白馬鹿日記

2002年11月03日(日) 沖縄オカッパリツアー初日

朝6時半起床。珍しく眠れたので爽やかな目覚め。そのまま爽やかな1日を過ごせるか、というとそうは行かないのだがこの時はまだそんな事は知らない。TCATからリムジンで羽田、JASで那覇へ。機内で眠れなかったので少々オシリが痛い。夜、寝られりゃいいってもんでもないね。

機外へ出るとモワッとした南国の熱気が押し寄せて・・・来るハズなんだけどなあ。全然来ないぞ。むしろ涼しいくらい。空港から出るとこれはもう、明らかに寒い。ジャケットを着たまま移動、強風の中で釣りを始めると同行のT氏に60cmくらいのバラクーダがヒット。悪くないね。それが最初で最後のヒットだったのを除けば、だが。結局ボーズで納竿、そのまま居酒屋へなだれ込む。沖縄っぽい物を食べたいという同行者のリクエストとヤケ酒のため。それに、冷え切った身体にはやっぱり泡盛でしょ。



2002年11月02日(土) ディスプレイが・・・

目が覚めたら昼。いつものパターンだ。あっ、スクリ−ンセーバー動いとる。ディスプレイつけっぱなしだったのか。画面を出してみると暗くて赤っぽい。見事に焼けてしまった。まあ、もう10年近く使ってるからなあ。時々消えたり揺れたりしてたし。旅行から帰ったら買い替えか?

あっ。そういえば明日から旅行だ。何も用意してないぞ。リールに糸巻いてルアー見繕って着るものは、これは大していらんな。でもその前に洗濯せにゃ。のんびり静養して英気を養う予定だったのだが雑用に追われる1日になりそうだ。



2002年11月01日(金) 炎のゴブレット

残ったパワーを搾り出して2日徹夜、何とか最後のプログラムを納品。もっとも仮納品だが。とにかく沖縄に間に合った。ノート持って行って夜中に、という最悪の事態は回避。と思ったとたんに気絶して6時間ほど寝た。気を煩わす事がないとよく眠れるもんだね。

当然、夜は眠れない。見事な悪循環だ。というわけで届いたままになっていたハリー・ポッターの封を切る。をを、あっという間に引きずり込まれ5時までかかって了読。相変わらず面白いが後半の展開はどうかなあ・・・何だかちょっと説明調子の部分が多い気が。前3作ほどのスマートさは感じられなかったな。展開を複雑にし過ぎて収拾がつかなくなったような。前半の展開がワクワクものだっただけにちょっと気になってしまった。



2002年10月27日(日) ロシアの対テロ作戦

ロシアのテロ事件、突入制圧で100人近い犠牲者が出た。いかにもロシア的解決方法、という気もするがこれはイスラエルのエンテベ襲撃以来定番スタイルだ。もっともあの時は特殊部隊に犠牲が一人出たものの人質は全員無事救出だった。繊細さという意味ではロシア的かもしれん。

テロリストに対し、この期に及んで話し合いだの要求を受け入れろだのという声があるのには驚いた。馬鹿、手前、犠牲者の事を考えろと言われそうだが相手は甘やかせばまたやるに決まっておる。かつて日本が景気良く身代金を払った時、次々と模倣犯が出た。実績があるのだ。今回除去されたテロリストが今後起こすはずだったテロを考えれば妥当な方法だったと言わざるを得ない。でも100人はやはり多すぎだな。世界に名だたるロシア特殊部隊、もっと洗練された作戦実行ができた気もするのだが・・・



2002年10月26日(土) 発煙!

祖母上の四十九日。納骨のために富士方面の巨大墓地へ。雨だがバイクで出発、ずっと雨だろうなと思ったら厚木から先は帰るまで降らなかった。これも普段の行いだな。ではなぜ釣りに行く度に天気が崩れるのかと言えばこれは同行者がイカンのだろう。そう考えると思い当たるヤツがいくらでもいるぞ。全員、お払いに行くが良い。馬鹿な事を考えながらひた走る。雨のせいで深川〜御殿場が1時間もかかってしまった。

法要は滞りなく終了。滞ったらどうなるのかはわからない。帰りは道も乾いていたので少々急ぐ。ここに書くとK察から電話が来そうなタイム。調子いいなあ、と良い気分で高速を降り信号で止まった途端にエンジン前部から大量の煙が。排気漏れかと思ったがどうも臭いが違う。すぐに収まったので滲んだオイルが燃えただけかもしれん。ああびっくりした。びっくりした、で終わらせていいのだろうか?気にはなるが再現できんので仕方がない。


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