☆言えない罠んにも☆
モクジックス
|過去にススメ!
|未来にモドレ!
| 2004年07月11日(日) |
ヘルシーショッピング |
ひろ子と銀座バーゲンめぐりのはずが、気がついたら 骨密度、血液年齢、筋肉量測定などしてた。
(金曜の衝動的ショッピングてお買い物熱冷めてたのか。。。 ダイアナのセールにも行かず。買った帽子で行ったら 会うなり笑われ、「10歳は年上に見える」と言われた。 いやーん嬉しい。銀座ぽくしてきた甲斐があった。)
それにしても、ぼくの骨密度めちゃ良かった。 筋肉量も足はまったく問題なくむしろ良好。 つまり体幹と上半身筋力なさすぎーーー。 歩いてるだけ?
| 2004年07月04日(日) |
愛の弁証法、あるいは最高のスパイス |
料理に重要なのは何か?、という難問に、
お料理学校に通い、中華とロールキャベツをマスターしつつある先輩は 「手際だよー」と答え、
新しいフライパンでふわふわオムライスの成功を成し遂げたぼくは 「道具だよぅ」と答えた。
その時この2人が食べていた、すっごいおいしい本格タイカレーを作った友人は、 「食べにきてくれる人がいればもっとおいしく作っちゃうよ〜」と言った。
そうか!そうか!そうなのかっ!
料理に必要なのは、 この一皿で自分のすべてが評価される!ぐらいのサバイバルな緊張感なのだね。
| 2004年07月03日(土) |
欲望の 重みにたわむ 細き笹 ぼくの願いは 支えれるかな? |
日暮里駅の北口に笹が飾ってあった。 下手な歌でも一首詠んでみたくなるほど大量の短冊がぶらさがっている。
人を待っていて暇だったので、今年のお願い事の流行チェックなどをしてみた結果、 お願い事には大雑把に分けて3つのパターンがあることがわかった。
パターン�機Ц従�維持系お願い 今の状態を維持したい、てやつ。代表例は 「家族が元気でくらせますように」 「レイレイ☆とず〜っと一緒にいられますように(はぁと)」
パターン�供Ъ存縮槁厳呂�願い ああなりたい、こうなりたい、てやつ。代表例は 「JALスカイサービスに合格しますように」 「お父さんに仕事が見つかりますように」 「プールをがんばれますように」 「腰が治りますように」
パターン�掘Г燭�ぼた系お願い あれがほしい、これがあったら、てやつ。代表例は 「かっこよくて優しくてお金持ちで車持ってる彼氏ができますように」 「金くれ!!!」
このほか、分類不能系(代表例「山本さん、見ていたら連絡ください」)も多少ある。
なかなか皆さんのお願いは多様で、ぼくはかなり楽しませてもらったが、 そのなかでもぼくの心を捉えたのは、次の3つだ。
パターン�気任蓮▲灰譬� 「歯がこのまま残りますように」By甲さん(レトロな達筆がさらに雰囲気を出していました)
パターン�兇任蓮▲灰譬� 「ぷりキュアのホわいトになれまよに」Byみゆきさん(ひらがな交じりの文体がいいです)
パターン�靴任蓮▲灰譬� 「平穏! 金も一千万くらい」By(読めません。)(走り書きのようで切迫感たっぷりです)
ちなみにぼくもお願いかいときました。 ぼくとしてはパターン�兇里弔發蠅世韻譴鼻� 読んだ人はパターン�靴箸�おもうかもなぁ。
| 2004年07月02日(金) |
How can be so sure? |
御徒町でやまちこの送別会をしてきた。
そいやあ、やまちことともにやってきた ナオンにっきも4年目突入。 いまやかんぜんにぼくのひとりしばい。
新生らぶさいけやまちこのふっかつと、 ぼくの人生の大成功を 七夕にお祈りだね☆
| 2004年07月01日(木) |
いそのポロちゃんのはなし |
実家で飼っていた犬が死んだ。
ぼくが中学のとき、まあちゃんが近所でうまれたばかりのを貰ってきた。 やっぱり7月の初め頃だった。 「なまえ、何にする?」 制服のまま、リビングの床に寝そべっていたぼくに、まあちゃんが聞いた。 「『キンマツ』にしようよ!」卓ピが言った。「あいつ、睫毛が金色なんだよ!」 ぼくの頭のすぐ横に、取り込まれた洗濯物がたたんであって、 ぼくはそれをぼおっと見ながら、思いついたなまえを言った。 洗濯物の一番上に、ぼくのラルフローレンのソックスが乗っていた。
結局それが採用されたみたいで、毎年そのなまえで予防接種の案内も来るようになった。 まあちゃんは毎日えさをやって撫で回し、卓ピは弟のようにかわいがった。 芝を掘り起こしたり、もくれんの芽を食べちゃったりして、怒られてたときもあったし、 (それ以来、庭に柵ができた。) 雷が怖くて夜どおし吼えてお隣から苦情が来るんじゃないかとどきどきしたこともあったけど、 (それ以来台風になるとガレージに入れてもらっていた。) みんな、「あほやなあ」って言いながらいつもかわいがっていた。
