凄い楽しかったし、おまけに酔っ払いました。 ありゃ、ヒレ酒のせいです(言い訳 おいさん、お酒強すぎです。
モリコはん、いろいろ気を使ってくれて有難う。 二人は夫婦漫才のようで面白かったです(笑)
彼女にもおいさんにもお世話になりました。 有難うね。 今度来るときは、いろんな所を案内したいなぁ。 また、二人で来てね。
追伸:今度は尾崎を間違えないで歌ってやる! マイクの奪い合いじゃ! 酔っ払って親友の家に帰宅をしたら、当の親友が居ない。 しょうがないので親友の弟の部屋で勝手に一緒にラーメンを食べて、親友のベットで寝た。 パジャマも無いので、適当なTシャツを見繕って着て寝た。
前回、遅く帰ってきた私に親友は言った。 「こんな遅く帰ってきた人に着せるモノなど無い。」 そんな私はパンチュで寝たもんだ。
今回、早く帰ってきたのに親友がいない。 着るモノやらんぞ!←親友の家
しょうがないので親友のベットで一人寂しく就寝。 朝起きても、彼女は居なかった。
....朝帰りなのね。
子を待つ親の気持ちになりました。うむ。
今日の私はイライラしていて、自分でも何故だかわからなくって。
会社の帰り、信号で止まっていたら小さなヒマワリがいっぱい咲いていた。 「綺麗だなぁ」って思ったら、それと同時に
まだ綺麗だと思える気持ちがあるから大丈夫
なんて自分で変に納得した位にして。
家に着いた瞬間、いろんなモノを一気に食べてから思った。
...私、お腹空いてイライラしてたんだ(笑)
んなもんです。 私のイライラって(遠い目
本当は出掛ける予定だったけど、あまりにも布団の中が気持ち良くて寝ちゃいましたの。
ふっ
言い訳ですね(涙)
お電話もせずに休んでごめんなさい(ここで言うな
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やんちぇな夢地球更新ナリ。
http://www2.diary.ne.jp/user/74952/
お盆休みも終わってしまい悲しさいっぱいの今日この頃、皆様お元気でしょうか。 私は健康診断で引っかかったので、ちっとも元気じゃありません。
でも、病は気から。
...ふっ
治したる。
治したる。
治したるー!!
絶対、治してやるかんな!!
ほら、気合で治りそうでしょ?
いろんなことがあって、そこで感じたことは謙虚な自分になりたいということだった。
家に帰って来て、そろそろ寝ようかと思ったら緊急事態が勃発した。 それはまさに何か心寂しいことであり、だからこそできることをしたいと思った。
反省をした。 心無い自分、お詫びをしてまた進もう。
小樽のばあちゃんが昔教えてくれたこと「反省と努力」だよ。 反省したら努力しよう。
うし、明日からがんばるぞ!
と思うことがあった。
そんなことがあって良いのかとガックリした。 人のことだけど、自分のことのようにガックリした。
その人の心を少しでも軽くしてあげれたらいいなぁ。 コツコツとそういうことができる自分になりたい。
に行った。 釧路から親戚もきて、計10人でのお墓参り。
昨日、さえ母が蓮を感じたという。 蓮の骨をお墓の中に入れることはできないので、お墓の脇にあるお花に土と一緒に埋めさせて貰った。 半分は家の裏庭に、そして半分はお墓に。
蓮は今まで家に居たんだなぁと思ったら涙がでてきた。 蓮が死んだ瞬間、涙など出なかったのに泣けてきた。
迷わずに皆と共に自分の行くべきところへ歩いていけるだろうか。 そんなことを思ったら、また泣けてきた。
そんな風に思ってたら蓮も行けなくなってしまうと思って、考えないようにしてた。
気がつくと私の右腕に引っかき傷ができていた。 きっと蓮だ。 そう思ったら、最後までやりやがったな。と面白くなった。
私には霊感など無いけれど、最近何かを感じる機会が多い。 気のせいっちゃ、気のせいなのかもしれないけどあるのだからしょうがない。
夕方から家の前でバーベキューをした。 うむ。 やっぱり皆とバーベキュー楽しいぞぃ。 そのまま寝ちゃって、ネムネムぼんずでした。まーる♪
今も尚、口に出すことのできない程のことなのだ。と戦争犠牲者慰霊に行って聞いた。
戦争で亡くなられた方だけが戦争の犠牲者なのでは無く、今もなお戦争によって心に傷を負われた方がいらっしゃる。
それを教えて頂いた。
さえ:ご来光を拝みますよー? 看護婦さん:えー。起きれるのー?
