰めて原稿作業をする予定です。
……と、以上のような内容ともう少しの文章量を一時間ほど掛けて書いていたのですが、急にブラウザがフリーズしやがって未保存のまま泣く泣く強制終了させました。で、書き直したのが上の内容です。最初に書いたもののダイジェストになってしまっていますが、原文ママに戻す気力は失われました。はあ。
【今日の探しています】
「鉄道唱歌」がフルコーラスで収録されているCDはあるのでしょうか。長いよ。「ユーロ鉄道唱歌」とかあってもいいよな。エアロビクス用に。
2006年03月03日(金) ひまなつり。
今日の表題がすらすらと「雛祭り」と読めた人は、もっと文字を認識するように気を付けましょうね。漢字変換するなら「暇な釣り」でしょうな。
さて、雛祭り。
ぼくは三人姉妹の末妹として生まれました。きょうだいは姉ふたりだけで、家族のうち父親(と、ぼく)以外はみな女性です。でも、ぼくの実家には雛人形というものが一体もなく、雛祭りに関わる行事が一切行なわれたことがありません。クリスマスだって信仰心など微塵もないけれど取り敢えず鶏肉を喰う我が家が一切のことをしない年中行事というのはとてもめずらしい。もしかしたら雛祭りだけかもしれません。
五月の端午の節句には、きちんと柏餅を喰う習慣はあったのにな。
ぼくは女性として生まれてしまったけれど幼い頃からその自覚がなく、「女の子の節句」を祝わないことを何とも思いませんでした。しかし、きちんと心身ともに女の子で、乙女の年頃には焼き菓子をつくったり少女漫画を読んだりスター歌手(当時は「アイドル」という言葉はなかったのですよ)にときめいたりする女の子らしさを持ち合わせていた姉たちには、雛人形は疎かひなあられも菱餅もない雛祭りはとても寂しかったのではないかと、時折、いまはふたりとも男の子の親になった姉たちを見て思ったりします。
でも、「早く収わなければ婚期が遅れる」などとやきもきしたり「片付けるのめんどくせえ」などと文句を言ったりしなくてもいい訳だから、雛人形なんて我が家にはない方がよかったのかもしれないな、と実家にいた頃の年中行事を思い返して考え直しました。
行事と言えば「ちなんだものを喰う」ことしかしない家だったからさ。節分の豆も撒かないで喰うだけだったしな。
こんな訳で、幼稚園や小学校以外で雛祭りっぽいことをまったくしたことがないぼくですが、せっかく女の子として生まれたのだからもう少し「女の子である」ということはどういうことなのかを勉強しておけばよかったかな、と折にふれ考えています。
いまだに判らないんだよ、女の子って。
【今日の困っちゃうナ】
「のび太の恐竜2006」を劇場に観に行くか否かを葛藤中。「のび太の恐竜2006」と25年前の「のび太の恐竜」を劇場で観比べることができるのは、25年前にのび太と同い年だったぼくたちの特権なのかな、なんて。
2006年03月02日(木) 大いに結構!
冬季五輪トリノ大会が終わって、ぼくが通っているトレーニングジムは利用者が五割増し。アスリートたちの活躍に触発された俄かアスリートたちがやる気満々でやってくる。
いいことだと思う。俄か五輪ファンもそこから発生した俄かアスリートもみんな愉しくみんながんばればいい。「がんばれニッポン!」という言葉は五輪大会出場選手だけを応援するものではきっとないだろう。
ニッポン中の、がんばりたい人、がんばれる人。みんなみんながんばれ。
【今日のスーパーがっかり】
眼鏡小僧名探偵の映画第10作のメインテーマは某二人組の曲らしいよ? 二重……いや三重にも四重にもがっかりだ。勘弁してほしいのだ。
2006年03月01日(水) 中と外。
「一丁、いい財布でも誂えてみようか」とぼくはときどき考えるのだけど、その計画はいつも頓挫する。何故なら、「財布の値段よりも小さい金額を入れて持ち歩くのは何だか馬鹿馬鹿しくないか」ということを考えてしまうからだ。
「見ためが最重要」と言って憚らない人がときどきぼくの前に現れて、ぼくはその度にそれを厭だと思った。「ものごとと見ためは無関係だ」とまでは言わないけれど、もっと整えなくてはならないところはほかにあるだろう、と思うのだ。
でも、近頃その考え方も少し変わってきた。見ためは大事だ。
たとえば、現在のコンピュータゲーム。とても画面がきれいだ。「非常にリアルで緻密で美麗だ」。あのような画面を見せられてはゲームを遊ぶ気が失せる。乏しい情報をもとに物語を通して想像する愉しみを、遊ぶという行為から、ぼくから奪わないでほしい。
画面が、絵がきれいなゲームは、どれほどおもしろいのだということを教えて貰っても、遊ぼうという気にすらならない。よくできたゲームも「絵がきれいだ」というだけでさわってすら貰えないのだ。見ためは大事だ。
話し言葉がとても稚拙で、何を言おうとしているのかすら量れない人がいたとして、その人が語彙に乏しいとはあながち言えない。もしかしたらその人の書き言葉は神業でしかないかもしれないのだ。
話し言葉と書き言葉とは同じ日本語でも違う。大柄な人が大胆とは限らない。大柄な人の腕力が強いとは限らない。頭がでっかい人の智識量は標準的な大きさの頭の人よりも豊富か?
【今日の男の子だから】
ちょっと複雑なおもしろい構造のものを見ると分解したくなるのさ。「THE有頂天ホテル」のDVDを入手したら、ストップウォッチとA4用紙一ト束とカラーマーカーを一緒に買って、きっと何日も部屋にこもるだろう。