鼻くそ駄文日記
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2001年09月07日(金) 好き嫌い

好きなものは
なにもないです
きらいなものは
たくさんあるかも
好きで
いきてるわけじゃないです
気がつけば
この世界に
産み落とされてました
だから
きらいなものはたくさん
好きなものはないです

女の子
好きですよ
だけど
女の子は
ぼくが嫌いみたい

友達
少ないかも
欲しいです
でもみんな
ぼくが嫌いみたい

好きなものを
好きと言えません
きっと
他人の目が
こわいんです
そして
自分が何を好きなのか
忘れてしまいました

好きなものは
なにもないです
嫌いなものは
たくさんあるかも
人生なんて
そんなものでしょう


2001年09月06日(木) ギタリスト車谷浩司



 ぼくと同世代の方ならご存じだと思うが、十年ぐらい前、バンドブームという一大ブームメントの中で生まれたBAKUというバンドがあった。
 十代のかわいさを全面に出しているアイドル性の高いバンドで、女の子からきゃーきゃー言われていた。
 もちろん、そういうバンドは男は嫌いだ。音楽は耳で感じるものなのに、好きな音楽を顔で選ぶ女の子のセンスも嫌いだった。男の子たちはBAKUにきゃーきゃー言っている女の子を軽蔑し、好きになった女の子が「あたし、音楽はBAKUが好きだな」などと言おうものなら、「くそ、あんなもののどこがいいんだ」と、音楽は耳で感じるものなのにひがみ根性でBAKUを嫌っていた。もちろん、ぼくはそういう男の子だった。
 んで、いまになってもBAKUには斜に構えているぼくなんだけど、改めてこのバンドのことを考えてみると、ひとつだけこういうところはよかったなあと思うところがある。
 それはギタリスト・車谷浩司の人気だ。
 当時というか、現在もちょっとも変わっていないのだが、ロックグループはヴォーカリストが中心で、普通、主にひとりのシンガーだけが愛される。
 サザンオールスターズでは桑田佳祐、RCサクセションでは忌野清志郎、ARBでは石橋凌、頭脳警察ではPANTAと、ヴォーカリストが他のメンバーよりも圧倒的に愛されてきた。
 これは当時、バンドをやってた少年(ぼくのことだけど)からすると許せないことだった。
 建前的には、バンドというのは音楽をやるものであって、歌だけを唄うものではない。歌謡曲ならばひとりの歌手がスポットライトを浴びて唄っていればいいだろうが、ロックバンドは音を出すメンバーひとりひとりの微妙な呼吸、まとまりがあってはじめて曲を完成できるのだ、と思っていた。
 本音としては、元手のかからない(楽器は何万円の大金をはたいて買うもの)ヴォーカルが注目を浴びるなんてやってられねえよ、と思っていた。
 また、当時の海外のハードロックシーンでは、ヴァンヘイレンはギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレンががヴォーカルのサミー・ヘイガーよりも愛され、エクストリームでもヌーノ・ベッテンコートがヴォーカリストよりも愛されていた。日本でもっとも人気のあったハードロックバンド、MR.BIGなどは、ベーシストのビリー・シーンとギタリストのポール・ギルバードの凄腕プレイヤーのバンドであったし、スティーブ・ヴァイやイングヴェイ・マルムスティーンといったソロギタリストもいた。そのような影響もあったと思う。
 しかし、日本では聖飢魔�兇料畸討�ギタリスト・ルーク篁がソロアルバムでは自分がヴォーカルを取ったり、パーカションの第一人者斉藤ノブさえも自分のバンドノブケインではヴォーカルをしていたように、まだまだ聴く側の耳が楽器まで追いついていなかった。バンドブームと言われながらも、ユニコーンでは奥田民生がほとんどの曲を書きファンに愛され、ブームではMIYAが愛されていたのが現状だったのである。
 だが、BAKUは違った。
 BAKUには谷口宗一というファンに愛されたヴォーカリストもいたけど、それ以上にギタリストの車谷浩司が愛されたのである。
 もちろん、アイドル的なバンドだからあくまでルックスで愛されていただけで、多くの車谷のファンの女の子たちは、CDを聴いているときは谷口宗一の声に耳を貸し、車谷がライトハンドをしても気づかなかったかも知れない。
 だけど、ギタリストがヴォーカリストをしのぐ人気があったバンドが、バンドブームの時代にあったという事実は価値のあることである。たとえそれが、アイドルチックなバンドだとしても。
 だって、結局バンドブームなんて、リモートの池田貴族や筋肉少女隊の大槻ケンヂみたいなのがでかいツラしていたように、バンドの音なんて誰も聴いてはいなかったからだ。