さえ:何言ってるんですか。起きるに決まってるじゃないですか!
これ、私がずーっと言ってた言葉。
えぇ、えぇ。 起きたら朝の7時でねぇ。 ご来光どころの騒ぎじゃないですねぇ。 んでもって、看護婦さんは布団でボケボケしてる私を置いて散歩に行ったりしちゃって。 そこでタヌキを見たよー♪なんて嬉しそうに帰ってきたりして。
チェェェェェェェェェッ
私、寝てたぁぁぁぁぁ。クソー。 でも、いいんだ。布団の中、気持ち良かったから(笑)
昨日とは打って変わって凄い青空で、なんだかワクワクした。 その前に8時にゴハンを頼んでいたので、ゴハンが運ばれてきた。 昨日、ゴハンを2杯も食べて、そのまま寝ちゃったからお腹は空いて無いよねぇなんて看護婦さんと話をしていたのに、あれれあれれで3杯かよ!
はぃ。朝から3杯も食べちゃいました。エヘッ←照れても無理。
塩ウニ、アワビの肝、イカの刺身、シャケ、お漬物、お味噌汁。 どれをとっても美味しくて...
ちゅうか私、アゴ痛い。
考えたら原因は一つしか無い。
...漬物だ!
いやぁ、漬物食べてアゴ筋肉痛って。。。
少しくつろいでから、ゆっくりと帰る支度をしてチェックアウト。 そのまま、昨日廻りきれなかった場所へ行く。
青苗岬に到着すると、そこには北海道南西沖地震の慰霊碑「時空翔」という慰霊碑があった。 階段が何十段もあり、そこを昇りきると慰霊碑があるのだけれど、そこから奥尻の海が一望できる。 二人でお参りをさせて貰い階段を下りる。 振り返ると、海と空の間に見える時空翔は言葉違いかもしれないけれど、大きな悲しみを時間を超えて乗り越えて行こうというような、なんだかそんな感じの慰霊碑で。
すぐ近くに震災館があり、中に入らせて頂いた。 入ってすぐに夕日が当たる壁に、亡くなられた198名(198枚)のステンドグラスがあり、その周りには子供たちの詩や作文が展示されていた。
途中、10分の映画が2本あり見させて貰った。 分かりやすく震災の時のこと、震災から立ち直っていく島や島の人々のことが描かれていた。 その頃から何か言いようの無い心が沸いてきた。
なんだろう。
なんだろう?
震災復興での歩みを順に48の立体模型で紹介していた。 一つ、一つの模型と見ながら立体模型は、奥尻ができるまでから、震災の時へと話が進んでいった。 震災から復興までの模型、説明。
なんとも言いようの無い気持ちで外へ出る。 私達が今居た場所こそ、奥尻で一番被害の多かった青苗地区だった。
悲しみだけが訪れた。 他に何も無く、悲しみだけが二人を襲った。 今回、私達は奥尻に行きたいという思いで奥尻へ旅行に来た。
だけど、遊びのようで遊びではなく、お参りさせて貰うことが多かった。 それはしなくちゃいけないとか、するとかしないとか、そういう問題では無くて、 突然襲った自然の猛威に命を落とされた方の思いとか、大切な人を亡くし残された方々の思いが今も尚、奥尻にはあり、遊びで奥尻を訪れるにはまだ記憶が鮮明すぎるのだと思った。
自分に今、できることは何だろうと考えたのだけれど、できることでは無くて私が感じたのは、奥尻の人の強さでした。島の人達の強さを感じました。
青苗岬から離れ、鍋釣岩に向かった。 鍋釣岩の下からキャーキャー声がする。 覗いて見ると、子供達が数人泳いでいるのだ。 看護婦さんと二人で足だけ入ることにしたのだけど、なんじゃこの水!
