2008年11月28日(金) 哎呀。
現在一人者ですがもしも今後伴侶となる人が現れたとしても、その人に貴金属を買い与えるような人には絶対なりたくないと考えている衛澤です。
先日から幅広い分野の漫画を沢山読んでいたところ、何故だかいまだかつて一度も読んだことがない「漫画ローレンス」という雑誌(コンビニエンスストアで購入できます)を無性に読みたくなって、代金全額自腹で購入して読んでみましたら、掲載されている作品が悉くがっかりで残念な感じで切った身銭三九〇円が大残念で大後悔でガッデム!であり「おれの勤労の成果を大返却希望!」であります。
つまりつまらなかった。
何つーか「旧態依然」としていまして、何とかこの中年以上向けエロ漫画業界に風穴を開けてくれる人に現れて頂きたいところです。編集部か作家群か、何れかの年令層が高すぎるのではないかと思いました。
ひたひたと師走の足音も聞こえて参りました。本日は当月最後の定期通院日で、いつもは二時間近く待たないと会えない担当医に小一時間ほどで会うことができました。雨の天気予報が出ていましたが、降られずに済みました。今回も無事に薬を貰うことができました。有難いことです。
近隣の総合病院で受けた健康診断の結果も受け取りましたし、保健所で受けたHIV抗体検査も無事に結果を受け取りました。HIVの検査は病院でもして貰えますが、病院だと六〜七〇〇〇円かかるところ保健所では検査料一〇〇〇円+証明書料三〇〇円(書面が必要なければ支払わなくていい)で済むし、基本的に匿名で受けられます。保健所の人は親切でした。HIV感染者とAIDS罹患者の違いなども丁寧に教えてくれます。おすすめ。
こうして病院関係の用事は滞りなく済み、渡航の準備はほぼ終わりました。何れの検査結果も病院または保健所に口頭で御願いすると、海外の病院向けに英文の検査表を出してくれました。思っていたより親切な対応です。
さて、年が明けてちょっと経ってから海外の病院に手術入院する予定でいるのですが、渡航先の国が大変なことになっています。九月に政府支持団体(赤いシャツの人たち)と反政府団体(黄色いシャツの人たち)が衝突して騒動が起こったのですが、それがずっと続いていて、早晩収束するものと見られていましたが、何だかどんどん盛り上がってきています。
昨日は国際空港が詰めかけた反政府団体によって閉鎖。これ以前にも国内線が発着している空港も閉鎖されていて、かの国に入ることもかの国から出ることも儘ならない状態です。多分、年末までに国王陛下が御姿をお見せになって「やめなさい」と仰って騒動はお終い、ということになるのだとは予想していますが、スリリングな状況です。
レートが有難い数字になっているので渡航時のために米ドル(現地通貨はバーツだけど病院の支払いは米ドル)を買っておこうと当市最大の銀行に行ったらば「在庫なし」で哎呀。そりゃー安かったらみんな買うよね。
2008年11月24日(月) 読ん読。
スーパーマーケットのショッピングカート限定で早くも静電気ぱちぱちされている衛澤です。
この一ト月ほどの間、ずっと漫画を読んでいました。沢山読んだので忘れてしまわないように記録しておきます。以下に列記するタイトルは私が自分で択んだのではなく、友人が自分の蔵書から無作為に択んで私に貸してくれたものです。
---------おもしろかったので自分の蔵書に加える予定を立てた群----------
「わたしのせんせい」小川彌生/講談社
・腹がよじれて治るのに三日かかった。簡潔に言うと変身ヒロインもの?(何か違うっぽい)と言うか触手?(ほんとっぽい)
「パンプキン・シザーズ」#1〜#10(以下続刊)岩永亮太��/講談社
・ちょっとファンタジックな軍隊もの。銃だの戦車だのが出てきて小柄な女の子が出てきて萌え萌えーなアレだと思って読むと肩すかしを食う。アリス少尉の漢っぷりと、オーランド伍長の巨根と乙女振りに注目。
「エクセル・サーガ」#1〜#20(以下続刊)六道神士/少年画報社
・征服もの。世界征服の先駆けとして市街征服を企図する少数精鋭理想推進機関と市役所所属の変身スーツ戦隊が戦ったり戦わなかったり。似たようなことの繰り返しばかりで全然話が進まないと思いながら読んでいるといつの間にか進展していて逆に騙された気分に(誉めている)。ギャグと見せかけて社会派。オトナってイヤね。