まあちゃんが忙しくなってからは週末におじいが来て、自転車で散歩に連れて行った。 散歩を終えると今日はどのコースを回ったんだ、と嬉しそうに話し、 ひっぱられすぎて転んでからは、自転車を電動アシストつきにかえた。 おばあちゃんは「きょうはごはん何あげた?」とよく残り物を持ってきた。
子どもたちが一人暮らしになってからは、庭の花と一緒にパパのデジカメモデルのNo.1になり、 ママはポロを「卓ッ」と言い間違えなくなった代わりに、卓ピを「ポロッ」と言い間違えた。
心臓が肥大している、と診断されたのは今年に入ってすぐだった。 卓ピは手術をすべきだ、と言い、ママはしないほうが良い、と言った。
人間だったら社会のいろんなことを知らなくちゃいけないけれど、 ペットはお庭でママたちと楽しく生きられたら幸せなんじゃないの? ぼくは自分のじんせいをおもった。
ママが旅行から帰った日、もう、ごはんたべなかったんだって。 お肉大好きで、ぼくたちが庭でバーべキュしてたらいつも「きゅーん」って言って寄ってきて、 パパからおすそわけもらってたのに、大好物を目の前に持っていっても、 もう、立ち上がれなかったんだって。 でもね、ママが行くと、横になったまま一生懸命しっぽをふってくれたんだって。
さいごまでかわいい子だったんだって。 ぼくはじぶんがどういきなければいけないのか、おしえてもらったみたい。
なにかにつけ「オレはもうすぐ逝くから」と言うおじい(70代現役、健康)が落ち込まないか心配だけど、 それはおじいの問題だから。 ポロは心配しないでね。ばいばーい。
| 2004年06月25日(金) |
日本三大中華街、あるいはポジティブシンキング |
「ねえ、中華街って行ったことある?」
「え?横浜の?それとも神戸?長崎?」
「中華街っていっぱいあんの?行ったことないよ。」
「私は3つしか行ったことないよー。ほかどこにあるの?」
「北海道とかあるでしょ?札幌じゃないなあ、きっと函館だ。」
「なるほどー!函館かあ!ありそう!」
…ウソでした。 北海道に中華街などありませんでした。 しかも行ったことがないと言った人は タイでばっちり中華街に行っていました。 よのなか、偽りばかりです。
とまあ、悲観していてもしかたないので、 次からは、「99年以降、お台場の小香港も中華街に認定されたんだよ。」 くらいのことをサラッと言ってしまおうとおもいます。
| 2004年06月21日(月) |
【こっそり更新】第二弾 台風ランチ、あるいは日常と非日常の境界 |
天候のせいで延期され、それがまた別の理由で延期された予定を、本日漸く遂行した。 指定された場所で、取引相手と会い、密談(ここでは「親密に話す」の意。観察可能な実態としては「きゃ〜ん、ひさしぶりっ☆」「ゆっくりはなしたいね〜!」「おひるたべた?」「まだぁ☆」「いっしょにたべよーよ!」といったところ。)のため移動する。目的地は我々の会話に適した環境と適度な食事が提供される場所だ。 しかし、唯一条件を満たすと思われた候補地は定休日であった。 我々は急いで次を探すことにした。 なにしろ時間がない。だってほら。。。と思っているところに第一波がやってきた。 予想より早い。 「うわ〜!降ってきたよぉ!どうしようっ!」「とにかくランチやってるとこ見えたらすぐはいろう!」。 その必要充分な提案にはなんの反論もいらなかった。 雨はすぐに傘など役に立たないくらいに降ってきたし、なにより今回の取引物は長距離の輸送が困難である上、耐水性がない。 そんなとき、突如目の前に表れた「Lunch」の文字。 ほっとして入ったそこに広がっていたのは、カジュアルなかんじの外装からはかけ離れた、クラシックミュージックが静かに流れるシックな空間だった。 鏡ばりの壁、やわらかい間接照明、クリーム色のクロスがかかったテーブル、細首のクリスタルグラスに、銀色のカトラリー。 まさに本格フレンチレストランの様相である。
一瞬、その外装と内部のあまりの落差に驚き、東京ミシュランとかに「隠れ家的」とか書かれたいとでもいうのか、しかし「隠れ家的」というのはあくまでアクセスが悪くて小規模で空いていてCozyで味が良いということであって、内部とギャップのある外装をしたところでそれは隠れ家的と呼ばれうるのか?そもそも客に対しては不親切きわまりないな、ていうか、あの黒板のメニューの文字がすべての現況ではないのか?サイズとフォントは一考を要するな(あの給仕長らしき人物の手書きに違いない。あの年代に特徴的な書体だ)、などといろいろな想いが頭をかけめぐったのだが、ぼくは外食産業のマーケッターではないし、まあ気にしないことにして、我々は食事に移った。 若年労働市場の実態把握や事例分析、余暇活動の動向や彫像文化の歴史的展開、果物の調理法や競技鑑賞の慣習といった話題に関しての意見交換を行なった後、取引を負えて帰路についた。