透明、薄い水色、水色、青色、そして緑色。
カクテルのようなこの水の配色。 最高。
10分ほどしてから、フェリーに向かう。 天気も良いので皆、甲板に出て奥尻から離れる時をずっと見てたようだけど、私と看護婦さんはグーグーと寝てしまった。 次に眼が覚めた時、まだ島が見えていて....。
看護婦さん:もう、着いたんだねぇ♪ さえ:あれ? まだ奥尻かと思ってたんですけど。
隣の人が笑ってたそうです。 はい、そうです。 私が奥尻かと思っていた場所は、もう帰路のフェリー場だったのです。
帰りは海沿いを帰ってくることにした。 行きとは違うコースを走るのだ♪ 天気も最高に良くて、海を見ながら走るのが気持ち良いこと、気持ち良いこと。 もうすっかりお昼も過ぎていたのだけれど、朝ごはんを3杯も食べちゃってたのでお腹も空かず、ソフトクリームを食べながらひたすら走る。
途中に「弁慶岬」という場所があり、そこで写真を撮った。 大きな弁慶の像があり、そこは弁慶が食料などが運ばれてくるのを何日も待ち続けたと言われる場所で、そこからは遠くの海までが一望できちゃうので、弁慶さんは食料が届くのを今か、今かと待っていたのだろうなぁとしみじみ思ったり。
看護婦さんは温泉好きで、私は露天好き。 となれば、途中で温泉に入ろうぜぃ♪なんてことで、ユベツという所で温泉に入ることにした。 そこの温泉は森に囲まれていて、露天に入りながら景色を楽しむことができた。 まーだ家までは数時間あるというのに、ゆっくり温泉につかり、ちょうど夕焼け頃になっていた。
もう少し走ると岩内という場所で、そこでお蕎麦を食べ、また走り続けた。 お店を出るともう真っ暗で、運転手の私は気を引き締めて運転を♪
看護婦さん:運転代わろうか? さえ:大丈夫でしょー
看護婦さん:今、代わってくださいって言われたらどうしようかと思っちゃった。 言ったはいいけど、運転したくなくって(笑)
てな具合で、帰りの殆どは運転させてもらったのだけど、やっぱりオートマは運転楽だねぇ。 ジムニーはマニュアルだから、とてもじゃないけど身体が持たないような気がしてきた。乗り心地も全然違うし(笑)
最後の一息に小樽でコーヒーを買う。 もう、小樽に入れば自分の庭みたいなものなので(地域が)気持ちも楽々♪
そんなこんなで1泊2日の奥尻の旅が終ったのだけれど、また行きたい。 今度はスクーターで島を廻るんだ。
んで、その時は、遠い未来では無く近い将来に。
AM12時30分就寝。AM1時30分起床
寝ぼけたままお風呂に入り、化粧までして準備をし、まだ暗い夜中の2時20分に家を出た。ジムニーで長旅は難しいので看護婦さんの大きな車で奥尻へ向かうことに。
AM3時00分 看護婦さん宅出発 雨は止んでいたけれど、いまいちスッキリしない天気。 そんなことも関係無く走る走る走る。ひたすら走る看護婦さん車。 フェリーの場所までは6時間を見ていた。
ジュースを飲みながら、いろんな話をしながら頑張る車。 私は横でジュースを飲みながらくつろいだりして。
しかし、夜明けが近づくと共に私には一つの心配があった。 外に眼をやれば天気悪い。
...船、揺れそう(涙)
それが恐怖に変わったのはフェリー乗り場に着く1時間前。 海が見えた、瞬間...
ザパァァァァァァァァァン
ザパァァァァァァァァァン
黄色い波が叩きつけているのだ。
「黄色い波」が!!
ここは黄土でしょうか。 ここは中国でしょうか。
この海を渡れと?
鬼か! 鬼か!
看護婦さん:私は渡るよ。さえちゃん、午後の便で来る?