「ホーリーブラウニー」#1〜#4(以下続刊)六道神士/少年画報社
・メルヘンと見せかけて広範な意味でひどい御話。グリム童話(原典)が大好きな人にお勧め。「笑い」って何処かで必ず誰かを傷つけているんだよね、と笑いながら胸が痛くなる感じの。世の中ってグロいね。
-------------------文句なくおもしろかった群-------------------
「きみはペット」#1〜#14(完結)小川彌生/講談社
・テレビドラマになったアレ。ドラマの結末は知らないのだが、原作は上手に紆余曲折して上手に着地している。
「BAROQUE」#1〜#2(以下続刊)小川彌生/講談社
・少年誌連載作を少女誌出身作家が描くことに多少の不安を感じるも杞憂に終わる。きちんとした少年漫画。でもちゃんと(腐)女子が萌える部分もあるのね。ピラネージ卿とか。
「ARMS」#1〜#22(完結)皆川亮二/小学館
・現代SF。オーバーテクノロジーもの。巨大な組織が生み出した生体兵器には「不思議の国のアリス」をなぞった名称が付けられていて、それを身体に埋め込まれた四人の少年少女は云々、という御話。通りすがりのサラリーマンに注目。
「鉄腕バーディー」#1〜#20(以下続刊)ゆうきまさみ/小学館
・実に見事。巧いとしか言いようがない。絵も物語も漫画としての構成もしっかりしていて、安心して読める。現代娯楽漫画の手本となるべき作品。でも私は「究極超人あ〜る」の方が好きだ。単純に好みの問題で。どちらもしっかりちゃっかりきちんとSF。
-------------------そこそこの群-------------------
「黒執事」#1〜#5(以下続刊)枢やな/スクウェア・エニックス
「山靴よ疾走れ!」#1〜#5(完結)紅林直/集英社
「薄荷廃園の主人と執事。」なるしまゆり/角川書店
「市立戦隊ダイテンジン」六道神士/大都社
「GUNSMITH CATS」#1〜#3(以下続刊)園田健一/講談社
「IWAMAL−岩丸動物診療譚−」#1〜#9(完結)玉井雪雄/小学館
「岩丸番外編」玉井雪雄/小学館
「精霊の守り人」#1〜#3(完結)藤原カムイ/スクウェア・エニックス
「おっとり捜査」#1〜#10(完結)小手川ゆあ/集英社
「アラハバキ」上下(完結)六道神士/集英社
「犬神」#1〜#14(完結)外薗昌也/講談社
「キャリアこぎつねきんのもり」#1〜#5(完結)石井まゆみ/集英社
「カンブリアン」#1〜#3(完結)三山のぼる/集英社
「よんでますよ、アザゼルさん」#1(以下続刊)久保保久/講談社
(群総評)
読んでいる間はおもしろいのだが読み終わった途端におもしろくなくなるというのは、いまどきの漫画には当たり前のことなのだろうか?
-------------------カラダが受け付けなかった群-------------------
「女子妄想症候群」#1〜#9(以下続刊)イチハ/白泉社
「戦う!セバスチャン」池田乾/新書館
「コックリさんが通る」#1〜#3(完結)奥瀬サキ/小学館
「Petshop of Horrors」#1〜#8(完結)秋乃茉莉/宙出版
「ヤマトナデシコ七変化」#1〜#21(以下続刊)はやかわともこ/講談社
「低俗霊DAYDREAM」#1〜#10(完結)奥瀬サキ・目黒三吉/角川書店
(群総評)
半分は「同人でがんばってください」的作品で、半分は「きれいなものばかりが出てくるだけ」の漫画とも呼びがたい作品。お腹一杯。
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以上で一九〇冊。ほんとうは漫画ばかりでなく小説も読みたいのですが、プロ読者の友人たちにおすすめを訊ねても「玉石混淆の石しか当たらない」との答え。
おすすめ小説があったら教えてください。できれば文庫で。
2008年11月17日(月) 胸肉。
豆乳をパイナップルジュースで割ったものを毎日飲んでいる衛澤です。
或るところから「正面及び左右から撮った胸部の写真を送れ」と言われたので友人をわざわざ呼びつけて撮って貰いました。間抜けなことにやってみるまで気付かなかったのですが、「自分の側面の写真」って自分では撮れないんですよ。
で、そのうちの一枚を無修正で晒してみる、と。
「或るところ」は医療関係です。出版関係とか映像関係ではないです。残念ながら。
