覚書(安達瞳子 著 椿しらべ より)
京都 ○ 霊鑑寺の紅唐子(日光)一三四と、庭のツバキ(要許可) ○ 宝鏡寺のト伴(月光)七二、熊谷 一四八 ○ 等持院の有楽 一一〇 ○ 高大寺月真院の有楽 一〇七と九五 ○ 柊野、奥野家の五色八重散椿(四分岐 東一〇四・西一〇九・南八八・北八六) ○ 二篠城のツバキ園 ○ 銀閣寺のヤマツバキ高垣 ○ 曇華院の紅唐子(日光)の大刈込み(要許可) ○ 法然院の三椿(五色八重散椿、貴椿、花笠椿)と、本堂内陣の椿花の散華 ○ 金閣寺の胡蝶侘助古木 一三五 ○ 京都植物園のツバキ園 ○ 大徳寺大仙院の枯山水の庭と、紅唐子などの刈込み ○ 一乗寺、武田薬品研究所のツバキ園(要許可)
ヘチマの収穫(たわし用)、ヘチマ水の採取(化粧水用)、蔓の除去。
覚書(安達瞳子 著 椿しらべ より)
香りの時代から消臭・除臭・抑臭へと移って久しい。日本人の暮らしが清潔になったことは喜ばしいけれど、一皮むけば人間も生き物。動物としてのにおいを発散させずに生きて行くことはできない。それを限りなく排除しようとする潔癖性は、生きること、その生活や自身の存在をも否定することになりはしないだろうか。

覚書(安達瞳子 著 椿しらべ より)
人は幼い頃、玄関に母や祖母が挿していた一輪の花や、学校やその周辺の緑から、知らず知らずのうちに自然のメッセージを受けているものなのだろう。そして、その時の感動が、長じて街路樹や公園の四季へ、田畑や人工林へ、日本の緑から世界の自然へ、明日の地球環境のありようへの思いとなって届く。その道は一本。しかも歩道で、ハイウェイはないように思う。
紅葉が見頃。
剪定 □ シュロ □ イヌツゲ □ ムクゲ □ コデマリ □ ヤマブキ
庭木の剪定中、品の良いご婦人から心のこもったお礼の言葉を頂戴する。 6本ある紅葉のうちの一本を指しながら、泣きたくなるような清々しい笑顔で、 「きれいですね。きれいですね。あそこの赤が本当にきれいです。どうもありがとうございます…。」
その場で踊りだしそうになった。
剪定。 □ ブドウ □ アオキ □ ネコヤナギ
鉢の大移動。部屋の大部分を植物に占領される。 春まで空気の保湿、浄化担当。 にわかにトロピカルな雰囲気になった。
覚書(安達瞳子 著 椿しらべ より)
原種には、何人も侵すことのできない、自然の本性――厳しい美しさがにじんでいるからだ。 だからだろう、原種に対座したり原生地に足を踏み入れたりすると、人は、菩提寺に詣でた時のような不思議な安堵感に引き込まれる。今の自分が支えられている根――真実の一端に触れる思いと言えばよいのだろうか。
図書館でグラジオラスの原種(主にG. dalenii)について調べる。 野趣の強い、魅力的な属であった。 市場に出まわっている交配種のフリフリビラビラのイメージが一新される。 それにしても選抜種でもないのに\1750/5球は高過ぎるぞ。
借りた本 □ 椿しらべ 安達瞳子 著 □ 江戸服飾史談 大槻如電講義録 吉田豊 編著
前からあこがれていた(?)近所のある和菓子屋さんに入る。 なんでも伝統のあるお店だそうで(以前テレビで紹介されていた)敷居が高く、今まで入る勇気がなかった。(といっても店構えは普通で、こういっては失礼だが老舗っぽくみえない) 中に入りまず驚いたのは、お菓子(作品)ひとつひとつに句がそえられていること。 作り手の緊張感、厳しい思いが伝わってきた。 「冬山」、「冬至」というのを2個づつ購入。 帰ってから一人、お茶と共に頂く。
ああ、なんて豊かな気分だろう。
2個食べて、あとの2個は両親に。
ああ、なんていい息子だろう。(殴)
庭掃除。 落ち葉掃き、草刈など。
SWEET PEA‘Cupani’の種蒔き。
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