![]() |
Blue月曜 - 2002年04月22日(月) やはり週末出ずっぱりだと疲れが取れない。 しかも結局Spanishのテストの勉強はしていない。 まあ、何とかしましたが。 今学期はあんまり成績気にしないことにしているので。 最後なんでやりたいことやろうとおもいつつ。 ... 桜祭り - 2002年04月21日(日) 10時に無理矢理起床。げ、目腫れてる。 帰ってきたMarisaに「いったい何があったの!」と、問われ、 かくかくしかじか、というと思いっきり抱きしめられる。 ちょっと浮上して、よしえにも話を聞いてもらってさらに浮上して、 桜祭りへ。 桜祭りはJapanTownの行事。そこでソーランを踊るのだ。 今回はまた一人ぬけた関係で私がセンターに。 しかもぶっつけ本番。うひい。 ななおとれいなと車でSFに。ついたのはいいが、止めるところが見つからない。 うろうろした挙げ句、駐車禁止のところへ無理矢理止める。 Towされませんように。 ついたらもうぎりぎりで、練習する暇もなく本番。 CDも直前に私が焼いてきたやつだし、本当に一回も練習していないので 緊張。 しかも司会のおじいちゃんどんどんすすめちゃうし。 で、本番。 結論。私がオチつけました。 旗を開いたときに裏だった。。。どうして私がやることなすこといちいちギャグなのか。おお、神よ(無神論者だけど 見に来てくれたJulianやHector,みんなには大丈夫だよといわれるが、落ち込む。 厄日かい。 まあ、でもまたもやいろんな人に誉められたのでよしとする。 かえってななお、れいな、MonicaとThaiHouseで夕食。うーん、幸せ。 ... Spring Festival - 2002年04月20日(土) 朝、Patioから響く大音量の音楽に起こされる...もうちょっと寝てたかった ゆっくりと支度をして、ひるごろに下に降りていく。 予想以上の盛況。いろんな国の料理、小物など、さまざまなブースが出ている。 まずイタリアのティラミス、ボリビアのピロシキみたいなものを食べる。 おいしい!そのあとイタリアのスパゲッティ!しあわせー。 インドのアクセサリーをみたりドイツのチョコレートをつまんだり。 私がソーランを踊るのは3時から。 1時半頃に集まるので、帰り途中にPhilipのところによったらTapioca MilkTeaを おごってくれた。うぁい! メイクアップをして舞台裏に。けんくんたちが教えている高校生もきている。 なんだか一部が自分たちも舞台で踊れると思っていたらしく、説明するのにちょっと苦労していた。ご苦労様。 本番。 男衆の伝統的なソーランのあと、走って舞台へ。 。。。音が小さくて聞こえん!これで一部動揺。 音を大きくしてもらって気持ちよく踊る。 ああ、私は本当にソーランが好きだ。 終わったられんちゃんとAniaにあう。Khierraはどうも間に合わなかったらしい。。。 残念。 そのあとAniaとれんちゃんと見てまわる。ピアスまた買ってしまった。。。 かわいくて。 その間みんなはFrontStepでおどったらしい!知ってたら残ったのに! あたしも踊りたかった!きい。 そのあとはタイ料理をたべ、早めに寝よう。。。としたのだが。 3時半頃にVictorがいきなり大音量でPartyを始める。おいおいまじですか。 これはFrontに通報して、RAもきたらしく30分くらいあとに何とか終結。 。。。廊下で踊るなよう。いつもうるさい部屋だけどさあ。 そしたらこんどはJinの部屋で大騒ぎ。廊下で叫ばないでくれ。ていうか寝かせてくれ。 外にでて、「静かにしてって伝えて」という。 で、やっとうとうとしたと思ったら5時半くらいにまた廊下でしゃべってる人が。 多分いつもだったら気にならなかったんだろうが、何しろ何度もたたき起こされているので気になる。 で、ドアをあけたら「しーっ」といってたので、まあいいか、と閉める。 そしたらShe's so meanと聞こえよがしにいわれまくり。 ハ?と思いつつもその理不尽さと眠りたいのになれないのでぐちゃぐちゃになっておお泣き。Marisaいなかったしねえ。うええ。 7時くらいまでおきてやっと落ち着いて寝る。 ... 金曜日は掃除の日 - 2002年04月19日(金) Neat Freak?