「私、脱いでもすごいんです」じゃなくて、脱がないとすごくないって言うか脱いだ方がちょっとだけすごいって言うか。わざわざ御覧頂くほどの体格でもなく、ま、ちょっとした一人羞恥プレイですな。
トレーニングをはじめる前がどんな状態だったか記録していないので判りづらいのですが、ウエイトを使ったトレーニングを一箇月ほど続けるとこんな感じになります。もともとが体脂肪率が高すぎる状態だったのであまり筋肉のカットが出ていませんが、標準的な体脂肪率だったら結構盛々な人に見えたんじゃないかな、と。何より先ず出っぱった腹を何とかしたい。せねばならない。
乳房下部U字切開術で乳房を切除したのは一〇年前。諸々の悪条件が重なって、すべて除去されるべき乳腺が幾らか残されていたり、そのくせ取り去られまじき大胸筋が一部えぐり取られたりして、その上術中ずっと麻酔が効かないままだし一〇年経ってもU字切開痕ははっきりと残っているし、まあ散々なめに遭いました。
そんな無茶苦茶な手術を受けた胸でも、多少大胸筋を発達させてやると、こんな感じで「一見フツー」に見えるものです。大金を支払って杜撰な手術をされてしまった訳ですが、それでもいま以て手術を受けたことを後悔はしていません。どんなかたちに終わったとしても、後悔してはいけない。
後悔するくらいなら受けちゃいけないんですね、性別適合手術は。
そう言えば、この散々な乳房切除術の記録を、私は残していません。内性器摘出術の記録は公開しているし、外性器形成術の記録も取る用意をしていることだし、性別適合手術の一例を最初から最後までひとまとめにしておくためにも、近いうちに文章にしようと思います。
いやあ、ほんとうに散々というか惨々な体験だったので一〇年経っても憶えていますよ、あのときのことは。
2008年11月15日(土) 病院病院。
寝坊した上で「遅刻、遅刻ーっ!」と悲鳴を上げながら自宅から最寄り駅までの道をトーストを咥えたまま疾走することに果てない憧れを抱いている衛澤です。
昨日今日と病院通いでした。昨日は定期通院日、今日は術前健康診断です。
定期通院は二週間に一度。持病の薬を貰うために心療科で診て貰い、その待ち時間を利用して別の病院でホルモン剤の注射をして貰います。最近は心療科の待ち時間が平均九〇分程度にもなるので、注射の病院から出た後に、病院がJRの駅周辺なので駅ビルに入っている書店をぶらぶらしたり、駅に隣接した百貨店の地下ベーカリーでベーグルを買ったり、コンビニエンスストアで駄菓子を物色したりして時間を潰しています。昨日は理髪店で散髪して貰っていました。裾〇.五厘のスポーツ刈りを御願いするといつもきっちり三〇分で終わります。
昨年の一〇月に突然、持病の調子が悪くなって、以来病状の改善と安定を図るため担当医と相談の上ドラッグコントロールをして貰っていたのですが、これまでの病歴とは違う症状が出ていて、巧く投薬内容を調整することができずにずるずると長引いていました。しかし何がどうなったのか、きっちり一年後の今年一〇月初旬からうそのように不具合がなくなりまして、ただいま元気に過ごしております。「調子いいです」と報告したら担当医先生は「どうしたんでしょうね」と仰いました。
毎日セルリアンブルーの錠剤とロイヤルブルーの錠剤を服んでいます。多分、かの悪名高き青色1号とか入っているのでしょうが、元気です。いまは。
せっかく安定してきたところですが、常用薬を減らす相談も担当医としています。年が明けて落ち着いた頃に、二回めの性別適合手術を受ける予定を立てています。手術を受けるためには術日から二週間前にはすべての薬物・サプリメント類・煙草などを断たなくてはなりません。私が服んでいる精神神経系の薬は急にやめると離脱症状が出るものがほとんどなので、担当医と相談して指示通りに少しずつ減らしていこうとしているのです。
現在服用している薬はどれもそんなにきつくないので、年が明けてからさくっと減らしちゃいましょう、ということで落ち着きました。薬を服まない期間が短くて済むのは助かります。
さて、日付変わって本日。自宅近隣の総合病院で術前健康診断を受けました。受付で「海外で手術を受けるので、その事前健康診断をしてほしい」と告げて必要な検査項目を書いたメモを渡しました。「内科の前でかけてお待ちください」とのことだったのでそのようにして待つこと一時間。