2001年09月05日(水) 秋は眠いね

午後8時頃、だらりと横になった。
そのまま寝てしまい、気がつけばこんな時間。
ひえー!


2001年09月04日(火) 王様ゲームの思い出

 王様ゲームをはじめてやったのは、中学生のときだった。
 と書くと、このiwaという奴は、なんてませたクソガキなんだ、とお怒りになる人もいるかもしれない。中学生から王様ゲームをやってるから、iwaはろくな大人になっていないんだ、と妙に納得する人もいるだろう。
 先に言っておく。誤解です。なぜなら、男三人でやったからだ。
 夏休み中の夜だった。
 やっといろんなところに眉毛程度の毛が生えだしたぼくらは、MくんとHくんと徹夜をしようと決めた。
 午後十時には真っ暗になる田舎町で育ったぼくらにとって、一晩、みんなが眠っている時間に寝ないで起きておくことは、ものすごくロマンティックなことだった。そして、どこかわくわくする冒険心をかきたてられることでもあった。
 夏休みを利用して徹夜をしよう。そう決めたぼくらは、蒸し暑い夏のある日にぼくの家に集まった。
 徹夜をすると決めたものの、ぼくらは正しい徹夜の仕方を知らなかった。
 もちろん、正しい徹夜の仕方などというマニュアルはこの世には存在しないのだが、ぼくらは勝手に、ファミコンなんかをしながら夜を明かすのは徹夜的ではないなあと思っていた。
 そこで、まあ、タバコを吸ってごほごほ言ったり、酒を飲んで顔を真っ赤にしたり、ビニール袋にプラモデル用のセメダインを入れて吸ったりしていたのだが、どうも徹夜という雰囲気が出ない。純朴な田舎の少年たちは、悪いことをしているという先入観があるだけで、タバコにも酒にもセメダインにも及び腰でいまひとつのれず、どうがんばっても小学校のキャンプみたいな雰囲気になってしまうのだ。
 ぼくらは勝手に徹夜とはそんなほのぼのとしたものじゃなくて、もっと大人っぽくてロマンティックな冒険なのだと思っていたから、ほのぼのとした雰囲気を楽しめず煮え切らない気持ちでいた。
 そんなときに、中学生ながら『ホットドックプレス』を読んでいた、ぼくらの仲間にしてはませているHくんが、
「そういえば、自宅で酒を飲むときには、大人たちは王様ゲームというものをやるらしい」
と言った。
 ぼくとMくんは、
「なんじゃ、その絵本の題名みたいなゲームは」
とHくんに訊く。Hくんは、
「おれもやったことはないけど、簡単なルールだから。割り箸を使うんだけど、割り箸はある?」
 と言い、ぼくは割り箸を用意した。
 ぼくはわくわくしていた。中学生の頃のぼくは、自分がこれまでの人生で知らなかったことをいまからやる、という状態を非常に好んだ。おそらく、Mくんも期待に胸を膨らませていただろう。
 Hくんは割り箸をぷちんと二つに割り、「王」「1」「2」と書いた。このゲームのやりかたを憶えなければとぼくとMくんは真剣にHくんの作業を見つめていた。
 だがHくんは、
「これで準備ができた。はじめようか」
 と言う。
 ここにきてぼくははじめて、不安になった。あまりにも準備が簡単すぎる。割り箸をぷちんと割って、割り箸に「王」という文字と数字を記入しただけである。
 拍子抜けしたぼくらをよそに、Hくんはこういうのをやるのがおしゃれなんだよねとでも言いたげに、三本の割り箸の数字の書いてあるところを握った。
「この箸を引いてみな」
 ぼくとMくんは呆気にとられた。これでは、おみくじとそう変わらないではないか。
 と思っているものの、とりあえず好奇心だけで引いてみる。ぼくは「1」の数字を引いた。Mくんが次に引き、最後の残り物がHくんのものになった。
「王って書いているのを引いたのは誰?」
 Hくんは訊く。Mくんが困惑気味に、
「おれだけど」
 と言った。
「そしたらね、王様は、数字で命令ができるんだよ。1番と2番がキスをする、みたいにね」
 とHくんが言った瞬間、ぼくの目の前は真っ暗になった。
 ぼくは1番を持っている。そして他に誰もいないから、必然的に2番はHくんだ。なんてこった、Hくんとキスしなければならないのか?
 しかし、王様は残酷にもそれを宣言した。
「じゃあ、それ」
 Mくんはそう言った。ぼくはHくんとキスをする羽目になった。
「え、これは口づけなの?」
 救いを求める目でぼくはHくんを見た。
 ここでHくんは暴挙に出る。ルールを勝手に変更したのだ。
「あ、男同士や女同士なら、キスしなくてもいいんだよ。そのかわり、腕立て十回とかそういうのをするんだ」
 ぼくは、なーんだと思った。
 そして、Mくんの見ている前で、Hくんとふたりで腕立て伏せを十回やった。
 次に王様を引いたのはぼくだった。ぼくは眠い目をこすりながら、HくんとMくんの腕立て伏せを眺めた。
 そこでぼくが言った。
「ねえ、このゲーム、おもしろい?」
 HくんとMくんは困ったような顔をしてにたにた笑っていた。
 これがぼくがうまれたてはじめてやった王様ゲームである。
 だから、ぼくはいまだに王様ゲームと聞くと、このときのことを思い出してしまう。
 そのため、なんとなく王様ゲームってつまんないよなあという先入観がぼくにはあります。
 ちなみにこのあとは男三人で野球拳をやりました。いちばん負けたMくんは、チンポを三十秒、ぼくらに見せました。これもつまらなかったです。