な私にとって金曜日は掃除の日。 まず思い切り寝て、掃除。 気分がすっきりします。 明日はSpringFestivalだあ。 ... 一週間は長い。 - 2002年04月18日(木) このごろ木曜日になった時点でよろよろである。 授業のあとRoxanaとFredyとSproulでひなたぼっこをしながら話す。 今のPalestineをどう思うかとか。 Hawaiiに行きたいとか(w Roxanaにレズナイトにいかないかと誘われるが(彼女はヘテロ)、今週末を考えるとそれは無理。 くーーーーーいーきーたーいー。 いや、私もヘテロだけどね。やっぱいろいろ経験しときたいし。 で、Roxanaが帰ったあとしばらくFredと語る。 どーやらアタックするらしいぞ。がんばれー。 ... Our Grief is not a Call for WAR - 2002年04月17日(水) 授業のあと、Rise2Peaceに行く。うーん、やっぱり居心地がいい。 Prof.Sandersがきて話してくれる。わあい。 キャンパス内でのPeaceKeeperを作る試み、Palestine−Israeli双方からの人を募っているSalaam_sharoomの人が来てはなしていた。 今、キャンパス内は微妙に緊張状態。 パレスチナ系とイスラエル系の学生団体の間で緊張状態が高まっている。 9日のProtestではパレスチナ系の団体が一つ建物を封鎖していたし。 ということで、こういった緊張状態の中Protestが無事に行われるよう、 3rd party interventionとして場をNOnviolentに保とうとするのが Chiristinaの構想のPeaceBridge。 参加団体、Couter−protester、警察の全員と交流を持とうとするもの。 そしてあくまで観察者としてPeacefulなPressureをかけようというらしい。 私はこういった団体には賛成。もし来年もここにいたら参加したのに。くう。 MeetingのあとChirstineとRobとTeach−Inへ。 9−11で親族をなくした人がアフガニスタンのこどもたちを訪ねた旅について話した。 彼女は、「私の義兄の死は、このような子供たちの苦しみを正当化するために使われるべきはない、私たちはこれ以上の犠牲者を出すことを望んでなどいない」といっていた。 ... 時は飛ぶように過ぎ - 2002年04月16日(火) いいかげん卒論やんなきゃなのに、そんな暇がない。 やりたいことはいっぱいあるのに、ううう。 ... よろり - 2002年04月15日(月) このごろ日−月徹夜というパターンになりつつある。 昼寝も習慣と化す。Social Lifeを両立させようとすると睡眠時間が犠牲になる、ということだ。 またもやLast MinuteまでPaperをやり(いつものことだが)提出。 でもこのPaperはかなり面白かった。 自分の家族のWarHistoryと自分の戦争に対する見方の関係について。 うちは両方の祖父は戦争にいっていないので、それに加えてどういう教育を受けてきたか、どんなWar Narrativeに影響受けたかを書いた。 今思うと、丸木俊の「ピカドン」で原爆をしったのって結構Heavy。 うなされたなあ。しみじみ。 ちいちゃんのかげおくり おかあさんのき おこりじぞう かわいそうなぞう はだしのげん 風が吹いたら ひろしまのピカ 猫は生きている 火垂るの墓 よく考えるといろんなところで戦争に触れてきたのか。 しかも一般のひとびとの苦しみばかり。これが今の私を作っているのだろうか。 ... Castro vALLEY 公演 - 2002年04月14日(日) Redwood ChurchなるところでCulturalExchangeの一環としてソーラン公演。 いきなりCDプレイヤーが壊れたりというハプニングに襲われつつも 無事終了。 人気者になれました♪ Potruckでいっぱいいろんな国の食べ物が食べれて幸せ… 帰ったあとは即Paper!Paper! ... ラーメン、Paper - 2002年04月13日(土) ラーメンを日本人衆と食べたあとれんちゃんとカフェで勉強。 久しぶりに話した。 ...
|
![]() |
![]() |