�蠧�記
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元気でいてほしい
岩屋氏がなぜ眉毛だけ黒くしているのかは気になるが、今回の笑顔は悪くない。
幼稚園のうさぎ当番果たしたかったな。 もし私が前の晩、座敷でなく自分の部屋で寝ていれば。
お母さん、なかなか治らないよ。沈黙が金なのにね。
大丈夫。ちゃんと自己主張した方が良いよ。 旦那さんは煩いと言うけどね。彼が一生懸命なのはわかっているんでしょ。 あの人も、もっと相談した方がいいぞと言っていた。 でも、彼には私の病気の重さはあまりわかっていなかった。 自宅出産は私たち世代以前は比較的普通にあったが、それでも9割以上は病院で出産の方が圧倒的に多いらしい。 私は珍しいのかもしれないな。
昔のアジア大会では選手たちはちゃんとした都心のホテルに宿泊するようになっていた。
あれは女子バスケ一種目だけだったか。昔もいろいろな不手際はあったのだけれども。
しかしながら、段ボールでできたベッドだとか、コンテナ宿舎とか、お粗末過ぎないか。
予算がそんなにないなら、全種目を一度に一箇所でしようとか、オリンピックなどの国際大会は、落ち目の少子化の日本には荷が重くなっているのではないだろうか。
それでも、円安でコンビニなどが人気だから日本開催を期待されたりしているのだろうか?
岩屋氏の媚中は私としてはそれ程反感はないが、ただ、瑣末なことながら、どうして彼は白髪に合わせて眉毛も白くするとか、眉毛を黒くしたいなら髪も黒くしないのだろうか、気になってしまう。
子供の頃は政治なんて全く関心なかったんだけどな。
結婚相手の影響受けるな。
お母さん、私も恥かきっこ。でも正直私も自分が悪いとは思ってないの。恥ずかしい人なんだよね。 思い出したよお母さん、貴女言ってたね。
長男長女って何でも初めてだから、苦労するのよね、って。貴女は次女だったけど。 高市ちゃんも、もしかして、私も、長女でしたっけね。3番目の子で三子ちゃんって呼ばれたことあったらしいので、長女という意識なかったけど、私も何でも始めて。貴女のように生きられなくても、当然だったか。
ごはんおなかいっぱい食べようかな。
Don’t be wishy-washy.
お母さん、会いたいよ
相変わらず断るのが下手くそ。
忙しくて、飲み薬を口に含んだまま、なかなか水を飲めないでいると、口の中で薬が溶けて、苦い薬が舌にこびりつく。げ、これ毒だ!という気がする。良薬は口に苦し、とは言うものの、最近の漢方薬の顆粒は甘くて砂糖が入っているんじゃないかという感じがするし、西洋薬の苦さは漢方とは違う。
お母さん、こんなに死が近い時に、自分の結婚を喜べなくなったことのはとても残念なことだ。 私のような者には結婚無しに子供を産むことはできなかった。
お母さん、私は貴女の一人息子に生まれたかった。
お母さん、疲れたよ。お母さん、助けて。
私に予知能力はない。生まれた時から何もかもお見通しだったら神様だ。私は神様ではない。私は人間なんだ。
お母さん、駄目なものなど一人もいない、というパンフレットが郵便受けに入っていたことがあったの。 私も結構頑張っちゃうんだけど、私も幸せなのよね?きっとね。 でもそれがわからないの。私は幸せではないの?
お母さん、お父さんみたいな人って、どこにも居ないね。
お父さんもお母さんも幸せだったって言ってたね。 あの袋田の滝の頃のまま、あなた方と歳取れなかったかな。
でもあの頃あたしたち、煙草すってたね。 今はすってないんだけどね。咳が止まらないの。 首相はスモーカーみたいなの。 何がいいのかな。 私が三つの頃、お母さん喫煙していなかったよね。 私も、目にしてもあまり幸せになれないようなものを まだそんなに知らなかった。目の怖い女の子や男の子見たんですけどね。 お母さんも、あまり話さなかったけど、怖いことあったでしょう? お母さん、私はお母さんのようにはなれないかも。 あんまりかわらないか? お母さんはお母さん、私は私。されど仲良く。 ね、お母さん、一緒に旅がしたかったね。 でもお母さんは、計画して法事のお膳美味しそうな、そういうの好きだったのね。 お母さんのお父さんの法事をした時のような。 でも、それは、お母さんの1番上のお姉さんのところができたのね。 でも、お母さん、嫁ぎ先のお姉さんたちやおばあちゃん、大事にした? 多分心って本音は出ちゃうのね。その人の人生に。 大事にしたと思うんだけど、やっぱりお母さんは、実家の弟ちゃんたちの筋がとても 大事だったのね。ていうか、きれいなお姉さん伯母さんでありたかったのね。 お母さんは、出たとこ勝負のようなお父さんとの旅に疲れてた。 お母さんはきれいだと思われたかったよね? 甥っ子の結婚式の時が花のようだった。私のことは諦めてたんでしょう? 私はお父さんに似てるみたい。ぱっとしない私とお父さん。 いやいや私はお父さんみたいに優秀じゃなかったけど、お父さんはぱっとしなかったから 特攻にも行かずにすんだのかしらね? 私は甥っ子の結婚式ぱっとしなかった。大好きだったよ、お母さん。 世の中には偉い人、素敵な家族、時々お見かけするけど、私は駄目だったんだよね。 ボーボワール女史の娘時代にこんな言葉があるの。カトリックのご家庭のお嬢さんでね。 ママ、どんなうちにも一人くらい屑がいるものよ、屑はこの私よ、ってね。 その言葉が忘れられなかった。ネット検索で確認しなくてもね。 でも私たちはカトリックのご家庭には手が届かなかったのよね。 パイプオルガンのコンサートの日曜日、訪れることができたんですけどね。 洗礼は受けられなかった。お母さん、どうすれば良かったのかしら? これからどうすればいいのかしら? お母さん、夢枕に立ってくれないの? 私はね、離婚はしたくなかったのよ。離婚したくてした女性ってかっこいいわね。後悔のない人生。 でも私はお母さんのように、離婚などせずにお父さんに尽くして逝きたかった。 お母さんが私を産む時も病に倒れて逝く時もお父さんはそばについていてくれたでしょう? 羨ましいよ。私は一人。情けないものよ。貴女のお母さんも気の毒だったのよ。お父さんも。 貴女に妻に先立たれたら、婿だった父さんは貴女のお母さんに顔向けできなくなったじゃないの。 死んでる場合じゃなかったのよ貴女。 私じゃない。貴女が薄情な人。お父さんも薄情。娘は嫁になんかやらない、って言うパパさんあるのに。 聞いてないよね。どこに行ったんだか。
お母さん、さびしいよ
迎えに来てくれないの?
幼稚園の頃鼻血が出てバスに乗り遅れた時、藤崎宮の踏切までお母さん迎えに来てくれたね。 もう迎えに来てくれないの?
酷いなあ。
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