「硝子の月」
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むかしむかし、太陽のかみさまは仰いました。 「血と肉と手足持つすべての意思あるものを創ろう。私は地上に魔と光と限りある命を与えよう」
むかしむかし、星のかみさまは仰いました。 「口も心臓も己の心も持たぬすべての無機なるものを創ろう。私は地上に石と闇と不変の時を与えよう」
太陽と星のかみさまは、それぞれの子供たちをとても深く愛しておりました。けれど意思を持つ太陽のかみさまの子供たちは、与えられた力で隣にいる他の誰かと争いをはじめました。意思を持たない星のかみさまの子供は、意思持つ太陽のかみさまの子供によって争いの道具にされていったのです。 嘆き悲しんだのは太陽のかみさまです。怒り悲しんだのは星のかみさまです。太陽のかみさまは為すすべなく、愚かな争いを繰り返す子供たちを見守りました。星のかみさまは、己の子供たちを憐れみ太陽のかみさまの子供たちを憎みました。 そんな中、神様のなかで最も弱い力しか持たない月のかみさまは、星のかみさまに懇願しました。 「どうかどうか星のかみさま。あなたの怒りをお鎮めください。人は愚かですが、美しい心も同時に持つ生きものです。あなたの子たる美しい石のように、やさしい闇に揺らぎ強い光に輝く心を同時に抱えている生きものです。 信じてください。そしてどうか、弱さを許してください。どうかどうかお願いします、星のかみさま」 けれど星のかみさまは頷きませんでした。己の子供たちがあまりに憐れだったのです。そして人を憐れむ月のかみさまは、星のかみさまの子供たちを憐れまないようでとても悲しかったのです。 「いいえ月のかみさま。私は太陽のかみさまの子供たちを許しません。私の子供たちは人を許しません。そう、決して」 月のかみさまは悲しみました。月のかみさまは、太陽のかみさまと星のかみさまの子供たちが、仲良く地上に生きる姿を見たかったのです。そうできるのではないかと信じたかったのです。 月のかみさまは考えました。月のかみさまには、太陽や星のかみさまのように地上に何かを与えられるような力が無かったのです。どうしたらいいのか、月のかみさまは考え続け、やがてひとつの答えを出しました。
「私は何も創りません。ただ地上にて、空にないひとつの月でありましょう。光でもなく、また闇でもなく。硝子のように薄い、ひとつの月でありましょう」
月のかみさまは、かみさまであることをやめました。ただ地上に降り、人の子の手にも収まるほどの小さな月になりました。魔でもなく鉄でもなく、太陽にも星にも属さない力の塊になりました。 そうして待つことにしたのです。太陽のかみさまと星のかみさまの嘆きを止めるために。愛しい地上の子らが幸福であるために。星のかみさまの生み出した美しい石のような、そんな輝きの心持つ者を。 いつか、その者が道を拓く助けとなるために。
「――むかし、むかしの御伽噺……」 カラカラカラ、カラカラカラ。 白い少女は闇にひとり、聞く者もなく呟いた。
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