インパクトの有る天候状態であり、偶然性が盛り込まれた非日常的コンディションが作り上げられていたにも関わらず、先客であるマダムたちのテーブルから銃声が聞こえたり、厨房から悲鳴が聞こえたり、給仕が不穏な笑みを浮かべたりすることもなく、名探偵も登場しなかった。もちろん期待などしていたわけではない。この文章を書く段階になってから、話に落ちがないなと思い無理矢理付け足しただけである。それでも落ちになっていないあたりが実に落ちつかないのだが、まあどうにかなろう。
予定より早く帰ったので何をしようか迷った。濡れそぼった衣服を替え、テレビをつけた。 静岡の海岸でバーベキュをしていた大学生2人が高波にさらわれたという。
「かいくーーーーーん!」「みなとくーーーーーーん!」
一緒に来ていたという学生が、雨の降り荒ぶ中、波打ち際に向かって叫ぶ姿が放映される。 サイドチェストにまだ熱すぎるコーヒーをおいて、髪をくるんでいたバスタオルの端を顔に当てた。
なぜか涙が止まらなかった。
| 2004年06月20日(日) |
【こっそり更新】第三弾 風の丘から人ごみの谷へ |
日差しがまぶしくって、気温は真夏並みだったの。映画の時間よりかなり早くついちゃって、お買い物でもしよっかなあ?って思ったんだけどね、こんないい天気の日に、こんなに気持ちのいいお外にいるのになんだか悔しいなっておもって、上に出たところのベンチにすわって本を開いたの。『ONとOFF』っていうエッセー。ちょっと古い本なのだけどね。2階で買ったドーナツ食べながら、車とかワインとか会議とかについての短編を7つくらい読めたとおもう。 風がすごいの。ヒルズはなんで風が吹くの?ケルビンだかパスカルだかしらないけど、そんな理由じゃないの、きっと。丘だから風が吹くんでしょ?そうだよね!
ここの映画館ってね、行くのはじめてだったりするんだ。 ネットで座席指定をしてあったチケットを専用端末でゲット〜☆、っていうちょっと流行に乗ってるかんじのことをやってみてうれしかったぁ! 映画館はイスが広くてスクリーンがきれいでうれしかったし、はじまるまえのご注意ムービーもかわいくてうれしかったの〜☆(あれは東宝系はみんなそうなの?ひさしぶりすぎてわかんないよぅ)映画自体は西荻の駅の看板の方がインパクトあったけどね。 そうそう、予告編にあったDeep Blue、あれってぼくにとってはちょっと恐怖感キツすぎちゃうなー。 深海ってちょっと、こわくない? 先行公開のハリー・ポッターを見とけば、J-Waveに感想流れたのかな。 映画の後はね、 ソニーのハードディスクカーナビのイベントをちょっと見て触らせてもらって、あっ、でもね、アンケートはしなかったの。なんだかタイミングはずしちゃってー。車のサンシェード、ちょっとほしかったんだけどね。グレー地に白のロゴが入ってて、すっごいかわいかったんだよ! そのあともね、お池のふちを歩いたり、(カルガモのおうちがあったの!)マックスマーラのほうまで散歩したりしたんだけどね、もう用事もないし、渋谷に行こうと思ったの。そろそろ涼しくなってきたし、歩いていったら気持ちいいかな、っておもったんだ。 ぼく、その日はたまたま歩くのにぴったりの格好してたし、これはもう歩くしかないよね?ってことでぼくの決意はわりと固かったんだけどね。 でもね、いざ下に行ったらね、高速とその下の道路の間の空気がね、昭和の高度成長期の空気ですってくらいどんよりネズミ色ってかんじだったの。もう、空気なのに見えちゃうくらい。なんかね、ここをずーっと歩いていったら気管支とか肺胞とかにグレーの粉塵が張り付いちゃいそうで、っていうか、その張り付いていく映像がぼくの頭の中でやたらリアルに展開されちゃって、もう、ぜったい、「きゃーっ!」ってかんじになっちゃって、結局ね、バスにしたの。でもね、バスの中の空気は、すっごいきれいってわけでもなかったから、たぶん、ぼくの被害妄想だったんだよね、えへへ。 渋谷にはすぐについたけど、ぼくったら、お買い物をするわけでもなく、オードリー展に行くわけでもなく、たらりんしちゃってたんだ。で、お家についてから、渋谷に行ったんだったら、めがねとかお化粧品とか買っておけばよかったあ!