「硝子の月」
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「ちょっと……待ってくれよ」 明らかに自分よりも格上の人間から「礼」を示される。 今までにない経験は青年を強く戸惑わせた。 「そもそも何でそれを俺に言うんだ。ルリハヤブサを連れてんのはティオで、『運命を知る』ってのはルウファだ」 「だからお前は面白い」 揺らぐ彼に口を開いたのはカサネだった。顔を向けてみれば、声に含まれているのと同じ笑みがあった。 「何だそりゃ」 「いや」 そこから彼女の考えを読み取ることは出来ない。 「ティオとルウファには我が改めて告げよう。今はお前の考えが聞きたい。我が王を仲間に入れてくれるかくれないか」 まるで遊びの輪に入れてくれろという子供のように。 「俺は……」 「お前は?」 紫闇の瞳に問われ、青紫の瞳を見やる。 (何だってこう……) 身分も歳も、多分他にも色々と、自分よりずっと上のくせにこの男は。 「……好きにしたらいい」 溜息交じりに言うと、その瞳は輝きを増した。 「言ったな?」 「言ったよ」 グレンはぐったりと椅子の背にもたれ掛かる。 「よし、祝杯じゃ!」 「言っとくけどな、他の連中がいいって言ったらだからな」 「わかっとるわかっとる」
いいように振り回されて思わずふて気味になるグレンに、王は微笑んでつと姿勢を正し、明瞭な声音で告げた。 「これは、礼というものだよ。グレン・ダナス」 「……礼?」 奇妙な言葉だった。礼を言われるようなことなどなにもしていない。 訝しい顔をすると、そうではない、と王は穏やかに首を振る。 「礼儀であり、敬意でもある。 つまりそういったものである、ということだ」 「……敬意って……」 開いた口が塞がらない、とはこのことだ。グレンは絶句してまじまじと相手の顔を眺めてしまった。 いくら気さくな王と言っても限度があろう。流れの旅人などにかける言葉ではないように思うが。 「なるほど、儂は王よ。それ故に払われる敬意も、振るうことのできる力もある」 老王の言葉は重々しく、そして尚も凪いでいる。ぴんと張り詰めた力を底に秘めながら。 「だが今、儂はお主らを従えたいわけではない。利用したいわけでもない」 「……」 「……礼を尽くすべき相手を見誤るほど耄碌はしておらんつもりだよ。 既にそうせねばならん存在だと思うがな、お主らは」
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