鬼が横にも居た(涙)
フェリー出発時間9時25分。 その時間までに波が静かになるのを祈るのみ。
AM7時30分 予定よりも数時間早く瀬棚に到着。 フェリー乗り場も開いて無いので二人で瀬棚の展望台に行った。 瀬棚の展望台から見る海は綺麗で、波も少しずつ穏やかになっているのが分かった。風はまだあったけれど、さっきの黄色い海とは全くの別もので私の大好きな青い海。綺麗な色の海、凄い安心した。
AM9時25分 夢は奥尻をスクーターで走るんだったのだけど、今回は諦めて車で周ることにしたので看護婦さんの車をフェリーに積む。 フェリーは1等から値段が高く、2等は6箇所に分かれてる絨毯の上で、そこに座ったり寝たりと自分の陣地を争って確保する。
もちろん庶民の私は2等の方へ行ったのだけど、朝早く遠方から来てるものだから皆、自分の陣地確保に余念が無い。 全く持ってフェリーの場所確保に慣れていない私は、端っこの方にチョコンと座っていたのだけれど、最後の方になったら大の字になって寝てました。
船もそんなに揺れなくて、本当に良かったなぁ。 うん、うん。
AM11時00到着 1時間ちょっとで奥尻に着いた。 奥尻はあの震災の時にボランティアで1日だけ行ったことがあり、ずっと来たかったのだけれど機会も無く、今回看護婦さんと二人で来ることができた。
奥尻の天気もスッキリとは晴れておらず、それでも夜中から何も食べてなかったので近くの定食屋さんに入り朝イカ定食を食べた。 奥尻に来たらずーっと海のモノを食べてやる!と言うのが私の密かな計画だったのでツブトとイカを食べてとりあえずは腹ごなし。
民宿へ電話をすると、どうぞ来てくださいと言ってくれた。 それと同時に震災の慰霊碑のような物があるかどうかを聞いた。 今回の私の目的の中に、お参りをさせて貰いたいというのがあった。 1箇所だけ場所を聞いたのだけどよくわからず、とりあえず観光をしながら民宿へ向かうことにした。
奥尻到着直後から、運転手は私になり、ずっと運転させてもらった。 もともと車の運転が好きなので誰も居ないマイロードのような状況を運転できることが楽しくて。
奥尻の道路は綺麗に全部が舗装されている。 右は山、左は見えるところ全部が青い海。 フェリー乗り場から10分も走ると、すれ違う車が殆ど居ないだけでは無く、前にも後ろにも車が来ない。
....皆、どこに行ったんでしょうか。
ところどころ、霧がかかったりした場所もあったのだけれど、そんなことは二人に関係無く、地図を見ながらアーダコーダと見させて貰った。 霧がかかって見えなくなっても何故か少し不安にならないのは、迷子になっても島だから、走ればいつかはどこかに着くということだろうという結果になった。
途中に震災に遭われた方の慰霊碑があり、雨が降っていたのだけれど心からのお参りをさせて貰った。 震災直後にボランティアで来させてもらったことを思い出したのだけれど、それとは別に悲しい感情が湧きあがってきた。 ちょうど、今回お盆に奥尻に来させて貰ったのも何かの縁だと思うので、しっかりとお参りさせてもらおうと思った。
民宿へ辿りつくまでに出会った生き物。 カモメたん。
カモメともう一羽、小さな鳥が凄く多くて。 その鳥たちは時々車に向かって飛んでくるので、1泊2日の中で道路に鳥の死骸に出会うことが多かった。
奥尻にはアジサイが多く咲いており、アジサイを島の花にしてるのかと思う程で。 でも実際にはハマナスの花が奥尻での花だそうだ。
民宿に到着。 車を止めると、島で出会った2番目の動物がいた。 ゴマちゃんという犬♪
民宿のおばちゃんが出迎えてくれて、部屋に入る。 民宿自体がはじめての私は少し戸惑いながら中に入る。 6畳くらいの部屋にテレビ、テーブル、お布団等があるけど普通に鍵もついてなくて普通の部屋だったのでちょっとビックリした。 ちなみにドアも障子なので横に開けるのよん。
だけど順応性って怖い。
お世話になります♪
