「硝子の月」
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2006年08月12日(土) |
<輝石> 瀬生曲、朔也 |
「…………」 再び沈黙して、ティオはまた改めてグレンを睨み付けた。 「やっぱりその爺さん、元の場所に返してこい」 びしりと外を指さし先程の言葉を繰り返す。グレンの背中に新たな冷や汗が流れた。 「あのな、今の話聞いてただろ? この……人は仮にも」
「アホか。仮にも『王様』だから言ってんじゃねーか。 何が哀しくて王様連れで硝子の月なんて得体の知れないもの探さなきゃならねーんだよ。ご老公諸国漫遊記じゃねえんだぞ」 正論で返されてしまった。しかも思わず同意しそうだ。最近の常軌を逸した展開で、なんだか色々なものを見失いがちだった気もする。 「いいか? 俺だって鬼じゃない。物体Xまでは認めよう。ナシと言いたいところだがアリだ。実力行使が効かないからな」 「待て。俺があの物体Xを拾ってきた前提で話を進めるのはやめろ」 「でも、王様はナシだろ。どう考えても」 無視しやがった。 この口達者なガキめ。なんで俺が悩まなきゃならないんだと頭のどこかで思いつつ、グレンはまずどこから詳しく説明するか考える。根本的にこういう所がお人好したる所以だとは気付いていない。 「まあ待て。ティオ・ホージュ」 不毛と言うなら不毛。暴言と言うならものすごい暴言の只中に、ふいに横から涼しげな声が割り込んできた。思わず二人ともが口を止める。 「グレン、お前も説明が足りない」 しんと耳触りのいい落ちついた口調。 カサネだった。 「もちろん、王が自らが旅に同行されるというわけではない。その目であり耳であり手であり足である、私が行くというだけのこと」 「……それは」 「お前たちの旅そのものに負担がかかるようなことには決してならない。それに、私の手が役立つこともあろうよ」 グレン相手に威勢良く出ていたティオは、押されたように黙り込む。カサネはあとは黙ってじっとティオの目を見下ろす。しばし、まるで蛇とカエルのような力関係の睨み合いが勃発した。 善戦したと言うべきなのかもしれない。見る者を黙らせる力のある紫闇の瞳を前に、ティオはそれでもしばらくは耐えた。実際、王の地位がどうというよりは単純な警戒に尖っていたティオは、頑張った割に傍目には呆気ないリミットであっさり敗北した。 「……あんたには、借りも、あるし」 正論がどうとか言うよりも、要するにこいつは年上の女に勝てないだけなんじゃないだろうか。うなだれたつむじを見下ろして、グレンはついしょうもないことを考えた。
「お取り込み中のところ失礼するよ」 老人の正体を告げようとしたところに、次の来訪者はやってきた。 青金石の瞳の青年である。 「国王!?」 昨日会ったばかりの人物の姿を認めてグレンが思わず叫ぶ。いかにここが由緒正しき貴族の館とはいえ、そうそう現れていい人物ではないはずである。今日は何だってこう、本来であれば自分とは縁がないはずのお偉いさんと会うのだろうと軽く目眩がする。 「いいや、『はじめまして』さ」 青年は驚かれたことが嬉しそうに笑う。もっとも、グレンの他に驚いていると判るのは目を見開いたティオだけなのだが。 「俺は『影王』。この国の護りの一つ」 「この国の護りって……」 「アルバート三世が言ってただろ? 『この国の護りは一つじゃない』。言ってみりゃ『硝子の月』の同僚みたいなものだな。俺の場合は代々の王の影武者を務めている」 どうやら人ならざる存在らしき青年は、あっけらかんと言って笑う。 「ちょっ、待て! そんなことべらべらと……この爺さんはこれでもよその国の王様なんだぞ!」 グレンが慌てて割って入り、先程老人が言った「本業」とはそのことかとティオは目を丸くする。 しかし慌てたり驚いたりしたのは、またこの2人だけだったらしい。 「ああ、いいんだいいんだ。この爺さんは俺がアルバート本人じゃないって初見で見破りやがったから」 軽い調子で言いながら、青年は顔の横でひらひらと手を振った。 「気配が違ったのでな」 「普通はそこまで同じだと思うもんなんだよ。これだから『剣の国』の連中は油断がならない」 青年は大仰に眉根を寄せてみせた。
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