、って思ったんだよね。ああゆうのってぜんぜーん覚えてられない。必要なときにメモしとかないと忘れちゃうの。でないと「ぼくは渋谷で何か2つほど買おうとお風呂上がりに鏡台の前で決意していたけどなんだったっけ?」っていう感じになっちゃうんだもん。欲しかった砥石は昨日買ったしね。(包丁は近所のスーパーにもドラッグストアにも日用品店あるのに砥石ってなかなかないんだねー。探しまくった。はじめからハンズにいけばよかったよー)厳密には砥石じゃなくて刃物用サンドペーパーなんだけど。まな板に水でひっつけるやつ。そのあと演劇に行かなくちゃいけなかったからね。値段が10分の一になって重量が1000分の一ほどになったよ。お家に帰ってからさっそく包丁とペティナイフよみがえらせたよー!全然オッケーなの!すごいのー! こういうのってすごいうれしくなるよね? いろいろめんどうなことがあってちょびっつdpressだったんだけどいつのまにかわすれてたよ。こんどやな気分になったらすぐにホームセンターとかDIYのお店に行こうっと☆
| 2004年06月13日(日) |
【こっそり更新】第一弾 自然の風が吹き抜ける屋根の下で |
駅を出る前から、電車を降りた乗客たちのすすむ方向は一つだった。 ぼくたちはすこし並んで当日チケットを買い、中に入って席を探した。 アリーナでは、服を着た白いライオンがバク転している。 ぼくたちが座ると間もなく、ライオンは手を振りながら去って、オープニングセレモニーが始まる。 ぼくはテレビで見るのと距離感が違うことにすこしおどろく。 だがぼくは、アリーナの中心よりも向かい側の席の観客の動向の方がよほど気になる。全員総立ちになった彼らは、お揃いの黒い服を着て、きれいに整列していた。 セレモニー後、装置や人の配置がさっとかわり、メインイベントが始まると、すぐにかれらは手拍子をうち、手旗信号のようなパフォーマンスを繰り広げはじめた。聞くところによるとこれらの行動様式は、世界最大規模の商業リーグや異業種人気リーグの応援方法を導入していて、関係者の間では結構有名らしい。 それは一つのイニングが終わるまで、一定のパターンで繰り返された。 再度、人の配置が入れ替わる。 それに伴いぼくの周りの人々は総立ちになり、打楽器を取り出して踊り始めた。こうなると座っていては何も見えない。立ち上がると、観客席の最前部には、観客であるはずの人が、メインイベントに背を向けて立っているのが見えた。彼が、身振りでいろいろな合図をすると、それにあわせて、観客が声を出したり、とびはねたりする。 楽しそうだったし、なにより、ただ座っているのがだるくなってきたぼくは、てきとうにまざってみた。見よう見まねで踊り、叫ぶ。長時間座り続けた体には、手を振り回したり、声を張り上げたりすることが予想以上に快感で、最高潮の盛り上がりにあわせて拍手をしているときなどは、一種のカタルシスであった。日頃の運動不足が解消される気分である。 一緒にいた人は、そんなぼくを冷ややかな目で眺めつつ、メインイベントの戦略や展開について分析を加えていた。 よく見ると、観客にはかなりの温度差があり、それは例えば一つの家族で来ている場合でも、父親:イベントに夢中、母親:毛布を出してきて子どもと一緒に寝てしまう、子ども:宇宙服のようなカラフルな衣装を着てタンクを背負いガソリンの注油みたいなノズルで飲み物を売り歩く人(胸ポケットの機械でクレジット清算も可能!!)やマシュマロを口に向かって放り投げているおとなりのお兄さんたち(推定年齢12歳)が気になって仕方がないが、母親の手から脱出できない、といった多様な様相を呈していた。
その後、メインイベントの合間には、観客が一斉に大量の風船を飛ばしたり、大盤振る舞いの抽選会があったりして、最後には、花火が上がり、銀テープが舞ってイベントは終了した。
帰りの電車は、夕暮れの日差しを浴びてとろとろ進み、ぼくは爆睡した。
(その後池袋によって、ケーキを食べて、本屋で福祉統計と情報生態学と絶対内定を立ち読みして貧血になった。。。)
| 2004年06月10日(木) |
バカンスのために決意 |
BGMがね「天国にいけるかは それは誰にもわからない だから今日を楽しまなきゃ」って言うの
週末を罪悪感いっぱいですごさなくっていいように
ウイークデイはお休みしません☆
今年のバカンスはこんどこそフィレンツェ行くの
モクジックス
|過去にススメ!
|未来にモドレ!
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