と言ってカバンを置き、「あ〜ぁ、疲れたねぇ」なんて言いながら横になったら、ドアをあけたまま、そのまま寝ちゃったのね私達。
んぁ〜
なんて起き上がって、初めて寝てたことに気がついたりして(笑)
時間も早いので、まだ行ってない場所に観光に出た。 その帰りに近くの温泉に行く計画。
賽の河原(さいのかわら)という場所がある。 キャンプ場でもあり、結構な人がテントを張っていたけれど天気がすぐれないのでバーベキューをしてる人は居なかった。
けど
ビックリした。 少し奥に行くと、そこは奥尻の最北端ということもあり岩の上に静かに波が寄せては反していたのだけれど....。
積み上げた石、石、石。 たくさんの石が大きいのから小さいのまで何十にも重ねてある。 その石が浜辺、全部に続いてあるのだ。
なんと表現するのが適切なのだろう。 人の思いが積み重なってできてるとしか思えない石であり、場所。 荒涼としてる風景であり、灯台のふもと。
そこにお地蔵さんが何体かあり、そこでまたお参りをさせて貰った。
たくさんの人がいろんな思いで、ここに来てるのだろうなぁと思った。 とてもじゃ無いけれど、そこで笑うことはできない。 ただ、手を合わせて今日、ここに来させて貰ったことが有難いねと二人でその場を後にした。
次に向かったのは、二人一番のお気に入りになった所。 「宮津弁天宮」(みやつべんてんぐう)
急な階段を下まで降り、また弁天様のいる小さな神社まで急な階段を上がっていくのだけれど、その場所が殆ど海の上にあるように見えるものだから、凄く綺麗。 小さい神社が海の上に、ただ一つだけ建っている感じなのだ。
可愛いしカッコイイし、荘厳。
看護婦さんと二人で一番のお気に入りはどこだ?と夜に話をすると二人揃って宮津弁天さん♪となった。
そこでお願いごとをした。
看護婦さん:さえちゃんは何を願ったの? さえ:奥尻の人達が幸せでありますように、です♪
看護婦さん:えー。さすがさえちゃんだ。 さえ:看護婦さんは何を願ったんですか?
看護婦さん:私? 私なんて「早くお嫁に行けますように」だよ
面白かった。 まさか奥尻の宮津弁天さんに、そんなことを願ってるとは思いませんでした(笑)
そのままホテルの温泉に入りに行った。 温泉から奥尻の海が見える露天があって、そこから天気がよければ夕日が見えただろうに、私達が行ったときはちょうど晴れる少し前って感じでうっすらとピンクの帯状の線が空に見えていた。
近くの山を見ると、さっきまでの霧が早い速度で山の上へ昇っていて。 海の上の雲がスーッと山の方へ移動して行くのだけど、微妙に温泉につかりすぎてしまったので早々に休憩場へ行き、ビールを飲んだ。 入浴だけなのに厚かましくも寝そべり、くつろぐだけくつろいだ。
今回、一番楽しみにしていたのは民宿のゴハンであーる。 +1,000円でウニ・アワビ付きにしていたので、温泉で気持ち良くなったまま日本酒等をご購入して民宿へ戻る。
部屋に戻るとすぐにおばちゃんと漁師のおじちゃんがゴハンを運んでくれた。 アワビの刺身! ウニ! ウニの茶碗蒸! ウニの鍋! その他諸々。
大満足でした(涙)
美味かったぁぁぁぁぁ。 ウニゴハンにして食べた日には貴方、何も言えんですわ。えぇ。
ちゅうか、お新香が妙に美味しくてお代わりしちゃったのですが...。
お椀を持っておばさんの所へ出向き
さえ:一生のお願いなのですが... おばちゃん:なぁに?
さえ:お新香、お代わり下さい(笑)
ゴハンを部屋でゆっくりと食べ、お酒を飲み良い気分になった。 少し横になった。
....さえちゃん? ....さえちゃん? ...こっちで寝な?
....はぃ...。
えぇ、えぇ。 看護婦さんに布団を敷いて頂いて、そのまま寝ちゃいましたよーだ。
んだ。 食べたら眠る。
これ幸せね(笑)
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