健康診断の準備ってそんなに手間の掛かるものなんだろか、などと思いつつ待っていたところ、受付のお姉さんや看護師さんが入れ替わり立ち替わり「検査表は指定のものをお持ちではありませんか」とか「手術先の病院からの紹介状はありませんか」など、質問を一人一つずつ持ってやってきました。何か胡散くさかったのでしょうか。受付でもっと詳細な説明をしておくべきだったのかもしれません。
やっと診察室に呼ばれて内科医と対面したところで、受付で告げたことをもう一度言う破目に。重ねて「何の手術を受けるの?」と訊ねられたので「性別適合手術です」と答えると「あーはいはい」とあっさりした返事。「性別適合手術」という単語を口にするだけで「えっ」と強張った表情で顔をじっと見られるという時代はもう終わったのかあ、と感心しました。
検査は採尿、採血、胸部レントゲン撮影、心電図。全部で三〇分程度。それぞれの検査室までは受付のお姉さんが案内してくれたのですが、このお姉さんが何だか私のことを見てくれない感じで。各検査について通路を歩く間に説明してくれるのですが、顔がちっとも私の方を向かないのです。一歩前を歩いている彼女がとても遠くに感じて寂しくなってしまいました。
でも、最後に入った心電図室の検査技師さんがほがらかでテンションの高い話し方をする人で、型通りの説明と会話だけだったのですが、聞いているだけですうっと先刻の寂しさが溶けて、少し愉しい気分で病院を出ることができました。検査結果は一週間後。
2008年11月13日(木) 対決。
何だか腹の中がぐぼぐぼ言ってる衛澤です。
私は昨年の夏に現在の住居に引っ越してきました。マンションの一階で、六畳くらいの庭があります。その一隅に、前に住んでいた人か、そのまた前に住んでいた人かは判りませんが、私が知らない人が植えたアロエが置いてけぼりになっています。
アロエと言えば「医者要らず」、アロエ科アロエ属の多肉植物で外皮を剥けば食用にもなるという、とても人間の役に立ってくれる植物です。
最初のうちはせっかく生えているんだしそのままにしても……と私も思っていたのですが、昨年自分で植えたのにいまでは放置してしまっているパセリやローズマリーと一緒に処分してしまうことにしました。とにかく、庭を真っ平らに。
盛夏から初秋にかけて私は体調が芳しくなく、ほぼ寝たきりの状態だったのですが、そのときにちらりと覗いた窓の外が、鬱蒼と緑が生い茂っていて、植物に居住区を侵略されそうな圧迫感を感じていたのです。
さて、今日の当地方は快晴で気温も一九度と過ごしやすい陽気です。庭に生えているすべての植物を引っこ抜くべく私は庭に立ちました。
引っ越してきたばかりの頃に一度一掃して、一年経ちました。私が植えたものは大きく育ったり大きく育ちすぎて立ち枯れたりしていますし、私が植えた憶えのないものも沢山生えています。見たことがない植物も多数。昨年の同じ季節には生えていなかったひっつき虫の草(
コセンダングサ)が沢山生えて大きく育っていて、着ているTシャツにも付けている軍手にも痩果の砕けたのが刺さってちくちくします。
そもそも、私が今回の庭掃除を思い立ったのも、同居猫がコセンダングサの痩果片を身体にいっぱいひっつけて屋内に持ち込んでいるからなのです。
そういった背の高い植物と格闘した後、アロエに行き着きました。信じられないことに、私がはじめて見たときの倍ほどの大きさに成長しています。背の高さ八〇センチメートルくらい。最早やただの植物ではなくなっているのではないかと思うほどの威風。でも御免ねきみを引っこ抜いちゃうよーん……と根の辺りにスコップを差し込もうとしましたが、根が何処かすら判らないくらいにアロエは大きくなっています。手強い。
根っこを掘り起こしてまるごところんと抜いてしまおうという計画はここで頓挫であります。あまり気が進まぬままにアロエの枝(?)に手をかけてめきょめきょと広げてそれを取っ手に引っぱります。すると、ぱきんと乾いた音を立てて根元から折れます。もう長い間世話をされずにいたアロエは根に近い部分が枯れてしまっているのです。
外側に見えている部分は青々と棘々としているけれど、折り重なって隠れている部分はすっかり枯れていて、生きているとも死んでいるともつかない中途半端なこの状態はつらいのではないだろうか。きちんと世話をしてやれば生き返るのかもしれないが、いまの私は自分ともう一匹の世話で精一杯だ。何ともせつなく。