2001年09月03日(月) ビッグな妄想(自作詩)

世界に小便をかけると
拳を握ったあの日は
遙かむかしの
10年前
世間はやっぱり
住み難くて
ちょっとも
よくできなかった

あの頃の熱い心は
大人に認められ
消えちまった
それはそれでうれしかったけど
ぼくの世間体ばかりよくなって
世間は
ちょっとも
よくできなかった

ぼくの考えていたのは
あまりにもビックな妄想
それを若さと片づけるには
どうにも哀しい自己管理

ぼくに何があったのだろう
ぼくは走っているのか
ぼくの気持ちは死んではいないか

今夜も誰かが首を吊るだろう
新聞にも載らない小さな出来事
今夜もたくさんの涙が
夜の闇に流される
たしかにぼくは
世間をよくする希望を
胸に抱いていたはずなのに
責任ばかり重くなり
不自由さにもがいている


2001年09月02日(日) むかし好きだった人(自作詩)

むかし、
好きだった人

学校で眠そうな面をしてたら
ぼくに
ブラックブラックガムを
くれた

それ以来
ぼくは
すごく
あの人が好きだった

だけど、
ガム一枚で
どうしてあんなに
好きになったんだろう


2001年09月01日(土) サトウマサオについて

久しぶりに小説を更新しました。
その名も「サトウマサオ」です。
オチもヤマもない短い作品ですが、これから同じ登場人物であと何本か書いて、最終的には原稿用紙100枚前後の一つの作品に仕上げたいと思っています。
飽きなければの話ですが。
「サトウマサオ」を読むか、読まないか、それはあなたの自由です。
「サトウマサオ」を面白いと思うか、つまらないと思うかも自由です。
読んでみて、どう解釈しようと、どんな感想を持とうとあなたの自由です。
小説なんて、見方によってどうにでも変わるインチキ臭い代物ですから、好き勝手に読んでください。
あなたに「サトウマサオ」をどう思われようと、ぼくはなんとも思いません。
ぼくの気持ちは、「サトウマサオ」を読んでくださったあなたに「ありがとう」と言いたいだけです。


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