ざくざくとスコップで土を掘り返し、私はアロエの枯れた部分を折り続けました。
手に掛かる枝葉がなくなってしまっても、アロエの根は土に張ったままです。随分土も掘り返してそろそろ「ころん」と土から抜けてもよさそうなものなのにびくともしません。
土を掘り返しては、アロエの茎に両手をかけ全体重(今日の計量で七六キログラム)をかけて引っぱるのですが、それでも抜けません。畏るべし植物。掘っては引っぱりを繰り返して約三〇分、やっとアロエは土から離れました。全長八〇センチメートルの一ト塊と思っていたアロエは四五リットルの袋二ツ分になりました。私は背中の筋肉(「引っぱる」動作をするときに用いる)が痛くなっていました。
アロエが植物だから背中が痛い程度で済んでいますが、これが意志を持って動いてまわる生きものだったら自分は負けていただろうなと思いました。
2008年11月12日(水) チューイン。
室伏広治選手になら抱かれてもいい(むしろ積極的に抱かれたい)と思っている衛澤です。
相変わらず腹が減っています。何を食べてもそこそこおいしいのですが、あるのは腹が張った感覚ばかりで満足感が得られません。あと、空腹感に恐怖を感じるようになりました。うん、不安じゃなくて恐怖。怖いから食べる、という感じ。
言葉を噛むことが頻繁になってきました。普通に喋っているつもりなのに口が勝手に思わぬことを言ってしまうのです。
「……かしら」を「……からし」と言ってしまうのなんてまだかわいいもので、ひどいときは、たとえば「ニーベルンゲンの指環」と「シュレディンガーの猫」を言い間違えたりします。全然関連性のない言葉に間違うのです。これは単に思い違いをしているのではなく、頭の中では「ニーベルンゲンの指環」と言っているのですが、身体が音声として発したのは「シュレディンガーの猫」とまったく違うことを言ってしまっているのです。
この間違いに自分で気付いた場合はその場で訂正できますが、自分の口が言った間違いに気付かないことも儘あります。頭の中ではきちんと「ニーベルンゲンの指環」と言っているのですから口もちゃんとそう言っているだろうと思っているとそういうことになります。自分よりも話し相手の方が混乱してしまうので気の毒です。
そんな風に言葉を噛んでしまう一方で、「高濃度茶カテキン」だとか「業務上過失致死」だとか「貨客船万景峰号」だとかは噛まずに言えるのだから不思議です。
でも「手術室」は何度言っても噛みます。
2008年11月04日(火) 晴読雨読。
稲葉浩志は中原中也を越えたと真剣に思っている衛澤です。
ただいまアイドリングしながら給油中です。燃料が満タンになったらびゅーんと疾走する爽快を夢見ながらアイドリングです。
自分が思うより燃料タンクが大きいらしくてなかなか満タンになりません。あとアクセルの開け方を忘れてしまっています。どうしよう。
蔵書量が多い友人がいると助かりますね。一遍にコンテナ三つ分の本を借りました。全部で九〇冊くらい?
2008年11月01日(土) 飢え舌。
腹が減る。
季節柄かどうかは知らねど腹が減る。三食きちんと喰っていても腹が減る。困ったものだ。
体脂肪を落とさなければならないのでそれに必要な分と基礎代謝分を合わせた以上の熱量は摂るべきではない。だから少量のものをちょっとずつ口に入れて高回数咀嚼する。少しの量で満腹感を得られるように。
しかしなかなか満腹感は得られない。いや、ほしいのは満腹感ではなく満足感かもしれない。この二つは決して等しくはない。
確かにちまちまと少量ずつを高回数咀嚼すれば満腹感に似た感覚は生まれる。だがちっとも「お腹一杯」にはならないのだ。「腹がふくれたような感覚」よりも、むしろ「ああ、沢山喰ったなあ」という安堵感のようなものが必要なのだ。
「沢山喰った」と思えるほど沢山喰っていいのならそうするだろう。しかしそれができないので困っている。少量の食べものを少しずつ口に入れて沢山噛んでちまちまと消費していると、「口一杯に頬張って思うさま噛んで噛んで噛んで喉を鳴らしてぐいぐい飲み込みたいっ!」という衝動に似た欲求が間欠泉のようにはげしく湧き出づる。
食足りてなお出づる飢餓感は如何にすべきか。幾年も前からの私の課題である。